浦和レッズ新監督が標榜する「強度の高い攻撃的なサッカー」。大型補強、ゲームの支配、日々の学び…目指す悲願へのロードマップ

Opinion
2024.02.22

いよいよ今年も待ちに待ったJリーグが開幕する。オフシーズン最大の補強を敢行して今季に挑むクラブが浦和レッズであることに異論を挟むサッカーファンは少ないだろう。昨年確立した堅守をベースに、課題であった攻撃面において前線の3枚に大型補強を行い、ペア・マティアス・ヘグモ新監督の下、超・攻撃的サッカーを標榜する浦和は今季どのような戦いを見せてくれるのか。

(文=佐藤亮太、写真=アフロ)

クラブの本気。決して看板倒れではない“大型補強”

Jリーグ2024シーズン開幕直前。平日ながら見学スタンドで公開練習を見守るファン・サポーターの多さと取材するメディアの多さに、今年のJ1浦和レッズへの期待度はここ数年にない高さにあると感じさせる。

また、それ以上にクラブの今季に懸ける本気度がひしひしと伝わる。

FC東京からMF渡邊凌磨、名古屋グランパスからFW前田直輝、清水エスパルスからFWチアゴ・サンタナら主力級を補強するとともに、ベルギーのKVCウェステルローからMF松尾佑介が復帰。さらにイタリア・セリエAのASローマからMFオラ・ソルバッケン、スウェーデンのBKヘッケンからMFサミュエル・グスタフソンが加入した。

1月14日に開かれた新体制会見で田口誠代表が「強化スタッフはよく頑張った」とねぎらうほどのこれ見よがしの補強を首尾よく敢行。ただし、近年稀に見るこの「大型補強」も決して看板倒れではない。無責任に財布を預けてしまう代理人任せの補強ではなく、強化を司るフットボール本部がさまざまなデータを駆使したうえで選手を選定。

クラブ・チームが求めるプレーに対し、この選手はどのくらい能力を発揮するのか。能力に見合う適正価格なのかなど、試行錯誤の末、今季は名と実が伴う補強ができたといえる。

クラブが目指す強くて魅力あるチームに向け、ここ数年の懸案事項の得点力と決定力の向上や、昨年露呈した戦力として起用できる選手層の薄さとそれに伴う過密日程による選手の消耗など、課題を踏まえた補強を実施した。

補強に関して付け加えると、埼玉にゆかりのある選手が増えている傾向にある。

前述の前田は旧浦和市(現さいたま市)、渡邊は東松山市、松尾は川口市の出身。FC岐阜から戻ってきた宇賀神友弥は戸田市。加えて、伊藤敦樹と髙橋利樹はさいたま市、関根貴大は鶴ヶ島市、吉田舜は熊谷市、安居海渡は川口市、早川隼平は川越市出身。

埼玉出身選手が増えたことについてフットボール本部の西野努テクニカルダイレクター(以下・西野TD)は「たまたまというのが正しいかもしれません」と語る一方、「もし同じ力量の選手ならば、ゆかりのある選手を取りたい」と説明。

特別意識してはいないが、浦和レッズというクラブ・チームを小さいころから知っている選手のほうがなじみやすく、また観客動員数にも少なからずつながっていくはずだ。

今季の浦和は超・攻撃的。酒井宏樹が語る「支配する概念」とは?

補強でも推察できる通り、今季の浦和は超・攻撃的。練習では昨シーズンあまり見られなかったシーンが見られるようになった。

基本布陣は4-3-3(4-1-2-3)。ウィングの前田、ソルバッケン、関根、松尾らが個人で打開しゴールに迫れば、ゴール中央で小泉佳や伊藤がボールをさばき、ゴールに直接関与。

例えば、こんなシーンがあった。後方右サイドからのロングボールをゴール中央・興梠慎三が落としたところに小泉がミドルシュート。続いてその小泉がスルーパスを出し、武田英寿のゴールをお膳立て。さらに右サイドバックからサイドチェンジしたボールを受けたソルバッケンがそのまま決めるなど、とにかく速い。速い分、迷いのなさがある。

