
なぜリスク覚悟で「2競技世界一」を目指すのか? ソフトテニス王者・船水雄太、ピックルボールとの“二刀流”挑戦の道程
世界一に輝いた経歴を持ち、ソフトテニス界で知らぬ者はいない男が、新たな挑戦を決意した。全米で人気沸騰中の新競技ピックルボールとソフトテニスの“二刀流”だ。両方の競技で世界一を目指す。ソフトテニス界で確固たる実績と名声を築きながら、なぜリスク覚悟の挑戦を決めたのか? 船水雄太の信念と哲学を聞いた。
(取材・文・トップ写真撮影=野口学、本文写真提供=(C)AAS Management Inc.)
全米を熱狂させるピックルボールとソフトテニスの“二刀流“は成功なるか
「もう正直、めちゃめちゃ自信ありますよ!」
力強く宣言するその人の名は、船水雄太。ソフトテニスのトッププレーヤーだ。国内では所属するNTT西日本で日本リーグ10連覇を達成し、国際大会でも日本代表として2015年世界選手権で金メダルを獲得するなど数多くの栄冠を手にしてきた。
そんな男が新たな挑戦として選んだのが、3年連続「アメリカで最も急成長しているスポーツ」に選出され、競技人口が爆発的に増えている「ピックルボール」だ。テニス、バドミントン、卓球の好いとこ取りをしたようなこの新しいラケット競技のプロリーグ、「メジャーリーグピックルボール(MLP)」のプロ選手を目指し、1月から渡米している。
船水がピックルボールと出会ったのは、1年前のこと。初めてプレーしてみた印象は、「ソフトテニスの技術を生かせる」だった。
確かに見た目にもテニスと似ており、実際アメリカではテニスからの転身者が多いという。船水が特に自分の武器になると考えているのは、ボレーの技術だ。 「近年ソフトテニスのトップレベルでは、(お互いに前に出てプレーする)ボレーボレーの展開になる試合が多くあります。ピックルボールは相手との距離が近いので、ボレーボレーが勝負のカギを握ります。僕自身、ボレーが非常に得意なので、そこがピックルボールで一番の長所になるかなと考えています」
日本で生まれたソフトテニス独自の技術が、本場のプロ選手をも驚かす
だが前述の通り、ピックルボールにはテニスからの転身者が多い。船水と同じように、ボレーの技術を生かせるというプレーヤーも多いのではないだろうか?
「硬式テニスの場合、ボレーはイースタングリップやコンチネンタルグリップでラケットを握って、横向きで打つのがスタンダードですが、ソフトテニスはウエスタングリップに近い握りで、体の前で面を作ってさばきます。ボレーボレーの場面での反応スピード、返ってくるテンポがすごく早いという違いがあります」
昨夏、ロサンゼルスを訪れた時のことだ。現地のプロのピックルボール選手たちは、ソフトテニス流のボレーを見て笑ったという。だが、ボレーボレーの場面では相手選手の“時間を奪う”ことができ、勝利することもできた。現地のコーチからも「そのままやった方がいいよ!」とお墨付きをもらい、さらにはプロのピックルボール選手たちからレッスンしてくれとまで言われたのだ。
「日本で生まれたソフトテニスというスポーツの独特の技術が、アメリカの新興スポーツでどれだけ通用するかというのは、すごく楽しみでワクワクするところです」
逆にソフトテニスをやってきたことで難しいと感じる点はあるのだろうか?
