「学校教育にとどまらない、無限の可能性を」スポーツ庁・室伏長官がオープンイノベーションを推進する理由
スポーツ庁とスクラムスタジオが手を組み、スポーツイノベーションを推進するプログラム「SPORTS INNOVATION STUDIO(スポーツイノベーションスタジオ)」は、2月29日にBASE Q 東京ミッドタウン日比谷で開催されたデモデイにて成果発表を行った。本記事では、アテネオリンピック ハンマー投げ 金メダリストで、現在はスポーツ庁長官 を務める室伏広司氏と、シリコンバレーにてスポーツやエンターテイメントに関するベンチャー企業へ投資を行っているスクラムベンチャーズ創業者である宮田拓弥による「日本とアメリカスポーツ界のイノベーション」をテーマとしたトークセッションについてお伝えする。
(構成=清野修平)
日本スポーツ界が秘めているポテンシャル
宮田:今年初めて、スポーツ庁が推進するスポーツオープンイノベーション事業にスクラムスタジオとして1年間伴走させていただきました。われわれは、サンフランシスコと日本で、スポーツやエンターテイメントに関わるベンチャー企業への投資を行っておりますが、アスリートや企業の皆さんと連携して事業共創にも取り組んでおります。
室伏長官は「スポーツには無限の可能性がある」とメッセージを届けられており、スポーツ庁としてはスポーツ産業の拡大を掲げられています。室伏長官から見て、現在の日本のスポーツ産業はどのように見えていますでしょうか?
室伏:日本のスポーツ産業には大きなポテンシャルがあると思います。現状、スポーツは学校教育の一環という印象をお持ちの方も多いのではないでしょうか。一方でJリーグが創設されてから30年が経過し、Bリーグなどが後に続き、次第に興行としてのプロスポーツが定着してきています。
その中でスポーツ庁はスタジアムアリーナ改革を推進していますが、当初は「するスポーツ」のことしか考えられていませんでした。現在は、スクラムベンチャーズさんも連携されているエスコンフィールドHOKKAIDOが好事例ですが「スポーツをする」「スポーツをみる」だけではない、さまざまなステイクホルダーが集えるプロフィットセンターのような複合施設を作ることが重要だと考えています。それぞれの地域の特性を生かしたスタジアムアリーナに宿泊施設やショッピングモールなどを併設することで人が集まる場になり、コミュニティが活性化する。スタジアムアリーナ改革の考え一つをとってもスポーツに対する考え方は変わってきており、この流れはどんどん加速させていきたいところです。
宮田:長官にも触れていただきましたが、弊社の投資先であるバルセロナ発のスタートアップ企業feverが主催するクラシックコンサートを今年2月にエスコンフィールドHOKKAIDOで行いました。feverは「イベント版Netflix」とも呼ばれるスタートアップで、ライブ体験の制作と発見を提供するライブ・エンターテイメント・ディスカバリー・プラットフォームを運営しています。
野球の試合会場として作られたエスコンフィールドHOKKAIDOで、無数のキャンドルを焚きながらクラシックコンサートを行う新しい取り組みは、スポーツ業界側の視点から見るとどのように感じられるのでしょうか?
室伏:野球場でクラシックコンサートを開催するのはおそらく世界初ですよね。 スポーツ観戦とは無縁だったクラシックファンが球場に足を運ぶことで、新たなスポーツファンを作るきっかけになりますし、すばらしい取り組みだなと。
宮田:まさに先ほど室伏長官からも単純にスポーツをするだけでなく、アリーナやスタジアムで他産業との連携が大事になってくるとお話がありました。海外の事例をご紹介しながら、現状の日本との差や実際に取り組めることについてお話ができればと思います。
1つ目はMLBの大谷翔平選手も所属するロサンゼルス・ドジャースの事例です。ドジャースは、野球以外のビジネスに取り組むために、8年前にコーポレート・ベンチャー・キャピタルを立ち上げています。
実は、スクラムベンチャーズもドジャースと一緒に投資を行っています。日本ではスポーツチームがベンチャー企業に投資を行うことはなかなかないと思いますが、魅力的なスタジアムを含むアセットを持っているドジャースが自ら投資を行いながら、ベンチャー企業や他産業とも連携を行っているのです。
もう1つ似たような事例が、NFL グリーンベイ・パッカーズの「タイトルタウン」について。
パッカーズの本拠地はウィスコンシン州というアメリカ北部の田舎町ですが、長官が先ほどおっしゃったようなスポーツを中心とした複合施設「タイトルタウン」を運営しています。「タイトルタウン」はマイクロソフトと連携しており、健康や環境といったスポーツ以外のテーマも包括的に取り組んでいて、オフィスやレジデンスなど生活に欠かせない施設もひと通りそろっている点が特徴的です。
日本でもエスコンフィールドHOKKAIDOをはじめ、2024年10月にオープンを予定している長崎スタジアムシティなど、スポーツを中心に据えたイノベーションの事例は増えてきているように思います。
室伏:スポーツ庁が推進しているスタジアムアリーナ改革も、時間をかけて官民が連携して取り組むことでモデルケースとなる好事例も増えてきています。人々の心と体の健康を支えるような地元に根ざした施設が日本でも多くできるといいですよね。
日本におけるオープンイノベーションの現在と有効的なテクノロジー活用
宮田:SPORTS INNOVATION STUDIOは前身の取り組みも含めると今年で5回目となりますが、長官目線でよくなっている部分や課題などを教えていただけますか?
