張本智和とともに男子シングルスを戦うのは誰だ? パリ五輪目指す候補者3人の三者三様の「強み」と「可能性」
卓球・パリ五輪日本代表の選考ポイント争いが熾烈を極めている。まさに「佳境」に入った今、特に男子シングルス2枠を巡る争いが注目を集めている。世界ランキング5位の張本智和が合計ポイント569.5で抜けた存在となる中で、戸上隼輔(合計ポイント404)、田中佑汰(302)、篠塚大登(273)の3人が、残る代表の1つの枠をかけて競い合っている。それぞれの選手の持ち味、そして「対中国」となった時、3人それぞれが持つ「強み」と「勝ち切る可能性」はどこにあるのだろうか。
(文=本島修司、写真=千葉 格/アフロ)※写真向かって左から戸上隼輔、篠塚大登、張本智和
最有力、王道フォアドライブで中国と“引き合える”、戸上隼輔
パリ五輪選考ポイント争いで2位につける戸上隼輔の持ち味といえば、やはり王道のフォアドライブだ。
右利きで、攻撃型の王道スタイルといえる卓球を展開する戸上は、とにかく回り込みのスピードが速い。バック側に来た下回転系のボール、ツッツキや、甘くなってツーバウンドしないようなストップには、瞬時に回り込んでしまう。
その武器を支えるのは軽やかなフットワーク。まず、右足を引き、左利きで踏み込んで打つ姿は、「卓球の基本中の基本」を最高速度まで高めたような匠の技を感じる。
近年はバックハンドを「振る」技術にも磨きがかかってきた。ウィークポイントの一つと思われた「中陣でのバックハンド」も、つなぎのようなバックミートやハーフボレーが減り、攻撃的に「振っていく」ことができている。体の切り返しの速度が、世界最高峰のレベルにまで上がっている。隙がなくなり、戸上の強さが試合の中で際立ってきている。
中国選手は「ライバルのコピーを作って対策をしてくる」といわれるが、逆に、あえて戸上を中国の選手に当てはめるならば、馬龍に近い卓球ができる。世界最高の選手とも評される馬龍も決定打を放つ場面では、大きく、深く、強烈なスピードで回り込み、フォアドライブでの攻防に持ち込んでくる。
象徴的な試合がある。10月に行われたWTTコンテンダー・アンテルヤ。男子シングルス準決勝。ドイツのドミトリ・オフチャロフとの試合だ。
バックサーブと、独特なしゃがみ込みサーブで翻弄してくるオフチャロフ。1ゲーム目。6-4でオフチャロフがリードからの攻防。しゃがみ込みサーブを、チキータ、バックミート、バックミートと、打ち合い、そこで戸上のやや高めの入ってきたロングボールを、一瞬で回り込んだ。この素早さ。足の速さ。これこそが戸上の真骨頂だ。
ここでは、回り込んだ後のフォアの決定打を外してしまう。しかし、「形」はできていた。こうして、足の速さで「攻めの形」を作れるのが、戸上だ。結局この試合はオフチャロフが勝利を収めたが、この瞬時に回り込める力こそ、戸上の真骨頂。
「中国と、王道の総合力でぶつかり合い、ドライブの引き合いをして互角に戦う」
この点に着目すれば、やはり代表枠の残りの1つの席に座るのは、戸上隼輔が最有力となりそうだ。
「世界最高のジャイアントキリング」演出した田中佑汰
今、俄然注目が集まっているのが、田中佑汰だ。
その理由は、「世界最高のジャイアントキリング」の一つに挙げられるほどの試合を演出した一日にある。
9月7日。アジア卓球選手権大会。世界ランキング73位(当時)の田中佑汰が、世界ランク2位にして2023年世界卓球銀メダリスト、中国の王楚欽に3-2で勝利。本人も驚きを隠さなかったこの試合ぶりは、世界中に激震が走った。
田中もまた、戸上と同じく右利きでシェ-クハンドのドライブマンだ。しかし、シンプルな王道の卓球よりも、もう一つ「味のある」卓球を展開する。
田中の特徴は、何といってもバックハンドの速さだ。打点のタイミングが速い。ボール自体も速い。そのまま、両ハンドへ切り返すのも速い。現代卓球の申し子の様なプレーを展開する。
