なぜ広島は“ドラフト上手”なのか? 伸びる選手を見抜く、スカウト独自戦略3カ条
今年も間もなくプロ野球ドラフト会議が始まる。各球団、現在のチーム状況や将来図、チームカラー、ドラフト候補の特性などさまざま観点から戦略を練り、当日に臨む。特に広島カープは昨年のドラフトで、現在リーグ4位の防御率2.21、チーム最多の8勝を挙げている森下暢仁を一本釣りするなど、そのドラフト力は特筆すべきものがある。今再び脚光を浴びる“広島オリジナル”のスカウティング力とドラフト戦略の裏側に迫る。
(文=小林雄二、写真=Getty Images)
次々と若い芽が飛び出てくる広島スカウト陣の“独自の手法”とは
2016~18年にかけて3連覇を果たし、セ界を席巻した広島も現時点で2年連続Bクラス。インターネットなどでは「暗黒期の再来」「お先真っ暗……」といったワードも見られるが、シーズン後半には、必ずしもそうとは思えない要素も見えてきた。
若手の台頭だ。
今季、初の1軍登録を果たした若手を見てみると野手では中村奨成(3年目)、正隨優弥(2年目)、羽月隆太郎(2年目)、大盛穂(2年目)、林晃汰(2年目)、桒原樹(6年目)、投手では藤井黎來(3年目)、田中法彦(2年目)の8名。ドラ1ルーキーの森下暢仁はエース格の活躍を見せ、ドラ2の宇草孔基もシーズン終盤にプチブレイクするなど、若い芽がピョコピョコと顔を出したのは明るい材料である。
そんな事情を裏で支えているのがスカウト陣だ。2020年のドラフトも目前に迫った今、他球団とは一線を画す広島スカウト陣の独自の手法と選手の見方を、ちょっと余談的な「3つのキーワード」から見てみたい。
その1:重視する数字と、重視しない数字の切り分け
「よその球団は選手のデータを重視しているようだけど、うちのスカウト会議にデータが出てくるようなことはない」という松田元オーナーの言葉に見られるように、広島はあまり数字を追いかけない。その理由は、例えば大学野球なら「大学のレベルが違う」から、勝敗や防御率は気にしない。苑田聡彦スカウト統括部長によると「グラウンドの広さや対戦投手が違うし、土日以外に試合をする学校もある。そこで本塁打数を取り上げても意味はない」から通算本塁打数や三振の数なども同じく、気にしない。
ではどこを見るか。
「スイングの強さやタイミングの取り方」(苑田スカウト)だ。三振にしても「自分の間で振れているかどうか。同じ三振にしても、評価できる三振と評価できない三振があります」と言う。そこを見る。
投手の場合は技術と球速以外で、例えば打たれた球でもう一度勝負するような気持ちの強い投手に出会えれば、これは“買い”。苑田の場合、その最たる例が黒田博樹だ。
野手は13項目、投手は22項目。重視する数字は……
とはいえ、全ての数字を無視するわけではなく、「投手なら球速だけ(は見る)。(加えて)肉体に関する数字(遠投や塁間のタイム)は見る」。大学時代はいわゆる“中央球界では無名の選手”だった菊池涼介や薮田和樹、床田寛樹、大盛穂らを担当した松本有史スカウトは右手にビデオ、スピードガン、左手にはストップウォッチを抱え、スピードガンで投手の球速を、ストップウォッチで塁間走や捕手の二塁送球を記録する。一塁までの脚力は左打者は4秒0以内、右打者は4秒1以内、捕手は二塁までの送球2秒0以内が評価基準。例えば菊池の場合は3秒9、野間峻祥は3秒8だったそうだ。
これらの数字を各スカウトが収集し、特注のスコアブックに書き込まれたものがスカウティングリストの基礎データとなる。スコアブックに書かれる項目は野手の場合、「脚」「パンチ力」など13項目、投手は「腕の振り」「けん制」など22項目。それらを数値化して選手を評価する……というのがざっくりとした流れになる。
