
若手台頭著しい埼玉西武ライオンズ。“考える選手”が飛躍する「獅考トレ×三軍実戦」の環境づくり
昨季は球団ワースト記録である91敗と、苦しいシーズンを送った埼玉西武ライオンズ。しかし今季は前半戦に上位争いを演じるなど、この短い期間にもかかわらず状況を好転させつつある。最も大きな要因に挙げられるのが、若手選手の台頭。投打ともにその若手選手たちが開幕から一軍の戦力として、試合に出場し続けている。20代前半の選手が次々と一軍へと定着している根拠としては、球団が構築している育成システムにあった。今回は眞山龍 本部長補佐に話を伺いながら、西武の若手躍進の要因に迫る。
(文=白石怜平、写真提供=©SEIBU Lions)
獅考トレーニングによる“言語化”が一軍への道を拓く
今季躍動している選手たちの成長を入団時から支えていたのが、『獅考トレーニング』。
2020年から開催されているこのトレーニングでは、外部講師を招いて自己理解や目標設定、さらにはスポーツマンシップや論理的思考などのカリキュラムを通じて個や組織の成長を促進している。
試合や練習へ取り組むにあたって自ら考えることや、自発的に練習計画を立てるといった、“主体性ある選手を育成すること”を目的に導入された。
研修の受講とともに、人財開発担当も選手の目標設定をサポートしている。進捗確認やフィードバック面談を定期的に行うことで選手の成長サイクルを確立・加速させてきた。

ここで強化を図っているのが選手たちの「言語化能力」。
球団はプロ野球の世界で大成した選手の傾向として、自分の考えや気持ちを表現する能力が高い点に着目した。
この獅考トレーニングを一軍での結果に結びつけつつある一人が菅井信也。2021年ドラフト育成3位で入団した左腕は、3年目の昨季支配下契約を掴み一軍デビューを果たした。
そして今季は4月上旬から先発ローテーション入りし、8月21日現在で10試合に登板し5勝・防御率3.06をマーク。菅井はトレーニングを通じた変化について、以下のように語っている。
「獅考トレーニングで目標設定の仕方を学んでいたことで、(一軍)初登板の経験を通じて得られた課題や反省点、そしてそれらを克服するための取り組みについてなどを具体的な数値目標を立てることができ、取り組みが明確になりました。さらに他選手の発表を聞くことで、自身の意識の変化にもつながったと感じています」

眞山さんは、トレーニングを重ねた選手が一軍で戦い続けられていることについて、明らかに変化があったと述べた。
「菅井に加えて山田(陽翔)や黒田(将矢)といった今季一軍デビューした選手たちも獅考トレーニングを重ねて成長しています。
結果が出ている時はある程度自分の感覚を話すことはできるのですが、例えば投手であれば投球フォームなど内容の面で、自分の課題を明確に話せるようになっていました。
このことが成長し、一軍の場に立ち続けられている理由なのだと思います」

三軍制度が果たすファーム活性化と球界発展の意義
自身の課題や方向性を明確にした若獅子たちは、グラウンドでそれを形にしていく。
一人でも多くの選手にそのチャンスを与えたいと整備されたのが三軍制である。西武は従来も三軍制度を敷いていたが、あくまで“故障者のリハビリ組”という位置づけだった。
2022年から見直しを行い、実戦に重きを置く形となった。その背景を眞山さんはこのように説明する。
「球団内で議論を重ねた結果、ファームの中でも競争意識を高めたい考えで整備しました。我々は『ファームも競争だよ』と常々言っています。
三軍の選手は、今年からホームユニフォーム着用は認めず、ビジターのみ許可しています。なので、『白い“Lions”のユニフォームを着たかったらまずは二軍に上がりなさい』と。
育成面においては獅考トレーニングに加えて、日々の練習の成果を出す場所が試合です。自分の現在地を全員が正確に把握するためには、試合でなければ知り得ない部分が多くあります。
強化+実戦というのは同時進行で進めていますし、結果をもとに競争させることでファームも活性化できるようになりました」

二軍戦は故障したレギュラー選手の調整の場であったり、一軍昇格を見据えた選手を継続的に出場させるといったチーム事情もあるため、必ずしも全員に出場機会があるとは限らない。
三軍制を導入することで、育成選手やイースタン・リーグのメンバーにまだ入れない選手にとって貴重な実戦経験を積む場となっている。
また、この三軍は野球界の将来を照らす観点でも意義があることだと眞山さんは語る。
「対戦相手の幅がすごく広くて、独立リーグや大学生、企業チームさらにはクラブチームとあります。試合を通じて、アマチュア球界との交流を深められていることに実は意義を感じているんです。
野球界を活性化させていきたい想いがある中で、選手の発掘もさることながら、アマチュア球界の情報や現状を肌で知ることができます。
なので、我々の三軍は野球界の未来を担っていくための大切なカテゴリーと考えています」

