
なぜミズノは名門ラツィオとのパートナーシップを勝ち得たのか? 欧州で存在感を高める老舗スポーツブランドの価値とは
2022-23シーズンからイタリア・セリエAを代表する名門ラツィオのテクニカルスポンサーを務めるミズノ。ラツィオだけでなく現在はドイツ・ブンデスリーガの2クラブがミズノユニフォームを着用しており、欧州サッカー界における存在感を年々高めている。では創業118年を誇る日本の老舗企業であるミズノはなぜ欧州進出に積極的に動き出したのか? また欧州サッカー界はなぜミズノを高く評価するのか?
(文=中野吉之伴、写真=Insidefoto/アフロ)
欧州サッカー界で名を馳せるスポーツメーカーとは?
日本の老舗スポーツブランドであるミズノがいま欧州で注目されている。
現在イタリア・セリエAのラツィオ、ドイツ・ブンデスリーガのボーフムとアウクスブルク、ほかにはドイツ3部のハンザ・ロストクがミズノユニフォームを着用しているのだ。
欧州サッカー界において、バルセロナやインテル、パリ・サンジェルマンなどと契約するナイキ、レアル・マドリード、アーセナル、マンチェスター・ユナイテッドと契約するアディダス、マンチェスター・シティ、ミラン、バレンシアと契約するプーマといったところが世界的にも有名なスポーツメーカーだろう。
一方、ブンデスリーガ1部でいえば、プーマが6クラブで最大(RBライプツィヒ、ドルトムント、ハイデンハイム、ボルシアMG、ザンクトパウリ、ホルシュタイン・キール)、ナイキが3クラブ(フランクフルト、フライブルク、ヴォルフスブルク)、アディダスは意外に少なくバイエルンとウニオン・ベルリンの2クラブ。そんななかミズノが1部18クラブ中2クラブを占めているのは大きな驚きである。
なぜミズノは欧州サッカー界進出にチャレンジしたのか。どのようなフィロソフィーで取り組んでいるのか。そしてどのように群雄割拠の市場に食い込み、信頼を勝ち得たのか。気になることがたくさんある。そこでミズノヨーロッパのオフィスがあるロッテルダムで、アパレルプロダクト・プランニングマネージャーの中田将文に話を伺ってきた。
昨年比で「45パーセントもアップ」しているサッカー事業
「まずミズノとしての会社の方針があります。リージョンとカテゴリーという2つの切り口があるのですが、リージョン、つまり地域展開において、ミズノ全体で海外売上比率を増やしていこうというのが大枠の方向性なんです。現状(23年度)ミズノにおける売り上げの割合が日本国内が62パーセント、海外が38パーセント。この海外における売り上げをさらにアップさせよう、と。またカテゴリーという切り口では、サッカーはミズノの中で4番目に大きなカテゴリーになります。野球、ゴルフ、ランニング、その次がサッカーなのですが、その成長具合を見ると、サッカーがいまミズノの中ではとても伸びているんです。昨年で45パーセントもサッカー事業がアップしています。
つまり『海外というリージョン×フットボールというカテゴリー』。この掛け算がミズノとしての注力分野として今後の成長のエンジンというふうに考えています」
もちろん日本のスポーツメーカーとして日本市場にかける力を抑えるわけではない。日本での市場もこれまで以上に伸ばしていきたいという思いは非常に強い。
「その通りです。意味合いとしては、日本も伸ばすし、それ以上に海外も伸ばす、というところです。現実的な目線で考えますと、日本では今後人口ピラミッドが徐々に苦しくなってくるんです。人口が減るということは、シリアスにスポーツをする人口が減っていく。すでにサッカーチームや野球チームが単独だと成立せず、『隣のクラブ・少年団と合同でやってる』という時代になってきています。
ということは、いままでのミズノのビジネスのままだと苦しくなる危険性があるわけです。もちろんそうした時代の流れに対するアプローチもやっていますが、次のステップ、次の仕掛けとして、あらゆるリスク管理の観点から、海外比率を上げたほうがいいというのがビジネスの方向性ですね」
ラツィオはミズノのどこに魅力を感じたのか?
