
学生×プロクラブが生み出す相乗効果。モンテディオ山形はなぜ「U-23マーケティング部」を発足させたのか?
今年1月、モンテディオ山形がJリーグクラブ初となる23歳以下の学生マーケティング部を発足させた。その名もモンテディオ山形「U-23マーケティング部」。マーケティング活動に限らず、地域社会の課題解決や若者の着想を生かした新たなファン層の獲得、学生がリアルなビジネスを経験することによる人材育成などを目指して活動を展開してきた。学生×プロクラブという前例のない組織運営はどのようにして実現したのか? REAL SPORTS編集長で南葛SC(関東リーグ1部)代表取締役専務兼GMを務める岩本義弘が、モンテディオ山形の相田健太郎社長と、部員の小林彩春氏に話を聞いた。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真提供=モンテディオ山形)
U-23マーケティング部発足の背景とは?
――まず、U-23マーケティング部発足のきっかけについて教えてください。
相田:昨年の夏に、米沢市で高校生の皆さんと話していて「何かできることありませんか?」というお話をいただいた時に、「クラブのマーケティング活動をしてみましょうか」という話になったことがきっかけでした。その時は2カ月間、高校生の皆さんにいろいろ考えてもらってイベントを開催してもらったり、人を集めてもらったりしました。
実際うまくいかないこともたくさんありましたけれど、彼らとしてはそういう活動自体が非常に刺激になったようで、打ち上げの時に「来年以降も続けてもらえるならぜひやりたいです」と言ってくれたんです。我々も地域柄ご高齢の方が多いので、若い方たちの意見を聞く機会は貴重でしたし、社会の皆さんと触れ合う場を提供できればいいかなという思いもあったので、その場でもう一人の担当者と話して「来年は高校生と大学生でやろう」と決断しました。
――マーケティング部のモデルとなった活動や団体はあるんですか?
相田:特にないんです。毎年、子どもから年配の女性までが楽しめるような「GIRLS DAY」というイベントを企画しているんですが、おじさんがその中身をいろいろ考えても発想が広がらないので、地元の芸術大学の生徒さんとかにお願いをして、グッズを考案していただくようなことをやっていたんですね。そのような活動を通年でやるという感覚で、若いファン層を開拓する意味でも、地域の方たちの共感を得られるような人材が集まってくれればいいなと思いました。
また、山形県の課題はたくさんある中で、一番は若い人が県外に出ていってしまうことだと皆さんは言います。その理由を考えると、おそらくチャレンジする機会がないとか、給料が安いとか、そういう理由が多いと思うんです。
そういうことを解決するために、当事者である若い人たちが自らの手で自分たちの居場所をつくろうと動いていくことはすごく有意義なことだと思い、そのためにクラブを利用していただきたいという思いで進めてきました。
――部員の募集は、オフィシャルサイトやSNSを通して募集したんですか?
相田:そうです。大体70人ぐらいにエントリーしていただいたので、うちのスタッフが面接をして、そこから40人を選ばせていただきました。
――70人も応募が来るところに、Jリーグクラブのパワーを感じますね。
相田:そうですね。そんなに来るとは思っていなかったので、すごくありがたかったです。ただ、山形県内の大学生がそれほど多くなかったことが、ちょっと寂しいところですね。県内出身で、県外の大学に進学した子は多くいるんですけれど。
――高校生と大学生の人数の割合や、男女比はどのぐらいなんですか?
相田:40人の部員のうち、高校生は10人ぐらいです。高校生も大学生に堂々と意見を言っているので頼もしいですよ。男女比は女性のほうが少し多いです。
ミーティングはほぼ毎日。予算は年間数百万円を確保
――実際に、U-23マーケティング部が行っている活動内容を教えていただけますか?
相田:週に1回、木曜日にメンバーが集まって、そこで試合の時にどういうイベントをしたら人が集まるのかを話し合う会議をしています。月に1回は講師を呼んで話をしてもらったり、メンバーにグループディスカッションをしてもらい、その中でいい案があったら進めるという形です。
10月8日の(明治安田生命J2リーグ第38節)栃木SC戦が最後の活動日になるんですが、U-23マーケティング部プロデュースデーとして、彼らが考案しているイベントをメインに進めていて、不安もありますけど、最終的に集客面がどうなるか楽しみにしています。
――シーズンを通して、試合ごとの集客やマーケティング活動もされているんですか?
相田:はい。実際にグッズを考案して売ってみたり、お客さんにお金をいただいて参加していただくような企画ブースをつくったりしています。どうしたらお金をいただけて、それに見合うことをできるのか、どうしたらそのイベントを知ってもらえるのかといったことを、実際に体感してもらっています。
すごいなと思うのは、活動は週に1回と決めているのですが、みんなSlackやZoomなどのオンラインのコミュニケーションツールを使ってほぼ毎日、夜遅くまでいろんな話をしているんですよ。自分たちの経験にするために前向きに取り組んでくれて、感謝しています。
――事業全体の責任者でありながら、相田社長自らが活動に加わるのも、Jリーグでは珍しいケースですよね。
相田:私自身、現場に行くのが好きなんですよ。ただ、私は他の業務や移動もあるので、マーケティング部の活動は専任でやってくれているスタッフにお願いして、Zoomでたまに加わったり、Slackでメッセージを共有してもらう形で、気になることがあればリアクションしています。私がでしゃばってもよくないという思いもありますから。
面白かったのは、8月に行った1泊2日の合宿です。その時は私も最初から行ったんですが、30人の学生が集まって、悩み、議論して、夜遅くまで話して、次の日の朝はみんなが目を赤くしながら「この方向に進みます」という話をしているのを見て、すごくいい活動になっているのを実感しました。
――その合宿の費用や、活動経費はクラブが出すんですか?
