
日本人監督が欧州トップリーグで指揮する日はくるのか? 長谷部誠が第二のコンパニとなるため必要な条件
欧州5大リーグの監督の国籍に目を向けると、スペイン、イタリア、ドイツを筆頭に欧州強豪国の出身監督が多く名を連ねる。その一方で、それ以外の国々で、さらに母国語を公用語とする国の出身監督の数はとても少ない。ではそのような逆境をはねのけて、日本人指導者が欧州トップリーグで指揮をとるためには一体何が求められるのだろうか?
(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)
なぜポーランドやチェコ、ハンガリーのトップリーグ監督は少ないのか?
日本人サッカー選手の多くが欧州を中心に海外で活躍するようになったいま、日本人指導者も欧州で活躍するのが次のステップという声をよく耳にするようになっている。日本で取得した指導者ライセンスが欧州ではそのまま書き換えられないのが大きな焦点とされているが、もしそれが認められたとして、果たして日本人指導者にオファーが届くようになるのだろうか?
そもそも欧州トップリーグでは監督にどんな要素が求められていて、どんな条件が揃えば日本人がそのポストにつける可能性が生まれてくるかを探るべく、日本と欧州のサッカー事情に精通しているモラス雅輝(オーストリア2部ザンクトペルテンテクニカルダイレクター/育成ダイレクター/U-18監督)と考察してみた。モラスはこのように話し始めた。
「ライセンスや言葉という問題点は小さくないとは思いますが、まずそれ以前として、やはり文化がいろいろ違うなかでどこまで適用できるのかがすごくあると思うんですよね。欧州のクラブが求めるのは、その監督が欧州クラブで、国際色豊かな選手が集うチームで、さまざまな各分野のプロフェッショナルなスタッフがいるなかで、いったい何ができるかという実績と能力が何より求められます。
日本に来る欧州の監督でも、例えばフォルカー・フィンケはいい例だと思うんです。欧州であれだけ評価されていた人でも、日本に行くと文化だけではなくて、サッカークラブのなかでの物事の進め方、プロセスの違いとか、あとは選手の持っているメンタリティーなども違うから、うまくいかないことも出てくる。それだけに、逆に欧州で指導者をするのであれば、その国の言葉、習慣、常識、傾向を正しく理解して、実践できる人でなければ務まらない。 アフリカ圏の指導者だって母国でどれだけすごい戦績を残してもなかなかリストアップはされない。同じヨーロッパ圏でも、例えばポーランドやチェコ、ハンガリーといった母国語が公用語である国出身の指導者は苦労しています。同じドイツ語圏のオーストリアやスイスからブンデスリーガでチャンスをもらう監督がそれなりにいることを考えると、言語はもちろん、近い習慣や考え方を持っていることがアドバンテージなっていることは間違いありません」
デンマーク人監督のボー・ヘンリクセンの場合
欧州トップリーグにおいて監督として仕事をするというのは、巨大な組織のトップに立って、数多く抱えるスタッフのマネジメントをしなくてはいけない。サッカーやコーチングに関する専門的な知識以上に、マネジメント能力が最も問われるところになってくる。そのため、欧州クラブにおけるマネジメントがしっかりできないと厳しい。
「その通りです。あとすごく重要なポイントは、選手やスタッフとのコミュニケーションだけではなくて、会長や経営陣やスポンサー、場合によっては投資家グループとのコミュニケーションです。それこそクラブによってはピッチ上でのデイリーワークより肝心になる時もあるわけです。となるとビジネス業界における専門用語も含めてコミュニケーションが取れない人を監督にするかというとそれはない」
欧州サッカー界全体にさまざまな投資家が入ってきて、マルチクラブオーナーシップや国際業務提携クラブが増えている。サッカー業界出身ではない人の発言権もどんどん大きくなっているなかで、監督にも経営的な観点からチームマネジメントできるかを求められてきているという。
例えばブンデスリーガを一つの到達点として考えたときに、いきなりドイツ以外の国から監督として招き入れられる例は少ない。その前に同じドイツ語圏のオーストリアやスイス、あるいはベルギーやオランダといったレベルの国で卓越した手腕と結果を残すことが必須となる。それらの国で継続的に結果を残し、ヨーロッパカップ戦に参入してくる強豪クラブでポストをつかみ、欧州でも通用するという結果を残し、リーグ優勝も勝ち取る。そのうえで、チャンスが舞い込むのがブンデスリーガでの戦いとなる。
好例の一人としてマインツで指揮を取るデンマーク人監督のボー・ヘンリクセンを紹介したい。ここ数年常に残留争いに苦しんでいたクラブを、UEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得を狙える位置につけるまで成長させている。
