ソフトバンク周東佑京が、もし陸上選手と勝負したら? 専門家も驚愕する盗塁特化型の「速さ」とは?
新型コロナウイルス感染拡大によって異例のシーズンとなったプロ野球のシーズンは、ソフトバンクの圧勝という日本シリーズの結末で幕を閉じた。今季を振り返る際に欠かせない話題が、4年連続日本一に輝いたソフトバンクのリードオフマンとしてスタメンに定着し、”世界の盗塁王“福本豊氏が持つ連続盗塁記録を更新した周東佑京の活躍だろう。令和の韋駄天として試合に違いを生む周東の「足の速さ」を専門家はどう見るのか? 理論派ランニングコーチ、細野史晃氏に聞いた。
(解説=細野史晃、構成=大塚一樹【REAL SPORTS編集部】、写真=Getty Images)
周東の足の速さは本物! 並外れた「重心移動の感覚」
引退から30年以上が経過した現在もプロ野球における盗塁記録を数多く保持している福本豊氏。その記録は「更新困難な記録」として、野球界に燦然と輝いている。今季、ソフトバンクホークスの周東佑京がその記録の一つを更新した。
10月29日、千葉ロッテ戦で二盗を成功。同月16日から続いていた連続盗塁記録を12に伸ばし、福本豊氏の持つ記録を46年ぶりに更新した。最終的には世界記録となる13試合連続盗塁を成功させた周東は今季、「代走のスペシャリスト」から「足で試合を左右するリードオフマン」に成長を遂げた。
足のスペシャリスト・周東の韋駄天(いだてん)ぶりは球界では早くから注目を集めていたが、周東の「走り」だけ、主に盗塁での走り方を分析するとどうなるのか?
「滑らかな走りだし、スムーズな加速、無駄のないスライディングまでの重心移動。周東選手のランニングフォームは、陸上選手のそれと比べても素晴らしいと思います。ちゃんとトレーニングしたら躍進目覚ましい日本男子100m陣に迫る走りをするかもしれません」
物理や解剖学、生化学などの観点からランニングフォームを科学的に解析しているランニングコーチ、細野史晃氏は、周東の走りをこう分析する。
「まず注目すべきはスタートの動き出しです。足の力だけに頼って走りだすのではなく、しっかり頭を倒して重心移動で動き出すことができています。頭の重さをうまく使ってスタートを切っているので、走りだしは滑らか。背骨には程よい弛緩(しかん)と緊張が見られますし、倒れ込むときに腕を斜め前、やや下に置いてバランスをとっています。この重心の置き方は見事としか言いようがないですね」
陸上短距離のスタートは、一般的には足の力で踏ん張って加速していると思われているが、蹴り足よりも頭を「下に落とす」ことで上半身の重さをうまく利用する重心移動が重要だという。
「重りが高いところにあるときに位置エネルギーが最大になり、重りが高いところから落ち、位置が低くなると運動エネルギーが高くなる。運動エネルギーと位置エネルギーの関係性について勉強したことを覚えている人もいると思いますが、まさにこの原理がスタートの勘所なんです」
野球の指導では、盗塁は一歩目のダッシュ力が重要という教え方をすることが多いが、一歩目の力強さは重心移動の結果に過ぎず、静止状態から素早く加速するためには頭の重さをうまく使うのが一番効率がいい。
“スイッチ・スライディング”と余裕のリードを生む体の使い方
細野氏は周東が重心移動の感覚をつかめていることが、野手のタッチをかいくぐるスライディングにも生きていると指摘する。
「周東選手のスライディングは、スピードがあまり落ちませんよね。それどころか加速しているようにすら見えます。これも重心移動がスムーズにできていることが影響しています。高い位置から低い位置へ重心を移動させることができるため、スムーズにスライディング姿勢に入ることができ、スピードと高さを生かしたスライディングができているのでしょう」
左右どちらの足でも滑ることのできる“スイッチ・スライディング”は周東の盗塁成功率を上げる要因の一つといわれているが、重心を高いところから低い位置へスムーズに移動できる感覚をつかんでいるからこそ、スムーズに、左右どちらの足でもスライディングができるのだという。
もう一つ、リードから相手投手のフォームをうかがいつつスタートを切る一連の動きにも重心移動を理解した体の使い方が生きているという。
けん制球がくるようなら帰塁する。左右どちらにも素早く反応しなければいけないことを考えると、「頭の重さでスタートを切る」のは盗塁にも有効な技術だ。
「盗塁時には横向きでスタートすることになるわけですが、強く踏ん張ってしまうと一方向にしか進めないというデメリットがあるんです」
阪神が誇る5年連続セ・リーグ盗塁王 “赤い彗星”・赤星憲広氏は、現役時代リードを大きく取ることで有名だったが、投手のクセを読む達人だっただけでなく、重心移動によって「いつでも戻れる」という自信があったのかもしれない。
