
なぜ板倉滉はドイツで高く評価されているのか? 欧州で長年活躍する選手に共通する“成長する思考”
ドイツの地で板倉滉が躍動している。昨季はドイツ・ブンデスリーガ2部シャルケでリーグ優勝&1部昇格に貢献。ブンデスリーガ1部ボルシアMGに移籍した今季は、主力級の活躍を見せ、現在6試合連続フル出場と好調を維持している。2月18日に行われた第21節ではリーグ10連覇中のバイエルンを破る大金星に貢献。成長曲線を加速させる板倉はいかにして現在のパフォーマンスと周囲の評価を手にしたのか?
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
相手チームの監督さえも、板倉滉への賛辞を惜しまない
日本代表DF板倉滉は所属するボルシアMGでとても高い評価を得ている。1人の戦力としてだけではなく、チームにポジティブな影響を及ぼせる主軸の1人として数えられており、ファンからの信頼も大きい。
スタジアムでの取材時、地元記者や関係者と言葉を交わすことがあるが、板倉についてみんなそろって好印象を口にする。例えばブンデスリーガ2部のシャルケでプレーした2021-22シーズン、シャルケのビデオアナリストを務めるユストゥス・リードヘーゲーナーが次のように評価していたのを思い出す。
「板倉は1対1の対応に優れているし、空中戦も強い。何よりプレーの一つ一つが正確で、相手に詰め寄られても慌てないのがいい。常に冷静でミスが少ない。そしてゲームの流れを読むことができる素晴らしい選手だ」
時には相手チームの監督さえも、板倉への賛辞を惜しまなかった。同じくシャルケ時代に対戦したSCパーダーボルン監督のルーカス・クヴァスニオクが、試合後の記者会見で名指しで相手の勝因として讃えていたのはとても印象的だった。
「互角の展開だった試合がシャルケに流れた決定的な瞬間は、板倉をセンターへポジションを移したことだと思っている。それによってシャルケの裏のスペースがなくなり、そこを狙えなくなった」
1対1の競り合いでの勝率82%。それでも課題を口にする理由
2022−23シーズンよりボルシアMGでプレーする板倉は、戦いの舞台を1部に移してもそのクオリティを変わらず発揮しているどころか、試合を重ねるごとに成長している。
特筆すべきは、その冷静さ。板倉は常に激しい動きを連続で行っているわけではない。試合の流れ、相手の動き、味方の反応をつぶさに観察しながら、危ないところ、狙えるところを伺っている。そして冷静に状況を見定めながら、次の局面を予測していくわけだが、その見定めとタイミングがとても優れている。落ち着いたプレーは得てして受け身なプレーになりがちだ。ギアを急に上げるのが難しい。だが、そのあたりの切り替えと対応力が際立っている。
ワールドカップ中断後最初のゲームとなった1月のレバークーゼン戦。1対1の競り合いでの勝率が82%と、両チーム合わせてトップのデータをマーク。特にこの試合では前線に非常にスピードのあるFWをそろえた相手にチームが大苦戦していたなかで、板倉のところでなんとか食い止めていたシーンも少なくなかった。板倉自身もこう話す。
「相手に対して今日は前からはめていこうっていうのもあったので、1対1の場面もいつも以上に多かったですが、動きとしては悪くなかった。ただやっぱりやられている場面もあったので、そこは見直さないといけない。相手のクオリティもすごく高かったけど、もっとできたことがあるんじゃないかなと思います」
守備の選手としてやれることには限りがあるかもしれない。1人ですべてを守ることはできない。だからといって自分の出来がよかったらそれで満足ではなく、どうすればチームとして失点を減らせるのか、より試合をコントロールできるのかを常に考えている。
「今日の1対1の部分もそうですけど、そういう場面でもっとパワーを発揮して、試合の中で存在感を出さないといけないと感じました。今日みたいな(相手に押し込まれる)展開でも、最後のところで1人でも守り切れるぐらいの選手にならないといけない。今日の結果は悔しいですけど、試合に出続けて、こういう相手と常にやり続けることが、僕の成長にもつながると思うのでそこは続けてやっていければと思います」
学べるものが確かにそこにはある。シャルケで過ごしたドイツ2部の経験
飽くなき向上心は成長に欠かせない。
