「家族であり、世界一のライバル」ノルディックコンバインド双子の新星・葛西ツインズの原点
ジャンプとクロスカントリーの両方を戦うスキー競技のノルディックコンバインド(ノルディック複合)。過酷で魅力的な競技において、世界の舞台で着実に存在感を示しつつある葛西優奈&春香。30秒違いの双子として誕生し、幼い頃から常にともに歩み、時に互いを超え、支え合いながら成長してきた2人は、今、トップアスリートとして世界の最前線で戦っている。「家族であり、世界で一番のライバル」と語る2人が歩んできた道には、双子ならではの葛藤と絆があった。オリンピックでの正式種目化を目指す競技の発展と普及への使命も抱く、それぞれの原点と未来図について聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=picture alliance/アフロ)※写真向かって左が葛西春香、右が葛西優奈
双子で築く、唯一無二の競技スタイル
――お二人は札幌ジャンプ少年団で競技を始め、中学時代には全国大会でワンツーフィニッシュを果たし、東海大学付属札幌高校を経て現在は早稲田大学スキー部に所属されています。同じ場所で切磋琢磨し、世界大会でも結果を残してきましたが、お二人の関係性と、お互いに「ここだけは敵わない」と思う部分を教えてください。
優奈:小さい頃から一緒に競技を始めて、海外の試合にも出場する中で、私が先に大会に出て、春香は出られない時もあったのですが、そういう時でも、春香は着実に努力を重ねてきました。それは私にはない強みだと感じますし、他の選手やコーチから見ても明確な違いだと思います。
関係性としては、家族でありながら世界で一番のライバルでもあります。常に一緒にいて、同じ環境で練習して、世界を転戦できていることは、私たちにしかない強みだと思います。
春香:優奈が言うように、世界のトップで戦っている選手と一番近くで一緒にトレーニングできるのは、私たちにとって大きなアドバンテージだと思います。その恵まれた環境を生かして、さらに強くなっていきたいです。優奈はトレーニングの時にアイデアをいっぱい出してくれるので、私が考えつかないような視点を持っていると感じます。
――世界の最前線で戦う中で、「双子だからこそ良かった」と感じることはありますか?
春香:2人とも、競技を始めた頃から「世界のトップで戦いたい」という気持ちを持っていました。最初に優奈が海外に行き始めて、私は行けなくて悔しい思いをすることもありましたし、優奈も悔しい思いをすることがありましたが、身近な存在だからこそ、お互いに良い刺激を受けて高め合えていると思います。
優奈:お互いかなりの負けず嫌いなので、だからこそ互いに成長しながらステップアップしてこられたと思います。
――ジャンプとクロスカントリー、それぞれ持ち味が違うからこそ磨けた部分もあるのでは?
優奈:そうですね。一緒にいても、見ている視点が違うので、パフォーマンスが落ちた時などに春香の意見を聞くことで解決のきっかけが見つかることも多いです。
春香:特にジャンプに関しては、技術的なアドバイスを送り合うことが多いですね。ジャンプだけを見れば似てると言われることもあるのですが、細かく見ると全然違うスタイルで飛んでいて、空中でのフォームもまったく違うんですよ。
優奈:春香には私にはないものがあるし、私にも彼女にはないものがあると思っています。2人で動画を見ながら意見を出し合ったりすることで、良くなることもあります。
それぞれの転機と文武両道
――世界で戦ってきた中でそれぞれ、ターニングポイントとなった大会や出来事はありますか?
優奈:私は春香に比べて順調に進んできた感覚がありましたが、それでも満足のいく成績がなかなか出ませんでした。転機となったのは高校3年生の時です。その年はパフォーマンスというよりも気持ちの面で波があって、大会に出られない時期があり、シーズンを途中で終えて海外遠征から帰国しました。それで一度休んで、気持ちを切り替えることができました。大学に入ってからは新しい環境で、早稲田大学はいろいろな競技の選手がいるので、そうした環境で受ける刺激も、自分にとってスイッチが入るきっかけになったと思います。
春香:私は2021年、女子のノルディックコンバインドで初めて世界選手権が行われたシーズンがターニングポイントでした。世界選手権には出場できず、テレビの前でみんなの姿を見ていたのですが、本当に悔しくて……。それがきっかけで、そこからはひたすら勝つことだけを考えてトレーニングに打ち込みました。
その結果、ジュニア世界選手権で銀メダルを取ることができて、その翌年にはワールドカップデビューもできたので、自分でも「あの年は頑張った」と言えるシーズンだったと思います。
――早稲田大学スポーツ科学部に所属されていますが、海外遠征も多い中で、学業とはどう両立しているのですか?
優奈:スポーツ関連の授業が中心ですが、単位は他の学生の皆さんと同じように授業に出席して取得しなければいけません。私たちは冬に遠征があって登校できないので、前期にできる限り授業に出て単位を取得して、後期はオンデマンドの動画授業やレポートの課題、オンライン授業などを活用して、競技との両立を図っています。
春香:スキー部のメンバーは、みんな同じような形で単位取得を目指しています。スポーツ科学部は、自分たちの競技に直結する内容や、興味がある授業が多いので苦にはなりません。他の競技のアスリートも多く、友達もたくさんできて、本当に楽しい大学生活を送れています。
シンクロする感性とルーティン
――行動や生活をともにする中で、感性など似てくる部分も多いと思いますが、ファッション・趣味・食べ物の好みなど、「実はこんなに違う!」と感じるところはありますか?
