なぜ浦和レッズレディースはこれほど強くなったのか? 国内2冠達成で新時代到来。逆境を覆した4つの理由

Opinion
2023.06.08

WEリーグで、三菱重工浦和レッズレディースが初優勝を飾った。ほとんどの試合で複数得点を記録し、猶本光、清家貴子、島田芽依の3人がキャリアハイのゴール数を記録するなど、圧倒的な攻撃力で観客も魅了。開幕前、主力のケガなど、厳しい台所事情で追い詰められていたチームが、カップ戦と合わせて国内2冠を達成できた理由に迫った。

(文・写真=松原渓)

逆境を覆して国内2冠達成

キャプテンの柴田華絵が優勝カップを掲げると、人差し指を天に突き上げた選手たちの笑顔が弾けた。

クイーンの『We Are the Champions』とともにゴール裏の大旗がたなびき、今季最多の4905人の観客が入った浦和駒場スタジアムの空気が震えた。

WEリーグ第21節。大宮アルディージャVENTUSとの埼玉ダービーに4-0で圧勝した三菱重工浦和レッズレディース(以下:浦和)が、WEリーグ初優勝を決め、リーグカップに続く今季2冠目となった。

浦和のスターティングメンバーには、160cm台後半から170cm台の長身プレーヤーがズラリ。その多くが代表経験者で、対戦相手の選手から「浦和の選手はパワーやスピードがあって外国人選手と対戦するイメージ」と言われるほどの個の強さがベースにある。加えて、生え抜きの選手や在籍歴の長い選手たちが織りなす成熟した連係も強みだ。

その礎を築いたのは、2019年から2シーズン指揮を執った森栄次前監督(現アカデミーダイレクター)。同氏は個のテクニックや身体能力に頼りがちだったサッカースタイルを、自陣からつないで崩すポゼッションスタイルへと変化させた。そして、2020年には6年ぶりに国内リーグを制し、勢力図を塗り替えた。

だが、連覇を目指す上では懸念されることもあった。「主力の固定化」だ。それは相手に対策されやすく、替えの利かない選手のケガが致命傷になりかねないリスクをはらんでいた。

プロリーグになって初年度の昨季は、シーズン序盤にボランチのMF栗島朱里がケガで離脱してから3連敗と苦しんだ。その穴は百戦錬磨のFW安藤梢が埋めて持ち直し、皇后杯で初優勝したものの、リーグ戦はINAC神戸レオネッサに独走を許して2位で終了した。

そして今季は、開幕前に大きな試練が待ち受けていた。センターバックのDF南萌華(現ASローマ)が海外挑戦でチームを離れ、GK池田咲紀子が代表活動中に右膝前十字靭帯損傷で長期離脱。さらに、センターバックのDF高橋はなも代表活動中に池田と同じケガを負い、守備陣の人材不足は深刻だった。

「ケガ人が多くて1勝もできないかもしれない、と思うレベルの危機感がありました。優勝なんて考えられなかったし、個々が本気で成長しないと難しい、と思いました」

そう振り返ったのはFW清家貴子だ。厳しいシーズンだったことは、「ずっと苦しかったし、簡単な試合はなかったです」というMF猶本光の言葉からもうかがえる。

しかし――。フタを開けてみれば、コンスタントに勝ち点を積み重ね、首位を快走。INAC神戸、東京NBらライバルを振り切り、16勝1分2敗、45得点17失点と王者にふさわしい内容で優勝を掴んだ。

“新加入なし、補強なし”選択も、個が飛躍的に成長

主力に多くのケガ人を抱えながら、なぜ、浦和はこんなに強かったのか。その理由を辿ると、4つの要因が見えてくる。

1つ目は、控えに甘んじていた若い選手たちが大きく成長したことだ。そのきっかけをつくったのは、森前監督から指揮を引き継いで2年目の楠瀬直木監督である。

浦和は今季、“新加入なし、補強なし”で戦うことを選択。そこで楠瀬監督は若手選手や出場機会が少なかった選手らにチャンスを与えたのだ。

サイドバックのDF遠藤優、GK福田史織、FW島田芽依らユース出身者がレギュラーの座を射止め、南や高橋の離脱で穴が空いたセンターバックには、昨季JFAアカデミー福島から加入した19歳のDF石川璃音が抜擢された。

「石川にはポジションの近い安藤や長嶋(玲奈)、島田には菅澤優衣香や猶本、清家がいい声かけをしてサポートしてくれました。(キーパーの)福田は安藤の支えも大きく、安心してマウスを守れたと思います。そういう先輩たちの中で、彼女たちは伸び伸びと臆することなくプレーできたので、いい循環があったと思います」(楠瀬監督)

指揮官は、レギュラー陣にもステップアップするための試練を課した。サイドハーフだったMF塩越柚歩はボランチに初挑戦。MF柴田華絵の隣で学び、守備力を高めた。また、前線でプレーすることが多かったMF水谷有希は左サイドバックにコンバート。1対1の対応などを向上させ、“最強のオールラウンダー”になりつつある。

