岡崎慎司が語る、インサイドハーフで見た新しい景色。「30試合出場、わずか1得点」は正しい評価なのか?
2022-23シーズン、岡崎慎司はこれまでとは違った形で充実したシーズンを過ごした。所属するベルギー1部・シント=トロイデンで主にインサイドハーフとして起用され、30試合に先発出場。本来、生粋のストライカーであるはずの岡崎は、どのような思いでこのシーズンを過ごし、どんな発見があり、次なるシーズンに向けてどういった決意を持って臨むのか。そこから見えてきたのはこれまで常に有言実行でここまで戦い続けてきた男の矜持だった――。
(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=アフロ)
「30試合出場、わずか1得点」は正しい評価なのか?
日本代表FWとして長年活躍した岡崎慎司は、37歳となった今でもなお高みを目指して戦い続けている。ベルギー1部リーグのシント=トロイデンで迎える2シーズン目にかける思いは強い。
FWはなによりゴールやアシストといった数字で評価されるポジションといわれる。それだけがFWの仕事ではないという声も増えてきているが、メディア情報の見出しはいまも「〇〇フル出場も無得点」という切り口が多いのが事実。FWやオフェンシブな選手ならばまだしも、それこそ守備的MFやDFの選手でさえ、「スタメンフル出場し、無得点」のような記載を見ることさえあり、評価基準の乏しさを感じないわけにはいかない。
昨季の岡崎への評価も、そうした数字だけで下されているものが少なくない。出場数やチーム内でどのような役割を担っているのかに対する記述もないまま、「30試合に出場しながらわずか1得点」というところだけがフォーカスされ、「岡崎慎司はもう終わった」というテイストの記事がネットに上がるのはやるせない。
加入直後こそFWの位置でスタメン起用されていたが、チーム事情でポジションを一列下げた中盤のインサイドハーフを担っていた。慣れないポジションながら最終節まで全試合で出場したところに監督からの信頼の高さを感じさせられるし、その点をもっと掘り下げて評価すべきであろう。
岡崎本人はどのように昨シーズンの自身のプレーぶりを見ているのだろうか。
「バランスを求められるポジションでしたね。経験値を評価されたというか、大事なところにポジションを取るとか、ボールもらうための動きを丁寧にするというプレーができるから使われたと思っています。他のインサイドハーフの選手と比べても、レシーバーというか、動き回ってうまくボールを受けて、味方を生かすところができていたかなと。特に意識するのはサイドバック、ウイングバックとの関係なんですけど、彼らにどうやってアシストさせるか、気持ちよくプレーしてもらえるかとか、そういうところの楽しみ方があったと思います」
「FWの部分をちょっと一回消して…」「結局は自分に矢印が向くかどうか」
プレミアリーグでセンセーショナルな優勝を果たしたレスター時代にはトップ下の位置からのハードワークで、攻守に味方を生かすプレーぶりが極めて高く評価された経験があり、優勝の立役者の一人として今でもレスターファンから深く愛されている。岡崎自身にもその時の感触はいい形で残っているし、その働きがどれだけチームにとって助けになるかを深いところで理解している。
「自分が入ることによって味方が生き生きするっていうのは、やっぱり自分もやってて楽しい。もともと持っていたそういう部分を最大限に生かそうと考えてプレーしていました。レスターのときはそれだとストライカーとしてやっていけないから、逆に『今に見ていろ!』って反発する感じでモチベーションを保っていたんですけど、今のこのチームではそこの『FWの部分』をちょっと一回消して、自分が周りを生かす、生かされるという部分で、すべてを追い求めるという気持ちでやっていました」
