5日前でも会場が決まらず、海外組も待機に…なでしこJが極限下で迎えるアジア最終予選、北朝鮮との「絶対に負けられない戦い」
なでしこジャパンが、パリ五輪への切符をかけて、2月24日と28日に北朝鮮とのホームアンドアウェーの一騎打ちに臨む。だが、アウェーで予定されている24日の試合会場が、5日前になっても決まらないという前代未聞の状況に陥っている。前例のない試練を前に、チームはどのように決戦への準備を進めているのか? 監督、選手の言葉を通じた現状と過去の対戦から、ライバル・北朝鮮戦を展望する。
(文・撮影=松原渓[REAL SPORTS編集部])
5日前でも会場が未決定の異常事態
パリ五輪出場切符をつかんだバスケットボール女子日本代表に続くことができるか――。
サッカー日本女子代表(なでしこジャパン)がパリ五輪への切符をかけて、24日と28日にホームアンドアウェーで朝鮮民主主義人民共和国(以下:北朝鮮)と戦う。
アウェーゴールのアドバンテージはなく、2試合合計のスコアが同じ場合は、2戦目の会場となる国立競技場で延長戦を行い、それでも決まらなければPK戦で決着をつける。
五輪行きをつかめば、自力での出場は2012年のロンドン五輪以来12年ぶりの快挙となる。今回のチームで、五輪予選の舞台を経験したことがあるのは、22人中、キャプテンの熊谷紗希とGK山下杏也加の2人だけ。だが、多くの選手たちは、2011年ワールドカップ優勝以降の“なでしこフィーバー“が終わった2016年のリオデジャネイロ五輪の予選敗退と、その後の国内リーグの厳しい現実を当事者として目の当たりにしてきた。
「リオの時に(切符を)逃した瞬間を見て、(敗退することの)重みを感じました。女子サッカーのためにも必ず出場しなければいけない大会だと思っています」(長谷川唯)
「リオを逃した後の日本の女子サッカーの雰囲気を見てきたので、(今回の予選で)勝たなければいけないという責任感があります」(田中桃子)
だが、そんな「絶対に負けられない戦い」を前に、日本はこれまでにない試練と向き合うこととなってしまった。
この原稿を書いている19日現在、24日にアウェーで行われる試合会場がまだ決まっていないのだ。
昨年末に平壌の金日成スタジアムで開催することが発表されたが、平壌への定期便がないことや、競技運営のオペレーションの不透明さなどの問題点が指摘され、2月上旬にアジアサッカー連盟(AFC)から北朝鮮サッカー協会(PRK)に中立国での開催が提案された。
だが、そこから話が進んでいない。実際は水面下でさまざまな交渉が行われているのだろうが、日本はAFCから回答待ちの状態が続いている。過去に前例のない異常事態である。
寒い国か、暑い国か? 時差は…準備に支障も
この1週間で浮上した情報によれば、中立国はサウジアラビアか中国(大連)が濃厚となっているようだ。前者なら気候は温暖で時差は6時間、後者なら気温は0度前後で時差は1時間と、どちらに転んでもそれなりの調整が必要になる。
それによってトレーニングの準備や移動日も変わるため、池田太監督はじめコーチングスタッフはもちろん、連日対応に追われている広報や航空券やビザ取得の手配をする総務スタッフらの苦労も想像に難くない。それはメディア側も同じで、すでに現地取材を諦めたと話す記者もいる。
チームは国内組を中心に13日から千葉で直前国内合宿を実施しているが、19日以降は「翌日の予定が決められない」状況になった。
ただし、池田監督は初日の13日の段階で、ギリギリまで我慢を強いられる覚悟を決めていた。
「開催国が決まったところから、環境面も含めて移動日をどうしようかとか、トレーニングとミーティングのバランスも組み直す必要がありますが、その中でもスタッフはしっかりやれているので。どうしよう、と想定ばかりしていても仕方がないので、目の前の1日1日にしっかり取り組みながら、決定したことに対してみんなで対応していくしかないです」
選手たちも、心理的なストレスはあまり感じていないようだ。
「24日に北朝鮮と試合をするのは変わりないので、選手にそこまで影響はないです」(田中美南)
「(与えられた環境で)一番いいコンディションを作ることが大事なので、そのためにできることをやります」(杉田妃和)
「渡航日が早くなるのかどうかは気になりますが、決まれば、そこで試合をするだけですから」(藤野あおば)
ただ、寒い土地から暑い土地に行く際の暑熱順化の方が、その逆の状況よりも準備のための時間が必要とされる。また、暑さの中では「足が攣りやすい」、「息が上がりやすい」といった声もあり、「寒い国の方がいい」という希望を話す選手もいる。
海外組も困惑「北朝鮮の一つの狙いかもしれない」
大変なのは海外組だ。
今回の最終予選には11人の海外組が招集されているが、それぞれの国でシーズンが異なるため、コンディションはバラバラ。アメリカでプレーする杉田妃和やスウェーデンの谷川萌々子はシーズン前で、初日から国内合宿に参加しているが、イタリア(セリエA)やイングランド(FAスーパーリーグ)はシーズン中。そのため、最後に合流する長野風花、清水梨紗、林穂之香、植木理子の4人は20日に日本に到着する予定だった。だが、チームの行き先が決まっておらず、帰国してもすぐに発つ可能性があるため、負担を考慮してイングランドで待機となった。
もっと早く、会場が決定していれば――。
だが、「たら・れば」を考えていたら、それこそ相手の思うツボになりかねない。
