ラグビー史上最高の名将エディー・ジョーンズが指摘する「逆境に対して見られる3種類の人間」
ラグビー史上最高の名将とも謳われるエディー・ジョーンズ。現在開催中のラグビーワールドカップでオーストラリアを率いる彼が突き詰めるリーダーシップ論とは? 本稿では、今月刊行された書籍『LEADERSHIP リーダーシップ』の抜粋を通して、これまでオーストラリア、南アフリカ、日本、イングランドと各国の代表チームを率いてきた名将が「チームづくりの秘訣」を明かす。今回は、逆境に対して見られる3種類の人間についてエディー・ジョーンズ本人が解説する。
(文=エディー・ジョーンズ、訳=児島修、写真=AP/アフロ)
チーム力が3%上回っていれば、試合に勝てる
私がこれまでにスポーツの世界で得た最高のアドバイスは、ラグビーリーグのベテランコーチの、「勝ったときは、周りが言うほど素晴らしくはない。負けたときも、周りが言うほど悪くはない」だ。
2021年にイングランド代表を率いて戦ったシックスネイションズ。2月下旬のウェールズ戦と3月13日のフランス戦(24−40でイングランドが敗れた)を挟んだ2週間、この言葉が何度も頭に思い浮かんだ。「良いチーム」と「ダメなチーム」のどちらに見られるかの違いをもたらすのは、たった3%程度の差でしかない。
たとえ我々のパフォーマンスが特に優れていなかったとしても、ウェールズよりチーム力が3%上回っていれば、試合に勝てるだろう。だからこそ、コーチにはチーム力を3%上げるための改善策が求められる。だが、もし間違った判断でこれまでの方法を変えようとすれば、逆にチーム力を3%落としてしまうかもしれない。そうなれば、うまくいった場合と比べてチーム力は6%下がることになる。これでは、勝負に勝つのは難しい。成功と失敗の差は小さく、それを底上げするのは簡単ではない。だから、変革を起こす前には慎重にならねばならない。その変革の結果が、国際試合における紙一重の差を縮めるか広げるかの決め手になる。
フランス代表はローマでイタリア代表を撃破すると、ダブリンに乗り込んでアイルランド代表を破った。まだ試行錯誤を続けている段階だったとはいえ、誰もがこのファビアン・ガルティエ率いる前途有望な若いチームを愛しているようだった。彼らは〝スリル満点〞だとか〝ワクワクする〞と評された。
だが私は統率のとれたラグビーをすれば、イングランド代表は彼らに勝てると思っていた。私はフランスがホームでスコットランドをどう迎え撃つか、とても楽しみにしていた。だが、ガルティエと3人のスタッフ、そして12人の選手がコロナウイルスに感染し、大会の第3節は延期になった。
ガルティエは息子のラグビーの試合を見るために無断で外出し、出先でコロナに感染して、キャンプにウイルスを持ち込んで集団感染を起こした。想像してみてほしい。もし私が外出禁止令を破ってコロナウイルスに感染し、他の14人に感染させ、シックスネイションズのトゥイッケナムで行われる対スコットランド戦が延期になったとしたら、イングランドではどんな反応になるだろう? 蜂の巣をつついたような大騒ぎになったはずだ。
物事が思い通りに進まないとき、どれだけ力を発揮できるか?
大会第3節と第4節の間の中断は、フランスに回復し、チームを立て直す時間を与えた。我々も同様だった。それはチームが直面していた逆境と向き合うチャンスだった。私はこの試練を恐れるのではなく、むしろ歓迎した。逆境を経験しなくては、世界一のチームにはなれない。軍隊やビジネス、スポーツ、他のプレッシャーのきつい様々な分野のリーダーは、困難を自ら探し求めるくらいのほうがいい。
その経験は、後に大きな財産になる。日頃から困難に対応する技術を磨いておけば、組織は鍛えられ、逆境に強くなる。そして、いつか最大の試練に直面したときに、それに負けずに真価を発揮できるようになるのだ。
シックスネイションズでは、もちろん試合に負けたくはなかった。だが、次のワールドカップに向けたサイクルの途中で、スコットランドとウェールズに負けたとしても、それは選手たちにとって困難に対応する機会になり、将来へ向けたさらに厳しい戦いへの準備になることもわかっていた。コーチであれ、キャプテンであれ、一介の選手であれ、困難に直面したら、目を輝かせて、「望むところだ。自分にリーダーの資格があるかを試す絶好の機会だ」と考えるべきだ。それは最高責任者や中間管理職、部長、教師でも同じはずだ。
物事が思い通りに進まないとき、どれだけ力を発揮できるか? 四面楚歌の状況において、自分の力を証明し、持てる力を発揮できるかどうかは究極の挑戦だ。不利な状況下で、いかに自分や部下の士気を高めるか? それはリーダーとしての試金石になる。だから私はヘッドコーチとして、逆境を歓迎する。楽に手に入れられるものなどない。強烈なプレッシャーのなかでこそ、技術や性格、野心が試される。厳しい状況だからこそ、活力が増し、成功への意欲が高まってくる。
人の特性は、逆境のなかでこそ明らかになる。
だから逆境は、進むべき道を確認する意味で役に立つと言える。もちろん、誰もが逆境を楽しめるわけではない。緊張や争いから離れ、安寧な生活を望むのは人間としてある意味当然のことだ。しかしなかには、これと反対の性質に生まれついた者や、複雑な人生を歩んできたことで闘争心を培い、過酷な試練を好む者もいる。
「さて、君はどのグループに属している?」
