室屋成がドイツで勝ち取った地位。欧州の地で“若くはない外国籍選手”が生き抜く術とは?
ドイツ2部リーグでは一足早く2024―25シーズンが開幕。ハノーファーに所属して5シーズン目となる室屋成は、キッカー誌選定MVPに選ばれる活躍で開幕戦の勝利に貢献した。青森山田高校、明治大学、FC東京を経て、2020年にハノーファーに加入。2部リーグが主戦場であり、2021年以降は日本代表にも選出されていないため、日本人のサッカーファンにとって室屋のプレーする姿を見る機会はそれほど多くないかもしれない。それでも、優れた若手選手の台頭著しいドイツ・ブンデスリーガで、30歳を迎えたいまなお中心選手として活躍する室屋から学ぶべきことは多い。欧州の地で“若くはない外国籍選手”が生き抜く術とは?
(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)
日本国内での注目度は徐々に下がり続けている室屋成
室屋成が2020年にFC東京からドイツ・ブンデスリーガ2部のハノーファーに移籍をして4年が過ぎ、5シーズン目を迎えた。1対1の強さとスピードを生かしたオーバーラップが魅力の右サイドバックとしてリオデジャネイロ五輪ではグループリーグ全3試合にフル出場。2017年12月9日の北朝鮮戦でA代表デビューを果たし、これまで16試合に出場。2019年にはJリーグでベストイレブンにも選出されている。
2部ハノーファーで活躍して1部昇格、あるいはステップアップ移籍というイメージはファンにも、そして本人にもあったかもしれない。だからなのだろうか。それから4シーズン、ずっと2部で戦い続ける室屋への国内での注目度は徐々に下がり続けている。代表での試合出場も2021年が最後。
ドイツ2部というのは日本のサッカーファンからするとそこまで高く評価されている舞台ではないのかもしれない。たしかに各国1部リーグで活躍している日本人選手が増えてきている中、2部という響きはどこか物足りなさを感じさせるものはある。選手にしても誰だって1部でのプレーを熱望しているが、ステップアップを果たすにもさまざまなタイミングと縁がかみ合わないと実現は難しい。
ただ1部でプレーすることだけが、ステップアップすることだけがサッカー選手にとってのゴールというわけでもないはずだ。室屋はハノーファーのファンの前でプレーできることを心から喜び、毎試合精一杯のプレーを見せている。そんな室屋を、クラブを支えてくれる選手としてファンも愛している。2022年12月に現行の契約を2025年6月まで延長しているが、その時に室屋自身が次のようなコメントを残していることからもそれがよくわかる。
「ハノーファーへの移籍は僕にとって大きな一歩でした。母国を去って、別の大陸の、別の国で居場所を見つけなければならなかった。けど、最初の一日からすごくサポートをしてくれました。僕も、僕の家族もハノーファーでの生活を心地よく感じています。ハノーファーは僕にとって特別なクラブになりました。これからを楽しみにしています」
「28歳の外国籍選手」が契約延長することの難しさ
一度「ハノーファーで1部にチャレンジしたい?」とストレートに質問をぶつけてみたことがある。あれは昨季最終節、ホームでのキール戦後のミックスゾーンだった。
「それが一番。サポーターからもすごい愛情を持って、応援してもらえている。そういった意味でもハノーファーで1部へ上がれたら一番いいですね。それに2部でもサポーターがたくさん入っているこういう環境の中でプレーできるのはすごく面白いし、いい経験ができています」
2023―24シーズンのハノーファーの平均集客数は4万近くになる。キール戦では4万9000人の超満員。どれだけ多くの人がクラブを愛し、アイデンティティを抱き、毎週末力の限りの声援を送っていることか。
「ホームもそうですし、アウェイでも本当にたくさんのサポーターが来るんです。そういう熱い後押しを感じながらプレーするというのが一番自分の中では大事なんで」
厚い信頼はファンからだけではない。首脳陣からも同様だ。2022年12月の契約延長時にスポーツダイレクターのマルクス・マンは「セイは、スピードと運動量、そして素晴らしいメンタリティを持った選手だ。どんな時でもチームのために100%のプレーを見せてくれる。オフェンシブプレーでさらなる成長を果たし、彼が今後もハノーファーに残ってくれることをうれしく思う」とコメントを残しているが、28歳の外国籍選手が契約延長するのは簡単なことでも、当たり前のことでもない。
