
プレミアの“顔”三笘薫が背負う期待と懸念。日本代表で躍動も、ブライトンで見え始めた小さくない障壁
8月16に開幕したイングランド・プレミアリーグの2024-25シーズン。三笘薫は第4節までのすべての試合に出場し、ここまで1ゴール1アシスト。決して悪くはないスタートを切った。一方で、懸念が拭えないのがコンディション面。昨季は腰を痛めた2月の第26節以降は長期欠場。その間ブライトンは2勝4分7敗と大きく負け越し、結果11位と順位を落とした。迎えた今季、三笘にも求められる期待と、避けては通れない懸念とは?
(文=田嶋コウスケ、写真=CameraSport/アフロ)
世界最高峰のプレミアリーグを代表する一人
英BBC放送の『マッチ・オブ・ザ・デイ』は、1964年に放映開始のサッカーハイライト番組である。土日の夜に、その日に行われたプレミアリーグの試合をダイジェストで伝えている。土曜日版の司会を務めるのは、元イングランド代表で、1990年代に名古屋グランパスエイトにも在籍したガリー・リネカー。解説者として元同代表のアラン・シアラーやマイカ・リチャーズらが出演し、各試合を徹底的に解説するのがウリだ。英国人で知らぬ者はいない超人気番組である。
同番組のオープニングも印象的で、1970年から使われている軽快なテーマソングに合わせ、プレミアリーグを代表するスターたちが次々と登場する。マンチェスター・シティのアーリング・ハーランド、アーセナルのブカヨ・サカ、そしてリバプールのルイス・ディアス──。2024−25シーズンの新オープニングで、開始からちょうど20秒にさしかかったところで画面に映し出されるのが三笘薫のゴールセレブレーションだ。
ブライトンの選手で登場するのはこのサムライ戦士のみ。プレミアリーグ在籍3年目を迎えた三笘が、ブライトンの中心選手であるのはもちろん、世界最高峰のプレミアリーグを代表する一人に位置付けられているのがよくわかる。
「三笘にはクラブを上位進出に導く活躍を期待している」
三笘にはこれまで以上に活躍が期待されているが、本人も闘志を燃やしている。シーズン開幕前に「数字のところを残さないといけない」と話していた通り、開幕戦のエバートン戦で1ゴールを挙げ、第2節マンチェスター・ユナイテッド戦でも1アシストを記録。2試合連続で結果を残して幸先の良いスタートを切った。1−1で引き分けたマンチェスター・ユナイテッド戦後、三笘は次のように語った。
「いかに継続できるかだと思います。昨シーズンもいい形でスタートして、連戦に入ったところで厳しい展開になった。僕たちの目標はもっともっと高いところにあるので、連戦を持ちこたえれば、目指せると思います。まだ38試合の内、2試合が終わっただけ。まだまだ安心せずにやっていきたい」
8月31日に行われた第3節アーセナル戦では、チーム全体が苦戦を強いられた。前半は強豪アーセナルの攻勢が目立ち、三笘も見せ場が少なかった。しかし後半開始直後に、アーセナルのMFデクラン・ライスが2枚目の警告で退場。すると、ブライトンと三笘が輝き始める。
チームは三笘にボールを集め始め、日本代表MFもエンジン全開でゴール前のファイナルサードで違いを作り続けた。ゴール、アシストの結果は奪えなかったが、昨季2位のアーセナルを相手に存在感を示し、敵地で1−1の引き分けにつなげた。
スポーツサイト『ジ・アスレティック』でブライトンの番記者を務めるアンディ・ネイラー氏はこう力を込める。
「昨シーズンのブライトンは、三笘とソリー・マーチの両ウインガーをケガで失ったのが痛すぎた。サイドの両輪は、いわばブライトンの要。2人を失ったチームが失速して11位でシーズン終えたのは必然の結果だろう。マーチが実戦に復帰するにはもう少し時間がかかるので、三笘にはクラブを上位進出に導く活躍を期待している」
「攻撃陣の責任」。三笘のプレーに見た懸念
三笘は順調にスタートした一方で、ここまでの戦いから懸念も見えた。
9月14日に行われたプレミアリーグ第4節のイプスウィッチ戦で、三笘は4−2−3−1の左MFとして4試合連続で先発した。試合は、ブライトンが終始優位に押し進めた。68.4%のボールポゼッションを記録し、シュート数でも21対6で敵を圧倒していた中で、三笘にはゴールやアシストの結果が求められた。しかしベストパフォーマンスを見せられず、ブライトンは今シーズン昇格したばかりのイプスウィッチに0−0で引き分けた。
三笘は前半の決定的なチャンスでシュートを決めきれず、後半には珍しくパスをミスする場面も。味方とタイミングがあえばアシストになりそうな場面はあったものの、いつもより馬力や推進力、判断力の点でパフォーマンスが落ちているように映った。試合後、27歳のアタッカーは反省の言葉を口にした。
「勝てるチャンスがあったのでもったいない。チャンスを決めていたら流れをもってこれたので、攻撃陣の責任だと思います」
2週間で4試合、温度差が20度以上の過酷な長距離移動