この発言はとても興味深い。生粋のストライカーだった岡崎が、なぜ一度「FWの分を一回消す」ことができたのだろう? 本人がずっと語っているように、FWとしての自分に対する自負は誰よりも強いのだ。FWとしてプレーしたい思いは確実にあるし、その思いまでが消えたわけではない。
ただ、FWとして得点を挙げるためにはまずピッチに立つ必要がある。そのためには監督やチームメイト、そしてファンからの確かな信頼を勝ち取らなければならない。岡崎はその大切さを誰よりもよく知っている。それができないまま、悔しい思いをした過去があるから。監督に評価をされないままピッチに立てないこともあった。逆に評価してくれていた監督が去って立場がガラッと変わった経験だってある。
「結局は自分に矢印が向くかどうか。例えば起用してもらっているのにチームが勝てていない状況の時に、『もっとできたはずだ。もっと俺がなんとかできたはずだ』って思えるか、それとも一生懸命やっている感を出して終わるのか。あるいは試合に出ていないと誰だって腹立たしいけど、でもそこで『じゃあ試合に出るために俺には何ができるんだろう?』って思えるかどうか。そこがけっこう大きな違いになると思うんです」
築いたのは次の一歩への大切な基盤
それぞれのチームにはそれぞれの立ち位置がある。どのチームでも思い描くプレーができるわけではない。そのチームが抱える戦力と組み合わせの中で最大限の成果にチャレンジする中で、自分に求められる役割だって異なってくる。
昨季のシントトロイデンでは岡崎がインサイドハーフとして見せ続けた守備での貢献と攻撃での起点作りがあったからこそ、無事に残留を果たすこともできた。これは岡崎にとって大事な一歩であり、そしてここがゴールなのではない。築いたのは次の一歩への大切な基盤なのだ。
「シントトロイデンに加入してずっと試合に出れたというのは大きい。でもこのままじゃいけないという危機感しかないんです。これで満足しちゃったら、普通の選手になっちゃうから。だから、ここからどうやったらもう一個強みを出せるかっていうところですよね。それがやっぱりストライカーとしての自分だと思っています。それが次の段階になる。今季も全試合で試みて、楽しい部分はかなりあったんですけど、ここから次に求められるのは、そしてもっと上に行くためには攻撃の部分になってくるのはわかっています」
岡崎はいまも岡崎のままだ。“ハードプレー”でチームを助けて貢献していると満足するつもりはまったくない。どんな時でも自分の中の指針がブレてしまわないように、いつでも向上心を持ってやっている。
「昨季のチームだと難しかったことがあるんですけど、例えば逆サイドからのクロスに対して自分が逆サイドからダイアゴナルに相手守備ラインの裏へ走るプレー。これはタイミング的に合えば、1対1のチャンスをもっともっと増やせると感じています。ただ、昨季のチームだと、ボランチやセンターバックからそういうパスが出てくる状況を作れないという事情もあって……。
ゴールするというのは自分だけじゃ無理。でも、もしかしたらやっているサッカーがもう少し攻撃的になったら、もっと決定力を出せる機会が増えてくるという景色が見えています。昨季できていた仕事をしながらさらに7〜10点とれたら、まだまだ自分の評価は上がるかなって思っています」
「これ以上もう上に行けないって思ったら、多分やめると思うんです」
今季から指揮を執るトルステン・フィンク監督は攻撃的なサッカーへのチャレンジを口にしているし、岡崎に対して「右腕的存在」と表現している。FWとしてもまた勝負できることを楽しみにしている岡崎は、さらにバージョンアップするために「前で戦うにはもう一個迫力が必要」とコンディション調整を入念に行い、体作りのところでさらにギアを上げて取り組んでいる。
ストイックに自分を追い込みつつ、リラックスする時間も大切にとる。向上心だけではなく、好奇心も旺盛な岡崎だ。最高のパフォーマンスを出すためにやれることには何でもチャレンジする。
