
塩越柚歩、衝撃移籍の舞台裏。なでしこ「10番」託された“覚悟”と挑戦の2カ月
WEリーグを代表するアタッカー・塩越柚歩がこの夏、大きな決断を下した。下部組織から育った三菱重工浦和レッズレディースを離れ、ライバルの日テレ・東京ヴェルディベレーザへの移籍を選んだのだ。慣れ親しんだクラブを離れ、自らの力を問い直す覚悟の選択。E-1選手権では国内組の10番を託されながら、限られた出場時間の中で苦しみも味わった。環境も、背負うものも変わった今、塩越はどんな未来を描き、新シーズンのピッチに立つのか。さまざまな葛藤に直面したこの2カ月間の軌跡から、その決意と挑戦へのビジョンを紐解く。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=松尾/アフロスポーツ)
WEリーグ移籍市場に走った衝撃
WEリーグがオフ期間に入った6月16日、女子サッカー界に大きな波紋を呼ぶニュースが駆け巡った。
三菱重工浦和レッズレディースの下部組織で育ち、レッズレディースの中盤を支えてきたMF塩越柚歩が、長年のライバルである日テレ・東京ヴェルディベレーザに移籍することが発表されたのである。今オフの移籍市場の中でも、この一報は特に衝撃的だった。
「サポーターは移籍できない」と言われるように、浦和とベレーザは女子サッカーをけん引してきた名門同士であり、両チーム間の移籍には複雑な感情が伴う。SNS上では驚きとともに、浦和サポーターの喪失感の入り混じった声が数多く見られた。
「レッズで育って、ファン・サポーターの皆さんの想いを背負って戦ってきたので、捉え方によっては“裏切られた”と感じる方もいると思います」
塩越自身がそう語ったように、大きな葛藤を伴う決断だった。移籍に伴う反発や重圧、問われる覚悟の大きさも、十分に理解している。
「今まで以上の自分を見せなければいけない、という覚悟があります。“この移籍は間違っていなかった”と思っていただけるようなプレーを見せたい。ピッチ上で結果を残すことが一番の恩返しになると思っています」
“潤滑油”にもアクセントにも。単調ではなかったキャリア曲線
司令塔であり、つなぎ役であり、時にフィニッシャーにもなる。塩越柚歩の魅力は、どんな状況でも“違い”を生み出せる柔軟性の高さにある。
基本技術の確かさに加え、166cmの体格と体幹の強さを生かしたフィジカル、ミドルレンジからの決定力も備える。浦和ではトップやトップ下、サイドハーフ、ボランチ、サイドバックまで幅広く起用され、どのポジションでも一定以上のパフォーマンスを発揮してきた。
加速力と柔らかなタッチから繰り出されるドリブルやキックは、攻撃のリズムを変え、味方を生かし、自らもフィニッシュに絡む。潤滑油にもアクセントにもなれる存在として、チームに多彩な選択肢をもたらしてきた。
だが、そのキャリアは決して平坦ではない。2014年に2種登録、2016年にトップ昇格を果たすも出場機会は限られ、公式戦72試合でわずか3得点。世代別代表などで評価は受けつつも、浦和での定位置確保には時間を要した。
転機は2019年に訪れる。ケガから復帰し、森栄次監督(当時)のもとで連動性重視のサッカーに順応。トップ下やサイドで存在感を発揮し、同年の皇后杯ではチームを5年ぶりの決勝へと導いた。2021年には東京五輪のメンバーに選出され、国際舞台での経験も積んだ。
その後、池田太監督の体制下ではフル代表から外れ、代表候補から外れる時期も経験。それでも歩みを止めることはなかった。浦和では楠瀬直木監督のもと2022年にボランチにコンバートされ、守備やスペース管理の質を高めながら、プレーの幅をさらに広げた。浦和はリーグ2連覇、AFC女子クラブ選手権、リーグカップ、皇后杯などのタイトルを次々と獲得。塩越はその中心を担った。
2023年のアジア競技大会では、“B代表”の位置づけながら10番を背負い、チームをアジア制覇へと導いた。苦悩と挑戦を繰り返しながら積み重ねた年月が、 アタッカー・塩越の新たな輪郭を浮かび上がらせていった。
「これまで考えたこともなかった」決断とE-1で託された背番号10
選手にとって移籍はキャリアの分岐点であり、時に人生を左右する決断にもなる。27歳で迎えた初めての移籍。中学生の時から浦和で育ち、「移籍を考えたこともなかった」という塩越にとって、その一歩の重みは計り知れない。