「後ろでゆっくりボールを回しながら、縦パスを狙っていくプレーは去年なかったこと。サイドだけでなく、中央からも崩せることはチームにとってプラス。今年は攻撃に力を入れている分、安い失点が多くなるのかなと思ったら、そうでもなく、キャンプは順調にいったので、シーズンが楽しみです」

何事も率直に是々非々で判断する興梠がこのように手応えを語ったことからも、チームの仕上がりの充実ぶりがうかがえる。

もちろん、この攻撃重視の戦術には、昨季から維持する堅守に加え、アンカーのグスタフソンというチームにさらなる安定をもたらす存在の担保があってのことだろう。

ただ攻撃的といってもそう単純ではない。酒井宏樹はこう指摘する。

「僕のなかでは攻撃的、守備的という概念はないです。ただ試合を支配したいという概念はある。それが攻撃的に見えるのか、それとも守備的に見えるのか、また違いますがそこにはこだわっています」

酒井の言う“支配”とは何か。練習中、スタッフからも「dominate(ドミネイト/支配する)」という単語がたびたび飛び出した。どんな相手にもボールを握り続け、90分間攻め続けることなのか。2点取られても3点取り返すのではなく、3点取ってゼロで抑える強者のサッカーなのか。はたまた相手が浦和の高速カウンターを警戒しながら攻めざるを得ない心理面でも優位に立つサッカーか。

新監督が標榜する「強度の高い攻撃的なサッカー」

今季、浦和の“支配するサッカー”のカギを握るのは、ペア・マティアス・ヘグモ監督だ。母国ノルウェーで長い指導経歴を持つ新監督は、「強度の高い攻撃的なサッカー」を標榜し、その仕事ぶりには抜かりのない細かさを感じる。

トレーニングは、ノルウェー籍のモルテン・カルヴェネスとスウェーデン籍でコーチ兼分析担当のマリオ・エドゥアルド・チャヴェス、そしてコーチ兼分析担当の林舞輝コーチらにベースとなる部分は任せているが、決して人任せな指揮官という印象ではない。

リーグ開幕直前の2月20日の公式練習。初戦を意識してか、11対11のゲームでは監督自ら指示を出すなど、本番さながらといった緊張感を醸し出す。また選手とのコミュニケーションを大切にし、ゲームの合間には選手たちに積極的に声をかける。さらに選手を知るべく、沖縄合宿から始まった個人面談は21日時点で2巡目に入ったという。

また開幕戦の相手であるサンフレッチェ広島を視察するため、2月10日に行われたガンバ大阪とのプレシーズンマッチを現地観戦。わざわざ広島まで足を運んで自らの目で確かめる念の入れよう。 ヘグモ監督のリーグ開幕に向けた準備に抜かりはない。

「私がすべての答えを持っている状況は、よくない状況」

今季ヘグモ監督がキャプテンに指名したのは、2年連続の就任となる酒井宏樹。その理由として指揮官は「性格」、「これまでの経験」、「グループ内の影響力」の3つを挙げた。

ただ酒井は、まとめる、束ねる、正しい方向に向かわせる、といった一般的にイメージするキャプテン像からはどこか遠い。

「チームの一員であることには変わりはないし、やるべきことをやらなければならない。そこにしっかり集中したうえで強いチーム、強い軍団を作っていければ」と、あくまで自分軸。

見方によってはチームと少し距離を置いているとさえ思えるが、そこには酒井の持つプロとしての矜持、強いこだわりが込められている。「プロなのだからまとまるのが当たり前」といった屹立した意識を感じる。

また、そうした酒井とも共通する認識をヘグモ監督はチームにもたらそうとしている。そのキーワードとなるのは「日々の学び」。

「監督は日々学ぶことを選手、スタッフにも常に求めています。できることを増やし、質を高め、最終的な結果につないでいこうと伝えています」(西野TD)

