
キャプテン遠藤航が公言した「ワールドカップ優勝」は実現可能か、夢物語か? 歴史への挑戦支える“言葉の力”
森保ジャパンが2026年FIFAワールドカップ北中米大会に向けて掲げる「優勝」の目標は揺るぎない。過去の歴史を振り返れば、その二文字が夢物語と受け止められるのも無理はない。第2次森保ジャパンのキャプテンとして「優勝」を掲げた遠藤航、その言葉に共鳴した森保一監督やチームメートの想いとは? ベスト16の壁に跳ね返されてきた日本代表の実績、久保建英、堂安律、長友佑都らの言葉とともに、その実現可能性を検証する。
(文=藤江直人、写真=FAR EAST PRESS/アフロ)
ヨーロッパ勢と南米勢が占める「ワールドカップ優勝」のハードル
日本から一歩外へ出てみれば夢物語とも、あるいはビッグマウスとも受け止められている。8大会連続8度目のFIFAワールドカップ出場を決めた森保ジャパンが、来年夏にアメリカ、カナダ、メキシコで共同開催される本大会の目標として公言する「優勝」の二文字に対してだ。
ワールドカップの歴史を振り返れば、海外から驚かれるのも無理はない。直近のカタール大会までの22回の大会で優勝したのはわずか8カ国。内訳はヨーロッパ勢がイタリアとドイツ(編注:西ドイツ時代の3度を含む)の4度を筆頭に5カ国で計12回、南米勢がブラジルの5度を最多に3カ国で計10回となっている。
準優勝国も10カ国。内訳はヨーロッパ勢が8カ国で、4度のドイツに3度のオランダ、2度のフランスなどが続く。他の2カ国も南米勢で3度のアルゼンチン、2度のブラジルとなっている。
ヨーロッパ、南米両大陸以外では、北中米カリブ海が1930年ウルグアイ大会ベスト4のアメリカ、アジアが2002年日韓共催大会4位の韓国、そしてアフリカは前回カタール大会4位のモロッコがそれぞれ最高位。ベスト8までを対象に広げても、ヨーロッパ勢と南米勢以外で準々決勝へ進出したのは延べ9カ国で、そのうちアジア勢は1966年イングランド大会の北朝鮮だけだ。
日本はフランス大会以降の7大会でグループステージを4度突破した。しかし、2002年日韓共催大会はトルコ、2010年南アフリカ大会はパラグアイ、2018年ロシア大会はベルギー、カタール大会はクロアチアにベスト16で敗れた。パラグアイとクロアチアにはPK戦の末に涙をのんでいる。
ベスト8にすら進んでいない日本が、目標に優勝を掲げるのはあまりにも唐突すぎると映ったのだろう。日本が北中米大会出場を決めた直後の一戦となった、3月25日のサウジアラビアとのアジア最終予選・第8節の前日会見では、海外通信社の記者が森保一監督に「ワールドカップ優勝を目指すと、監督や選手が何度も言っているが――」と目標設定に至った背景を尋ねた。
「日本代表はこれまでのワールドカップで、一度もベスト16の壁を超えていない。そのような目標は海外ではどうしても目立つし、なかには疑問を抱く人もいる。なぜそこまで自信があるのか」
遠藤航が明かした目標設定の裏側。共鳴した指揮官の思い
最初にワールドカップ優勝に言及したのは遠藤航だった。第2次森保ジャパンが始動した昨年3月。吉田麻也からキャプテンを引き継ぎ、迎えた最初のミーティングで優勝を目標に掲げた遠藤は、当時の胸中を「ベスト4なのか、優勝としたほうがいいのかを考えていた」と明かす。
「最終的に優勝を目標に掲げた背景にあるのは僕だけの考えではなく、ワールドカップを経験した選手たちの雰囲気、カタール大会の悔しさを残す選手たちの会話などを聞いたときに、目標を優勝としたほうがいいと思いました。アスリートにとって目標設定は非常に大事で、高すぎても難しいし、逆に低すぎてもよくない。そうした観点で日本代表チームを全体的に見たときに、ワールドカップ優勝を掲げることがベストだと考えて、いま現在に至っています」
