
即席なでしこジャパンの選手層強化に収穫はあったのか? E-1選手権で見せた「勇敢なテスト」
なでしこジャパンは、韓国で開催されたEAFF E-1サッカー選手権2025で1勝2分の成績に終わり、惜しくも3連覇を逃した。勝ち点は並びながら、当該成績と得点数で順位を落とす形となったが、ニルス・ニールセン監督が今大会に求めたのはタイトルではなかった。国内組中心の即席チームに、11人の初招集選手を加え、あえて即興的な試みやポジションの入れ替えを重ねた。勝敗の先にあったのは、可能性の見極めと選手層強化。一方で、会場の集客や大会運営には多くの課題が残され、アジアの女子サッカーが進むべき方向性も問われる大会となった。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=松尾/アフロスポーツ)
あと一歩届かなかった3連覇。E-1選手権の収穫と意義
足りなかったのは、たった一つのゴールだった。
韓国で開催された東アジアE-1選手権で、なでしこジャパンは1勝2分の成績に終わり、男子の森保ジャパンとの“ダブル優勝”はならず。3連覇も目前で潰えた。
最終戦の相手は中国。従来のレギュレーションであれば勝った方が優勝、引き分けでも得失点差でトップの座を維持できるはずだった。しかし今大会は、勝ち点が並んだ場合に「当該チーム同士の対戦成績」が優先されるレギュレーション。韓国(1-1)、中国(0-0)と引き分けた日本は、得点数の差でまさかの3位に沈んだ。とはいえ、選手たちもこの条件は十分に理解しており、「勝つしかない」という思いで最終戦に臨んでいた。
優勝を逃した中国が淡々と引き上げていったのに対し、日本の選手たちの顔には、言葉にできない悔しさがにじんでいた。攻めても攻めてもゴールは遠く、終盤のパワープレーも実らないままタイムアップ。ニルス・ニールセン監督の表情には珍しく落胆の色が見えた。ただ、過度に沈んだ様子は見せなかった。それもそのはず、今大会において指揮官の口から「優勝」や「タイトル」といった言葉が語られることは、最初から最後までなかったのだから。
「もちろん、勝つことは素晴らしいことです。ただ、われわれが本当に目指すべき主要大会ではない。今大会で大切なのは、できるだけ多くの選手にチャンスを与え、自分の力を証明してもらうことだと考えています」
即席のチームで挑んだ日本と、2週間の合宿を経て準備を整えていた中国、海外組を含む主力で臨んだ韓国。大会に向けたスタンスは異なっていた。
指揮官の関心はタイトルではなく、アジアカップやワールドカップといった“主要大会”に向けた選手層の見極めにあった。ここまで明確に「見極め」に振り切った采配は、近年の代表チームではなかなか見たことがない。
「勇敢に、タフに戦え」。ニールセン監督が貫いた哲学
今大会の日本は、全員が昨季国内のWEリーグで戦った選手たちで、23人中11人が初招集という構成。年齢層も19歳から30歳と幅広く、クラブの垣根を越えて初めてプレーする選手も多い即席のチーム編成だった。
それでもチームの「軸」はあった。代表常連の高橋はな、石川璃音、平尾知佳を中心に、A代表経験者が12人。キャプテンは高橋が務め、国内組主体ながらも、海外組を含めたなでしこジャパンのコンセプトを共有していた。
ニールセン監督が選手に対するアプローチでよく使う言葉が「勇敢に戦うこと」と「心理的安全性」だ。
「心理的安全性を感じて勇敢にプレーしてほしい。初選出で光り輝く必要はない。でも、落ち着いて集中して、自分の力をチームにどう還元できるか。それを見せてほしい」
メンバー発表会見で語っていたその言葉の通り、選手に型を求めることはせず、個の可能性を引き出すことに重きが置かれた。
「強く何かを求められる感じはなくて、個々のポテンシャルを引き出そうとしてくださっているように感じました」(塩越柚歩)
「ミーティングでは『タフに戦うこと』を強調されました。攻守にアグレッシブで、やりたいサッカーの方向性は明確でした」(成宮唯)
なでしこジャパンの基本スタイルであるハイプレスとボール保持は3試合を通じて貫かれた。注目すべきは、ポジションや組み合わせを柔軟に変えながら多くの選手に“即興的なチャレンジ”を課していたことだ。
たとえばサイドバックの起用。攻撃的な山本柚月や矢形海優に加え、年代別代表歴のない浜田芽来や嶋田華を初招集。大胆な抜擢が目立った。