何より驚いたのは、フォワードを本職とする安藤を、センターバックの石川の相方に抜擢したことだ。プロとして20年以上のキャリアを持つ安藤だが、センターバックは「人生初」。それでもチーム事情を鑑み、難しい役回りを快く引き受けた。

キレキレのスライディング、勝負どころを逃さない判断力。そして、「もっとサッカーがうまくなりたい」という探究心。

「ディフェンダーは周りの選手と連携しながらみんなで守る楽しさがありますし、我慢してしっかり守った中で、前の選手がゴールを決めてくれて勝ったときは格別です」

そう話した背番号10は、シーズン終盤にはすっかり最終ラインの「顔」になっていた。

レギュラー陣とサブのハイレベルな競争

2つ目は、レギュラー陣とサブのハイレベルな競争だ。

清家は、終盤まで足が止まらない理由について、「練習の紅白戦などで、『ギアを上げないとまずい』と思わせてくれる選手がいっぱいいるんです」と話していた。

MF丹野凜々香やMF角田楓佳、FW西尾葉音らユース出身者に加え、もともとレギュラーだった栗島、DF佐々木繭、DF長船加奈らがケガ明けで復帰してからは、競争が激化。交代で入った選手はレギュラー陣と遜色ない強度の高いプレーで存在感を示し、層の厚さを感じさせた。

「フェアな競争の中で、ダメなものはダメ、という基準値はしっかり守っていました。ベテランで出番がない選手たちが真面目にトレーニングに取り組んでくれていたので、競争のルールをしっかりつくって、うまくチームが回るように心がけていました」(楠瀬監督)

戦術面で楠瀬監督が力を入れたのは、守備の土台。ハイプレス、時間帯によってブロックを作る守備など、戦い方の幅を広げ、「いい守備からいい攻撃」をよりスムーズに体現できるようになった。

戦い方のプランを明示した森前監督に比べると、楠瀬監督はピッチ内の調整は選手に任せることも多かったようだ。

先制されても、逆転されても、最後は勝ち切る――。昨年に比べて、勝負強さが増したのは、選手間の強固な信頼関係がゲームマネジメントに反映された面も大きいのだろう。

実力とリーダーシップを兼ね備えた3人

3つ目は、言葉と背中でチームを引っ張れる選手たちの存在だ。

特に、優勝が見えてきたリーグ終盤戦は、安藤、柴田、猶本らのリーダーシップが、慢心や油断の付け入る隙を許さず、チームの勢いを加速させた印象がある。

清家が一つのターニングポイントとして挙げていたのは、第16節のサンフレッチェ広島レジーナ戦だ。前半終了時点で1点をリードされていたが、ハーフタイムに安藤が「自分たちの力を見せる時がきたよ」と活を入れたことで、選手たちの心に火がつき、後半に2点を奪って逆転勝利を収めた。

また、第18節のINAC神戸戦では上位対決を制して気が緩みそうな場面で柴田や安藤が「まだ何もつかんでいないから、もう一回しっかりやろう!」と練習の空気を引き締めたという。

優勝に王手をかけていた第20節のAC長野パルセイロ・レディース戦では、終了間際に衝撃的な逆転負けを喫した。試合直後は下を向く選手も多かったが、猶本が「一敗したからって、暗い雰囲気を出すんじゃない」と一喝。ネガティブなメンタリティの連鎖を食い止めた。

このように、実力とリーダーシップを兼ね備えた選手が複数いることは、他のチームとの大きな違いだったように思う。

「誰でも点を取れる」得点力の背景に“安藤塾”

4つ目は、得点力アップだ。昨季、トップ10入りを果たしたのは得点王に輝いた菅澤(14点)だけだったが、今季は11ゴールの清家、9ゴールの菅澤、8ゴールの島田、6ゴールの猶本と、菅澤以外のアタッカー3人がキャリアハイのゴール数を記録してランクインを果たした。

中でも、MVPを挙げるなら猶本だろう。正確なクロスやアシストで多くのゴールをお膳立てし、守備の起点にもなった背番号8は、プレーヤーとして旬を迎えているように見える。

猶本と安藤の師弟関係は有名だが、実は安藤を師匠と慕う選手はたくさんいる。清家や島田らFW陣の決定力を向上させたのも、練習後に行われていた“安藤塾”だ。安藤は筑波大学で助教としての二足のわらじを履いており、その言葉は知と経験の宝庫。筋トレや走り方など、塾のカリキュラムは多岐にわたる。

「自分の経験を若い選手たちに伝えて成長してもらえることが自分も楽しいし、レベルアップしてくれたらそれが自分の刺激にもなります。ユースから上がってきた選手がクラブに貢献してくれる循環ができたのも、クラブ全体でつかんだ大きな勝利だと感じました」

若い選手たちが右肩上がりに成長していく姿を自分自身に重ねるように、安藤は楽しげな表情を見せた。

厳しい試練を乗り越え、森前監督がつくった豊かな土壌に、楠瀬監督と選手たちが新しい花を咲かせた。

このチームは、まだ強くなる――。そんな、新時代の夜明けを感じさせる勝利だった。

<了>

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