まだ伸びしろの多い若手選手とは違う。飛躍的な成長が期待される立ち位置にいるわけではないので、チームの勝利に高い確率で貢献できるという確かな信頼がなければ首脳陣は首を縦には振らない。プレーヤーとしてのクオリティだけではなく、人間性や日常からの取り組み、コミュニケーション能力などあらゆることが精査される。レギュラークラスの選手でも契約が延長されずに、新しい所属先を探さざるをえない例は山ほどあるのだ。
加入してからコンスタントに出場を重ね、ファンやクラブ関係者からの絶大な信頼を勝ち得ているのは、室屋が現状維持ではなく、常に成長し続けていることの表れだ。
気がつくと室屋はスタメンの座を取り返していた
2021―22シーズンに指揮を取っていたクリストフ・ダブロフスキ監督に室屋をどのように評価しているのか尋ねたことがある。
「セイはいつでも意欲的にたくさん走り、1対1の競り合いにも強い選手だ。闘争心の面から見てもトップパフォーマンスを見せてくれていると思う。彼は波の少ない安定感のあるプレーヤーだし、今季は何度もいい試合をしてくれた。将来的にもっと攻撃面での成長を見せてくれることを願っているよ。クオリティのあるセンタリングを上げられる機会を増やしてくれたら。そのポテンシャルは間違いなくある。フィジカル的にも非常にいいものを持っている選手なんだ」
室屋がドイツへ渡った時期はちょうどコロナ禍。リーグは中断され、再開されても無観客、その後も制限のある中での試合が続いていた。取材をするためにスタジアムへ足を運んでも、選手にコンタクトを取ることはできない。それでも話を聞けないならスタジアムまで取材に行く意味がないのかというとそんなはずはない。グラウンドでの所作や仲間とコミュニケーションを取る様子はモニター越しではわからない。
印象深い試合がある。あれは2021―22シーズンの第32節、ホームでのカールスルーエ戦だった。このシーズンはチームとして苦戦の連続で順位も大きく後ろに下げ、2部残留が危ぶまれる時期もあった。安定しないチーム事情のなかで室屋にも出場機会がない試合だってあった。それでも気がつくと室屋はスタメンの座を取り返していた。
この試合でも、攻守にキレのあるプレーを次々に見せていた。後ろで動き出す相手選手を認知しながら、そこへのコースを消しながら、相手にプレスをかけてパスをカットしたり、鋭い出足でインターセプトを何度も決めた。ボールを受けると味方選手に鋭いジェスチャーで「もっと速くサポートに来い!」と指示を出し、足を止めない連続プレーでシュートまで持ち込むシーンもあった。ファンの「シュートを打て!」の叫びがシンクロする。ゴールとはならなかったが、タイミングを見逃さない好プレーにスタジアムは沸いた。
途中交代後もベンチからチームを応援。アディショナルタイムに味方が試合を決定づけるゴールを挙げると、ベンチの仲間に「一緒に駆け出そうぜ!」と合図を送りながら、喜びの輪ができていくチームメイトのもとへかけていく。そして2部残留を確定させた。
ファンとチームと家族と自分。そして尊敬する存在
さまざまな経験を積み重ねていくなかで、前述のキール戦後にはシーズンを重ねるごとに海外で長くプレーすることの難しさを実感していることを話してくれた。
2023―24シーズンには欧州で10年以上活躍し続けた元日本代表キャプテンの長谷部誠と元日本代表ストライカーの岡崎慎司が現役引退を表明。彼らのように長く活躍し、クラブからの寵愛を受けてきた選手に対して、現役選手として感じることがたくさんあるのだという。
「やっぱり、海外にいればいるほど、長くいるっていうのがどれぐらい難しいことかを実感しますね。僕らはあくまで外国人なので。そういった意味では長谷部選手も、岡崎選手も、本当にすごい方たち。本当に尊敬します。特に最近はどのクラブでも若い選手がどんどん使われるし、次々と新しい選手を取ってくる。年齢的な部分で、同じチームにいつづけるというのは、より難しくなってきていると思うんです。入れ替わりも多いですから。そういった意味でも長くやれるって本当にすごいことだと思います」
そんな室屋にとって大きな存在となっているのは家族。
「もちろんそうです。やっぱり一人じゃなくて、日本語を話せる環境というか、家族がそばにいるっていうのは本当に違いますね。すごく大きいです」
シーズン最後のホームゲームでは選手が家族とともにファンに挨拶をしたりする。室屋の隣にも息子の姿があった。手をつないでミックスゾーンに現れると、息子はインタビューを受ける父親を「おぉ!」と見上げる。そんな息子をにっこり見つめ返して、「ちょっと待っていてね」と優しく言葉をかけていた。
ファンとチームと家族と自分。自身のパフォーマンスを最大限発揮するための確かなベースと支えが室屋にはある。
<了>
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