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ユルゲン・クロップが警鐘鳴らす「育成環境の変化」。今の時代の子供達に足りない“理想のサッカー環境”とは
サッカー連盟への選手登録者数では世界最大を誇り、ボールを蹴れる環境が非常に充実しているドイツにおいても、「サッカーをやめる子どもたちが多い」という事実が大きな問題になっているという。ユルゲン・クロップも「育成年代のサッカーは変化をもたらされなければならない」と警鐘を鳴らす、今の時代の子どもたちに求められるサッカー環境とは?
(文=中野吉之伴、写真=アフロ)
変化が求められている育成年代のサッカー
レバークーゼンのフロリアン・ヴィルツとバイエルンのジャマル・ムシアラ。いまドイツが誇る2人の才能の塊を中心に、ユリアン・ナーゲルスマン代表監督は世代交代を図りながら国際舞台で結果を残せるチーム作りを進めている。2014年FIFAワールドカップ優勝メンバーは皆、代表を引退。2023年FIFA U-17ワールドカップでは若きドイツ代表が優勝を果たし、クラブレベルで見てもアレクサンダル・パブロビッチ(バイエルン)、トム・ビショフ(ホッフェンハイム)、パウル・ヴァナー(ハイデンハイム)といった逸材が活躍している。
ただし、だからといってドイツの将来が確約されているわけでも、今後ずっと才能豊かな選手が輩出される保証があるわけでもない。2001年よりマインツ、2008年よりドルトムント、2015年から2024年までリバプール監督として敏腕を振るった名将ユルゲン・クロップ(現レッドブルグループグローバルサッカー部門責任者)もその点を指摘していた。2024年ヴュルツブルクで開催された国際コーチ会議での一幕だ。
「ドイツはヨーロッパでもっとも大きな国の一つ。では素晴らしいタレントにおける最大のプールを持っているのか? いや、それはないんだ。実際に明らかにドイツよりも小さな国々が、信じられないほど多くのタレントを輩出しているだろう? サッカーをしたい子どもたちの数が問題なのではなく、彼らとともに私たちが何をしているかを考えなければならない。
今の代表チームには素晴らしい将来性がある。若い選手たちがその後ろに続いている。次の大会に向けては視界は良好だろう。でも中期的、長期的な視点で見たときに、育成年代のサッカーはいくつかの変化をもたらされなければならないだろう」
登録者数770万人のドイツが抱える危機感
ドイツサッカー連盟の登録者数770万人は世界最大。この数字のインパクトが強いので勘違いされがちだが、今現在現役で年間を通してのリーグ戦でプレーしている選手数は227万人(成人男子:96万人/15-18歳男子:32万人/15歳以下男子:78万人/成人女子:10万/16歳以下女子:10万人)。多くは昔プレーしていたけど今はほかの形でクラブに関わっている、週一程度サッカーを楽しんでいる、時折趣味としてサッカーをするという人たちも多い。
一方で毎年新しく登録する選手は30万人いるのだが、全体の選手数は微増なのだ。そこには、サッカーを始める子どもたちも多いが、サッカーをやめる子どもたちが多いという事実がある。筆者は3年前に地元クラブのU-19監督をしていたが、それまではU-12〜U-14チームでのリーグ戦が当たり前だったのに、そのシーズンはわずか7チームのリーグ戦になってしまったことがある。従来のホーム&アウェイではなく、3回戦総当たりという特別ルールで試合数を調整しなければならなかった。
時代が移り変わり、生活スタイルの変化とともに、ドイツをはじめとするヨーロッパでも「サッカーさえできればあとは何もいらない」というのが当たり前ではなくなってきている。選手数で見るとまだまだ多い。それでも、「だからやめる子がいてもしょうがない」ととらえてしまうと将来的に大きな問題と直面するリスクがあると、ドイツサッカー連盟でも真剣に考えられている。
この問題に対してクロップもこんなふうに話していた。
「私が子どものころ、クラブでは週に1回のトレーニングしかなかった。残りの6日は近所の空き地やミニサッカーコートに集まって、自分たちでオーガナイズしてサッカーをしていた。今日ではどうだろう? 親は子どもたちが雨の中で遊ぶのを喜ばない。それどころか子どもたちだけで遊びに行くこと自体に不安を抱えている。そうした時代的な背景を変えることはできない。時代は変わったということを受け入れなければならない。今日では大人が子どもたちが遊べる場所をオーガナイズしなければならないんだ」
