
「欧州行き=正解」じゃない。慶應・中町公祐監督が語る“育てる覚悟”。大学サッカーが担う価値
サッカー選手のパスウェイに正解はない。海外挑戦への道のりも多岐にわたり、近年は内野貴史、チェイス・アンリ、福田師王など高校卒業後すぐに欧州サッカーに飛び込む選手も増えてきている。歩んできた育成環境、身体的成長の速度、精神面の成熟度など、どのタイミングで高いレベルに身を置くべきかは千差万別。では、そのような多様な選択肢があるなかで“大学サッカー”がもたらす価値とはなんだろう? 慶應義塾体育会ソッカー部で監督を務める中町公祐に話を聞いた。
(文=中野吉之伴、写真提供=中町公祐)
注目を集めた塩貝健人のオランダ移籍
将来有望な選手にかけられる期待はいつだって大きい。プロの世界へいつ飛び込むのか、ヨーロッパへの一歩をいつ踏み出すのかを楽しみに待っているファンも少なくはないだろう。
とはいえプロデビューや海外移籍、ビッグクラブへの移籍が早ければ早いほど、それがそれぞれの選手のその後に最適な影響を及ぼすわけではない。
例えば最終的にはワールドクラスの選手にまで上り詰めたルーカス・ポドルスキだが、10代からドイツ国内で神童と呼ばれ、21歳にして大きな期待を背負ってケルンからバイエルンへ加入したものの、思うような結果は残せず、3年後にケルンに出戻り。シーズンを通してコンスタントに活躍する選手となるまでに時間を要し、遠回りをしてしまった印象を受ける。ケルンU-13で監督をしていたギド・ミュラーは以前このように話してくれた。
「ポルディ(ポドルスキの愛称)はある分野では本当に素晴らしい才能を持った選手だけど、まったくできない分野もあったんだ。人に使われるプレー、他の選手を理解して引っ張ること。自分自身と向き合うべき時期に向き合うことができないまま年を重ねていた。もっとすごい選手になれる可能性もあったのに。周りは常に高すぎる期待をもって、プレッシャーをかけてしまった。チーム状況がどうであれ、やっているサッカーの内容がどうであれ、サッカー選手以上の何かを若くして求められていた」
いつ、どこでプレーすべきか。最終的には選手自身が決断するべきことであるのは間違いないが、周囲の人間からの適切なアドバイスは欠かせない。
日本では昨夏、大学サッカー界から海外へ渡った選手として塩貝健人が注目を集めた。
國學院久我山高校から慶應義塾体育会ソッカー部へ入部。関東大学リーグでプレーしながら、横浜F・マリノスから内定をもらって強化指定選手としてJリーグの舞台でも経験を積んでいた選手が、大学2年生時にオランダリーグ・NECナイメヘンへの移籍を発表しただけに驚きの声が多く聞かれた。
ナイメヘンが本気で獲得したいと動き、そこに代理人のサポートが入り、関東大学リーグ2部でプレーするアマチュア選手の海外移籍が実現した流れには素晴らしいものがある。さらに塩貝はナイメヘンで1年目から結果を残し、今オフにオーストリアの名門ザルツブルクへの移籍が実現間近と現地報道されている。いまや塩貝は欧州で評価を高める日本人選手の一人となった。ただこのような海外移籍を一方通行に“シンデレラストーリー”として美談にしてしまうのもまた違うのではないだろうか。
「監督として、プロの先輩として止めました」
まったく別の見方を知ることも大事だと思い、慶應大学ソッカー部の中町公祐監督に話を伺った。
プロ選手時代は湘南ベルマーレ、アビスパ福岡、横浜F・マリノス、アフリカのザンビアでもプレーし、2023年に18年間のキャリアに幕を下ろし、翌年、慶應大学ソッカー部監督に就任。その中町監督は塩貝のオランダ移籍をこのように振り返る。
「監督として、プロの先輩として、すべての面において止めました。彼のポテンシャルは近くで見ている自分が一番よくわかっているとも伝えました。まだまだ彼のなかに伸ばすべきところも見ていました。海外にいま行くことのリスクや海外での厳しさを知ることも大切です。マリノスの特別指定選手という関わり方もあって、僕のなかでどのように取り組んで、どのように成長してという青写真を描いてやってきた部分もあります。
ただ経緯としてはちょっと大人が邪魔してしまったところもあったなとは思うんです。マリノスで出られる予定だった試合に、いくつかの行き違いで出場できなかったこともありました。そこからコンディションを崩したという時期もありました。いろんなことのタイミングが重なったのかなというのもある。
最終的に決断するのは彼だし、彼の人生。僕が提示するものと周りが提示するものでは、違う意見だってあるわけです。僕としてはよりよい将来への可能性が高い道を提示してあげるべきだという親心も持って接していましたし、『いろんなことをちゃんと認識して前に進むことは大事だよ』ということを伝えるのは、周りの指導者や大人の役目だと思っています。
今回だけではなく、これから何度も自分で大事な決断をしなければならない時がきます。相談する相手によっていろんな意見を聞くことになると思いますが、そのなかで判断と決断のクオリティを高めていくことは大事なんだというアドバイスもしましたね」
海外に行くなという話をしているわけではない。中町監督は、当時19歳の塩貝に対して自身の考えを率直にアドバイスし、最終的に塩貝本人が下した「厳しい環境でチャレンジしたい」という決断を尊重し、応援している。