日々の学びの肝となるのは、練習がある日には毎回2O〜30分行われるというミーティング。ここに教師経験のあるヘグモ監督らしい手法が見られる。湘南ベルマーレから加入したDF石原広教が内容の一端を明かしてくれた。

「選手、スタッフが一堂に会するなか、映像でいいプレーをみんなの前で見せて『ここの部分がいい』と示してくれます。個人のミスを責めるのではなく、いいシーンを映して説明してくれる。やらされている感じがまったくなく、重苦しい雰囲気にならないんです。浦和のようなビッグな選手がいるなかで、うまくマネジメントができていて、楽しめている環境にいます」

クラブ内には新たに合宿中にしつらえたミーティングルームが完成。そこはさながら大学の大教室のようだという。監督曰く「教室」と呼んでいる。まさにクラブハウスは学びの場となった。

また「日々の学び」にはヘグモ監督の人生観、指導の哲学が垣間見られる。

「私は64歳ですが、いまでも貪欲に学んでいます。それはサッカーだけでなく、人生でも同じです。学ぶということにはお互いを知るという意味が含まれています。お互いに知ることが増えれば、グループとして成長できます。全員が学習行動をとれば、クラブ内で革新が生まれます。例えば、左サイドバックで起用している渡邊凌磨の場合。本人が責任を持って行動すれば、予測しなかったことが起きるかもしれない。そうした革新がチームの成長につながっていきます」

そしてこう締めくくった。

「私がすべての答えを持っている状況があるとすれば、それはよくない状況です」

規律のなかにある、自由度の高い自主性を重んじる。ヘグモ監督の考えが垣間見られ、酒井が語った「しっかり集中したうえで強いチーム、強い軍団を作っていければ」にもつながっている話に感じられてならない。

「その日が最後の試合だと思って、毎試合、繰り返すことができれば…」

選手からもさまざまな声が聞こえてくる。

「ヘグモ監督から『夢とか目標は口に出して言う必要はない。日々の成長も一日一日、自分を高めて学んでいかなければおのずとその成果がついてくる』。そう言われたんです。半分、僕も賛成で……目標に対して先を見てやるより目の前の一日の練習、一試合一試合、勝ち点を積み重ねていった先にリーグ優勝という、クラブもファン・サポーターもみんなが悲願としているタイトルが見てくると思うんです」(小泉)

リーグ優勝に向け、幸か不幸か、より注力できる環境は整っている。

昨年8月2日、天皇杯ラウンド16・名古屋グランパス戦終了後に起きたサポーターの違反行為により、浦和は今年の天皇杯出場権剥奪の処分を受けた。そのため、今シーズン戦うのはリーグとルヴァンカップのみ。

過密日程で十分な休息も戦術確認もできないまま、満身創痍で戦った昨季に比べ、十分な準備と休息を得てリーグを戦える。それだけに、リーグ一試合一試合の重みはより増すことだろう。まかり間違って、負けが込めば、目も当てられない。期待が高ければ高いほど、失望はすさまじい。

こうしたプレッシャーと1年間、どのように戦うのかが問題だ。

「どんなレギュレーションでもこのクラブにはプレッシャーはかかりますし、そこに大きな差はないと思います。仮に一人ひとりの選手にリソースの限界があるのならば、そこにエネルギーを割きやすい状況ですし、そこをどう優位にエネルギーを持って進んでいけるかが重要です。いい結果を残すためにも一つひとつ……。試合は中2、3日でくるわけではないので、しっかり出し切る。責任を持って試合に出ている選手が結果を求めるため、90分間で、その日が最後の試合だと思って、毎試合、繰り返すことができればいろんなものが見えてくると思います」(岩尾憲)

Jリーグ開幕間近。いやがうえにも期待は集まる。どれだけ重圧に、チーム内の競争に、そして自分自身に勝てるかどうか。その先に大願成就が待っている。

<了>

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