
なぜ宇賀神友弥は12年も浦和で活躍できたのか? 非エリートが後輩に伝えた“4つの信念”
J1リーグ通算293試合出場16得点。浦和レッズで左サイドを主戦場に長きにわたり活躍した宇賀神友弥は今季からJ3・FC岐阜でプレーする。浦和ユースからトップチームに昇格できず、一時は「大宮アルディージャに入って浦和を見返す」とまで決意した宇賀神は、なぜ毎年自分のポジションを補強されてもレギュラー争いで勝ち残り、12年間も長きにわたり浦和を支える選手となったのだろうか?
(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)
「大学を卒業して大宮アルディージャに入ってやる」
「ある目的を達成するために、能力のすべてを尽くして打ちこむこと」
「努力」を辞書で調べるとこのような言葉が出てくる。まさにこの努力を体現するサッカー選手がいる。昨季まで浦和レッズに12年間在籍し、今季からJ3・FC岐阜に加入する宇賀神友弥だ。
今年34歳の宇賀神は浦和レッズアカデミー出身。浦和レッズのジュニアユース、ユースを経て、流通経済大学に進学し、2010年から浦和に加入。主に左サイドで活躍。J1リーグ293試合出場16得点を挙げ、2017年5月に日本代表にも選ばれた、浦和の顔の一人だ。
宇賀神は決してエリートではない。
中学1年で浦和レッズジュニアユースに加入した時のこと。宇賀神は出身地の埼玉県戸田市で自分が一番うまいと思い飛び込んだものの、周りのうまさに圧倒され、練習初日にして長く伸びた鼻をへし折られた。ジュニアユース、その後のユースに昇格してもなかなか出番は巡ってこなかった。迎えた高校3年時の夏。プロには行けないことを告げられた宇賀神はある誓いを立てた。
「大学を卒業して大宮アルディージャに入ってやる。埼玉スタジアムで(さいたまダービーに出場して)浦和レッズを倒してやる。浦和レッズのトップチームに上がった選手、トップチームに上げなかったフロントスタッフを絶対見返してやる」
しかし、リベンジを誓い、入った大学でも思うようにはいかなかった。大所帯の大学サッカー界きっての強豪。きっちり線引きされたヒエラルキーを這い上がるには実力と結果がすべて。厳しい練習メニューに励む宇賀神を最も憂鬱(ゆううつ)にさせたのが走り込みのメニューだった。特に勾配の厳しい石段を駆け上がるメニューはキツく、行われる毎週火曜日が嫌で仕方がなかったという。また試合に出られない選手たちは年末年始、倉庫で仕分けのアルバイトをし、これを3年間続けた。ようやく日の目を見て、トップチームで定位置を獲得したのは4年生になってからと遅咲きだった。
浦和を見返すためにプロを目指す宇賀神に練習参加の申し出があったのは、まさかのその浦和だった。当初はまったく成長していない自分を見せるのが怖かったと拒否したが、浦和が長く見ていてくれていたことへの感謝があり、参加した。
「自分はプロでやっていけるのか?」。その不安をかき消したのが2009年10月12日。流通経済大学の一員として出場した天皇杯2回戦・ガンバ大阪戦。試合は2-5で負けたものの、J1の強豪クラブを相手に十分な手応えを得た。そして同月21日、浦和の加入内定を得ることとなった。
長く浦和で活躍できた「4つのキーワード」
七転八倒。故障やライバルとの激しいポジション争いなど、宇賀神の試行錯誤の日々はプロになっても続くが、宇賀神はなぜ息の長い選手となったのか? その理由を探るヒントがあった。
2019年8月20日。浦和レッズジュニアユースに所属する60選手に向けた講和にあった。約30分、自身の経験、当時の心境を織り交ぜて宇賀神が子どもたちに語りかけた内容には「傾聴力」「思考力」「主張力」「リバウンドメンタリティー」という4つのキーワードがあった。
「傾聴力」
他人の話を聞けないとダメ。「これが俺だ」と他人の意見を聞かずに突き抜けられるのはごく一部だけ。それで海外まで行けたのは原口(元気)だけだった。その原口でも海外に行って、さまざまな壁にぶつかっている。まずは人の言葉に耳を傾けること。
「思考力」
他人の話に耳を傾けた上で自分の頭で考える。違う意見に対して自分の考えで判断する。聞くだけでなく、例えば「なぜ今コーチにこう言われたのだろう?」と考えることが大事。
「主張力」
自分の思っていることを言葉に出すこと。自分がやりたいこと、思っていることだけを伝えるのはただのわがままなのかもしれない。でも、自分の意見を言わなければ、何も始まらない。他人の話を聞き、自分で考えた上での主張力は必要。
「リバウンドメンタリティー」
誰にでもいつか訪れる挫折はとても大切なこと。大事なのは挫折を感じた後、どう行動できるか? そのためには何においても負けず嫌いであること、強い気持ちを持つこと。
(以上、講話での宇賀神の発言を抜粋)
これらの思考のもととなったのはプロ行きが絶たれた高校3年時の夏からつけ始めたサッカーノート。「プロ行きが決まった選手」と「行けなかった自分」と何が違うのか。その理由を知るために書き始めたのだという。
