代表レベルの有望な若手選手がJ2・水戸を選ぶ理由。「クラブのため」と「自分のため」を併せ持つ選手の存在

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2023.08.24

育てながら勝つ。その理念のもと、水戸ホーリーホックは「育成の水戸」というブランディングを確立させてきた。今年5月には松田隼風と春名竜聖の2人がU-20日本代表に選出されてFIFA U-20ワールドカップに参戦。大会後には松田が今年提携したドイツ・ハノーファー96のU-23チームへ期限付き移籍を果たした。さらに、6月にはU-20日本代表MF永長鷹虎が加入。そして、7月には高校年代屈指のアタッカーである大津高校の碇明日麻の加入を発表。潤沢な資金力があるわけではない、地方市民クラブの水戸ホーリーホックになぜこれだけ有望な若手選手が集まるのか。そして、育っていくのか。本稿では、水戸ホーリーホック取締役GMを務める西村卓朗の著書『世界で最もヒトが育つクラブへ「水戸ホーリーホックの挑戦」』の抜粋を通して、水戸が取り組む若手を生かすチーム作りの本質をひも解く。

(文=西村卓朗、構成=佐藤拓也、写真提供=水戸ホーリーホック)

多様な立場の人が選ばれている「フットボール委員会」

光栄なことに、昨年Jリーグ内で発足した「フットボール委員会」のメンバーに選んでいただきました。フットボール委員会発足の目的は以下の5つです。

①フットボール戦略に関する事項の検討・立案
②強化・育成に関する事項の検討・立案
③試合日程・リーグ構造・大会方式に関する事項の検討・立案
④フットボールの魅力向上に関する事項の検討・立案
⑤その他フットボールに関する各種制度等の検討・立案

メンバーは以下の通り、

〇委員長
窪田慎二(Jリーグ理事)
〇委員
反町康治(Jリーグ理事/公益財団法人日本サッカー協会 理事 技術委員会 委員長)
宮本恒靖(Jリーグ理事/公益財団法人日本サッカー協会 理事 国際委員会 委員長)
立石敬之(Jリーグ理事/シント・トロイデン CEO)
大倉智(Jリーグ理事/株式会社いわきスポーツクラブ 代表取締役社長)
森島寛晃(Jリーグ理事/株式会社セレッソ大阪 代表取締役社長)
内田篤人(Jリーグ特任理事/公益財団法人日本サッカー協会 ロールモデルコーチ/シャルケ チームアンバサダー)
中村憲剛(Jリーグ特任理事/Frontale Relations Organizer/公益財団法人日本サッカー協会 ロールモデルコーチ/JFA Growth Strategist)
三上大勝(株式会社コンサドーレ 代表取締役GM)
鈴木満(株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー 強化アドバイザー)
足立修(株式会社サンフレッチェ広島 強化部長)
西村卓朗(株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック 取締役ゼネラルマネージャー)
小林伸二(株式会社ギラヴァンツ北九州 スポーツダイレクター)

話し合いの目的は日本サッカーのレベルアップについてです。そのために日本サッカー協会の反町康治さんや宮本恒靖さんが入っています。また、日本サッカーのレジェンドである中村憲剛さんと内田篤人さんも参加してくれています。様々な角度からどうすれば日本サッカーが強くなるかということを考える組織で、月に1~2度集まって議論をしています。

多様な立場の人が選ばれているところが面白いんですよね。鈴木満さんはJ1で常勝クラブを作った日本の強化担当のトップの方ですし、札幌の三上大勝さんはJ1もJ2も経験して、今は経営にも携わっている方。森島寛晃さんは元日本代表選手でありながら、現在はクラブの社長を務めている。広島の足立修さんは地方クラブでありながら、J1に居続けて、多くの有望な選手を輩出している。小林伸二さんは監督として結果を出しながら、今はJ3のクラブでGMをやっている。大倉智さんはいわきFCの立ち上げからクラブを牽引し、J2までものすごいスピードで昇格させました。

また日本サッカー協会の立場からも、日本代表強化の視点で、反町さん、宮本さんからも活発に意見が出てきます。中でも立石敬之さんの意見や考え方は自分にとって刺激的です。世界から日本を見てどうしていくべきかなど、日本でもクラブ強化を経験されている方だけに、現実的でありながら、革新的な視点や、視座をお持ちです。中村憲剛さん、内田篤人さんは、元選手として、プレイヤー視点からの鋭い意見や、海外からの視点を伝えてくれます。

年代別日本代表に選出されている選手がJ2の水戸を選んだ理由

そのような方々の中で、私の役割は地方の市民クラブでの視点や、若手を育てる具体的な取り組み、経験値を期待されていると思っています。

Jリーグで21歳以下の選手の出場時間によって奨励金が出されるという制度が2023シーズンからスタートしますが、その制度設計は2019年度にはできていました。2018年の水戸はチーム内の21歳以下の選手の割合が高く、実際21歳以下の選手の累積出場時間が突出して多かったんです。そこで『水戸はどうやってチーム作りしているの?』とよく聞かれることがありました。そうした流れで奨励金の制度ができあがったのですが、試行するタイミングでコロナ禍に入ってしまい、配分金がなくなり、その制度が凍結してしまいました。それが今年復活するんです。なので、私はそういった件に関して意見することが多いです。

若くて能力の高い選手が上のカテゴリーに行ってしまうのは仕方がないけど、試合に出るという流れに乗れなかった若手を動かせる仕組みにしないと、日本サッカーの発展は鈍化してしまう。海外のスカウトが特に注目しているのはポストユース世代の21歳以下の選手なんです。そういう選手たちが試合に出られなかった時に動ける状況を作ることが大切だという話をしています。