初戦のチャイニーズ・タイペイ戦では8人が代表デビューを飾り、歴代2位タイの記録を更新。矢形と滝川結女がゴールを挙げ、監督も「異なるポジションでも遜色なくプレーできている」と手応えを口にした。
続く韓国戦では、さらに6人を入れ替えて臨み、初招集選手全員が出場。1点をリードしながらも押し込まれた終盤には経験値のある遠藤優や三宅史織ではなく、矢形と嶋田をサイドバックに投入し、前線には樋渡百花を送り込んだ。結果的に追いつかれて勝ち点2を失う結果となったが、勝利よりも、新戦力の積極性や対応力を見極める意図は明確だった。
最終戦の中国戦でも、その方針が揺らぐことはなかった。スコアレスの後半69分に高橋を前線に投入し、3-5-2のパワープレーを敢行。センターバックには石川に加えて山本と嶋田を並べ、「練習では20分間しかやっていない」(ニールセン監督)という即興性の高い新布陣。高橋と2トップを組んだ塩越も、そのポジションを練習で経験していなかったという。高橋は終盤に2度の決定機を迎えるなど、勝利への執念を見せたが、最後までゴールは生まれなかった。
「新しい選手が多い中で、選手たちのサッカー理解が素晴らしく、最後は得点を取りにいって惜しいチャンスもあった。高橋選手を前に入れて点を取りにいき、チャンスも作ったが決めきれず残念だった」
この3試合で、ニールセン監督が試したのは、ギリギリの状況でも自分の強みを発揮できるメンタリティと可能性だった。
3試合で示された現在地とWEリーグ強化のヒント
3連覇や男子とのダブル優勝がかかっていただけに結果に目が向きがちだが、割り切った起用方針や采配を考えれば、ここで勝敗を論じることに大きな意味はない。焦点となったのは、「個々の力や可能性がどれだけ見えたか」だ。
オリンピックやワールドカップにも出場している高橋は、対戦を通して感じた手応えと課題をこう語る。
「WEリーグで選手たちのそれぞれのポテンシャルの高さは対戦して知っていましたし、アジアで戦えることを示せた部分もあると思います。でも、世界を見たときにまだ足りないことも多いので、それぞれがチームに持ち帰って意識高く取り組めば、なでしこの強化にもつながるし、WEリーグから代表に入ってくる選手も増えると思います」
新戦力でインパクトを残した一人が、成宮だ。3試合すべてに先発し、1ゴール1アシスト。攻撃ではワンタッチプレーでリズムを作り、守備では二度追いを徹底し、しつこくプレスをかけ続けた。セカンドボールへの反応も鋭く、スタッツがあれば走行距離は間違いなくトップだったはずだ。成宮は、久々の国際舞台で体感した課題をこう語る。
「技術力は今日に関しては上回っていたと思いますが、最後のファウルギリギリのところで相手がボールを奪いにきたり、球際の部分は普段経験できないところが多く、WEリーグの強度がまだまだ足りないと思います。そこを今回の選手たちが示していければ、自然とリーグのレベルも上がっていくと思います」
もう一人は、最終ラインの起用で安定感を示した山本柚月。3試合すべてに先発し、本職ではないポジションで対人守備やクロス対応で粘り強さを発揮。攻撃参加こそ限定的だったが、守備対応の安定感が光った。
運営課題が問われるE-1選手権の実情
大会は韓国女子代表の20年ぶりの優勝で幕を閉じたが、大会の運営面では大きな課題を残した。
大会の認知度・集客ともに著しく低調で、初戦は観客193人、中国戦も323人にとどまった。平日夕方の試合、アクセスの悪さ、開催告知の不備が重なり、3試合の平均収容率は2%以下。メディアはそれなりの数がいたが、全体的に静かな雰囲気の中で淡々と大会が行われ、淡々と終わった印象だ。FIFAインターナショナルマッチデー外での開催で、海外組の主力を招集できない構造的な問題はあるが、興行努力がなければ大会自体の価値が失われる。
ヨーロッパでは、2024年からスタートした「UEFA女子ネーションズリーグ」の結果がUEFA女子欧州選手権(女子ユーロ)やワールドカップの予選リーグ分けなどに直結し、年間を通じて各国が質の高い代表戦を経験できるよう調整されている。今月2日に開幕した女子ユーロの開幕戦には3万4000人が来場。総観客動員数はグループステージだけで46万人以上に達し、過去大会の記録を大幅に更新している。
アジアでもAFC女子チャンピオンズリーグの創設など前向きな動きは見られる。だからこそ、E-1選手権もまた、その存在価値と開催意義を改めて問い直す時期にきている。
<了>
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