今日はどんな練習をしたのか。その練習で自分は何ができて、何ができていないのか、客観視する。宇賀神の言葉を借りれば、「頭の中を整理し、消化することでできなかったことを修正し、できたことを伸ばす効果がある」。
このサッカーノートはすぐに変化をもたらした。「高3の秋からのウガ(宇賀神)はすごかった」。そう振り返るのはアカデミー時代の同期。昨季J2日本人得点王の東京ヴェルディMF小池純輝。
そのすごさを象徴する試合がある。2005年9月23日、高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権1次ラウンドの浜名高校戦。
左サイドの宇賀神は力強い推進力のあるドリブルで何度も攻め上がり、ゴール前にボールを供給。試合は3-0で勝ち、先制点も決めている。この活躍にてっきりトップチームに昇格するとばかり思っていたが、大学に進学すると聞き、このレベルの選手でも昇格できないのかと驚いたことを覚えている。
「もう数カ月(活躍が)早かったら、ウガも昇格していたと思う」と小池も話す。反面、すんなりトップチームに昇格していたら、宇賀神はまた違ったサッカー人生を送っていたのかもしれない。味わった挫折と、その後の研鑽(けんさん)が長く浦和でプレーできた理由の一つであることは間違いない。
努力の天才=宇賀神友弥が伝えた“真髄”
大きな挫折から生まれたサッカーノート。その挫折の意味について講話でこう語っている。
「失敗することの怖さはある。でも失敗して気づくことはたくさんある。挑戦しないと失敗しない」
「挫折から逃げない。挫折は決して恥ずかしいことではない。大事なのはそこから何を考えるのか。挫折はマイナスではなく、人として強くなれるきっかけになる」
挫折、失敗とどう向かい合い、立ち向かうか。その答えを知るためにつづられたサッカーノート。そこから導き出した4つのキーワードはプロの世界で生き抜く指南書となった。
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督(以下ミシャ)就任1年目の2012年。当時、練習では頻繁に紅白戦が行われ、主力組・控え組とある程度、分けられていた。控え組に回っていた宇賀神は、練習前、どうやったら主力組を倒せるか、圧倒できるかを控え組の選手たちと話し合って臨んだ。難解なミシャサッカーで何が求められるかを常に考え、行動した宇賀神は翌年レギュラーをつかみ、立場を築いた。
それでもクラブは同ポジションに毎年のように選手を補強。2013年にはベガルタ仙台から関口訓充(現南葛SC)、2014年には昇格組の関根貴大、2015年には柏レイソルからDF橋本和(現FC岐阜)、2016年には京都サンガF.C.から駒井善成(現北海道コンサドーレ札幌)、2017年には湘南ベルマーレから菊池大介(現FC岐阜)、2018年には昇格組の荻原拓也(現京都サンガF.C.)、2019年には横浜F・マリノスからDF山中亮輔(現セレッソ大阪)らが加入。同じポジションの並みいるライバルとの相克を繰り返し、互いを高め合った。
タイトルが懸かった大事なゲームでピッチに立つとともに、ここぞの時にゴールを決めてきたのも宇賀神だった。
2018年、ベガルタ仙台との天皇杯決勝でAFC チャンピオンズリーグ行きを決めた決勝弾。そして2021年、セレッソ大阪との天皇杯準決勝での先制ゴール。挫折に4つの力で立ち向かい、乗り越えてきたたまものだ。
一試合、一試合、大樹の年輪のように重ねた浦和での12年間。プロ2年目、細貝萌から引き継ぎ、重く感じた背番号「3」はすっかり代名詞になった。
「いまだにトークショーなどで3番を見つけても『HOSOGAI』と書いてあることがあるので、なじめたかどうかは分からない。ただ3番を着けて11年たつので、『レッズの3番といえば宇賀神』と言ってもらえるようなプレーは見せることができたんじゃないかなと思う」
その番号を同じ浦和レッズジュニアユース、ユース、流通経済大学という経歴を持ち、プロ入り2年目となるMF伊藤敦樹に譲るというのも宇賀神らしい。
さらに前述の天皇杯準決勝・セレッソ大阪戦後のコメントも彼らしいものだった。
「自分を契約満了に決断した人たちを、このピッチで見返してやるぞと、あなたたちは間違っていたということを証明したい強い気持ちを持って立った。『何でそういうことを言うんだ』と言う人もいるが、僕はそういう人間なので、その気持ちがゴールに乗り移ったと思う」
逆境をエネルギーに突き進んだ宇賀神は、未来ある後輩たちに向けた講話の最後をこう結んでいる。
「才能だけでプロでやれる選手はほとんどいない。たとえ才能はなくても誰でも努力はできる。だから努力の天才になってほしい」
<了>
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