森保一監督は2018年7月の就任時から、ワールドカップのベスト8を目標に掲げた。コーチを務めたロシア大会を含めて、ベスト16の壁に3度はね返されていたのだから当然だろう。
一方でロシア大会を振り返れば、後半アディショナルタイムに決勝ゴールを決める大逆転劇で日本を3-2で破ったベルギーが、続く準々決勝でブラジルも撃破。優勝したフランスに準決勝で0-1と惜敗したものの、3位決定戦ではイングランドに2-0で快勝した。
カタール大会では、日本を破ったクロアチアが準々決勝でも再びPK戦でブラジルを撃破。優勝したアルゼンチンの前に準決勝で完敗を喫したものの、3位決定戦では旋風を巻き起こしていたモロッコを2-1で振り切り、準優勝したロシア大会に次ぐ成績を収めた。
ラウンド16で日本と好勝負を繰り広げた、ベルギーとクロアチアがともに3位に入った。両方の大会で代表に名を連ね、カタール大会では全4試合に出場し、クロアチアとのPK戦では5番手でスタンバイしながら出番が訪れなかった遠藤にとっても、ベスト8の目標はもはや物足りなかった。
遠藤をはじめとする代表選手たちの目線の高さに、森保監督も共鳴した。遠藤の優勝宣言に乗っかる形で、ここにきて目標を優勝へ上方修正した理由をこう語っている。
「ロシア大会もそうだったが、特に私が監督をさせてもらったカタール大会でクロアチアに敗れた後に、選手たちが『PK戦を含めてもっと緻密な準備を積み重ねていれば、もっともっと上へいけた』という思いを抱いていると強く感じた。私自身も同じ思いをさせてもらった、というのもあって、現実的な目標として世界一を考えさせてもらっている」
森保監督は先述のサウジアラビア戦前日の公式会見における質疑応答で、海外通信社の記者の質疑に対してほぼ同じ内容の言葉を返しながら、最後に次のような一文をつけ加えている。
「周りの人たちは笑うかもしれないが、必ずチャンスはあると私は思っている」
「実績がなければ評価されない」それでも公言する理由「昔の世代だったら…」
ワールドカップで直近に初優勝を成し遂げた国は、2010年南アフリカ大会のスペインとなる。
ベスト8が最高位の大会が長く続き、一時は「永遠の優勝候補」と揶揄されたスペインは、2000年代の後半に「ティキ・タカ」スタイルを確立。2008年のUEFA欧州選手権(ユーロ)では44年ぶり2度目の優勝を果たすなど、ワールドカップ初制覇へ向けた予兆は十分にあった。
そのスペインでプレーして6シーズン目を終えようとしている久保建英は、ヨーロッパで日本代表チームがどのような見られ方をしているのかを、身をもって経験している。
「スペインを含めたヨーロッパの選手からすれば、たとえば僕が『次は日本代表の試合にいく』といっても『どこで試合をするんだ。知らないぞ』となる。ワールドカップではスペインにも勝っていますけど、結局は『アジア予選か』という見方をされてしまう。そういった難しさは僕たちにしかわからないけど、だからといってわかってもらおうとも思わない。世界の評価に日本の評価が追いつかないのは仕方のない部分があると思うし、実績がなければ評価してもらえない立場ではあるので、しっかりと勝ち続けていくことでしか、彼らも認めてくれないと思っています」
スペインのユーロのようなインパクトを、日本は現時点で残していない。昨年1月から2月にかけて開催されたアジアカップでも、ベスト8でイランに屈した。北中米大会出場を「世界最速」かつ「史上最速」で決めても、騒がれるのは日本国内止まりだった。
スペインの前にワールドカップ初優勝を、自国開催の1998年大会で成し遂げたフランスのジネディーヌ・ジダンのような、ワールドクラスのスーパースターもいない。それでも遠藤が掲げた優勝にいち早く共鳴し、さまざまなタイミングで公言してきた堂安律は言う。
