なぜFA移籍に「補償」が必要なのか? ソフトバンク“狂騒の一日”で改めて問われた人的補償の意義
埼玉西武ライオンズからソフトバンクへ移籍した山川穂高の「人的補償」として、1月11日、両球団はプロ7年目の甲斐野央が西武に移籍すると発表。しかし、同日の正式発表前に「和田毅が指名される方針」という報道があったこともあり、選手たちを巻き込んだ後味の悪い騒動となった。そもそも、なぜFA移籍に「補償」が必要なのか?
(文=花田雪、写真=Penta Press/アフロ)
ソフトバンクファンにとっての“狂騒の一日”
2024年1月11日は、すべてのプロ野球ファン――特に福岡ソフトバンクホークスファンにとっては“狂騒の一日”だったのではないだろうか。
同日朝。一部のスポーツ紙が今オフ、フリーエージェントで埼玉西武ライオンズからソフトバンクへ移籍した山川穂高の「人的補償」に和田毅が指名される方針であることを、一面で報じた。この一報はネット、SNSを中心に瞬く間に広まった。ファンのリアクションはほぼ100パーセント、“非”だったと言っていい。
無理もない。MLB時代を除いてNPBではホークス一筋。松坂世代では唯一の現役投手にして、昨季も42歳という年齢を感じさせない投球でチーム2位のシーズン8勝を挙げた生けるレジェンド。プレーはもちろん、人格者としても知られ、球団の垣根を超えて多くの後輩に慕われる――。
そんな投手が、「人的補償」という名目でホークスを去ることになる。ファンの拒否反応が強く出たのも理解できる。
しかし、その後事態は急変する。同日夕方、ソフトバンク、西武両球団から発表された人的補償選手は、和田ではなくプロ7年目の右腕・甲斐野央だった。
この日、西武、ソフトバンク両球団の間で何があったのか――。事の顛末はその後、多くのメディアが報じているが、そのどれもが「公式発表」ではないため真偽は定かではない。
そもそも、なぜFA移籍に「補償」が必要なのか?
本稿では、今回起きた“騒動”について、アレコレと論じるつもりはない。ただ一つ言いたいこと。それは、今回の件に関してだけいえば和田も、甲斐野も、もっといえば山川も犠牲者の一人だということだ。
その根底にあるもの――。もちろん、一連の騒動を巡るゴタゴタの中で見せた球団の対応は、お世辞にも褒められるものではなかった。ただ、元をたどればそこにはフリーエージェント(FA)制度そのもの、今回衆目を集めた「人的補償」という制度が抱える問題点があるのではないか。
それを問うには、そもそもFAにおける「人的補償」という制度の意義や、導入された理由を述べなければならない。1993年オフからNPBで導入されたFA制度だが、移籍先球団から移籍元球団への「補償」は初年度から存在している。多少の変更は行われているが、30年前からその補償内容は基本的に「人的」か「金銭」で行われてきた。
そもそも、なぜ規定の年数を経過すれば権利を得られて、他球団とも契約することが可能になるFA移籍に「補償」が必要となるのか。
最大の理由は、移籍元球団の「戦力ダウン」だ。主力選手がなんの見返りもなく流出するということは、チーム力が落ちることと直結する。NPBに所属する12球団はそれぞれが競合相手であると同時に、プロ野球というリーグをともに運営する「運命共同体」でもある。
例えば、資金力・人気に富んだ球団がFA選手を大量に獲得し、戦力を拡大させるとしよう。当然、そこには戦力の格差が生まれる。プロ野球が興行であることを考えれば、一部の球団の戦力のみが突出することは決して望ましくない。
「戦力均衡」はプロ野球界が長年にわたって意識し続けてきたことで、新人選手の獲得を自由競争ではなく「ドラフト会議」で行うのも、そこに理由がある。
FAでの選手流出は、そんな「戦力均衡」を崩しかねない――。だから、移籍元の球団へはなんらかの補償が必要。これが、「補償制度」が存在する大義名分といっていい。
自身の人的補償となった選手に「本当に申し訳ないと思っている」
しかし、である。制度が導入された1993年オフから30年が経った今、野球界を取り巻く環境は大きく変わった。一流選手の多くは国内ではなくMLBへの移籍を目指すようになり、FA権を行使して国内他球団へ移籍する選手は、年間数人程度。各球団が上限60名の支配下登録選手+育成選手を抱えるプロ野球界において、その数名の移籍がどこまで「戦力均衡」を崩すかには疑問符が付く。