一般的に、集団内には逆境に対して3種類の反応をする人間がいる。極度のプレッシャーが生じると、この違いが明確になる。
1番目は、逆境でも冷静さを保ち、物事に集中するタイプ。彼らは言う。「気持ちを強く持ち続けることだ。やり方を少し変えることは必要かもしれないが、すでに正しい方法をとっている。いずれ良い結果が訪れ、この状況を抜け出せるだろう」。
2番目は、逆境にさらされ、不安を感じていて、なぜ物事が間違った方向に進んでしまったのか、今後正しい方向に戻るのかどうかがよくわからない状況に陥っているタイプ。ほとんどの人がこのタイプに当てはまる。自分が何をすべきか、これから何が起こるかも把握しておらず、誰かが導いてくれるのを待っている。
3番目は、なんでも他人の責任にするタイプ。チームがうまくいかないのは、無能なコーチやキャプテン、やる気のないチームメイトのせいであり、ファンの野次や、やかましいメディアのせいであると考える。この種の人は、常に言い訳や逃げ道を探している。
私はこの話を、チームのスタッフ、アシスタントコーチ、選手たちにそれぞれわずかに違ったトーンで話し、最後にこう質問する。
「さて、君はどのグループに属している?」
彼らの表情が変わる。頭のなかでどんなことを考えているのかが手に取るようにわかる。誰も3番目の〝不平を言う〞グループには入りたくない。
後でコーチのひとりから、「この話の元ネタは何ですか?」と尋ねられた。これは以前にどこかで読んだことがあるものなのだが、私自身の経験からも学んだものだ。私はコーチという職業を通じて、プレッシャー下で人がどんな行動をとるのかをよく知っている。また、勝ったときも、同じように3つのグループに分かれる。ただし1番目のグループが多くなり、3番目のグループは少なくなる点が違う。
逆境でこそ、その人の本性が明らかになる
翌日、オーウェン・ファレルが言った。
「3つのグループの話の意味がよくわかりました。このチームにもまさに3つのタイプがいます」
フランス戦に向けては、スコットランド戦やウェールズ戦の前よりもチーム内に良い緊張感が漂っていた。誰もがポジションを得ようと必死だった。連敗にうんざりしていて、イングランドがまだ特別なチームであることを世界に示そうという思いもあった。
そこには健全な対立があった。選手たちは、リーダー格の選手たちが以前のような力を持たなくなることをわかっていた。中核を担っていたサラセンズ組の選手たちには、これまでのような影響力はない。そのことで、チーム内の覇権争いにも空白が生じるだろう。誰もがそれを感じていて、チーム内での自分の序列を上げようとしていた。その結果、1年半前のワールドカップ以来、本当に有益な議論がチーム内で何度も交わされるようになった。
人生は成功と失敗で成り立っている。どんな人間も、どんなチームや組織も、成功し続けることはない。誰もが失敗する。ハイパフォーマンスが求められるスポーツやビジネスの世界ではなおさらだ。そこでは必ず、自分より良いパフォーマンスをする相手に出会う日がある。
だからこそ、敗北や失敗が避けられないという事実を受け入れる技術や姿勢が求められる。次回に勝つことを目指さなければならないが、自分の手ではどうしようもない問題や状況もある。そんなとき、周りにどんな人がいるかが大切になる。良い態度で接してくれる人は重宝すべきだし、事態を悪化させるような態度をとる人間は穏便な方法で遠ざけていくべきだ。
これにはティーバッグ理論が当てはまる。選手やスタッフが本当に好ましい人物かどうかは、熱いお湯の中に入れて初めてわかる。だからこそ、困難やストレスは歓迎すべきなのだ。逆境でこそ、その人の本性が明らかになる。チームや組織の挑戦が進むにつれ、さらに大きな逆境が待ちかまえている。大きな挑戦になればなるほど、お湯もどんどん熱くなる。このやけどするほどの熱さに耐えられる者が必要なのだ。
激しく困難な状況の渦中では、人の特性が明らかになっていく。だからリーダーにとって、逆境は目指すべき方向を見つけるチャンスになる。
(本記事は東洋館出版社刊の書籍『LEADERSHIP リーダーシップ』より一部転載)
<了>
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[PROFILE]
エディー・ジョーンズ
1960年1月30日生まれ、オーストラリア・タスマニア州バーニー出身。ラグビーオーストラリア代表「ワラビーズ」のヘッドコーチ。現役時代はフッカー。オーストラリアのニューサウスウェールズ州の代表として活躍後、コーチに転身。東海大学監督、ブランビーズ(豪)のヘッドコーチを経て、2001年、オーストラリア代表ヘッドコーチに就任。2003年のワールドカップで準優勝を果たす。2007年、南アフリカ代表のテクニカルアドバイザーとしてワールドカップ優勝。2012年、日本代表ヘッドコーチに就任。2015年のワールドカップでは、南アフリカ代表を撃破するなど歴史的3勝を挙げ、日本中にラグビーブームを巻き起こした。2015年よりイングランド代表ヘッドコーチを務め、2019年のワールドカップでは準優勝。2023年より現職。2012年東京サントリーサンゴリアスアドバイザー、ゴールドマン・サックス日本アドバイザリーボードも務める。
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