なでしこジャパンは本当に強くなったのか? 世界王座への挑戦支える3つの「強さ」
現在開催されているFIFA女子ワールドカップに出場しているなでしこジャパンが、32カ国中最速でノックアウトステージ進出を決めた。多彩なパターンで7ゴールを決め、ワールドカップでは初となる2試合連続クリーンシートを達成。31日に行われるグループステージ第3戦のスペイン戦、優勝候補が待ち受けるノックアウトステージでも、その力を示すことができるだろうか。今大会のなでしこジャパンの強さを3つの要素から考える。
(文=松原渓、写真=新華社/アフロ)
2連勝で海外メディアの評価が上昇中
なでしこジャパンが、いよいよ世界の壁に挑む。
女子ワールドカップでコスタリカとザンビアに勝利して連勝スタートを切った日本は、同グループのスペインとともに、32カ国中最速でグループステージ突破を決めた。7月31日の第3戦で、グループ首位通過をかけてスペインとの大一番を迎える。
日本は2試合で7ゴールを決め、女子ワールドカップで史上初の2試合連続クリーンシートを達成。組織的な守備で相手の良さを消し、多彩なコンビネーションで6人の選手がゴールを決めた。
開催国であるニュージーランドのメディア「Stuff」は、「日本は切れ味のいいパスとフィットネスレベルの高さを際立たせている」と分析。他のグループの強豪国がゴールを奪うのに苦労していることを例に挙げ、「日本は2011年のワールドカップの優勝を再現する可能性を示した」と報じた。
もちろん、まだランキング上位の強豪国とは対戦しておらず、すべては可能性にすぎない。それでも、6月末の国内合宿からの1カ月間でチームの戦術的練度や一体感は目に見えて高まってきており、期待は高まる。
なでしこジャパンは本当に強くなったのか? 池田太監督体制発足からの1年10カ月を振り返ると、チームのレベルアップを裏付ける3つの要素が見えてくる。
プロとして個を確立した選手がそろう
以前の代表には働きながらプレーしている選手もいたが、今大会に参加している23人は全員がプロ。日本のトップリーグは2021年にプロ化されてWEリーグが発足し、選手はサッカーと向き合う時間が増えて心身ともにパワーアップしている。それに比例して、WEリーグでもロングボールやミドルシュートを使った迫力のある攻撃が増えた。
海外のトップリーグでプレーする選手が増えたのも大きな変化だ。今大会に参加している9名の海外組は、全員が所属クラブでレギュラーを張る。選手たちの成長、環境の変化は今大会のなでしこジャパンの強さの理由の一つだ。
わかりやすい変化は、フィジカル面の向上だろう。NWSL(アメリカ女子プロサッカーリーグ)でプレーするMF杉田妃和は、「日本のサッカーは持久力が必要ですけど、アメリカでは一発の動きや瞬発力も大事になってくる。体を大きくしようと取り組んだわけではないのですが、自然と筋肉がついたと思います」と話す。
同じくNWSLでプレーするMF遠藤純は、身体能力の高い選手と競い合うことで、もともと速かったスピードがさらに上がった。日本では30km/時に届かなかった最大スピードが32km/時まで伸びたという。
イングランドでプレーするMF長谷川唯、MF長野風花、MF林穂之香、DF清水梨紗らは日頃から強度の高いプレーに慣れ、キックやクロスの飛距離が伸びた。
そうした適応力は、戦術面にも及ぶ。マンチェスター・シティで攻撃的MFから中盤の底にコンバートされた長谷川唯は、こう話していた。
「イングランド(リーグ)では相手をよく分析して、それによって戦い方を変えるチームが多い印象です。(マンチェスター・)シティはボールの回し方が何通りかあって、相手のプレスによって動かし方を変えたり、相手の回し方によってプレッシャーのかけ方が提示されます」
そのように、状況に応じたさまざまな戦術の型を学びながら、広い視野で周囲を生かす術を磨いた。長谷川の戦術眼の高さは、試合中の日本の修正力を支えている。
また、「見られること」への意識も変わった。
ヨーロッパではダービーや、UEFA女子チャンピオンズリーグの試合で数万人の観客が熱狂する。一方、NWSLはプロ選手に憧れる大勢の少女たちも試合を見にくる。遠藤がプレーするエンジェル・シティは昨季、1万9000人を超える平均観客数を記録した。
「大人数の観客の中でプレーすることに慣れたので、プレッシャーになることはなく、逆に声援を力に変えられるようになりました」
そう語っていた遠藤は、グループステージ第1戦のザンビア戦で日本の4点目を決めた後、両手を空に向かって大きく広げ、全身で喜びを表現した。
強豪との対戦で高まった対応力。転機はイングランド戦
2021年の新体制発足から、池田監督がチームコンセプトに据えてきたのは「奪う」というキーワード。前線からアグレッシブにプレッシャーをかけて敵陣でプレーすることを理想としつつ、相手によって戦い方を変えられるようにバリエーションを増やしてきた。