これから日本のサッカーが世界の頂点に立つためにも育成に力を入れることはマストです。だから、その話題は多いですよね。21歳以下の選手の強化がこれからの日本サッカーのカギを握っているのです。

そこでの議論を通して、あらためて水戸の育成力に自信を持つことができましたし、向かっている方向は悪くないとは思っています。ただ、日本サッカー界という視点で考えた時、トップオブトップで獲得した高卒選手をどうやって育てていくかという点に的を絞った議論をしないといけないと思います。

現状において、J2クラブが獲得した高卒の選手が将来日本代表になる確率はそんなに高くないかもしれません。ただ、松田隼風(現ハノーファー96 U-23)や春名竜聖のような、年代別日本代表に選出されている選手がプロのファーストキャリアとしてJ2の水戸を選んだことは今後に向けての前例になるかもしれません。

水戸でキャリアをスタートしたから、その後良いレールに乗っていったという形になっていけば、高卒の有望選手がJ2を選ぶケースが増えるかもしれません。そういう意味でも我々の取り組みは大きな使命を担っていると感じています。

「独自性」と「収益性」と「関係性」

チーム編成の時に強化担当が若い選手の序列をどう考えるか。そして、若い選手の力をいかに見極めるかが大事で、クラブとしても監督に対して評価基準を明確に伝えられるかどうかで変わっていくと思います。若い選手がいるポジションの選手層を上手にコントロールすることは重要です。そのために監督が起用を良い意味で迷う状態をどのように作るかが大切だと考えています。

日本サッカーが考えている方向性を頭に入れながら、現実的なバランスもしっかり取れるようにしたい。その両方をいかに調整していくかが強化担当者としての手腕が問われるところになっていくと思います。

ただ、簡単に「若手の育成」と割り切るのではなくて、その上で勝つこともこだわらないといけない。2022シーズンの成績で「勝つ」という言葉を使っていいのか分かりませんが、成長を追いかけながら、現実として求められることにどう応えるかが我々には問われています。様々なステークホルダーがいて、その要求に応えていかないといけないですから、「勝つ」ことから目を逸らしてはいけません。常にそこを考えながら取り組んでいくことが必要なのです。

あとは、『選ばれるクラブ』になっていくことがすごく重要だと思っています。そういう視点において、クラブの経営企画室では今季から「独自性」と「収益性」と「関係性」という3つのキーワードが出てきています。その中で選ばれることにおいて「独自性」がすごく重要だと思っています。「関係性」はウェルビーイングという観点からしても、最後にそこを人は求めていく時代になっていくと思うので、強く打ち出していく必要がありますし、体現できる人材を採用していきたい。エンゲージメントの高い組織を水戸ホーリーホックとして目指し続けていきます。

良い組織とは何か。結局のところ、その最小単位は1人の人なんです。能力がある人だけを集めるのではなく、この組織のため、このクラブのために仕事をしたいというエンゲージメントの高い人を集めていくことが大事だと思っています。でも、最初からエンゲージメントの高い人はいないんですよ。クラブに入ってきた人のエンゲージメントが高まっていくような組織風土や組織文化を作っていくことが大事だと思います。

選手においても、能力の高い選手だけを獲得することはお金さえあればできます。でも、いかに組織のためにとか、地域のためにとか、クラブのためにという想いを持ったうえで、その高い能力を発揮してもらうかが大事なんです。そのためにもクラブが何のために存在するのかという上位概念が必要です。

現状においては、水戸に加入する多くの選手はステップアップすることを目的に来ますけど、途中からは「クラブのために」という思いを持ってくれるようになります。今までの傾向を見ると、「クラブのため」と「自分のため」をバランスよく合わせられるようになった選手が成長していくように感じています。それは選手だけではありません。クラブの役員もそうですし、事業スタッフもそうですし、アカデミースタッフにも求められると思っています。それが水戸ホーリーホックとして目指すところです。

(本記事は竹書房刊の書籍『世界で最もヒトが育つクラブへ「水戸ホーリーホックの挑戦」』より一部転載)

<了>

【連載第1回】なぜ「育成の水戸」は確立されたのか? リーグ下位レベルの資金力でも選手が成長し、クラブが発展する理由

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【連載第3回】「全54のJクラブの中でもトップクラスの設備」J2水戸の廃校を活用した複合施設アツマーレが生み出す相乗効果

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[PROFILE]
西村卓朗(にしむら・たくろう)
1977年生まれ、東京都新宿区出身。株式会社フットボールクラブ 水戸ホーリーホック取締役GM。新宿区にあるスポーツクラブシクスで10歳からサッカーを始める。三菱養和SCから1年の浪人生活を経て国士舘大学進学、2001年浦和レッズに加入。その後、2004年大宮アルディージャへ移籍し、2008年シーズン終了後、アメリカのポートランド・ティンバーズに加入。翌年、帰国し湘南ベルマーレフットサルクラブでフットサル選手としてプレー。2010年、再び渡米、クリスタルパレス・ボルチモアへ移籍。2011年コンサドーレ札幌に加入するが、1年限りで退団、11年に渡るプロ生活にピリオドを打つ。その後、2012年に浦和レッズのハートフルクラブ普及コーチに就任。2013〜2015 VOND市原(関東サッカーリーグ)のGM兼監督を務める。2016年より水戸ホーリーホックの強化部長となり、2019年9月からGMに就任、様々な取り組みや事業を手掛けている。2014〜2020年の8年間、J リーグの新人研修の講師を務め、約1000人のJリーガーと関わった。

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