そもそもFA権とは、プロ入り時は所属球団の選択権がない選手たちが一定期間、一軍でプレーすることで初めて「自由に移籍先を選択できる権利」のはずだ。そこに「補償」が発生すること自体が歪な構造といえる。
それでも、やはり移籍元の球団へはなんらかの「補償」が必要であるというのであれば、少なくとも「人的補償」は改善の余地があるのではないだろうか。
なぜなら、この「人的補償」が、選手にとってFA移籍を躊躇させてしまう要因になりかねないからだ。個人名は伏せるが、筆者は過去にFAを行使して他球団に移籍した選手から、自身の人的補償となった選手に対して「本当に申し訳ないと思っている」という言葉を聞いたことがある。
考えてみれば当たり前だ。自身が移籍したことで、一人の選手の野球人生が変わる――。もちろん、過去には人的補償として移籍した先で活躍した選手もいるが、それはあくまでも結果論に過ぎない。
当事者からすれば、「申し訳ない」という感情が生まれるのは自然なことのように思える。そこにきて、今回の騒動だ。今後、FA権を行使しようか考慮する選手がいたとして、頭の片隅に今回の騒動がよぎらない保証はない。
ソフトバンクへのバッシングを見た他球団は…
また、これは選手に限った話ではない。FA選手を獲得する側の球団も、躊躇してしまう可能性がある。今回、理由はあれどソフトバンクには多くのファンからバッシングが浴びせられている。これを見た他球団が何を思うか――。
「人的補償が発生する選手を獲得することには、リスクがある」
こう考えても決して不思議ではない。ただでさえ、選手や金銭を持っていかれるFA選手の獲得。すでに、こういった潮流は生まれ始めているが、今後は人的補償の発生する年俸Aランク~Bランクの選手――つまり、球団を代表するスター選手の国内FA移籍が、限りなく実現しにくくなるかもしれない。
年俸A~Bランクの選手とは、球団内の年俸上位10選手のことを指す。このままいくと「人的補償」の存在が、自らの努力(もちろん、球団のサポートもあるだろうが)で選手として成長し、実績をあげ、実力で高額な年俸を勝ち取った選手にとって、移籍の障壁になりかねない。
選手が勝ち取った「権利」だったはずのFAが、これでは本末転倒ではないだろうか。現在の人的補償は、「補償」という側面よりも、FA移籍の「抑止力」としての作用のほうが強いとすら思えてくる。
選手もファンも「あってよかった」と思えるものへの改革を
「戦力均衡」という大義名分を百歩譲って理解するとして、それはあくまでも「選手の移籍を阻害しない」ことを前提に考えるべきだ。
現在の金銭補償だけでなく、例えばドラフトの指名順位の譲渡などを補償の対象としていいかもしれない。
日本のプロ野球界は他競技や海外のプロスポーツと比較しても選手の移籍が非常に少ない。もちろん、球団一筋でプレーを続け、ファンから絶大な支持を受けるフランチャイズプレイヤーの存在も必要だろう。その一方で、選手の移籍が活発化し、戦力の流動が盛んに行われれば、プロ野球界全体のレベル底上げにもつながるのではないだろうか。
少なくとも、選手に移籍を躊躇させるような現行の「人的補償制度」には、何かしらの改善や見直しが必要になるはずだ。
最後に、重ねて強調したいが、今回の騒動における和田毅、甲斐野央の2人は、ともに被害者だ。和田はもちろん、甲斐野にも移籍先の西武で、ホークスが「出すんじゃなかった」と後悔するような結果を残してほしいと思う。
その上で、プロ野球12球団とNPB、さらにはプロ野球選手会にも、選手の「権利」であるFA制度がより良いものに、選手もファンも「あってよかった」と思えるものになるための改革を求めたい。
少し前の話ではあるが、筆者は和田にも、甲斐野にも取材でお世話になった経験がある。両者とも真摯に、丁寧にこちらの質問に答えてくれたのが印象に残っている。
こんな“狂騒”はできれば味わいたくない。一刻も早く、FAにおける「人的補償」をイチから見直す機会を設けてほしい。
<了>
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