欧州サッカー「違いを生み出す選手」の定義とは? 最前線の分析に学ぶ“個の力”と、ボックス守備を破る選手の生み出し方
ドイツサッカー連盟が主催する国際コーチ会議において、UEFA EUROにおける大会分析と合わせて、「違いを生み出す選手の存在」についての定義が行われた。守備局面、攻撃局面、攻守の切り替えにおいてそれぞれ重要なテーマを取り上げながら、欧州における最高の選手たちは誰なのか、それぞれの局面を切り分けて見ていこう。
(文=中野吉之伴、写真=AP/アフロ)
EUROの分析。「違いを生み出す選手」の定義
「学べば学ぶほど、自分が何も知らなかったことに気づく。気づけば気づくほど、また学びたくなる」
こう語ったのは、かの物理学者アルベルト・アインシュタイン。これはスポーツの世界でも同様だ。現状維持は衰退を意味する。いま最先端と思われる知識も戦術もアイデアもどんどん研究され、ブラッシュアップされ、新しいアプローチや取り組みが生まれてくる。
ドイツではドイツサッカー連盟がFIFAワールドカップやUEFA EUROという国際ビックトーナメントが行われたあとすぐに総括分析を行い、7月に毎年開催される国際コーチ会議で発表するのが恒例だ。2024年ドイツ開催となったEUROではどのような分析がされたのだろうか。
今回壇上で発表を行ったのは、年代別ドイツ代表のテクニカルチームの一員でもあるU-18監督ハンノ・バリッチ、U-15監督ミヒャエル・プルス、U-21代表アナリストのヤニス・シャイベの3人。
これまでの大会分析でも特徴と傾向と対策について取り上げられてきたが、その中で「違いを生み出す選手の存在」というのはいつもテーマに上がってくる。どんな選手が違いを生み出すのか、どのような違いを生み出すのか、というところは分析における一つの大事な入り口となる。
今回の国際コーチ会議においてもバリッチはこのように切り出した。「今大会の分析をするうえで、『違いを生み出す選手』を定義しました。以下の4点と今大会で見られた特徴とを重ね合わせて考察してみました」。
1.選手自身が持つパフォーマンスで攻守においてチームにポジティブな効果をもたらす
2.チームのマッチプランにおいて戦術面で重要な役割を果たす
3.試合の流れの中で新しい状況を作り出し、苦しい状況で適切な対応ができる
4.必ずしもチームにおける「ベストプレーヤー」というわけではない
守備局面における特徴は「ボックス守備」。コンサは股下さえも…
サッカーにおける4局面というと、昔から「攻撃」「攻撃から守備への切り替え」「守備」「守備から攻撃への切り替え」とされている。今回バリッチらテクニカルチームは、それぞれの局面における特徴を見つけ出し、それぞれの特徴において「違いを生み出す選手のプレーをピックアップする」というやり方での分析を試みている。
まず守備局面における特徴は「ボックス守備」。多くの選手をペナルティエリア内・付近に設置し、狭いスペースに数多くの選手を並べることで失点のリスクを下げる守り方だ。チーム全員が協力してペナルティエリア付近で常に相手に空間的、時間的、精神的プレッシャーを与え続ける。またこうしたボックス守備を貫徹するためにはゴール前の危険なエリアやゴールへのパス、クロス、シュートをブロックするスキルがDF側に求められる。
「例えばポルトガル代表DFペペ、スペイン代表MFロドリ、あるいはイングランド代表DF(エズリ・)コンサはこうしたボックス守備において卓越したプレーを見せていました。ペペやロドリは危機察知能力が極めて高いですし、相手へアプローチするタイミングと強さにも優れています。コンサは大会を通してレギュラーだったわけではないですが、シュートブロック能力がとても高い。堅い守備を崩すためにトップレベルのFWはDFが足を出して守ろうとするのを逆手に取り、股下を抜くシュートを狙いますが、コンサは股下さえも通させないブロックを何度も見せてくれました」(バリッチ) クラブレベルでも代表レベルでも人数をかけてゴールを守るクオリティが上がれば上がるほど、ゴールを奪うのは大変だ。代表チームでは練習時間を確保するのが困難なので、戦術を落とし込むのが難しいといわれているが、だからといって個人任せでは相手の思うつぼになる。
