“勝利”に振り回される高校野球。明秀日立・金沢成奉、鬼軍曹が辿り着いた新たな境地 ~高校野球の未来を創る変革者~
坂本勇人(巨人)など多くの教え子をプロ野球の世界に送り込んだ、高校野球界きっての名将・金沢成奉(せいほう)は、勝利至上主義にがんじがらめになっていたと振り返る。選手たちに厳しい練習を課すことで知られた鬼監督は、だがコロナ禍に揺れた2020年、指導者が果たすべき役割を見失っていたことに気が付いた。甲子園がなくなったからこそたどり着けた、新たな境地。“勝利への渇望”と“球児の成長”の両方を追い求める、高校野球の未来へとつながるその指導スタイルを聞いた。
(インタビュー・構成・撮影=氏原英明)
“勝利”に追いかけ回される高校野球。コロナ禍の甲子園中止で突き付けられた現実
高校野球の監督に休む時間はない。
そんなことを思ったのは、史上初の2度の春夏連覇を成し遂げた大阪桐蔭の部長・有友茂史から指揮官の西谷浩一監督とのエピソードを聞かされた時のことだ。
根尾昂、藤原恭大、柿木蓮、横川凱といった後のプロ野球選手を生み出し、春夏連覇を達成した2018年の決勝戦の試合後のことである。吉田輝星をエースとして旋風を巻き起こした金足農を大差で下して連覇を決め、スタンドへのあいさつなど一通りの儀式を終えてベンチに引き上げると、西谷が有友にこんなことを言ってきたのだという。
「有友先生、秋(の大会)どうやって戦おう?」
大願成就を果たしたその刹那に、次の大会のことが頭をよぎる。平成後期から勝ちまくっている指揮官の言葉に、高校野球の監督が背負っているものの大きさを感じたものだ。
高校野球はそれほど「勝利」に追いかけ回されている。勝てば勝つほどに、期待が高まり、その期待に応えれば、また世間は「当然」といわんばかりに勝利を求めてくる。光星学院(現八戸学院光星/青森)で坂本勇人(巨人)らを輩出した明秀日立(茨城)の指揮官・金沢成奉は、コロナ禍までの日々が勝利至上主義にがんじがらめになっていたと回想する。
「光星学院で指導している時、僕は担任を務めていましたから、選手と僕との勝負がずっとありました。休ませないのが僕の美学、みたいな。勝つためには、選手を横にそらさないことが重要で、正月の帰省時を除いてほとんど休みなんかつくらなかったし、ずっと野球ばかりをさせていました」
甲子園強豪校の多くが金沢と同じだと思うが、ただ、コロナによって練習時間が制限され、甲子園も中止となった時、指導者が果たすべき役割を見失っていたことに気付いたのが金沢だった。
指導者が本来果たすべきは…。いつもは考えない采配を振るい気付いたこと
そんな金沢に気付きを与えたのが、今年夏の甲子園予選の代わりに、各都道府県独自で開催された「代替大会」だ。独自ルールが認められた今年の大会は完全に今までとは毛色の違った方式で金沢など多くの指導者にマインドを変えさせた。
ほとんどの地区で採用されたのが、試合ごとの選手の入れ替えが可能になったことだった。つまり、どれほど大きな部員数を抱えている学校でも、勝利をしていくことで選手全員を出場させることができたというわけである。
いつもは考えない「選手全員のため」の采配を振るったところ、勝利至上主義にとらわれていることに気付かされたのである。甲子園出場が至上命題だった金沢は自身のこれまでの方針を一変させた。
選手全員が努力しているということ、その成果を発揮させることで、彼らの成長を確認する。指導者が本来果たすべきなのは「甲子園●●勝した」監督という肩書ではなく、選手の伸び、そのものだった。
「今まで何をやっていたんやろう」。金沢が着手した新たな方針
それまでの金沢は試合に出場できそうな選手、そうでない選手をくっきりと分けていた。いわば、「メンバー組」と「練習補助班」という使い分けだ。もちろん、そこに大義名分がないわけではなく、「練習補助でもしっかり役割を果たすことがチームを強くする」ということが念頭にあった。
しかし、夏の代替大会を迎える過程の中で、レギュラーと補欠の垣根を取っ払ったことで多くの選手の成長を見ることができた。「指導者に大事なのはこれだ」と感じたというわけである。
「僕の野球観からすると、考えられないことでした。練習補助班には、練習補助班なりの役割がある。それが社会に出ても役立つと、それくらいに思っていました。甲子園がなくなっても、選手全員が最後までやり切って、チームとして一つのまとまりが出たこの夏のチームを見た時に、今まで何をやっていたんやろうなぁと、そんな気にさせられたんです」
さらに、金沢は夏を終えて新チームに入ると、この方針を継続しつつ、また新たなことに着手した。それは練習日の設定と選手自身だけで運営する練習日の2日間を設けるというものだ。いわば、土日が練習試合だとして、平日の5日のうち2日間は監督の強制指導を受けない時間をつくることになった。
金沢は感慨深げに言う。
「これには勇気が要りました。僕の中では“休まないのが美学だ”くらい思っていましたから。週に2日間、選手に自由を与えたことの意味は大きかったですね、休みをつくったことはもちろん、選手たちだけで運営される1日をつくったことで、選手と面談をしたり対話が増えました。そうすることで選手たちが自発的に考えるようになりました。今までは僕が言っていたことを、キャプテンが先に言うような変化が生まれてきたのです」
選手の成長の妨げになっていた、かつての指導スタイル