そのうえで、海外移籍後に長くトップレベルで活躍する選手もいれば、どうにもうまくいかずに日本に帰る選手もいる。実際に長年ヨーロッパで活躍する選手に共通するのは、自分を冷静に分析できるか、的確に課題と向き合えるか、壁にぶつかったときにどういう取り組みをするか、というセルフコントロールとセルフモチベーションの部分がよく挙げられる。選手としての資質だけではなく、人間としての成熟さは必要不可欠であり、選手自身がそのことに気づけているかどうかも大きい。
大学サッカーという環境だからこそできること
どんなことがあってもうまく自分に矢印を向けながら成長と向き合う基盤を作り上げるために、大学サッカーという環境だからこそできることがあると、中町監督は話す。
「まずミスの許容というところ。プロ選手としてすぐやれるだけの人格形成、自己形成ができている選手はそうはいないんです。もちろんヨーロッパならヨーロッパへ移籍した後に、そのことの重要性に気づいて、その境地へたどり着く選手だっています。
でもすべての人が自分の思い描いた通りにサッカー選手としての未来を勝ち得られるわけではないですよね。うまくいかない時期も含めて人生におけるすごくいい経験として受け止めて、前に進むことが大事なんです。そうした『独り立ち』の準備をする場として大学サッカーは、何度も自分で物事を決断し判断していくっていう機会をもつことができます」
高校を卒業する段階で、すでに十分な人間的成熟があって、ある程度以上の語学力とサバイバル能力を持っていて、というのであればこちらから何もいうこともないが、日本の教育や生活習慣の傾向や性質から、ミスを咎められずに積極的にチャレンジができたり、自分とじっくりと向き合う機会や環境はなかなかないのが現状ではないだろうか。
「そういう点で大学サッカーという環境はいいグラデーションだなって思います。日本の場合、高校生まではもっと守られている。大学生になるとプレ社会人というか、責任もちゃんと生じる中で、組織の中の一人としてのトライアンドエラーが割と許されるというのは人間形成においてとても大きい要素ではないかなと」
「100%でサッカーと向き合う姿」が生む価値
大学サッカーはプロの育成機関ではないし、みんながプロを目指すわけでもない。
目的はそれぞれ違う。ものすごく高いサッカー選手としての理想を目標に掲げている選手もいれば、サッカーと関わりながら仕事をする生涯を考えている選手、あるいは真剣にサッカーと向き合うのは大学を卒業するまでと考えている選手だっているだろう。そのような個人個人のストイックさの面での違いが、それぞれのモチベーションに影響を及ぼすことはないのだろうか。
「それぞれ大学によってももちろんアプローチは違いますよね。うちの場合はシンプルに、ピュアにサッカーとどう向き合うのか、チームにどう貢献するのか、というのを一緒に考えて過ごせる環境があります。
トップレベルではないかもしれない子たちが100%でサッカーと向き合う姿と触れ合えることによる影響はポジティブでしかないと思うし、それをポジティブに受け止められる人間性を持てなければならないと思います。
うちの選手たちは大半が社会人になっていきます。小さい頃から続けていたサッカーをやめる日がくるかもしれないというなかで、みんなでサッカーをしている。プロになるならないとは違った意味で、大きな取り組みの目標が出てくるのは大事なことだと思います。サッカーのみならず、どういった人が世界で通用する人材なのかを考えたときに、(大学サッカーは)大きな役割の一端を担っているのかなとは思ってます」
それでも「伝えることを諦めちゃいけない」
中町監督自身が現役時代に高校卒業後に湘南に入団したものの4年後には契約延長されずに、一時、当時在学していた慶應大学ソッカー部に活動の場を移した過去があるからそこ、その言葉にはより説得力がある。
「高校卒業後すぐに、チームメートでさえもライバルであり、自分の価値をどう証明していくのかというプロの世界に入りました。それまでは上のほうのレベルでやってきた自負があったし、自分が一番上だと思ってやってきたところもあります。でも22歳の時に、『あなたもう価値がゼロ円ですよ』と提示された。いろんな感情の起伏があるなか、『こんなところでは終われない』という思いは強かったですね。
そんな僕にとって大学サッカー部という本当にピュアにサッカーと向き合える環境はありがたかったんです。部員同士で向き合うし、組織にも向き合う。普段はしのぎを削っている仲間が、本当に100%で応援してくれることの素晴らしさ、サッカーの根本のところの楽しさっていうのを感じられた。その組織を代表し、自分がチームを勝たせることの大きさについて、サッカーしながら感じられたのは大きかったですね」
どの決断をしても困難は間違いなくある。越えなければならない障害はどんどん押し寄せてくる。どのようにかじ取りをして成長するかはその人自身といえばそれまでかもしれない。でもだから周囲の人間が自らの経験を伝えることが無駄だなんてことはない。
「若い人たちはいまその選択が将来どうなるかまではなかなかわからない。でも5年後、10年後に気づくかもしれない。今パッと反射的にわかるような子もいれば、ちょっと時間が経ってから気づく子もいますから。だから僕の立場からしたら、伝えることを諦めちゃいけないという思いは強い。仮に伝わるのが今は1割、2割だったとしても、どっかのタイミングでそれがこうふっと蘇ってくることがある。それは僕らの立場からしたら成功だと思うんです」
中町監督の言葉には、とても温かい響きがあった。
<了>
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