とはいえ、海外での比率を高めようと思っても、それがすぐ大型クラブとのパートナーシップにつながるわけではない。一度契約を勝ち取っても、毎年さまざまなクラブでサプライヤー契約終了のタイミングがくる。継続のための提示があってそのまま延長というパターンもあれば、一旦マーケットが開放されてオープンなコンペティションが行われるパターンもある。
欧州サッカー界におけるお金の動きは非常に大きい。欧州のみならず世界中をターゲットにしたビッグビジネスにつながるコンテンツなだけに、どのメーカーも最大限の力を注入して動いている。
そんななか、欧州サッカー界においてはまだまだ新参者のミズノが、欧州最高峰のUEFAチャンピオンズリーグへ進出をするほどの強豪クラブであるラツィオとのパートナーシップを勝ち取れたのは、日本人が思っている以上に大きなサプライズではないだろうか。ラツィオはミズノのどこに魅力を感じたのだろう?
「どこまできれいに表現できるかわからないんですけど……」と前置きしてから、中田は熱っぽく語り始めた。
「ミズノは創業118年の老舗です。加えてジャパンクオリティというブランド力もある。欧州において『日本ブランド×118年の歴史』という組み合わせには高い価値を感じていただけていると思っています。日本ブランドのクオリティへの信頼度は間違いなくあります。例えばアイテムの品質の高さ、そして安心できるお金のやり取りや納期通りに本当に納付してくれるのかとか。プラスやっぱりこれはお金がかなりかかることなので、条件面がうまくそのクラブとは合致したというところですね。本当にタイミングです。われわれとしてはあらゆるクラブに対してオープンだったところに、双方ウィンウィンの合意ができたからというところはあります」
他競技の売り上げも目に見えて変わってきている理由
実際に欧州トップリーグのユニフォームにおけるミズノブランドロゴの露出による影響は計り知れないほどの波及効果があったという。2022年からラツィオとボーフム。23年からはアウグスブルク、ハンザロストクとのパートナーシップがスタートしたわけだが、その結果が数字としてどんどん出てきている。
「あえてキーワード的に表現すると、『イグニッションスイッチ(着火剤)』みたいな効果があるなというのがわかってきたんです。好循環を生むためのスターティングポイントになる可能性をすごく感じています。先ほど挙げましたリージョンとカテゴリーに好循環に波及していくわけです。ヨーロッパ×フットボールアパレルというのを先に攻めてスイッチを入れることができたら、他のリージョンのフットボール事業にポジティブな効果が出るということがすでに数字で見えてきています」
さらにラツィオとの取り組みが欧州内におけるフットボールビジネスでいい効果を生み出しただけではなく、遠く日本、あるいは韓国や東南アジアにおいても、数字で目に見えた効果が出てきているという。
「あとミズノってマルチカテゴリー、つまりいろんな種目でさまざまなアイテムを取り扱っているんです。アパレルだけじゃなくて、シューズも展開しているし、用具も扱っています。このマルチカテゴリー×マルチアイテムというバランスの取れたポートフォリオを持っているのが強みの一つではあるんですよ。それがあったからこそ、いろいろな時代がありましたけど、118年間事業を継続できているんです。
ミズノヨーロッパのリージョンでは、自分たちを「ジャパニーズ・マルチカテゴリー・パフォーマンスブランド」と定義してやっています。欧州においてフットボールで着火剤としてスイッチを押すことができ、そのほかの種目のチームアパレルビジネスにも効果が出てきています。バレーボール、ハンドボールの売り上げも目に見えて変わってきているんです」
中田の語った言葉の端々から、明確なビジョンで戦い続けるミズノがつかんだ確かな手応えを感じさせる。ミズノのブランドスローガンは「REACH BEYOND(リーチ・ビヨンド)」。日本語訳すると「その先へ手を伸ばそう」と訳せるだろうか。その深意は“いまを超える挑戦”だ。現状維持ではなく、現状を詳細に分析し、クリエイティブなアイデアをもって状況を打破し、将来へ向けて勇猛果敢にチャレンジし続ける。群雄割拠の欧州スポーツビジネスの中で、ミズノがどんな歩みを見せるのか。なんともワクワクする話ではないだろうか。
【連載後編】ドイツ6部のアマチュアクラブとミズノがコミットした理由。岡崎慎司との絆が繋いだ新たな歴史への挑戦
<了>
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