「守りながら増やす」アスリートの資産防衛。独立系ファイナンシャル・アドバイザー後藤奈津子の信念

Business
2025.09.12

アスリートにとって競技は人生の一部であり、引退後の人生はさらに長い道のりが待っている。実業団ランナーからIFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)に転身した後藤奈津子さんは、顧客に誠実に向き合い、信頼関係を軸に資産形成や人生設計のサポートを続けてきた。現役時代に培った努力や挑戦心をどう生かし、次の人生につなげるのか。「走ること」を通じて広がった縁、セカンドキャリアの心構え、新たに参加するプロジェクトが描く未来像――後藤さんの言葉は、多くのアスリートの羅針盤となるはずだ。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=後藤奈津子)

誠実な提案で築く信頼関係

――お客様と接する際に大切にしていることを教えてください。

後藤:大切にしているのは、一人一人に誠実に対応することです。IFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)の中には、仕事を通じて得られる自分の手数料を優先する人もいますが、私は「自分の家族だったらどうするか」を常に考えます。その方にとって常に一番いい情報を提供し、一緒に資産運用について考え、契約になるかどうかは二の次で、知識が広がるきっかけになれば十分だと考えます。

 私がそうだったように、無知で何も分からなかった状況から抜け出してほしいですし、誠実に対応すると、その方が別のお客様を紹介してくださったり、業務を超えて会いにきてくださったりもします。こうした信頼の積み重ねが自分の強みになっていますし、それを後押ししてくれる環境で仕事ができています。

――相手によってニーズや伝えるべき情報も変わると思いますが、説明するための資料などもご自身で作っているのですか?

後藤:はい。ただ、わからないことはすぐに職場の皆さんに聞きます。丁寧に教えていただけるので、その分、自分はより勉強しなければと奮い立ちますし、毎日資格取得の勉強を続けています。

――金融の世界は時事とも密接に関わると思いますが、どのように学んでいるのでしょうか?

後藤:世界のマーケットは常に動いています。経済新聞に加え、ブルームバーグや「株探」など複数のソースを使い、情報を常にアップデートするようにしています。

アスリートに伝えたい「守りながら増やす」発想

――現役を終えたアスリートは収入が変わると思いますが、資産運用はリスクもあると思います。そうした不安を抱えるアスリートやお客様に、どのような思いで向き合っているのですか?

後藤:かつての私自身と重ね合わせて、知識がなくても理解できるよう、わかりやすく伝えるようにしています。アスリートは現役が終わると収入が減るケースが多く、詐欺被害にあったり、無知なまま株を買って破産寸前になったり、スポーツ賭博にのめり込むケースも見聞きしました。一方で、一生懸命稼いだお金を「わからないから」「怖いから」と放置してしまうのは本当にもったいないと思います。だからこそ、「守りながら少しずつ増やす」という考えを伝えていきたいと思っています。

――この仕事のやりがいはどこにありますか?

後藤:誠実に対応することで長く関係を築けることです。金融知識はもちろん必要ですが、それ以上に信頼関係が大切です。お客様の「資産が増えた」という事実ももちろんうれしいですが、「後藤さんの提案が一番良かった」「知識が増えた」と喜んでいただける時が、この仕事を続ける大きな原動力になっています。

――アスリートを支援する立場で、社会的な課題についてはどう感じていますか?

後藤:アスリートは競技に集中している分、社会や世間から離れてしまいがちで、金融に限らず知らないことが多く、視野が狭くなる傾向があります。これは仕方のないことですが、だからこそ「知る環境をつくる」ことが必要で、スポーツ界全体として取り組むべき課題だと思います。

「アスリートの人生を豊かにする」新プロジェクト

――アスリートが直面する課題に対して、取り組んでいることや、今後取り組みたいプロジェクトはありますか?

後藤:新たに立ち上がった「アスリートが現役中だけでなく、自分の人生そのものに熱狂できるように」という理念を掲げたプロジェクトに参加させていただくことになりました。アスリートが現役時代に抱える不安は、競技面にとどまらず、心身の健康、人間関係、セカンドキャリア、金銭面など多岐にわたります。その中で、競技とセカンドキャリアを切り離して考えるのではなく、アスリートの人生そのものを包括的にサポートする体制をつくることが目標です。私の現役時代には存在しなかった取り組みだからこそ必要性を痛感しますし、今後の日本スポーツ界の発展にとって不可欠な要素になるのではないかと考えています。

――どのようなメンバーや体制で進めているプロジェクトなのですか?