「ボックス守備攻略」のカギ。クロースのワンタッチパスが…
そんななか、攻撃の局面における特徴として「ボックス守備攻略」が見られたのは興味深い現象だったという。
手数をかけて守る相手に対して、目的と狙いを持ってゴールチャンスを作り出し、それを決めきる。オランダ代表FWコーディ・ガクポ、イングランド代表FWブカヨ・サカ、そして優勝したスペイン代表FWラミン・ヤマルやニコ・ウィリアムスはほんの少しのスキを見逃さずに、チームに大きな効果をもたらす選手だった。
「左利きの選手が右サイド、右利きの選手が左サイドという配置は最新の取り組みではないですが、この配置をより効果的に生かすためのチームとしての取り組みがよく見られました。例えばサイドバック、ウイングバックがスピードに乗ってオーバーラップを仕掛け、ほんの一瞬相手守備にズレが生じたスペースを彼らが生かしきってゴールにつなげるシーンが多くありました。状況打開力を持った選手を生かすための状況作りをチームとしてしようというのが一つ、そして彼らが仲間によって作られた状況を最適に認知して生かしきる仕掛けができていたというのが二つ目のポイントですね」(バリッチ)
少しのズレを突いた崩しをするためには、その状況を作り出すために素早く正確なパスを送れる選手が欠かせない。ドイツ代表ではトニ・クロースの精密なワンタッチパスが相手に守備組織を整えさせる時間を与えず、そこで生じたスペースをイルカイ・ギュンドアン、フロリアン・ビルツ、ジャマル・ムシアラが飛び込むというプレーが高いレベルで行われていた。
また攻撃においてはもう一点「ラインブレイク」が取り上げられていた。相手チームが構成するそれぞれの守備ラインをどのように突破するのか。どこへ相手選手を引き寄せるのか。どこで変化をつけるのか。そこからどのようにブロック守備崩しへ持ち込むのか。このあたりのアプローチは各チームのプレー哲学や抱える選手の特徴によっても変わってくる。代表例として挙げられたのは、スペイン代表DFのロビン・ル・ノルマンとエメリク・ラポルテ、イタリア代表DFのリッカルド・カラフィオーリ、ポルトガル代表DFのジョアン・カンセロ、スイス代表MFのグラニト・ジャカ。だ
「スペイン代表の両センターバック、ル・ノルマンとラポルテはドリブルで中盤までボールを運ぶタイミングとコース取りが非常に優れていました。あとイタリア代表だとカラフィオーリ。ポジション的にはセンターバックでプレーする選手ですが、スペースを見つけると勇敢かつクレバーに攻め上がり、さまざまな状況で新しい変化をもたらします。時に前線のスペースにまで走り込みますが、それでもチームとしてもバランスを崩さない。
ポルトガル代表はポジションチェンジがとても多いチーム作りが特徴的です。カンセロはサイドバックとして出場した場合でも、ボランチからインサイドハーフ、トップ下やウイングの位置にまで顔を出します。そうした変化をつけられる選手に呼応して周りの選手がポジショニングを取り直す。
あるいはスイス代表のジャカ。チームの心臓として攻守のリズムを作り出す選手です。俯瞰的な視点で状況をスキャンし、いつ、どこで、どのように攻撃をスピードアップすべきかを掌握しています。ジャカを経由すると途端にボールのめぐりが滑らかになりますし、相手が警戒してくるのを逆手にとり、自分が動くことで味方のパスコースを作り出すのもうまい」(プルス)
「ゲーゲンプレス」の成功に不可欠な要素
攻撃から守備への切り替えでは、相手にボールを奪われた瞬間にプレスをかけてボールを奪って攻撃につなげる「ゲーゲンプレス」がテーマ。
