
柏、J1昇格即優勝の再現なるか? 衝撃の「13-1」は新たな戦いの序章にすぎない
明治安田生命J2リーグ最終節。13-1という誰も予想しなかった結末となった柏レイソルvs京都サンガF.C.の試合は大きなニュースとして取り上げられた。
Jリーグ初の二桁得点となった13点という点数について、そして8得点を記録した「オルンガすごい」という選手個人についてばかりが先行して話題となる中で、なぜこの点差が生まれたのかについて改めて考察する必要性を感じた。
その考察の先には、この試合に懸けた“誇り高き敗者”京都の覚悟と、1年かけて根づいた柏の“ネルシーニョイズム”が浮かび上がってきた。
(文=鈴木潤、Getty Images)
柏ならではの“入念な準備”が生み出した13得点
柏レイソルが仕掛けた攻撃のほとんどがシュートまで完結し、さらにそのシュートが次々とネットへと吸い込まれていく。明治安田生命J2リーグ最終節となった第42節の京都サンガF.C.戦で、柏レイソルは13得点を奪う記録的スコアによる大勝を飾り、2019年シーズンを締めくくった。
第41節のFC町田ゼルビア戦でJ2優勝とJ1復帰を決めた柏にとって、最終節の京都戦は何も懸かっていない“消化試合”だった。だがそれは、あくまで外野側の視点である。優勝を決めたとはいえ、チーム内に気を緩める雰囲気は微塵もなかった。実際にネルシーニョ監督は、京都戦に向けて、以下のように意気込みを語っていた。
「最終節だからといって戦力を落とすつもりはまったくない。現状、しっかり準備ができている選手を見て、人選をして、試合に臨みたい」
同時に京都戦の週のトレーニングの雰囲気を問われたネルシーニョ監督は「良い意味でタイトルを取る前と雰囲気はまったく変わらない」とも言っている。
柏がチームスローガンに掲げる“VITORIA”は、ポルトガル語で勝利を意味する言葉だ。前体制時の2010年から2014年もこの言葉をスローガンに掲げ、柏は数多くのタイトルを勝ち取ってきた。当時、ネルシーニョ監督が口にした“VITORIA”をスローガンにする真意は、実に印象的だった。
「勝利という言葉は、言うのは簡単だが、それを手にするのは難しい。そしてすべての試合に勝つことも難しい。しかし勝つための準備だけは絶対に怠ってはいけない」
事実、こういうエピソードがある。2013年のAFCチャンピオンズリーグでは、すでにグループステージ第5戦でグループ首位通過を決めたにもかかわらず「レイソルがピッチに立つ目的は勝つため」と公言し、“消化試合”と見られてもおかしくはない第6戦でも指揮官はフルメンバーを送り込んだ。結果、柏はアウェイでセントラルコースト・マリナーズFCを3-0で撃破した。柏に消化試合はない。それを体現するかのような試合となった。
第二次政権の現在でも「柏がピッチに立つのは勝つため」という目的は一切変わらない。それは監督、選手のみならず、コーチングスタッフ、スカウティング担当の分析チームもまた然り。分析チームが京都の戦い方をスカウティングし、それをもとにネルシーニョ監督は京都戦への準備を進めてきた。13-1で大勝を収めた試合直後のミックスゾーンでは、柏の選手の多くが「スカウティングではカウンターがチャンスになるという話だった」と振り返り、ネルシーニョ監督も会見の場で「京都は守備に切り替わったタイミングで背後に多くのスペースができると分析していた。相手の特徴を踏まえ、我々が準備してきた結果」と決して手を抜くことなく、入念な準備が13得点を生み出したと試合を分析していた。
もし京都が途中で試合を捨てればこの点差は生まれなかった
ただ、いくら柏の京都対策が見事にハマったからといって、ここまで点差の広がる試合になったのは、それ以外の外的な要因もある。
その一つが京都の置かれていたシチュエーションだ。第41節終了時点で7位の京都は、プレーオフ進出のためにはまずは柏に勝ち、そのうえで他力が必要な状況だった。しかも山形、徳島、甲府と勝点で並んだ場合は、得失点差で劣る京都は極めて不利。ただ柏に勝つのではなく、点差をつけて勝つ。それこそが京都が試合前に描いたゲームプランであり、サブメンバー7名のうちGKの加藤順大とサイドバックの冨田康平を除く5名が攻撃的な選手を置いたことが、京都が点を取りにいくという強い意志の表れであろう。