優奈:ずっと一緒に生活してきたので、好きな食べ物や見る映画、聴く音楽など、ほとんど一緒です(笑)。ご飯を食べに行ったら同じものを注文することが多いですね。ただ、春香は海鮮が大好きで、私はそこまでではないと、最近気づきました。
春香:好みは基本的に似ていますね。音楽のジャンルも同じようなアーティストを好きになることが多いです。
――話す内容や考え方までシンクロすることもありますか?
優奈:あります。同時に同じことを話し始めたり、たとえば先輩と話す時に、別々のタイミングで同じ話をしていたりすることもよくあります(笑)。
――海外を転戦されている時は、日常生活の役割分担はどうしていますか?
春香:支え合っていますが、日本チームの他の選手も一緒に回っていて、みんな自炊にも慣れているので、明確な役割分担というより、それぞれができることをやっている感じです。
――トレーニングや試合前のルーティンで、2人に違いはありますか?
優奈:「これを絶対に食べる」というように決めていることはありませんが、練習も試合も、ジャンプのスタートゲートに入る前には「アプローチ」と言われる助走の姿勢を取ってから入ります。また、左足からブーツを履いて金具をつけ、靴紐を結んで、手袋も左からつけます。
春香:私はあまりルーティンを作りません。何か一つ欠けた時に調子を崩しそうで怖いからです。でも、試合の前は必ず音楽を聴いています。あとは、ヒルサイズ(安全に飛べる着地の限界点)くらいまで飛ぶイメージを頭の中で描いてから飛ぶようにしています。
オリンピック正式競技化へ、競技普及への思い
――女子のノルディックコンバインドは、国際スキー・スノーボード連盟の育成支援などで各国の競技力が向上していますが、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪では正式採用が見送られました。フランス・アルプス地域開催の2030年大会での採用を目指す中、来季に向けてはどのような目標を持っていますか?
優奈:オリンピックは選手としての最大の目標なので、2030年に正式種目として採用されることが大きなモチベーションです。今は世界選手権が一番大きい大会ですが、私自身、ワールドカップの総合優勝や、世界選手権でもグンダーセンでの金メダルを取ることなど、まだまだ達成してないことが多くあるので、それらを獲得することが目標です。
春香:私たちが現役中にオリンピック種目になることが一番うれしいことですが、世界選手権やワールドカップも毎年開催されます。私はまだワールドカップで優勝もしていないですし、世界選手権も金・銀メダルを取れていないので、そのためにレベルアップすることが最大のモチベーションです。
――お二人の活躍は、日本国内における競技普及にも大きな影響力があると思います。今後、どのように競技の発展や普及に貢献していきたいですか?
優奈:女子のコンバインドは、まだ国内での知名度が低く、選手層も薄いので、私たちが世界の舞台で活躍することで競技を盛り上げて、皆さんに知ってもらうことが大切だと思います。双子だからこそ与えられるインパクトもあると思うので、2人で結果を残し続けてくことで普及に貢献していきたいです。
春香:スキー競技人口が減ってきているなかで、私たちの活躍を見てノルディックコンバインドを知ってもらい、「スキーをやってみたいな」と思ってもらえたらうれしいです。そういう面でもスキー界全体に広く貢献できればと思います。
【連載前編】双子で初の表彰台へ。葛西優奈&春香が語る飛躍のシーズン「最後までわからない」ノルディックコンバインドの魅力
<了>
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[PROFILE]
葛西優奈(かさい・ゆうな)
2004年2月4日生まれ、北海道出身。ノルディック複合・スキージャンプ選手。双子の妹・春香とともに9歳の時に札幌ジャンプスポーツ少年団に入り、2017年よりコンバインドを本格的に始める。中学時代には姉妹で全国大会ワンツーフィニッシュを達成。2020年、東海大学付属札幌高校在校時に冬季ユースオリンピックのスキージャンプ個人で6位入賞。ジュニア世界選手権にも姉妹で出場。2022年ワールドカップでは個人・団体混合で4位。2025年2月、世界選手権の女子マススタートで、日本人初の金メダルを獲得。ワールドカップでは第10戦オテパー大会で初優勝し、総合4位。現在は早稲田大学スキー部所属。
[PROFILE]
葛西春香(かさい・はるか)
2004年2月4日生まれ、北海道出身。ノルディック複合・スキージャンプ選手。9歳の時に姉・優奈とともに札幌ジャンプスポーツ少年団で競技を始め、2020年に冬季ユースオリンピック日本代表に選出。22年のジュニア選手権で女子個人銀メダル、23年の世界選手権では日本人女子初となる銅メダルを獲得。2025年の世界選手権女子マススタートでも銅メダルに輝き、姉とともに表彰台に立った。ワールドカップでは8度表彰台に立ち、総合3位。現在は早稲田大学スキー部所属。
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