今回のイプスウィッチ戦の前に、三笘はFIFAワールドカップ・アジア最終予選を戦う日本代表として2試合に出場。中国戦では1ゴール・1アシスト、バーレーン戦でも1アシストと、3−4−2−1の左ウイングバックとして出場した三笘は、日本の連勝スタートに大きく貢献した。
だが今一度、日程を確認すると、厳しいスケジュールが浮き彫りになる。8月31日のアーセナル戦を終えたその日に機上の人となり、9月5日に東京で中国戦、10日には敵地でバーレーン戦をこなした。そして中東のバーレーンからイギリスにとんぼ返りし、14日にイプスウィッチ戦に出場。約2週間で4試合を消化したことになる。
今回の代表参加には、イギリス→日本→バーレーン→イギリスと複数回の長距離移動も必要だった。さらにキックオフ時における各地の気温を確認すると、東京27度、バーレーン37度、ブライトン16度と、温度差が20度以上もあった。体への負担は大きかったのは想像に難くない。
三笘本人は過密日程と長距離移動について「どの代表選手もやっていること。僕だけじゃないですし、 そこはまったく言い訳にならない」と語ったが、代表ウィーク後のイプスウィッチ戦に少なからず影響を及ぼしたことは否定できないように思う。
「万全の準備」と「きめ細かい体のケア」を徹底した吉田麻也も…
いわゆる“欧州組”にとって、日本代表戦におけるこうした長距離移動と過密日程は避けることのできないハードルである。特にプレミアリーグは肉体的に消耗度が激しく、サムライ戦士には代表とクラブの両立は小さくない障壁だ。
例えば、レスターでプレーした岡崎慎司。レギュラーを務めた2016−17シーズン、日本代表戦後のチェルシー戦(2016年10月)で、岡崎はベンチメンバーから外れて欠場した。
岡崎にケガでもあったのかと、日本人記者を含めてレスターを追いかけるジャーナリストの間でちょっとした騒ぎになったが、当時の指揮官クラウディオ・ラニエリは落ち着いた様子でこう説明した。
「シンジはケガで欠場したわけではない。日本代表戦で長距離移動を強いられた。今のシンジは本当のシンジではない。彼の兄弟だろう」
白髪混じりのベテラン監督は冗談っぽくそう語った。代表戦後の岡崎は体力を消耗しており、普段の彼とは違う──。それゆえ、メンバーから外したと明かした。
サウサンプトンで長年プレーした吉田麻也も、日本代表戦後は先発から外れることがあった。吉田の場合は、機内での睡眠時間の調整、サプリメント摂取など「万全の準備」と「きめ細かい体のケア」を徹底し、代表との両立を図っていた。帰宅が午前0時をまわっても、そこから個人トレーナーに体をマッサージしてもらい疲労を溜めない工夫もしていたと言う。
その吉田が代表戦での長距離移動の過酷さを訴えたことがあったように、欧州でプレーする日本代表メンバーには、クラブと代表の両立は永遠のテーマのように思う。
過密日程が始まった9月から調子を落とした昨シーズン
昨シーズンの三笘を振り返ると、プレミアリーグとUEFAヨーロッパリーグ(EL)、日本代表戦による過密日程が始まった9月から調子を落とした。その後、12月に足首を負傷。今季も10月、11月に日本代表戦を控えているだけに、コンディション維持を含めてここから体調管理が極めて大事な時期に入る。
三笘は、過密日程への対策について次のように明かす。
「しっかり休むことが大事。試合のリカバリーを大事にしないと疲れが溜まっていく一方なので。トレーニングと休養でしっかりとメリハリをつけないといけない」
「選手たちはうんざりしている。大会運営者が…」
もちろん、この過密日程は三笘に限ったことではない。日本の欧州組に限らず、移動距離の長いアジアや南米の代表選手全般に言えることだろう。
筆者の見解を言えば、各国リーグ&カップ戦、欧州カップ戦、代表戦など試合数がとにかく多すぎて、選手が酷使されているように思えてならない。しかも今季からUEFAチャンピオンズリーグ(CL)、ELの大会方式が変わり、従来のグループステージからリーグフェーズに変更。試合数が6から8に増えた。
CLに出場しているリバプールのアリソン・ベッカーが「選手たちはうんざりしている。大会運営者が選手から意見を聞くべき。疲れていたら、高いレベルのプレーは維持できない」と問題を提起した、その言葉に耳を傾ける時期にきているように思う。
ブライトンに関して言えば、今シーズンは欧州カップ戦に出場しておらず、スケジュールの点で昨季よりも少し余裕がある。だがプレミアリーグは年末年始に試合を集中して行うハードスケジュールが伝統で、体への負担が大きいことに変わりはない。
プレミア3年目の三笘薫はイングランドで知名度が上がり、一級品のパフォーマンスが期待されている。
日本代表戦を控える10月、11月が今季の山場の一つになると見られるが、この時期をうまく乗り越えて最高の輝きを見せ続けることができるか。
<了>
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