「ヘンリクセンはスイスでもいい仕事をしていました。チームマネジメントが秀逸で、選手を育てることができる監督です。当時ドイツ語もできずにチューリッヒにやってきて、最初の記者会見はすべて英語で行っていました。クラブのロッカーロームに入っても、こっちでは選手が集まってフランス語を話していたり、こっちはドイツ語圏でしかもスイスドイツ語で話をしてと、デンマーク人の彼にしてみれば、みんな何言ってるのかわからないというスタートだったと思うんですよ。そういう難しい環境の中でもチームをまとめて結果だけではなく、内容的にも素晴らしいサッカーを引き出したことが、国内外で評価を高めるところにつながったわけです」
ヘンリクセンはデンマークリーグのFCミッティランで国内カップ優勝など結果を残したことで、FCチューリッヒ移籍へとつながった。そして母国だけではなく、国外でも確かな仕事ぶりで結果を残せると評価がつくことで初めて、トップリーグへの門戸が開かれたというのが実情だ。
元日本代表の長谷部誠や岡崎慎司にかかる期待
どんな人物が監督人事を任されているかも重要だ。前述のマインツでは代表取締役のクリスティアン・ハイデルによる先見の明と勇敢な決断力によるところが大きい。プロ選手として大成したわけではないユルゲン・クロップをトップチームの監督とし、その後もマインツU-19監督だったトーマス・トゥヘルを抜擢した。元プロ選手でもなく、トップチームの監督を務めたことがない監督を登用する例はそれまでほぼなかったが、ハイデルはそんな慣習をぶち破った。
そんな人物とのつながりを持っているかどうかは、監督人事において大きな意味を持つ。それだけに、元日本代表の長谷部誠や岡崎慎司にかかる期待も大きくなる。長谷部はフランクフルトとの太いつながりがあるし、岡崎にもマインツをはじめ、現役時代にさまざまなクラブで培ってきた縁がある。
とはいえ、つながりや縁だけでは監督にはなれない。ハイデルのような人物が「彼こそがクラブを率いるのにふさわしい」と確信するだけの実力と実績を備えていなければならないのだから。選手時代の名声やつながりが長谷部や岡崎以上の元ドイツ代表のレジェンドたちでも、監督の職を強く望んでも縁がないという人間は多いのだ。
「そこなんですよね。そんななか、岡崎さんはいまバサラマインツというクラブで、指導現場以外にプラスアルファのこともやってますよね。マネジメントもやって、スポンサーにも会いに行って、クラブの外交官的な役割もこなすという素晴らしい経験を積んでいる。ピッチ上のことしか知りません、経験していませんというよりは、ずっと価値があることだと思います」
コンパニやシャビ・アロンソが大成した背景
バイエルン監督のヴァンサン・コンパニやレバークーゼン監督のシャビ・アロンソが比較的スムーズに監督として大成した背景には、現役時代からプロフェッショナルでリーダーシップを発揮し、チーム内マネジメントだけではなく、スタッフや監督・コーチ、スポンサーとのやり取りの経験が豊富だからというのが要因として取り上げられている。そのため、似たような立場で現役時代を過ごしていた長谷部には近いものがあるのではという声も少なくない。
「長谷部さんの場合は、まずシーズンを通してのマネジメント、チーム作り、選手とのやり取り、スタッフとのコミュニケーションを全部自分の責任のもとでやりながら、コーチではなく、何年間かは監督としての経験を積むというステップが必要なのは間違いないと思います」
ベルギー出身のコンパニは、2019年に33歳の若さで古巣アンデルレヒトの選手兼監督に就任。その後、イングランド2部のバーンリー監督としてチームをプレミア復帰に導き、2024年にドイツの名門バイエルンの監督に就任した。
「年間を通してチームのすべてのトレーニングやミーティングの現場にいること。監督という立場では毎日いろんな大変な決断をしていかなくてはいけない。そうした決断力を高めるためには、やはり監督をやっていないと身につかない。いい経験もあれば苦い経験もある。どこで、どのように、どんな経験を積み重ねるのかがすごく大きいポイントだと思います。
例えばですが、長谷部さんはまずJリーグで監督をして経験を積んで、それからフランクフルトと提携関係のある国外クラブで監督をして、そこでの能力と実績が認められた時に初めて、欧州トップリーグでのチャンスの有無が議論されるのではと思います。あるいはベルギーのシントトロイデンのように、日本企業が支えてくれるクラブは最初の足掛かりとして可能性はあるのではないでしょうか?」
監督人事はクラブの命運を左右する最も重要な決断だ。欧州トップリーグにおいて、そこにリストアップされるためには、選手としての経験や、過去のつながりだけではなく、監督としての確かな能力と豊富な実績がなければならない。
日本人が欧州で指導者としての足掛かりを探っているのと同じように、世界中の指導者がそのチャンスを作り、生かすべく動いているのだ。選手は各クラブで25人はそろえられるが、監督はただ一人。選手時代以上に厳しい競争を勝ち抜かなければならない。いまも欧州で戦い、確かな評価がされている日本人指導者はいる。だからこそそこに挑む覚悟と決意を持った人がこれからどんどん増えてくることが望まれる。その先に初めて、次のステップが広がっていくのだろう。
<了>
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