元リバープール監督ユルゲン・クロップの十八番であるこの戦術では、チームの共通認識のもと、ボールロストと同時に足を止めずすぐにボール奪い返すことが絶対条件。ラルフ・ラングニック監督が率いるオーストリア代表は、選手の多くがザルツブルグやライプツィヒで指揮官の戦術に慣れ親しんでいる選手が多く、ゲーゲンプレスの成熟度は参加国中トップレベルと評価されていた。
また、守備から攻撃への切り替えという観点においては、守備者の存在がこのゲーゲンプレス戦術の成否を分ける。キープレーヤーの一人としてドイツ代表DF、ヨナタン・ターが取り上げられていたのが興味深い。
「ゲーゲンプレスを受けた相手選手は、プレスを回避するため前線へパスを送ることが多いですよね。だからゲーゲンプレスを実行する側のチームは、そのクリアボールに対してヘディングでも足元でも、そこでボールを跳ね返し、マイボールにできる選手がいないとこの戦術は効果が最大限に発揮できません。ターは狙い通りのアタックで相手クリアの多くをマイボールにしてくれました」(プルス)
また、この局面においてもスペインのロドリが別次元とも思えるクオリティを発揮していたことも話題に上った。相手のカウンターを許さないポジショニングや最適なボールアタックなど、1人で何人分ものタスクを連続で完遂していた。
“違いを生み出す選手”の育て方
守備から攻撃への切り替えでは「素早い前進」をテーマとして、オランダ代表のシャビ・シモンズやデンマーク代表のクリスティアン・エリクセンをピックアップ。
シモンズやエリクセンは、相手守備選手の意識がボールに集中している間に、一瞬のスキを突いてワンタッチやドリブルでそこから前進できるスペースへと抜け出すのがうまい。スペイン代表だとダニ・オルモがこの中に入ってくる。彼らはファーストタッチをゴール方向へ持ち込むのが習慣化されているし、そのための体の向きの作り方がとても巧みなのだ。
「戦い方のベースがあるうえで、試合の中ではどこかで違いを生み出すことが重要になります。育成年代からゲーム形式のトレーニングを中心にルール設定やオーガナイズで仕掛けを作り、競り合いやフィジカルへの負荷がある中でスキルや戦術理解に選手が取り組む環境を整えることが大事です。そしてルールやオーガナイズによる仕掛けはあくまでも選択肢の一つだというのを忘れてはいけません。
例えば2チームでのゲーム形式の練習で、それぞれのゴールの前に2カ所のマーカーゴールを置いて、ゴールを決めたら2点、ゴールを決めたチームは味方GKからのボールで素早くゲームを再開し、ドリブルで自陣近くのマーカーゴールを突破したら1点、というルールでプレーします。得点後、すぐにGKからボールをもらってマーカーゴールへドリブルで運べたらいいですが、相手がプレスに来ているのに無理にマーカーゴールを狙う必要はない。そうした時は選択を変えてプレーすることが必要になります。そのように優先順位を整理しながらプレーする機会を増やしていくのがとても大切ではないかと思っています」(プルス)
「個の力」「違いを生み出すクオリティ」という言葉はよく使われるが、具体的にどんな局面でどんなタスクをどのように実践できる選手が求められるのかを理解することはとても大切なことだ。
「個の力」とはドリブルで何かをする選手のことだけを指すのではないし、決まりきった一つの能力だけがサッカーの試合を決定づけるわけではない。個別トレーニングが独り歩きをしてチームとしてのサッカーから離れてしまうと、狙い通りの効果をピッチにもたらすことは難しくなる。前述した「違いを生み出す選手の定義」にあるように、状況と照らし合わせた能力を正しく認知し、その中で各々の特徴を磨いていくことが重要なのだろう。
<了>
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