「ノンボレーゾーンですね。ネット周辺にノーバウンドでボールを打ってはいけないゾーンがあるんですけど、ソフトテニスでは打った後にできるだけネットまで詰めていくというのが体に染みついていて、ついその送り出しの一歩が出ちゃう。ノーバウンドでたたけるかなと思っても手が届かなくて、テニスだったらチャンスボールなのに、とか。そのあたりはテニスと頭を切り替えて、適応していかなきゃいけない部分ですね」
ピックルボール挑戦は、ソフトテニスの技術を進化させられる
ロサンゼルスで確かな収穫と自信を手にした船水だったが、ピックルボール挑戦には当然リスクも伴う。MLPは男子が48人という狭き門で、ドラフト指名される保証など当然どこにもない。大会で勝たなければ賞金も得られない。二刀流で続けるとはいえ、ソフトテニスの練習にかける時間は当然減るだろう。ソフトテニスの成績が低迷し、これまで築き上げた実績と名声に傷がつく可能性だって考えられる。
それでも、船水がピックルボールへの挑戦を決めたのは、なぜだろうか――?
理由の一つは、“自分のため”だ。
国内外で数々のタイトルを獲得するに従って、ソフトテニス界で人から教わる機会がどんどん少なくなるのを感じていたという。誰かから教わるのではなく、自ら学びを見つけにいかなければならない。そのためにさまざまなスポーツに体験的にチャレンジすることを心掛けていた。
「やっぱり同じことばかりしていても成長しないので。ひたすら現状を守るだけになる。新しい技術を開発しようとか、新しい体の使い方を得ようとか、そういう意識は常に高く持っていましたね」
ピックルボールに挑戦することで、「どれだけ自分のソフトテニスが進化するのか楽しみ」と笑う。ピックルボールはボレーボレーの距離がより近く、より早いため、ソフトテニスでもこれまで以上に早く動くことにつながるだろう。またピックルボールはラリーが長く続くため、相手のバランスや陣形をいかに崩すかという戦術面もソフトテニスに生かせると考えている。
また、シンプルに自分が楽しみだというのも、ピックルボール挑戦を決めた理由だ。
ソフトテニスで世界一を目指す過程は、何物にも代えがたい楽しさがあった。そういった楽しさをソフトテニスに求めるのはもはや難しいだろう。「もう一回、新しいことで“世界一を目指す”というチャンスが欲しかった」。そんなふうに考えていた船水がアメリカで急成長中の新興スポーツに魅了されたのは、必然だったのかもしれない。
ピックルボールで活躍してソフトテニスに光を当てたい。挑戦の理由
ピックルボール挑戦の理由、そのもう一つは“ソフトテニス界のため”だ。
ピックルボールは初心者にもとっつきやすい。ラリーができるようになるまでテニスは何カ月もかかるところ、ピックルボールなら30~60分程度で可能だ。ラケットスポーツはある程度ラリーができるようになって楽しさが感じられる。そういった意味では、ピックルボールがラケットスポーツの敷居を下げる役割にもなり得る。事実、アメリカではピックルボールをやった子どもがテニスを始めるケースが増えているという。
日本のソフトテニス界の未来は、決して明るいとはいえないのが実情だ。国際大会で優勝しても、ほとんどメディアに取り上げられることはない。競技人口も中学では非常に多いにもかかわらず、その年代以降は大幅に減ってしまう。ソフトテニスをやる子どもたちが、ソフトテニスで夢を描くことができないのだ。
「硬式テニスだと大坂なおみ選手や錦織圭選手がいて、子どもたちが目指す像になっています。ソフトテニスだったら船水雄太だよね、と言われるような存在を目指すことが必要なのかなと」
ソフトテニスをやる子どもたちの道しるべになりたい――。そう考えるようになった船水だったが、いくらソフトテニスの世界の中で活躍しても限界があることも感じていた。そんな中、アメリカで老若男女を問わずピックルボールに熱中している様を目の当たりにした。その熱はいつか必ず日本にも伝播する。そんな確信めいたものがあった。
日本人初のピックルボールのプロ選手になったら……、日本人選手が本場アメリカで頂点に立ったら……、ソフトテニスとの二刀流でダブル世界王者になったら……、きっと日本でも大きな話題となるだろう。自分がピックルボール選手として活躍することは、ソフトテニスが脚光を浴びることにもつながると信じているのだ。