「ワールドカップ優勝と言わないと逆に取り残される。そういう集団になれているのはすごくいいと思う。昔の世代だったら、意識が高すぎると逆に孤立していたかもしれないですけど」
夢見る少年たちに届いた情熱と夢。長友佑都が語る「言葉の力」
日本代表がワールドカップ優勝を掲げるのは、森保ジャパンが初めてではない。2014年ブラジル大会に臨んだザックジャパンは歴代最強を自負し、攻撃の中心を担った本田圭佑らが「優勝を目指しています」と公言した。しかし、結果は1勝もあげられずにグループステージで姿を消した。
本田とともに主軸を担った長友佑都は、敗退後にさまざまな批判を浴びたブラジル大会を「自信が過信だと気づかされた大会」と位置づけてきた。個人として5大会連続5度目のワールドカップ出場を目指すなかで、ごく普通に「優勝」の二文字が飛び交う第2次森保ジャパンに目を細める。
「すべてにおいて、達成したいという情熱がなければ夢もかなわない。よく言霊と言われますけど、言葉がもつ力は本当に大きい。当時は批判もすごかったけど、夢見る少年たちにも響いていたと思うと、あの言葉を言ってよかった、意味があったと素直にうれしく思う」
長友が言及した情熱と夢の関係が、遠藤の優勝宣言にも当てはまる。そして、本田らの優勝宣言をテレビなどで見聞きしていた一人が、ガンバ大阪ユースでプレーしていた、当時16歳の堂安だった。日本サッカー界が捲土重来を期してから10年あまり。優勝が全員の共通語になった第2次森保ジャパンを、ブラジル大会の苦い経験を知る長友や長谷部誠コーチが縁の下で支える。
大きな目標へ向かって、全員がお互いを高め合う理想的なチーム状態に手応えを感じている。北中米大会出場を決めた3月20日のバーレーン戦直後。埼玉スタジアムのピッチ上で行われたセレモニーで、事前の予告なしにスピーチを任された遠藤はこう語っている。
「僕たちのいまの目標はワールドカップ優勝です!」
選手層、マッチメイク、メンタリティー。優勝へ、求められる覚悟と強化
スタンドを埋めた5万8000人以上を数えたファン・サポーターに対してだけでなく、生放送された地上波やネット配信でも「優勝」を公言した遠藤は、一夜明けてこんな言葉を残している。
「ワールドカップで最終的に結果を残すために、これからの過程でどのような結果が出ても一喜一憂しないのが大事になってくる。ワールドカップの出場権を獲得できたアドバンテージがあるなかで、チームだけでなくメディアのみなさんやファン・サポーターのみなさんも含めて、ワールドカップで優勝というメンタリティーをもち続けられるかどうかだと個人的には感じている」
北中米大会へ向けた第一歩となるサウジアラビア戦がスコアレスドローに終わり、勝利を期待していたファン・サポーターのため息を誘っても、遠藤は一喜一憂しない姿勢を強調した。
「修正というか、攻撃面で課題があったのはみんながよくわかっているし、そういった会話が試合後に勝手に出ているようなところが、個人的にはすごくポジティブだと思っています」
出場国数が「32」から「48」に増える北中米大会では、グループステージ初戦から最後まで勝ち進むための試合数も「7」から「8」に増える。森保監督は今後の強化方針をこう掲げる。
「レベルの高い選手たちで2、3チーム分を作れるくらいに選手層を厚くしていきたい」
9月以降の国際親善試合へ、久保はマッチメイクする日本サッカー協会へこう要望する。
「僕たちがお願いする立場になるけど、難しい相手に打診していかないといけない」
北中米大会が開幕するまでの約1年2カ月間で、さまざまな声が飛び交うのは想定内。日本サッカー協会をはじめ、国内外でプレーする代表選手たち、森保監督以下のコーチングスタッフ、メディア、ファン・サポーターが一丸になって前へ進んでいく戦いが幕を開けた。
<了>
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