王楚欽戦では、左利きの相手のサーブをチキータでフォアへ回り込みを見せて、翻弄。2ゲーム目では、ラリーの途中に、突然飛び出したのがフォアカット。「え! ここで!?」と誰もが思うような場面だった。しかしこのカットが強烈に切れていたのだろう、王楚欽はネットに落としてミスをしてしまう。こんなトリッキーなプレーも繰り出し、それが見事に効いている。
バックミートで打ち負けない、精度の高さ。そして、格上の中国選手にも臆せず、アイデア豊富な技術が飛び出す姿は、今までの日本人男子卓球選手にはなかった特徴の一つ。
「中国がまだ見ぬ、発想力満点のサプライズな決め手」 この点で中国を翻弄して勝ち切るシーンをつくれる日本人選手がいるとすれば、この田中佑汰しかいないだろう。
「第3の男」眠れる才能が突然爆発する、篠塚大登
パリ五輪代表男子シングルス枠。張本智和とともに男子シングルスを戦う残る1席の争いで「第3の男」といえるのは篠塚大登となりそうだ。
左利き。サーブ、レシーブ、そして台上技術のうまさに定評がある技巧派。2023年1月に行われた世界卓球ダーバン・アジア大陸選考会では、もともとライバルであり目標でもあった張本智和とダブルスを結成した。
5歳の時から卓球を始め、名門・愛知工業大学付属中学校から愛工大名電高校へと進学しているが、2017年カデットの部で全国優勝を飾るまでは、大きな実績がなかった。幼少期からの活躍が当然である卓球の世界で、5歳から8年間も大きな実績がないというのは異例のことともいえる。同期の張本と何度もホープス・カブ・バンビの部で対戦することになり、篠塚は常に張本の陰に隠れた存在だった。
しかし、ここにきての急成長ぶりは、目を見張るものがある。もともと定評のあった、台上プレー、ストップとフリックのうまさに一気に磨きがかかってきた。
そして、幼少期から群を抜いていたと話題だった「ボールタッチの良さ」。このボールを「うまくつかんでしまう」という感覚というのは、一朝一夕に身につくものではない。台上技術のストップとフリックが、打つ瞬間までどちらが来るかわからないような技巧派の一面も含めて、膨大な練習量による努力だけではなく、生まれ持った才覚であるようにすら感じさせられる。卓球の世界にはそういう選手が一定数存在する。
10月12日。WTTコンテンダー・マスカットの決勝トーナメント2回戦では、張本と対戦。お互いにハードスケジュールの中で疲労もピークであることが感じられたが、チキータとバックドライブの組み合わせでレシーブから攻めて、盟友をファイナルゲームまで追い詰めた。
「育成期にはなかなか結果が出なかったが、目覚めつつある眠れる天才」
篠塚大登には、「大人になってから、満を持して軌道に乗ってきた」勢いがある。
三者三様のスタイル。誰が「対中国」の切り札となるのか?
日々成長を遂げている日本の選手たちであっても、「対中国」となった時、厳しい戦いになることは間違いない。日本男子卓球は、何度もその厚い壁に跳ね返されてきた現実もある。
現実を見れば、安定感の塊といえたレジェンド水谷隼、そして爆発力が突出している張本智和以外の日本の男子は、大舞台では常に中国の前に屈してきた。
「中国が相手でも接戦まではいける、しかし、最後に勝ち切るには何かサプライズのようなプレーが必要」だと水谷は何度も語っている。
まさにその通りだろう。最後の最後で、“ビッグプレー”が必要だ。そしてそれは並大抵のことではない。しかし、それでも、日本の選手たちの成長ぶりを目の当たりにすると、パリ五輪での中国勢からの勝利を期待してしまう。
パリ五輪の男子シングルスで張本とともにメダルを目指す現時点での最有力候補は、やはり戸上だろう。
しかし戸上隼輔、田中佑汰、篠塚大登の3人は、まさに「三者三様」といえる個性と強みを持っている。最終的に選ばれたその男が誰であれ、中国の一角崩しを虎視眈々と狙いにいくだろう。そして接戦の末に、ここぞのビッグプレーで中国を仕留めることができるのかどうか。
残る1つの枠をかけた熾烈な代表争いから、まだまだ目が離せない。
<了>
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