“既定路線”通りの人生を歩んでいた船水の価値観が変わった“あの時”
「人間、いつか絶対死ぬし、それがいつかなんて分からないじゃないですか。死ぬときに“やっときゃよかった”と思うようなことだけは絶対にしたくない。ただただそれだけです。一生懸命にやっていれば、絶対誰かが助けてくれる。だからもう明日死ぬと思って、どんどん挑戦していこうと強く心に決めています」
世の中には、やりたいと思うことがあっても、実際に行動に移せない人は多い。それが、他人と違うこと、世の中の常識や当たり前と違うこと、誰もやったことのないことであれば、なおさらだ。
実は船水も、もともとは“既定路線”のキャリアを歩む人生だった。「これまでは強豪高校、強豪大学、強豪実業団と、“規定路線”通りにいくことを目標にしていたんですけど、そこから外れたのは“あの時”なので、そこで一気に自分の価値観が変わりましたね」。
船水の言う“あの時”というのは、4年前、当時ソフトテニス界では珍しかった、プロ選手へ転向した時のことだ。前述のように、ソフトテニスをやる子どもたちの道しるべになりたい、ソフトテニス界を引っ張っていく存在になりたいと考えてのことだった。
だが“既定路線”から外れることに対し、周囲は反対の声をあげた。「やめた方がいい」「誰もやったことがない」「ソフトテニスでプロなんて無理に決まっている」――。躊躇(ちゅうちょ)した船水は、最後の一歩をなかなか踏み出すことができなかった。悩みに悩んだが、それでも挑戦するなら今しかないと決断した。
「自分で決断して走り始めると、意外と道って開けていくんだなって。最初にどれだけ考えてもその通りにいくものじゃないし、やっていきながら考えることが大事なんだと。周囲の声よりも、もっと自分の感覚を信じてあげた方がいい。そういう経験があって、ピックルボールに挑戦することも決めました」
「トラブルも苦労も全部見せていく」。“二刀流”挑戦の物語の行方は――
ピックルボール挑戦を発表してから、「ピックルボールジャパンTV」というYouTubeでの発信を始めた。アメリカでの活動をその裏側まで見せていくという。
船水の挑戦は、決して容易なものではない。全てがうまく進むことはないだろう。試行錯誤を重ねながら、ようやく一歩前に進んだと思ったら、またすぐに二歩下がるような、苦悩に苛まれる時期もあるかもしれない。そうした浮き沈みの激しいストーリーが紡がれていくのは間違いない。
「僕自身はただ一生懸命やるだけなんですけど、トラブルがあったり苦労もいろいろあるでしょうし、そういうところも見せていけると面白いのかなと。自分ではその時は大変で面白くないと思いますけど (笑)。厳しい挑戦に向かっていく生き様を見てもらって、勇気とかエネルギーを届けられたらと思いますし、これから何かを始めたいと思っている人たちの後押しになれたらうれしいです」
船水雄太の新たな物語は、まだ始まったばかりだ。
【連載前編】大坂なおみも投資する全米熱狂「ピックルボール」の全貌。ソフトテニス王者・船水雄太、日本人初挑戦の意義
【連載後編】マイナー競技が苦境から脱却する方法とは? ソフトテニス王者・船水雄太、先陣を切って遂げる変革
<了>
「それはサーブの練習であってテニスの練習ではない」現役プロと考える日本テニス育成の“世界基準”
1300人の社員を抱える企業が注目するパデルの可能性。日本代表・冨中隆史が実践するデュアルキャリアのススメ
世界基準まだ遠い日本のテニスコート事情。“平面な人工芝”と“空間を使う赤土”決定的な違いとは
「テニピン」はラケット競技普及の起爆剤となるか? プロテニス選手が目指す異例の全国展開とは

[PROFILE]
船水雄太(ふねみず・ゆうた)