欧州で長年活躍している選手に共通して見られるのは、「確かな自己肯定感を持ち、その上で、冷静な自己批判で適切な自己分析ができること」が挙げられる。板倉もそうだ。どんな試合でも、そこに成長の糧を見つける。どんなにうまくいっても反省を忘れない。それでいてうまくいかないときに自分を見失うこともない。
昨シーズン、板倉は当時2部のシャルケでプレーしていたわけだが、日本ではひょっとしたら「日本代表がなんでそんなレベルの低いところで」なんて見られ方もされていたのかもしれない。板倉の見方はむしろ逆だ。
「一言でいうと、(ブンデスリーガ2部は)難しいよって。いろんなサッカーをするチームがいる。僕が強く感じたのは、サッカーの根本的なところ、球際とかフィジカルとか、そういうところが詰まったリーグだということ。日本人の2部に対しての見る目がどうかはわからないですけど、僕個人としてはまったく簡単じゃないリーグで、すごく難しいリーグだと思った。シャルケに移籍してからのこの1年、僕にとってめちゃくちゃいい経験になった。プラスでしかないと思っています」
所属リーグや所属クラブがその選手の成長を決めるわけではない。経験を成長につなげることこそが大切であり、そのためには確かな視点と目標設定が大事になる。板倉のステップアップは、そのことの重要さを改めて考えさせてくれる。
攻撃時は「後ろから全部見えているので、自分でコントロールできる」
ボルシアMGで板倉が果たしている役割は守備だけではない。攻撃においても重要な責務を果たしている。
自分たちでボールを動かしながら、相手守備を揺さぶり、アタッキングサードでは細かいパス交換と裏への飛び出しでチャンスメイクを狙うチームにおいて、ビルドアップ時の不用意なボールロストは避けなければならない。だが、攻めあぐねているチームはどうしてもどこかで焦りが生まれ、軽率な仕掛けをしてしまうことがある。このあたりのバランスがまだ十分とはいえないのが、ボルシアMGのチームとしての泣き所。
前述のレバークーゼン戦は、立て続けにカウンターから3失点した。ダニエル・ファルケ監督も、「不必要なボールロストからカウンターで失点を重ねてしまった。カウンターから直接の失点ではなくて、その後の状況で相手にうまくやられた」と試合後に分析していたが、そうした部分でも期待されているのが板倉の存在であり、本人もそのことを自覚している。
「一番後ろの僕としては、どうにかコントロールしながらゲームを進められたらなと。うまくいってないときにどういう戦い方をするのか、今後上に行くにあたってすごく大事になってくると思います。後ろから全部見えているので、ボールを持ったときだったら、試合状況に応じて、狙うのか、狙わないのか、自分でコントロールできると思います。縦パスを急ぐんじゃなくて、1回横にパスをして、もう1回受けるとか。そうした1、2本のパスというのがチームのリズムをつくる。そういうところを常に相手を見ながらやっていけたらなと」
フランクフルトにおける長谷部誠のような存在に
板倉の貢献はプレー面だけではなく、人間的にもチームメイトや首脳陣からの絶大な信頼を受けている。
いつでも朗らかで、笑顔を絶やさない。オープンにコミュニケーションを取る。ワールドカップ開幕前の2022年9月、足首の負傷で長期離脱をしているときでさえ、リハビリプログラムに前向きに向き合う板倉の姿があった。苦しくないはずがない。焦りだってないわけがない。でもそうした面を周囲に見せずに、今やるべきことに向き合う。自分に無理をするのではなく、自然体で。
そんな板倉だから、メディア対応もとても丁寧だ。負けた試合でも嫌な顔を見せずに、こちらの質問に最後まで真剣な眼差しで答えてくれる。言葉は軽くない。慎重に言葉を選んで、確かなメッセージを残してくれる。ファンもスタッフもそうした板倉の姿をいつも目にしているのだ。
現在、第21節終了時で8位と中位に位置しているボルシアMGだが、第21節の王者バイエルン撃破で勢いに乗るだろう。2シーズン前にはUEFAチャンピオンズリーグで決勝トーナメントに勝ち残ったクラブ。リーグ優勝5回、カップ優勝3回を誇る名門クラブで、ピッチ内外で信頼を勝ち取るというのは簡単なことではない。
決定的な場面で決定的な仕事ができる選手。どれだけ劣勢でも最後のところで守り切れる選手。極めて苦しい展開でもチームを落ち着けて流れを引き戻せる選手。
まさにフランクフルトにおける長谷部誠のような存在に。
板倉がそこまでの選手に成長してくれるのでは?と考えるのは、期待しすぎだろうか?
<了>
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