「過去の映像で赤星さんのリードも拝見しましたが、やはり盗塁を多く成功させている選手はスタートがスムーズという共通点がありますね。盗塁王になるような選手に足から踏ん張って動き出している選手は見当たりません」
頭を進行方向に倒すことでスムーズに運動エネルギーを最大化してスタートを切った周東は、あっという間に最高速に到達する。
「すぐに最高速に入れるのは、『リズムの良さ』が大きく影響しています。周東選手は、重心移動で生まれる走りのリズムに体のタイミングを合わせるのがとてもうまい。無理に腕を振るわけでも、足を強く蹴り上げたりするわけでもなく、ひたすら走りのリズムに合わせてタイミングをとっているんです」
走るという動作は、片足交互ジャンプの連続ともいえる。体のバランスをわざと崩し、片足でジャンプする、一瞬安定を取り戻し、またアンバランスな状態に体を持っていく動作の繰り返しだ。周東はこのバランスの崩し方、タイミングの取り方が絶妙なのだという。
「速く走るために重要なのは、弾むような縦のリズムを感じながら身体の各部位を連動させる動きです。周東選手は、走りの中で意図的にバランスを崩した後に腕でバランスとタイミングを取っています。足はそこについてくる。この走り方は、高校生のときのサニブラウン・ハキーム選手の走りに似ています。このときのサニブラウン選手は、まだ身体ができていなかったため、腕をうまく使って絶妙なバランスをつくって走っていました。今は体幹部で身体を支えることができるようになったので腕の動きの重要性は薄れましたが、周東選手は腕の使い方がとてもうまいと思います」
乱発される「50m走日本記録」日本球界にはボルト並みがゴロゴロ?
では、周東の走りは陸上選手を基準としても突出しているのか? プロ野球選手や高校球児の『50m走のタイム』はしばしば議論の的になるが、「周東の50m走の記録」とされているのが5秒7というタイムだ。日本記録は朝原宣治の5秒75。ウサイン・ボルトが100mの世界記録をつくったときの50m時点のタイムが5秒47。日本球界には朝原超え、ボルト並みの記録保持者が複数いることになっている。
「これについては、手動計測と電気(機械)計測の違いなどがありますから、『勘弁してよ』と思いつつも、正面から受け止めて問題視している陸上関係者はいないと思いますよ。そもそも塁間の27.431mを速く走る野球選手に必要な能力、技術と陸上選手に必要な足の速さはまた別ですからね」
眉唾の50mの持ちタイムはともかく、近年重要性が高まったことで各球団にも増えてきた快足選手たちの中でも周東は「ちゃんとトレーニングを積めばもしかしたら」という可能性を感じさせる選手だという。
「速く走るために必要な要素は、重心移動、バネ、タイミングなのですが、周東選手はバネについてだけ改善の余地があります。しかし、野球の中での走り、30mくらいの距離においては、重心移動とタイミングで事足りてしまう。30mまでの一次加速の動きでは周東選手もかなり速いので、30mから60mの二次加速、失速局面などの身体の使い方を覚えれば日本トップクラスのスプリンターになれる可能性はある。それくらいナチュラルに理にかなった走りを身に付けているんです」
野球界と陸上界の接点でいえば、1968年メキシコ五輪の100m日本代表だった飯島秀雄氏がオリンピック出場翌年の1969年、ドラフト9位でロッテに入団、3年で23盗塁に終わった例がある。
「飯島さんは陸上選手としてもちろん存じ上げています。プロ野球選手が陸上選手とトラックで競っても勝てないように、野球というゲームの中での27.431m走では陸上選手もその速さを発揮できないということでしょう」
異種格闘技、「もし戦わば」は、ファンとっても夢のある話だが、細野氏の分析では、周東の速さは30mまでなら陸上トラックでも十分に可能性を感じさせるものであり、重心移動とリズム、タイミングのつかみ方の良さから、現状足りていない30m以降の走り、バネによる加速についてもトレーニングに専念すればあるいは……と感じさせる逸材だという。
今季後半は出塁率も高まり、不世出の盗塁王、プロ野球の記録の中でも“不滅に近い”とされている福本豊氏の連続盗塁記録を更新した。「世界の盗塁王」の背中をついにとらえた令和の韋駄天の「足」から目が離せない。
<了>
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PROFILE
細野史晃(ほその・ふみあき)
HS総合研究所CEO/所長。Sun Light History代表、脳梗塞リハビリセンター顧問。解剖学、心理学、コーチングを学び、それらを元に 「楽RUNメソッド」を開発。『マラソンは上半身が9割』をはじめ著書多数。子ども向けのかけっこ教室も展開。科学的側面からランニングフォームの分析を行うランニングコーチとして定評がある。
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