もっとも、金沢の前任の光星学院は坂本など問題を抱えていた選手が多かったこともかつてのスタイルの背景にあるだろう。野球以外で問題を起こさせないためには、グラウンドに縛りつければいい。そうすることで、金沢の監視下に置かれ、常に選手の様子を確認できる。選手らが息を抜く暇さえつくらなかった。
確かに、高校野球で勝つためには、全てを指揮官の監視下に置いた方がいい。練習時間を多くすることで、勝つための戦術を徹底できるし、同じ苦しみを味わったチームメート同士にも一体感が生まれるだろう。金沢が嫌われ役に徹することで、選手たちが一枚岩になることもある。事実、前編で紹介した坂本退部事件のチームメートからの慰留文句は「あのおっさんに、このまま負けててええんか」だったそうである。
しかし、がんじがらめに固めていったからといって、全てがプラスに働いたわけではない。
「坂本の代は最後の夏、青森県大会で負けるんですけど、今思えば、僕の意図を選手たちに浸透させることができなかったなと思います。選手たちで自立している子はいましたけど、チームとしては成熟していなかった」
金沢の言いなりにしようとすればするほどに、選手の気持ちは監督から離れ、結局、勝つことができなかった。当時は選手たちの「理解力」に敗因を持っていたが、金沢は今になって思うと、そういう指導スタイルが選手の成長の妨げになっていたという自覚がある。
「今のやり方をやっていたら、坂本の代でも、もっと考えて、野球に向き合う考え方ができて、監督の考えを理解しようとしたと思う。ところが、そんな考える時間も与えず、がんじがらめだから、選手は『こいつ(監督)、うっとうしい』にしかならない。お互いがけんかしていて、わかり合えていなかったです。一度、春の東北大会の準決勝で、僕が冷静さを失ったことがありました。相手投手が、ベンチの僕に向かって威嚇してきたんです。そこで切れてしまった。当時のキャプテンと坂本が円陣を組んで『監督、あんな感じで熱くなっているから俺たちでやろうぜ』みたいな話をしていたんです。結局、14-13で勝ったんですけど、坂本はあの大会で8割くらいの成績だった(※16打数13安打で.813)。あれでプロに行ったようなもんです。そういう経験もあったんですけど……」
「決して勝つことを諦めたわけではない」
とはいえ、選手たちが考える現在の方針には一つ問題が生じる。選手が考える力と試合で勝つ力は同時並行では培われないということだ。事実、この秋、明秀日立は県大会の2回戦で敗れている。選手たちの主体性を育んで、チーム力につなげていくには少し時間を要してしまうのだ。
「秋の大会が終わったくらいから強くなりました。全然負けていない」と金沢は苦笑いするが、この出来事こそ、チームが変わってきた証しともいえるだろう。
当然、周囲の金沢を見る目は厳しい。やはり、これまでのように、甲子園に出場する、日本一を目指す監督であってほしいという視線はある。金沢はそれを感じているし、思考を変化させたとはいえ、結果に対する欲を封じ込めたわけではない。
世間の期待と金沢の信念とのバランスをどう取るかが、これからの難題として降りかかってくるだろう。単刀直入にそれを尋ねてみた。
金沢はこう誓う。
それは高校野球界へも強烈なメッセージだ。
「この夏の大会があった時に『甲子園に取り憑かれていた』という僕のコメントが世に出ていろんな人から連絡をもらいました。感動したとか、すごいですね、と言ってもらえた。でも、あんまり言われるのも嫌なんですよね。僕は勝つことを諦めたわけでもないし、新しいスタイルでやるから(甲子園に行けないという)口実にしたいわけでもない。バランスを取ることが指導者には必要なんだということなんです」
「この頃、考えるようになったのは、月日がたっても価値が下がらないものが、われわれのとるべき教育、指導なのかなと。坂本が最近になって『俺たちは教えてもらった価値がある』と言ってくれるようになりました。あの時もっとできたという思いが今の俺にはあるけど、そういう指導をしていきたい。目標は日本一ではなく、真の日本一です」
「“真”の日本一」が指し示す意味。これからの進むべき方向性を誓う
かつての金沢は勝利を追い求めすぎるために、できることは全てやった。長時間練習はもとより、上意下達だけの練習方式、あるいは、試合でのサイン伝達など。ありとあらゆることが日本一につながると信じ込んできた。
しかし、「真」のものとは違っていたことに気付いた。
金沢は、この取材中、デリケートな質問にも赤裸々な言葉を発した。掲載の確認を取ると「書いていい」と、サイン伝達のことまで容認してくれた。
金沢の熱量たっぷりの言葉は、自身の変化、進むべき方向性を誓う実に真っすぐなものだった。
「今の指導スタイルで甲子園に行ったら、負けへんような気がするんですよね」
選手と本気でぶつかってきたありのままの指導スタイルと新しい境地に到達した金沢は、また新たな逸材とチームを世の中に生み出してくれるに違いない。
<了>
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PROFILE
金沢成奉(かなざわ・せいほう)
1966年生まれ、大阪府出身。1995年に光星学院(現八戸学院光星)の監督に就任、春夏通算8度の甲子園出場に導く。2010年からは総監督として指導し、2011年夏から3季連続の準優勝を果たした。2012年秋に明秀日立の監督に就任、2018年春の選抜出場に導く。坂本勇人(巨人)、田村龍弘(ロッテ)、北條史也(阪神)など、これまでに数多くのプロ野球選手を育て上げた。
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