開幕から若手野手が次々に台頭
5年以上にわたる育成改革が徐々に形になろうとしている西武。
今季も、開幕から生え抜きの若手選手たちがスターティングメンバーに名を連ね、終盤に差し掛かる現在も多くが一軍の戦力となっている。
野手において特に例として挙げられるのが西川愛也と滝澤夏央。
高卒7年目の西川は昨年104試合に出場し得点圏打率.347と勝負強さを発揮、終盤には3番も担った。
今季は8月9日に右肩の違和感で戦列を離れてしまったが、開幕からリードオフマンに定着。8月2日には球団70年ぶりの1試合6安打を放つなどリーグ最多安打を争う活躍を見せていた。

滝澤は2021年ドラフト育成2位で入団し、1年目の5月支配下登録に。昨季は68試合に出場し、今季は二塁と遊撃の両方をこなしスタメンを張り続けている。
ファーム時代から間近で見ていた眞山さんは、今の2人をこう評している。
「西川や滝澤はまだ1シーズン通じて出場していないので、今レギュラーとしての活躍をしようとしている途中の段階です。
西川は高校時代の大ケガがありながら入団して、一軍でもヒットが出なくて苦労した時期も長かったですが、克服して今があります。滝澤も育成で入って、恵まれた体格ではない中でも自分が生きる手段を見つけて一軍にいますよね。
2人に共通して言えるのは、ファームの試合に出続けたことです。
その中で成功した・失敗した取り組みがあって、なぜ良かったのか・自分の課題をどう解決するのかを繰り返した。それを一軍でも継続しているからだと感じています」

さらに打線に欠かせない存在となっているのがルーキーの渡部聖弥。
5番・左翼で開幕スタメンを果たして以降主軸を打ち、現在は主に3番を務めている。渡部が一軍で力を発揮しているのも、これまで挙げた話と共通していた。
「渡部は新人合同自主トレの時から、バッティングがいいのは一目でわかりました。ただ、野球以外の面でも彼はすごく落ち着きがあります。
獅考トレーニングにもあった、自分がチームの中で何を求められ・どう結果を出していくのかをしっかり言語化できていて、とても頭のいい選手です」

山田陽翔が飛躍を遂げた昨オフの転機
今季の西武は野手だけなく投手陣も若手選手の台頭が目覚ましい。
西武は8月21日現在でチーム防御率はリーグ3位の2.82を記録しており、少ない点差を守り勝つ野球で前半戦は上位争いを繰り広げていた。
12球団でも屈指の投手陣の中でも大きな輝きを放っているのが山田陽翔である。
高卒3年目の21歳は今季一軍デビューを果たすと、ここまで36試合に登板し、防御率は1.47を記録するなどリリーフ陣の一角を担っている。
眞山さんは山田が飛躍したきっかけについて、昨季後半からオフにかけてあったと明かしてくれた。
「実は2年目(2024年)の前半まで、球団としては先発での可能性を見たい考えがありました。ただ、同年の後半ごろからリリーフとしてのポテンシャルを感じたので見てみたいと。
ファームでリリーフを経験させて、シーズンオフに台湾のウィンターリーグに派遣したのですが、そこでリリーフとしての心の持ち方や準備の仕方を彼なりにしっかりと習得してくれました。
今季は春のキャンプからオープン戦、そしてシーズンで着実に結果を出して今に至っています」

山田の特徴はストレートの平均球速が140km/h台前半ながら打者を翻弄するスタイル。
常時150km/hを出す投手が増えている中、速球派とは一線を画した投球スタイルが、今一軍の舞台で結果を出し続けている根拠でもあった。
「近年の投手像で言いますと、先発・中継ぎ・抑え問わず速い球を投げられて、ウイニングショットも合わせ持つようなパワーピッチャーをイメージされると思います。
ただ、山田はそのタイプには当てはまらないですよね? 彼が一軍で投げ続けられている一番の要因は“気持ちの部分”なんです」
近江高校時代は松坂大輔らと並ぶ歴代5位タイの甲子園通算11勝・同4位の108奪三振をマークするなど、甲子園のスターとして注目を集めていた山田。
大器の片鱗は高校時代からすでに見せていたが、培われた度胸に加えて自己理解がさらに実力を磨いていった。
「高校時代から大舞台を経験していますが、今は一軍で大観衆の中で登板して、さらにプレッシャーがかかる場面で毎日投げています。そんな中で“自分に何ができるか”を彼は理解しています。
器用な選手なので、変化球を同じ腕の振りで振って相手打者を惑わせることができますし、ストライク先行でどんどん相手に向かっていく姿勢もあります。
あとは低めにボールを集めて丁寧に投げるといった、自分の特徴を知って活かせていることが、今の山田の好調の理由ではないでしょうか」
投打の両方で一軍の戦力となる選手を次々に輩出し、昨季の低迷から脱却を図っている今季の西武。
今季頭角を表した選手が主力となり、その間に新戦力が台頭するサイクルが築かれようとしている。
その礎は球団が種を蒔き、年月をかけて創り上げてきた育成システムにあった。
<了>
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