「昨季は相当ハードな練習もありましたけど、休みなくこのチームでやれた。シーズン通してやれたっていうことは、まだまだやれるなっていうところを実感しています。次への材料はかなりできたかな。でもやりようがもっとあると思うんですね。昨季は膝や足首に痛みや疲れがきたりで、そうすると100%でやりたいところを、どうしても85〜90%ぐらいで押さえながらやってしまうんで。だから一回オフにリフレッシュをして、体を一回戻して、今度はそうならないような体作りをやりたいなと思っています。
今でも上を目指しているんで。これ以上もう上に行けないって思ったら、多分やめると思うんですよね。ただシントトロイデンでこれだけ試合に出れたので、それを生かしてもう一回またチャレンジしたいですね。家族のためにも、ヨーロッパで生き残るっていうことも含めて。僕は40歳まではプロ選手として現役で戦うっていうのは決めたんです。僕は決めたことは絶対やりきるんですよ」
そう言って魅せた笑顔は輝いていて、そしてとても力強かった。有言実行でここまで戦い続けてきた。誰に何を言われても、誰がどんな評価をしようとも、自分を信じ、自分と向き合い、自分と戦ってここまできた。
その道はまだ終わっていない。不屈の闘志でチームを救う男は今季もフルパワーでピッチに立つ。
<了>
「同じことを繰り返してる。堂安律とか田中碧とか」岡崎慎司が封印解いて語る“欧州で培った経験”の金言
なぜ日本人は欧州で交代要員にされるのか? 岡崎慎司が海外へ挑む日本人に伝えたいリアル
欧州では教えられた小手先の技術は通用しない。岡崎慎司が目指す、自分に矢印を向ける育成
なぜ異例? 38歳・長谷部誠が破格の5年契約。好待遇の裏にある“求められる理由”とは
浅野拓磨の“折れない心”。「1試合でひっくり返る世界」「自分が海外でやれること、やれないこともはっきりした」
[PROFILE]
岡崎慎司(おかざき・しんじ)
1986年4月16日生まれ、兵庫県出身。ベルギー1部・シント=トロイデン所属。滝川第二高校を経て2005年にJリーグ・清水エスパルスに加入。2011年にドイツ・ブンデスリーガのシュツットガルトへ移籍。2013年から同じくブンデスリーガのマインツでプレーし、2年連続2桁得点を挙げる。2015年にイングランド・プレミアリーグ、レスターに加入。加入初年度の2015-16シーズン、クラブ創設132年で初のプレミアリーグ優勝に貢献。2019年に活躍の地をスペインに移し、ラリーガ2部のウエスカに移籍。リーグ戦12得点を挙げてチーム得点王として優勝(1部昇格)に貢献。2021年8月より同じくラリーガ2部のカルタヘナでプレー。2022年8月にベルギー1部・シント=トロイデンへ移籍。日本代表としても、歴代3位の通算50得点を記録し、3度のワールドカップ出場を経験。2016年にはアジア国際最優秀選手賞を受賞している。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion -
大型移籍連発のラグビー・リーグワン。懸かる期待と抱える課題、現場が求める改革案とは?
2024.10.22Opinion -
日本卓球女子に見えてきた世界一の座。50年ぶりの中国撃破、張本美和が見せた「落ち着き」と「勝負強さ」
2024.10.15Opinion -
高知ユナイテッドSCは「Jなし県」を悲願の舞台に導けるか? 「サッカー不毛の地」高知県に起きた大きな変化
2024.10.04Opinion -
なぜ日本人は凱旋門賞を愛するのか? 日本調教馬シンエンペラーの挑戦、その可能性とドラマ性
2024.10.04Opinion -
デ・ゼルビが起こした革新と新規軸。ペップが「唯一のもの」と絶賛し、三笘薫を飛躍させた新時代のサッカースタイルを紐解く
2024.10.02Opinion -
男子バレー、パリ五輪・イタリア戦の真相。日本代表コーチ伊藤健士が語る激闘「もしも最後、石川が後衛にいれば」
2024.09.27Opinion -
なぜ躍進を続けてきた日本男子バレーはパリ五輪で苦しんだのか? 日本代表を10年間支えてきた代表コーチの証言
2024.09.27Opinion