また、コーチングスタッフが攻守やセットプレーのさまざまなパターンを提示して戦術的な引き出しを与える一方、「選手が主体的に考えて意見を発信し、ピッチ内で対応できる」チームを作ってきた。
ターニングポイントになったのは、昨年11月に行われた国際親善試合でのイングランド戦だ。後半に3失点と崩れ、結果は0-4の完敗だった。相手はヨーロッパ王者で、日本は3バックのシステムを使い始めてまだ3試合目だったが、点差以上の差を感じる衝撃的な内容だった。キャプテンのDF熊谷紗希は、「入りから飲まれてしまった。相手によって自分たちができること、できないことがあると思うし、判断材料や戦う術を増やしていかなければいけない」と危機感を露わにした。
この敗戦から多くの修正材料を得た日本は、短期間の活動の中で選手間でもミーティングを重ねて細部の修正を繰り返し、3-4-2-1のシステムの完成度を高めていった。
そしてイングランド戦の3カ月後、日本はワールドカップ2連覇中の世界王者・アメリカとの試合で一つの手応えをつかむ。ボール支配率はほぼ互角で、シュート数はアメリカの3倍となる15本を記録。結果は0-1で破れたものの、代表のキャリアでアメリカと15回以上対戦している熊谷も、「アメリカに対して一番手応えのある試合でした」と振り返った。
FW植木理子は、「イングランド戦と同じように前半0-1で負けていても、(ロッカーの)雰囲気が全然違いました。うまくいかない状況で、割り切って修正しようとする力がついたと思います」と、チームのメンタル的な成長に言及した。
強豪国は、一つのミスも見逃してはくれない。だからこそ、紅白戦や格下との対戦ではわからない自分たちの“死角”に気づくことができる。日本は他にも、昨年からスペイン、ブラジル、カナダ、デンマークなど、力のある国との対戦を重ねて弱さを克服してきた。
「相手に対してどういうプランで臨むか、こちらの分析から共有しながらも、変化が起きた時に、その現象を見つけられる能力と、それを伝えられるコミュニケーション力が選手たちにはあります」
ワールドカップ初戦のザンビア戦後、池田監督はそうコメントし、チームの対応力を称賛した。このチームとしての戦い方が浸透してきたことも現在の強さの理由の一つ。
選手とスタッフの信頼関係
チームの強さを支えるもう一つの原動力は、選手と監督、スタッフ間の信頼関係だ。
「一つ一つのプレーに対して『ナイス!』と声をかけ合ったり、常に全員が声を出して他人事にしていない感じがあるので、すごくいい雰囲気でプレーできています」
ボランチの長野は、試合中のコミュニケーションについて、そう話していた。
また、グループステージ第2戦のコスタリカ戦で先制弾を決め、プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた猶本光は、「選手はもちろんですが、スタッフの雰囲気もすごくいいです。それがチーム全体の雰囲気の良さにつながっていると思います」とコメントした。
池田監督は、報道陣の取材に対しては慎重に言葉を選び、戦術的なことについて多くは語らない。だが、選手たちが話す監督像は違う。準備や戦略が緻密で、選手には大胆にプレーすることを求め、一人一人を熱く鼓舞するモチベーターである。
「試合でやりたいことやフォーカスしたい部分をはっきり示してくれるので、クリアに試合に入れます。親しみやすくていろんな話ができるところは魅力的ですし、監督の熱量に引っ張られていい方向に向かえていると思います」(林)
「太さんが選手の良さを使い分けてくれるので、出た選手が最大限プレーして次の選手にバトンタッチすることができます。みんながポジティブに、ということを大事にする監督なので、それがこのチームの色になっています」(FW田中美南)
「太さんだけでなく、どのスタッフも全力で惜しみなくやってくれるからこそ、自分たちもそういう熱さを引き出されている部分があります」(GK田中桃子)
さまざまな壁を乗り越え、この1カ月間でより揺るぎないものになった信頼関係と、指揮官の“熱”の伝播。それらがチームに力を与えている。
世界のレベルは、4年前よりも確実に上がっている。だが、個を確立し、強豪国との試合で戦術的多様性と組織力を磨いてきた日本も、着実に力をつけてきている。
グループステージ第3戦のスペイン戦、そしてその先のノックアウトステージで、その真価が試される。
そびえる壁は高いが、そこには成長のヒントもたくさん転がっている。それらを試合の中で一つずつ自分たちのものにしていくことができれば、最大7試合を戦うことも夢ではないはずだ。
<了>
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