背中を押したのは、「慣れ親しんだ環境を離れて、自分がどれだけできるかを試したい」という純粋な挑戦心。“浦和の塩越柚歩”という肩書を外し、個としての存在感を確立するため、あえて未知のフィールドに飛び出した。
昨季のリーグ王者であるベレーザは、今季はAFC女子チャンピオンズリーグ(AWCL)出場権を持ち、アジアでの戦いも控える。そして、浦和時代に師事した楠瀬監督の存在も決断を後押しした理由の一つだった。
「ベレーザは攻撃に魅力のあるチームで、私自身も攻撃にリズムをもたらすプレーが強みです。個の力がある選手が多いからこそ、お互いの特徴を引き出すプレーで良い流れをつくっていけたらと思います」
柔軟性と経験値を、ベレーザの多彩な攻撃陣に融合させていくつもりだ。
そして、移籍発表の余韻も冷めやらぬ6月17日、E-1選手権のなでしこジャパンメンバーが発表された。国内組を中心とした即席チームにおいて、塩越には象徴的ともいえる背番号10が託された。
ニルス・ニールセン監督は、この番号の定義についてこう語っている。
「10番のイメージは、ゲームの流れを読むことができ、創造性で攻撃面の違いを作れる。そして、速さよりもゲームをコントロールする力を持つ選手です」
その背番号の重みを前向きに受け止め、塩越は新たなチャレンジへの期待感を口にした。
「初めて一緒にプレーする選手たちが集まり、みんなのポテンシャルが光るチームになるかもしれない。“WEリーグにはこんな選手がいるんだ!”と思ってもらえたらうれしいです」
3試合で90分足らず。悔しさの中で見つめた現在地
しかし――。7月9日から16日まで行われたE-1選手権の3試合を通じて、塩越の出場時間は90分に満たなかった。初戦のチャイニーズ・タイペイ戦は出場なし。第2戦の韓国戦では押し込まれた後半から投入されたが、流れを変えるには至らず、終盤に失点を喫した。最終戦の中国戦では69分から出場し、2トップの一角という、“ぶっつけ本番”のポジションでプレー。高橋はなとの連携から決定機を演出したが、ゴールにはつながらなかった。
「スタートから出られる試合がなかったことも、途中出場で勝利に貢献できなかったことも悔しいです。得点がほしい状況でチャンスは作れても、結果を残せなかったのが現状で、今の自分の評価だと思います。相手のスピード感や体格差に対して余裕が持てない場面もあって、そこがなでしこジャパンの海外組との違いだと思うし、リーグでの積み上げが必要だと感じました」
そう反省の弁を述べる一方で、背番号10としての責任を果たそうと、ピッチ外でも試行錯誤を重ねた。初選出の選手たちの緊張をほぐす声かけなど、ピッチに立たない時間も含めて、チームに貢献できることを模索し続けた。
「代表はすごく特別な場所だと思っています。今回は国内組だけでしたが、やっぱり呼んでもらえるのは本当にうれしいことで、またここでプレーしたいと毎回思わせてくれる場所です」
塩越にとって栄光というより試練に近い3試合だったが、自分の現在地を見つめ直す新たなスタート地点でもあった。
“個”が問われる新シーズン
ベレーザで迎える新シーズン、そしてE-1選手権。この夏は、塩越にとってキャリアの第二章を切り開く起点となった。
今季、ベレーザは4冠を狙う。浦和時代に数々のタイトルを経験し、あと一歩で届かなかった悔しさも知る塩越だからこそ、若い選手の多いベレーザに、勝利への意識と責任感を伝えることができる。
「(ベスト8で敗れた)昨年のAWCLの悔しさを次の挑戦に生かしたい。すべてのタイトルを取りにいく気持ちです」
新天地で“個”を確立するためにも、数字にはこだわる。目標はキャリアハイを更新する7ゴール。これが実現すれば、アシストでリーグトップの「9」を記録した2シーズン前のパフォーマンスを上回るだろう。結果に直結するプレーでチームに貢献し、自身の価値を示していくつもりだ。
新たなユニフォームで迎えるリーグ初戦は8月10日、相手は昨年2位のINAC神戸レオネッサだ。そして、第3節では古巣・浦和との一戦が控えている。
「ベレーザでどんなプレーができるか、どんな思いで移籍を決めたかを、ピッチで見せたい。結果を残すことが一番の恩返しになると思うので、応援してくださる皆さんに、強い覚悟をプレーで表現したいと思っています」
浦和のコンダクターから、ベレーザの新たな歯車へ。自らの決断の「答え」を、プレーで証明しにいく。
<了>
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