後藤:元プロ選手やスポーツ界の弁護士が中心となり、利益よりも「どうにかしよう」という純粋な思いで議論しています。海外ではすでにヨーロッパやニュージーランド、オーストラリアなどで同様の取り組みが進んでいますが、日本は各競技団体の規則ややり方がある中で、最初の壁が高いと感じます。ただ、一つずつ乗り越えて日本スポーツ界の発展につなげたいと考えています。現役をやめた後に行き場をなくした選手や、メンタルのバランスを崩した選手も見てきました。だからこそ、人生の選択肢を広げる仕組みを根づかせたいです。

学ぶ姿勢と挑戦心が、セカンドキャリアを輝かせる

――後藤さんは、今も走ることを続けているのですか?

後藤:はい。今でも週2、3回は走っています。走ることは「自分と人をつなぎ、縁を運んでくれるもの」です。競技を通じて出会った仲間や指導者、銀行や今の会社との出会いも、すべて走ることがきっかけでした。引退後も走ることを続けてきたからこそ、仕事でもプライベートでも出会いが広がっています。「お客様の人生を豊かにすれば自分も豊かになる」。これはうちの社長の言葉ですが、私もIFAとして、その考え方を大切にしていきたいと思っています。

――IFAとしての目標や、今後のチャレンジについて教えてください。

後藤:証券業務で培ったスキルを生かし、アスリートの資産防衛や資産形成、金融リテラシー向上を支えながら、セカンドキャリアでも自分らしいサポートを懸命に行っていきたいと考えています。

――ご自身の人生観において大切にしていることはありますか?

後藤:現役をやめた時、32歳まで続けた競技生活を振り返って得られた財産について考え、大会での成績や優勝の記憶よりも、「競技を通して得られた人間関係」がもっとも大切な財産だと気づきました。苦しい合宿や試合をともに乗り越えた仲間とは、今も一緒に飲みに行ったり旅行したりする関係が続いています。監督やトレーナーとも交流が続いています。競技がもたらしてくれた縁を、今も大事にしています。

 さらに、引退後も走り続けてきたことで、年齢や職業を超えた出会いがあり、自分の価値観も変わりました。「自分の好きなこともやるけど、仕事も全力でやる」。そうした姿勢を貫く方々に出会えたことが、今の原動力になっています。

――セカンドキャリアを充実させているアスリートの共通するものは何だと思いますか?

後藤:競技と人生を切り離して考えないことです。「私はスポーツはできるけど勉強が苦手で、できないんです」と言う人もいますが、スポーツでいろんなことを教わってきたはずです。目標に向けて努力することや、達成するために工夫すること、挑戦することの大切さなどを日常でも生かせば、幅広い可能性が開けると思います。「できる、できない」は何年もやってみて分かるものだと思うので、「まずやってみる」という貪欲な姿勢が、縁やチャンスを運んでくれると思います。

――最後に、未来のアスリートへのメッセージをお願いします。

後藤:夢中になれる時間を大切にし、ケガに気をつけて思いきりプレーしてください。競技を通して学んだことを競技の枠内だけで終わらせず、セカンドキャリアにも生かしてほしいです。引退後の人生は60〜70年と言われます。その長い人生に向けて、自ら考え、学ぶ姿勢が未来を左右します。指導者の方々にも、選手の競技の成績だけでなく、「その後の人生」を見据えた支援をしてほしいなと思います。

 そうした取り組みが実って、アスリートが現役引退後も多くの選択肢を持てるようになってほしいですし、私自身も自分がアスリートだった意味を考えて、スポーツ業界に還元していければと思っています。

【連載前編】「学ぶことに年齢は関係ない」実業団ランナーからIFA転身。後藤奈津子が金融の世界で切り拓いた“居場所”

【連載中編】アスリートは“お金の無知”で損をする? 元実業団ランナーIFAが伝える資産形成のリアル

<了>

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[PROFILE]
後藤奈津子(ごとう・なつこ)
1987年生まれ、埼玉県出身。IFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)。CGPパートナーズ株式会社に在籍。大学時代は関東大学女子駅伝4年連続区間賞、全日本大学女子駅伝2区区間賞(タイ記録)、関東インカレ1万m優勝、全日本インカレ1万m3位などを記録。卒業後はユニバーサル・エンターテインメントと宮崎銀行で実業団選手として活躍。5000m日本選手権出場、クイーンズ駅伝2区区間2位、同1区区間3位などの成績を収めた。32歳で現役を引退後、銀行勤務を経てIFAに転身。現在はアスリートの資産形成やセカンドキャリア支援に携わっている。

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