攻撃的なスタイルを持つ京都が、最終節ではそれ以上に前傾姿勢となって柏に乗り込んできた。なおかつ試合では、前半のうちに本多勇喜と田中マルクス闘莉王が立て続けに負傷交代と、最終ラインの選手にアクシデントが発生した。だが前述のとおり、ベンチにはセンターバックのサブを置いていない。点を取らなければならないというシチュエーションに加え守備が手薄になった不運が重なった。
もし京都が途中で試合を捨て、攻める意志を持たずに時計の針を進めることだけを考えていたならば、ここまで点差の開いた試合にはならなかっただろう。むしろ京都が最後まで攻撃の意志を崩さず、いくら点差が広がろうと一矢報いるために果敢に前へ出てきたからこそ、オルンガ、クリスティアーノを中心とした柏の鋭いカウンターが何度も炸裂したのだ。
そしてもう一つの外的要因が、最後までまったく手を緩めなかった柏の選手たちのメンタリティーにある。
6月から8月にかけて、柏は破竹の11連勝を達成した。その11連勝目となったアウェイのFC岐阜戦にて、4-0とリードした柏の選手が、後半の途中から気を緩めたことがあった。気を緩めたチームは、たちまち岐阜の反撃を受け、無失点で試合を終えたものの、失点してもおかしくはない場面を何度かつくられていた。ネルシーニョ監督は、後半途中から選手が見せたその甘さに激怒した。ロッカールームでは厳しい口調で選手たちを叱責し、会見場に姿を見せたときの憮然とした監督の表情は、勝者ではなくむしろ敗者側のそれだった。11連勝で首位を快走していたが、その時の柏はまだ本当の意味で“ネルシーニョイズム”が浸透しているとは言えなかった。
京都戦の大勝は、そんな岐阜戦の出来事が布石となっていた。勝利を貪欲に追い求める指揮官の日々の意識づけの成果か、あれから3カ月が過ぎ、ネルシーニョイズムは夏場に比べて、深くチームに染み渡っていた。第一次政権時の主力で、現在はコーチを務める栗澤僚一は、ネルシーニョイズムを熟知する一人。その栗澤は最終節に向かう選手たちのメンタル状況を次のように観察していた。
「誰も口にしなかったけど、ホーム最終戦で何かを見せなければいけない、俺たちは優勝したけど、勝って良いところを見せよう、そういう雰囲気があった。それに、ここで気を抜けば来年はどうなるかわからないというのは選手も感じていたと思う。そこで結果を出した選手たちはたくましくなったし、少しも甘さを出さなかった」
前節の町田戦でJ2優勝を決めた。しかし来季のJ1へ向けて、すでにチーム内の競争は始まっている。もしここで気を緩めれば、来季のポジション争いにも影響を及ぼしかねない。だから最後まで手を抜かない。
オルンガの覚醒。そしてJ1でタイトル争いをできるチームに
象徴的な例が、京都戦で8得点を叩き出したオルンガである。以前は勝利が濃厚になった展開では足を止め、味方からパスを引き出すポジションを取らなくなるなど、気の緩みを見せていたケニア代表ストライカーだが、そんな彼もネルシーニョ監督の意識づけによってメンタリティーは変化をきたし、京都戦では「適したタイミングで適したポジションを取れたことが、この得点量産につながった」と自身がポジションを取り続けたことが8得点の要因だと述べている。
かつて数々のタイトルを獲得した柏。当時のチームの根底にあったものが“VITORIA”のメンタリティーである。そして5年ぶりに帰ってきたネルシーニョ監督によって、そのメンタリティーが再び柏に根づこうとしている。
こうなると期待されるのが昇格後即J1を制した2011年の再現だろう。もちろんそれは容易なミッションではないが、柏の本来の目的は単なる昇格ではなく、「昇格して、J1で勝てるチームに変貌を遂げること」にある。それを誰よりも理解しているのが、ネルシーニョ監督自身だ。
13-1の大勝を収め、シーズンの全日程を終えた直後から、指揮官の視線は早くも来季へ向けられていた。
「レイソルに関わるすべての人は、大きい夢を持つべきだと思います。今年J1に復帰し、J2のタイトルを獲得しました。ただ、次の瞬間に私の頭の中にあるものは、来年いかにJ1でタイトルを懸けて戦うだけのチームづくりができるかです。そのプロジェクトはもう始まっていますし、そこに向けてしっかりと照準を合わせていきたい」
2019年シーズンのJ2を、Jリーグの得点記録を塗り替える歴史的大勝で終え、サプライズの終幕を迎えた柏。今度はJ2チャンピオンとして、2020年のJ1でのさらなるサプライズを虎視眈々と狙っている。
<了>
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