ちなみに、2018年の育成ドラフト1位から支配下を勝ち取り、今季、1軍デビューを果たして爪痕を残している大盛穂は、静岡産業大3年時から社会人のセレクションを兼ねた練習会に参加を重ねたが声は掛からず。それどころかクラブチームからも「NO」を突きつけられた“経歴”の持ち主だ。そんな大盛を育成とはいえ、きっちりスカウティングしているあたりに、広島流のスカウト力が垣間見える。
その2:ユニフォームの着こなしと人間性
かつて広島で2度の監督経験を持つミスター赤ヘル・山本浩二が、自身の監督時代に入団してきた前田智徳の印象を聞かれた時に、こう答えたのを思い出す。
「ユニフォームのね、着こなしがいいんですよ」
打撃センスや走力じゃなくて“そこかい!”と言いたくもなるのだが、広島というチームはスカウトも“そこ”を見るから面白い。例えば、鈴木誠也の獲得に尽力し、それを成功させた尾形佳紀スカウトは、鈴木のポテンシャルもさることながら「ユニフォームの着こなし、立ち居振る舞いが違う。立ち姿がカッコ良く、走る姿もいい」と惚れ込んだ。尾形スカウトにその真意を確認したことはないが、おそらくそれは、グラウンドでの存在感であり、さらにいえばオーラといったところになるのだろうか。筆者も高3時の鈴木誠也を夏の都大会で見たことがあるのだが、確かに鈴木は違っていた。変な表現だが、デーゲームにもかかわらず、投げる鈴木、打つ鈴木、そして走る鈴木に、常にスポットライトのような光が射していた……ように見えたのだ。加えて、とてもデカく見えた。“すごいな、この選手……”。そう思ったのが鈴木だった。
閑話休題。
広島は人間性も見る。チームメート、監督、コーチとの接し方まで注意深く見守る。広島のスカウトが、試合を終えてもグラウンドから簡単には離れないのはそのためだ。前出の松本スカウトの言葉を借りると「僕は午後(練習)も見る。試合で見えないものが練習にはある」
苑田スカウトも言う。「性格は重視する。練習中や試合中の姿を見れば大体分かる」。
前田健太に惚れ込んだスカウト、宮本洋二郎氏の慧眼
前田健太の担当スカウトだった宮本洋二郎(2013年退任)の話もまさにこの伝統に合致する。
「マエケンに惚れ込んだのは技術だけじゃなかった。ある試合で、投げていたマエケンが投手交代で外野守備に替わったことがあった。その時、次の投手に一言、二言、声を掛けているんです。内野手にも、チームメートみんなに。伸びる子はコミュニケーション能力が高い。同級生も上も下も、監督も、あいつは練習中も試合中も変わらず、分け隔てなく接していた」
この話を受けて前田は自身のYouTubeでこんなことを語っている。
「そんなところ見てもらってたなんてまったく気にしてなかった。無意識にしていたことが、まさかスカウトが評価されてたなんて思ってなかったんで、すごくうれしかったですね」
ちなみに、宮本スカウトにはもう一つのチェックポイントがあったという。それは……、 「投手も野手もまずはお尻を見るんです。名前もポジションも分かっていない試合前の練習から“いい尻”を探す。下半身がどっしり、身体に軸ができるということは、馬力があるということ。それでこの子、面白そうやなと思ったら、キャッチボールからずっと追う。マエケンもそうやって見つけた。いいケツしていた」。
(YouTube『マエケンチャンネル』より引用)
前田は投手としてのポテンシャルのみならず、野球への取り組み姿勢も、そして“おケツ”までもが広島基準だったのだ。
その3:惚れたら、とことん惚れぬけ! 広島流「聖なるストーカー作戦」
「うちは、惚れた選手しか(上に)推薦しない。“惚れなかったら取るな”と言っている」と苑田スカウトは言う。その苑田スカウトが、自らそれを実証してみせていたエピソードを黒田博樹の著書『決めて断つ』(ベストセラーズ)に見ることができる。