「これ(ギリギリまで開催地が決まらないこと)も北朝鮮の一つの狙いかもしれないので、置かれた場所でできることに集中したいです」と神妙な表情でコメントしたのは谷川萌々子だ。
谷川は昨年10月のアジア競技大会で北朝鮮と対戦しており、勝利にかける相手の執念も、身にしみて感じている。
見方によっては、自国で開催することができなくなった北朝鮮も今回の延期交渉の被害者といえるものの、何らかの交渉カードを持ってこの状況をうまく利用している可能性も否定はできない。戦いはすでに始まっているのだ。
国際舞台に復帰してきたアジア最大のライバル
北朝鮮はFIFAランク11位(日本は10位)で、過去にはAFC女子アジアカップ、アジア競技大会、E-1サッカー選手権で3度の優勝を誇る強豪だ。
新型コロナウイルス感染症で国境を封鎖していたため、2019年以降は国際舞台から姿を消していた。だが、昨年復帰を果たし、10月のアジア競技大会で準優勝。その後、10月末のパリ五輪アジア2次予選では韓国と中国を抑えてグループ首位で最終予選に進み、年末の東アジアE-1選手権でも3連勝で優勝した(日本は不出場)。同大会のメンバーの平均年齢は21.5歳と若く(日本は24.7歳)、国内組中心となっているため、代表が長期で活動できるのも強みだ。
ただし、直近の対戦となったアジア競技大会では日本が4-1で圧勝した。戦ったのはなでしこジャパンではなく、WEリーグの有力選手を中心に構成された別編成の日本女子代表で、即席チームだった。
同大会で決勝の北朝鮮戦に出場したメンバーの中で、今回の予選に参加しているのは千葉玲海菜、上野真実、中嶋淑乃、谷川萌々子、古賀塔子の5人だ。
相手のラフプレーに苦しみながらも冷静さを失わず、勝利を決定づける4点目を叩き込んだ千葉は、今回も相手の心理戦を受けて立つつもりだ。
「(マークされる時に)ガシッとつかまれたり、見えないところでも駆け引きしてくるので、嫌でしたね。ただ、相手もいろいろなプレッシャーがかかっていたと思うし、負けていてイライラしていたのもあると思います。今回も(先に)点を決めて、同じようにさせていきたいと思います」
同じく決勝で先制点を決めた中嶋は、「前から(守備に)くる相手で、裏のスペースが空くので、しっかり狙っていきたいです」と、相手の圧力を歓迎する。
加えて、今回は即席チームではなく、海外組も含めたなでしこジャパンのフルメンバーだ。「うまい選手がたくさんいるので、速いプレースピードの中でコンビネーションも増えると思いますし、点がたくさん取れたらいいなと思います」(中嶋)と、モチベーションも高まっている。
池田監督体制下の2年間半で積み上げてきたコンビネーションや一体感について、GKチームの一角を担う田中桃子は、特に昨年のワールドカップでの経験が大きいと感じている。
「ワールドカップで一つになれた経験を通じて、このチームに芽生えたスピリットがあると思うので。それを新しいメンバーにもうまく伝播させていければ、不安なく戦えるんじゃないかと思います」
海外組が合流するまでは紅白戦ができないため、国内合宿では日本体育大学女子サッカー部や筑波大学蹴球部(男子)の協力を得て、北朝鮮のハイプレスをイメージした非公開練習を行った。全員が顔を合わせてから試合までは、ほとんど時間がない。だが、田中(桃)が言うように、揺るぎない土台があれば、短期間でイメージを共有するのに苦労しないだろう。
主力の負傷離脱を埋める新戦力は?
今回の合宿中、アメリカから合流するはずだった左ウィングバックの遠藤純が、所属クラブのキャンプ中に左膝前十字靭帯を負傷したというショックなニュースが飛び込んできた。WEリーグで絶好調だった猶本光も、1月末の皇后杯で同じケガを負って離脱を余儀なくされ、ワールドカップ得点王の宮澤ひなたもケガで今予選は招集外。攻撃の重要なピースが3つも欠けたことは非常に痛い。だが、誰かが抜けたことで大きく崩れるようなチームではないことも事実だ。
ワールドカップからは新たに5人の戦力が加わった。国内のWEリーグで得点ランクトップを走る上野真実、アジア2次予選で存在感を示した中嶋、ワールドカップではトレーニングパートナーとして帯同した18歳の谷川と古賀。遠藤が抜けた左サイドバックには、WEリーグで好調の北川ひかるが追加招集された。
「追加招集の(北川)ひかるも含めて、いろんな良さを持った選手がいるので、チームとしてそれぞれの特徴を生かしたサッカーができればと思っています」(長谷川)
第2戦のホームで、大観衆の中で出場権を獲得する――それは理想のシナリオだろう。
なでしこジャパンが北朝鮮と国立競技場で試合をするのは、2004年のアテネ五輪アジア予選以来だ。当時、日本は13年間勝てていなかった北朝鮮に3-0で勝ち、悲願の出場権を獲得した。その試合でチームの起爆剤となったのが、日本女子サッカー史上最多となる3万1324人の大観衆だった。膝のケガを抱えながら痛み止めを打ってその試合に強行出場し、チームを牽引した澤穂希さんはこう振り返っている。
「苦しい時間帯にサポーターやファンが応援してくれる一声は本当に背中を押してくれるので、嬉しかったし、勝つ原動力になりました」
28日の試合で出場権をつかむことができれば、同じように、日本女子サッカー界のターニングポイントとして長く語られる一戦となるだろう。
だが、その前に極限の環境下での戦いが予想される24日のアウェーをどう乗り切るのか。池田ジャパンの真価が試される90分間は、刻一刻と近づいている。
<了>
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