相田:合宿の交通費は負担してもらって、宿泊等の費用は全部、我々のほうで負担しました。この活動をするために山形市内に1カ所施設を借りていますし、会社として予算も年間数百万円を確保しています。それは有意義な形で自由に使ってもらっていいものだと思っています。
――実際に活動を行って、クラブ内外からの反応はいかがですか?
相田:ありがたいことに、外からの評価は非常に高いと思います。すごくいい活動ですねと言っていただくことが多いですし、「一緒にこういうことをしませんか」というお話もいただきます。クラブのスタッフに関しては、部長なども活動に参加することがあるので、いろいろと話をしながら手伝ったり、その場で決断したりすることもあります。若い子たちに質問された時にはしっかりと回答できるように、非常にいい緊張感を持ってやってくれていると思います。

「GIRLS DAY」を設けて女性層へのアプローチも重視
――続いて小林さんにお聞きしたいのですが、まずはU-23マーケティング部の活動に参加することになったきっかけから教えてもらえますか?
小林:はい。私は山形出身で、県内の東北芸術工科大学に通っているんですけれど、昨年の9月18日に開催された「ワイムpresentsモンテディオ山形GIRLSDAY」の企画に参加したことがきっかけです。その時に初めてモンテディオ山形に関わらせていただいたことが大きかったです。グッズの発案やデザインをつくってみたり、ビラ配りをしてみたり、いろいろさせてもらったんですが、一学生、言ってしまえばただの素人にいろんなことをやらせてくれて、助言もしてくださって、「やってみなよ」と背中を押してくれて。その姿勢がすごくうれしかったです。それで、次の年に向けて「こういう新しい事業を始めるんだけど、一緒にやってみない?」というお声をかけていただいたので、二つ返事で引き受けさせていただきました。
――きっかけになった「GIRLS DAY」というのはどういうイベントなのですか?
小林:女性をメインターゲットにしたイベントで、スタジアム内でヨガを開催したり、フェイスペイントなど、女性も楽しんでいただけるように企画されたイベントになっています。
――相田社長、この「GIRLS DAY」はいつからやっているのですか?
相田:2020年はコロナ禍で実現しなかったので、21年からスタートしました。最初の年には、私みたいな親父がですね、「女性はこういう企画が喜ぶんじゃないか」なんて、全然ツボにはまらない企画ばかり提案していまして(苦笑)。やっぱり外の若い人の話を聞かないとダメだよねと。女性がターゲットとは言っても、小さなお子さんからおばあちゃんまで喜んでもらえるような企画にしたいので、そういうところも含めて、みなさんの意見をいただきました。
イメージは一つの目標に向かって切磋琢磨する“部活動”
――小林さんは、学生生活と並行して、U-23マーケティング部の活動にどれくらいの時間を割いているのですか?
小林:私の場合は忙しい時だと1週間に3回くらいはミーティングを入れていて、時間でいうと毎回2時間ぐらいなので、1週間に6時間ぐらいですね。プラス、毎週集まってミーティングをする時間もあります。基本的にミーティングは夜にしているので、学校が終わって、家に帰って一息ついてから、みんなと顔を合わせる感じなので、自分的にはそれが息抜きにもなっていて、楽しくやっています。
――忙しい中でそんなに時間を割いているんですね。この活動は、小林さんの中では部活動やインターンシップ、サークルなど、置き換えると何に近いですか?
小林:その面では、部活動に一番近いと思います。学校が違ういろいろな世代の子たちと一緒に集まって、一つの目標に向かって切磋琢磨するという点で、高校時代は文化部だったのでそういう経験がなかったんですけど、中学校で運動部だった頃のような熱い感じがあって、個人的にはすごく楽しく活動しています。
――実際に、U-23マーケティング部の活動のどういったところにやりがいを感じていますか?
小林:私たちが企画して、つくり上げたイベントに参加してくださった方から、会場やSNSで「U-23マーケティング部のみんなだよね」とか「ありがとう」「楽しかったよ」などのありがたいお言葉をいただくことが増えてきたんです。そういうことを言われた時に、やって良かったなとか、自分の取り組みがいい方向に働いたんだなと実感できて、大きなやりがいを感じます。
――この経験を今後の自分のキャリアにどう生かしていきたいですか?
小林:私は今、大学でマーケティングを学びながら、就活もしていますが、モンテディオ山形で実践的なマーケティングを学ばせてもらって、個人的にはかなり知見も広がったと思います。マーケティング系の会社とかイベント企画系の会社を志望しているので、社会に出てからその経験を生かして成長して、将来的には山形に帰ってきたいと思っています。その時にはまたモンテディオ山形に、マーケティングの面で貢献できればうれしいですね。
【連載後編】「プロチームを通じて地域を良くしてほしい」モンテディオ山形が取り組む、地域を活性化する“若者への投資”
<了>
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[PROFILE]
相田健太郎(あいた・けんたろう)
1974年5月4日生まれ、山形県出身。サッカーのJ2リーグ・モンテディオ山形社長。東洋大学を卒業後、旅行会社勤務を経て、2003年に水戸ホーリーホックの運営会社に入社。2007年にプロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスを運営する楽天野球団に移り、新規営業を担当。2017年にヴィッセル神戸を運営する楽天ヴィッセル神戸に出向し、強化部長などを歴任。
[PROFILE]
小林彩春(こばやし・いろは)
山形県出身。モンテディオ山形U-23マーケティング部メンバー。東北芸術工科大学企画構想学科の3年生。2022年9月ワイムpresents モンテディオ山形 GIRLSDAYの企画・プロデュースに参加。その経験がきっかけでモンテディオ山形の活動に興味を持ち、U-23マーケティング部の活動に参加。
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