日本が持たなければならない危機感
ドイツサッカー連盟・育成ダイレクターのハネス・ヴォルフもまさにその点を強調していた。ドイツでは伝統的に週に2回の平日のチームトレーニングと週末の1試合をベースとしてずっとサッカーと向き合ってきた。そのスケジュールがボランティアでクラブに関わる指導者にとっても最適なものだった。それにサッカーが本当に好きな子どもたちはチームトレーニングがない日は近くの空き地や多目的コートで友達とサッカーで遊ぶから、バランスもちょうどいい。子どもたちは、子どもたちだけの遊びの中でたくさんのことを学ぶことができた。
一方で親の就労状況も変わり、共働きの家も少なくない。ドイツでも朝から夕方までの全日制をとる学校が増えてきている。また都市部であれば治安の問題もある。子どもたちだけで自由に思う存分遊べる環境は一昔前と比べて明らかに減ってきている。そうなると子どもたちがみんな楽しんでいたストリートサッカーに代わるアプローチが重要になってくる。ヴォルフはこのように語る。
「例えばですが、学校における学童活動にサッカーの時間を作ってもらったり、クラブ内でミニサッカーデイを設けたり、グラウンド開放デーを作ったりというのはシンプルですけど、とても効果的なアイデアだと思っています。問題点を嘆いてばかりいるのではなく、子どもたちが安全に、安心して、思いっきりサッカーができる環境をどのように作り出すかを考える時代になってきているという意識を持つことが大切ではないでしょうか」
ボールが蹴れる場所がそこら中にあるドイツでさえそうなのだ。ボール遊びが禁止されている公園が多かったり、そもそも子どもたちが思うがままに遊ぶ場所さえ少ない日本が持たなければならない危機感はその比ではないかもしれない。それこそサッカーをするためには高いお金を払って習い事としてやらないとできないとなったら、息苦しすぎないだろうか? そしてお金をかければかけるほど、子どもたちが成長するというまやかしから解き放たれることが必要なのではないだろうか。
ユルゲン・クロップが語る「変化させなければならない時代」
元ドイツ代表で、プレミアリーグのアーセナルで育成ダイレクターを務めていたペル・メルテスアッカーがこんな指摘をしていたことがある。
「プロ選手になるのは優れたタレントのうちでわずかに1%。サッカーを中心にしながらも、人生において助けとなる価値観を伝えていくことを大切にしなければならない。
15、16歳の若者に対して『君は世界最高の選手だ。絶対にうまくいく』なんてことを言ったら、それは大きな間違いで、嘘つきだ。そうした人と一緒に生きていくことはできないことを知らなければならない。
ボールを扱う能力だけで将来ヨーロッパのトップリーグで必ずプレーできると判断するのはほぼほぼ不可能だ。だからそこから離れて考えて、子どもたちの成長にとって何が健全なのかを考えることのほうが本当に大事なんだ」
元1.FCケルン育成統括部長で、ヴィルツ少年を1.FCケルンへ誘ったクラウス・パプストが言っていた。
「サッカーはつながり合いのスポーツだ。誰かが一度ミスをしたらパスをもらえないなんて馬鹿げている。逆だよ。どんどんパスを送ってあげればいい。何度もチャレンジしていいのがサッカーだ。ミスをしたらそのことを認めて、それを取り戻すために頑張ればいいんだ。サッカー的な思考を持てるかが重要なポイントだけど、それはサッカーの中でしか身につかない。いろんな年代の子どもたちと一緒にやるのは面白い。社会的に必要な関係性も身につく」
自分に矢印を向けることと、自分さえよければそれでいいは違う。サッカーはチームスポーツ。サッカーはお互いを生かし合い、高め合うスポーツだ。その本質を実感できる環境をどのように作るかを、それぞれの社会や地域に合わせて考えていかなければならない。それこそが大人の役割だ。
「変化させなければならない時代にいる。子どもたちがサッカーのトレーニング以外、サッカーをする場所がどんどん減ってきていることを認めること。そして、かつてのストリートサッカーをトレーニングに持ち込まなければならない。そうじゃないと十分なサッカーを学ぶ時間を作ることができない。私も同じ視点で見ているよ」
クロップの声は明瞭で力がこもっていた。育成年代のサッカー少年・少女へのアプローチは常にアップデートされなければならない。子どもたちの子どもたちによる子どもたちのためのサッカー。それこそがこれからの時代にもっともっと必要なのだ、と。
<了>
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