室伏:年々大きな取り組みになっていると思います。チャレンジする事業者が増えたり、競技団体としてもより大きなチャレンジが増えてきた印象です。
宮田:スクラムベンチャーズとしてスポーツ界への投資を始めたのが2017年なのですが、2017年はNFLがテクノロジーを使ったスタジアムを作ると大々的に発表を行った年です。われわれはこの発表を見て、スポーツに参入する意思決定をしました。ちょうど7年程経過したわけですが、まさに近年はスポーツとテクノロジーの融合が増えてきている印象で、日本でもイノベーションの事例は増えてきていると実感しています。
室伏:今回、エアレースXがコンテスト部門のパイオニア賞を受賞しました。エアレースは飛行機の実機が必要なので、実際に参加するハードルが高いのですが、エアレースXのようにシミュレーターを使ってレースを行えば、競技人口が増える可能性もありますし、実機のエアレースのレーサーになる方も出てくるかもしれません。スポーツにテクノロジーがどんどん入ってくることは面白いですよね。
宮田:シミュレーターやVRを使ったトレーニングなどさまざまな取り組みがありますが、「このようなテクノロジーがほしい」と思われるものはありますか?
室伏:私は一応サイエンティストですので、自分でセンサーを作り、そのセンサーを用いて加速度計や張力計を作った経験があります。テクノロジーの利用では、タブレットをはじめとしたモニターなどで映像やデータを映し出すイメージがありますが、音を使ったアプローチが出てきてもいいですよね。例えば、音にフィードバックをかけて物理的な情報を教えるテクノロジーなど、コーチの助言に頼らない感覚的に学べる方法が出てくれば、多様な人に多様な指導ができるようになってくると考えています。
スポーツをより感覚的に学ぶことができるようになれば、上達スピードが速くなる可能性も高まりますし、スポーツを楽しめる方がもっと増えるのではないかと思います。この領域はテクノロジーの進化によって、大きなゲームチェンジが起こる日も遠くないと確信しています。
宮田:先ほども話題に挙がりましたが、日本では部活の先にプロスポーツがあったり、教育がベースにあるからこそアメリカのような大きなチャレンジが出てこない印象もあります。室伏長官は、全体的な日本スポーツ界に対してどのような課題感を抱いていますか?
室伏:エンジニアの方が何かを作ってそれをスポーツの現場が取り入れることは比較的簡単ですし、それも重要です。一方で、現場のニーズから作ったものも大切です。現場のニーズより先に、先進的なデバイスやサービスが完成し、現場では使われないといった事象が、スポーツのみならず日本で起こっていることです。なので、スポーツの現場で活動する人間とエンジニアをはじめとしたイノベーション人材がラボのような形で交流したり、一緒に開発することが、日本のスポーツにイノベーションを増やしていくためには重要ではないかと考えております。
アスリートが学びやすい環境を整えるオープンイノベーションがあってもいい
宮田:ビジネスの世界で活躍するアスリートも少しずつ現れてくるようになりましたが、一方でまだまだ「アスリートはスポーツに集中すべきだ」という意見もあるのが現状です。アスリートのデュアルキャリアについて、考えを聞かせてください。
室伏:それはフェーズによりますよね。選手として集中しないといけない時期や時間はありますし、アスリートは1年・1カ月・1日といった限られた時間をどのように使うかを日々考えています。アスリートが行うビジネスについては、競技と相乗効果が生まれるとベストですよね。24時間ずっとトレーニングをするわけではないので、上手に時間を使ってほしい。大学ではスポーツサイエンスを学べる学部もありますし、アスリートが学びやすい環境を整えるようなオープンイノベーションがあってもいいですよね。シリコンバレーも企業だけでなく、大学も集まって積極的にオープンイノベーションを進めている印象です。
宮田:今回のスポーツイノベーションスタジオでは、企業さんと競技団体によるオープンイノベーションに挑戦しましたが、将来的に大学が入ってきても面白いですね。
室伏:オープンイノベーションには若い力が必要です。日本人の学生には控えめな子も多いですが、このような機会を活用して能力を引き出してあげられたら素敵だなと思います。
皆様のおかげでスポーツオープンイノベーションの推進事業は5年目を迎えることができましたが、スポーツには無限の可能性があると思っています。かつて学校教育としてのスポーツが主流だった日本も、プロスポーツやテクノロジーの流れの中で多様化が進んできています。スポーツ庁としては、スポーツの可能性を狭めることなく、皆さんにご協力いただきながらオープンイノベーションを推進していきたいと考えています。
<了>
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