1993年10月7日生まれ、青森県出身。東北高校時代、インターハイ団体個人優勝2冠。早稲田大学時代、インカレで団体戦・ダブルス・シングルス全タイトルを獲得。NTT西日本時代、全日本社会人選手権大会優勝、国体優勝、日本リーグ10連覇。日本代表として世界選手権優勝など国際大会でも活躍。2020年4月にプロ転向。同時にAAS Management 合同会社を設立し、「ソフトテニスで人生を豊かにする」を行動理念としてソフトテニスの普及・発展に寄与する。2024年からソフトテニスとピックルボールの“二刀流”選手として、米国メジャーリーグピックルボール(MLP)入りを目指して渡米。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
張本智和、「心技体」充実の時。圧巻の優勝劇で見せた精神的余裕、サプライズ戦法…日本卓球の新境地
2025.08.15Career -
「我がままに生きろ」恩師の言葉が築いた、“永遠のサッカー小僧”木村和司のサッカー哲学
2025.08.15Career -
全国大会経験ゼロ、代理人なしで世界6大陸へ。“非サッカーエリート”の越境キャリアを支えた交渉術
2025.08.08Business -
「鹿島顔」が象徴するアントラーズのクラブ哲学とは? 好調の今季“らしさ”支える熱量と愛情
2025.08.06Opinion -
日本人初サッカー6大陸制覇へ。なぜ田島翔は“最後の大陸”にマダガスカルを選んだのか?
2025.08.06Career -
なぜSVリーグ新人王・水町泰杜は「ビーチ」を選択したのか? “二刀流”で切り拓くバレーボールの新標準
2025.08.04Career -
「月会費100円」のスクールが生む子供達の笑顔。総合型地域スポーツクラブ・サフィルヴァが描く未来
2025.08.04Business -
港に浮かぶアリーナが創造する未来都市。ジーライオンアリーナ神戸が描く「まちづくり」の新潮流
2025.08.04Technology -
スポーツ通訳・佐々木真理絵はなぜ競技の垣根を越えたのか? 多様な現場で育んだ“信頼の築き方”
2025.08.04Career -
「深夜2時でも駆けつける」菅原由勢とトレーナー木谷将志、“二人三脚”で歩んだプレミア挑戦1年目の舞台裏
2025.08.01Career -
「語学だけに頼らない」スキルで切り拓いた、スポーツ通訳。留学1年で築いた異色のキャリアの裏側
2025.08.01Career -
なぜラ・リーガは世界初の知的障がい者リーグを作ったのか。バルサで優勝“リアル大空翼”小林耕平の挑戦録
2025.08.01Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
張本智和、「心技体」充実の時。圧巻の優勝劇で見せた精神的余裕、サプライズ戦法…日本卓球の新境地
2025.08.15Career -
「我がままに生きろ」恩師の言葉が築いた、“永遠のサッカー小僧”木村和司のサッカー哲学
2025.08.15Career -
日本人初サッカー6大陸制覇へ。なぜ田島翔は“最後の大陸”にマダガスカルを選んだのか?
2025.08.06Career -
なぜSVリーグ新人王・水町泰杜は「ビーチ」を選択したのか? “二刀流”で切り拓くバレーボールの新標準
2025.08.04Career -
スポーツ通訳・佐々木真理絵はなぜ競技の垣根を越えたのか? 多様な現場で育んだ“信頼の築き方”
2025.08.04Career -
「深夜2時でも駆けつける」菅原由勢とトレーナー木谷将志、“二人三脚”で歩んだプレミア挑戦1年目の舞台裏
2025.08.01Career -
「語学だけに頼らない」スキルで切り拓いた、スポーツ通訳。留学1年で築いた異色のキャリアの裏側
2025.08.01Career -
なぜラ・リーガは世界初の知的障がい者リーグを作ったのか。バルサで優勝“リアル大空翼”小林耕平の挑戦録
2025.08.01Career -
塩越柚歩、衝撃移籍の舞台裏。なでしこ「10番」託された“覚悟”と挑戦の2カ月
2025.07.22Career -
ダブルス復活の早田ひな・伊藤美誠ペア。卓球“2人の女王”が見せた手応えと現在地
2025.07.16Career -
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career