<3年生の終わりごろから、グラウンドに一人の男性が来るようになっていた。(中略)日本にはプロアマ協定というのがあって、プロのスカウトの人がアマチュアである大学生に話し掛けることは禁じられている。だから(中略)スカウトの人は僕をじっと見ているだけだ。(中略)大学4年生になり、1部リーグでプレーし、ストレートの表示が150キロを超えた後くらいから、グラウンドにやってくるカープ以外のスカウトの人たちも増えた。しかし、決して話し掛けるわけでもなく、遠くからじっと自分の投球を見ているカープのスカウトの方の姿が頭から離れなくなっていた。しかも、話さないだけでなく、苑田さんは自己紹介さえもしなかったのだ。(中略)カープとはそういう球団なのだ。足を運び、姿勢を理解してもらう。カープ的なアプローチというものがあるとすれば、この苑田さんのやり方こそがそれだった。僕は、その姿勢に、心を打たれた>
(『決めて断つ』より引用)
前出の宮本スカウトも前田に対してまったく同じようなアプローチを行っている。「惚れたら毎日でも行く。これは口説くためだけではないよ。選手の変化を見逃さないためでもある。誰よりも早くグラウンドに来て、選手が出てくるまで待つんです」。
それを前田から見ると、こうなる。
「グラウンドに毎日。スーツ着ているんですよ。“毎日来ているけど誰なんだろう、このおじいちゃん”と思って、ずうっとあいさつしていて、そしたら学校の人から『カープのスカウトの人だよ』って教えてもらって。でも、スカウトの人と生徒はしゃべっちゃいけないから、話すことは一回もない。『おはようございます』、それくらい。で、毎日朝から晩まで、一番最初に来て最後までいてくれたんだよね。俺のこと、見てくれて。そんなスカウトがいてくれたから、僕はカープに入ることができた。感謝の気持ちでいっぱいです」
(YouTube『マエケンチャンネル』より引用)
大瀬良大地と田村恵スカウトの絆
もう一人。
大瀬良大地の担当だった田村恵スカウトは大瀬良が長崎日大高時代の高3春、九産大九州高との練習試合で大瀬良に出会って一目惚れ。この試合に他球団のスカウトは誰もいなかったという。それから田村は学校に通い詰めたが、大瀬良によると「プロのスカウトに見られているなんて、想像すらしていませんでした」。なぜならこの当時の大瀬良の頭に「プロ」の二文字は入っていなかったからだ。それでも間もなく、“グラウンドで頻繁に見かける、眼鏡をかけた人=田村”の存在に気付くようになる。
そして広島は同年のドラフト上位候補としてリストアップするも、大瀬良は九州共立大への進学を表明。それでも田村は大瀬良を追いかけ続け、4年後のドラフト(2013年)での指名にこぎつけた。ドラフトでは広島以外にもヤクルト、阪神が大瀬良を指名したために抽選となったが、通常であれば監督や球団幹部が務めるくじ引き役に球団は、オーナーの発案で田村を指名。
この時、大瀬良は「田村さんは僕が大したことない時から見てくれていた。やっぱりずっと見てくださっていたので“田村さんに引いてもらいたいな”という思いで見ていて……。田村さんが引いてくれた時は“よかったな”とホッとしました」という。
一方の田村はこんなコメントを残している。「クジで当たったことよりも、社長と監督が“大瀬良でいく”と言ってくれたことが、うれしかった」。
“惚れたら、とことん惚れぬけ”なんて、まるで落語の人情話か昭和の浪花節だが、広島にとっては今もって、それが普通の「心得え」なのである。
さてさて、間もなくドラフトだ。今年、広島に惚れられたのはどんな面々なのだろうか。
<了>
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