
アーセナルは今季リーグ優勝できるのか? 「史上最強スカッド」でアルテタ監督が挑む22年ぶり栄光の鍵とは
昨季プレミアリーグで失点最少34という守備力を武器にしながらも、攻撃陣に故障者が相次いだこともあり勝負どころでの決定力不足に泣いたアーセナル。今季はギョケレシュ、スビメンディといった大型補強を軸に、「最強」を自負できるスカッドが完成。では22年ぶりの王座返り咲きは本当に可能なのか。3季連続リーグ2位の雪辱期すアルテタ監督の挑戦が始まる。
(文=ジョナサン・ノースクロフト[サンデー・タイムズ]、翻訳・構成=田嶋コウスケ、写真=AP/アフロ)
陣容は歴代最強。プレミア制覇に向けて万全の体制
移籍市場の最終日となる9月1日、アーセナルは最後まで積極的な補強を行った。
エクアドル代表DFピエロ・ヒンカピエをバイヤー・レバークーゼンから1年のレンタルで獲得。優れた技術と高い運動能力を兼ね備えたディフェンダーの加入により、今夏の移籍市場におけるミケル・アルテタ監督の補強リクエストはすべて満たされた。
事実、今夏の補強リストはきわめて充実している。
アーセナルが長年待ち焦がれていた点取り屋として、スウェーデン代表FWのヴィクトル・ギョケレシュを獲得。中盤の底でゲームを作る“ナンバー6”に、スペイン代表MFのマルティン・スビメンディを迎えた。
さらに、ケガの多いブカヨ・サカを支えるバックアッパーとしてノニ・マドゥエケを招聘。センターバックにクリスティアン・モスケラ、攻守をつなぐ役割の“ナンバー8”としてクリスティアン・ノアゴール、GKにケパ・アリサバラガを獲得し、「控えの陣容」も充実させた。アルテタは長いシーズンを最後まで走り切るために必要な「控えの陣容」まで整えて、万全のスカッドを手にしたのだ。
今季のアーセナルは「クラブ史上最強のスカッド」と称されているが、この評価は決して大げさではない。
実際に「控えイレブン」を組んだとしても、その顔ぶれは各国代表クラスやビッグタイトル経験者で埋まる。UEFAチャンピオンズリーグ優勝経験を持つケパや、パリ五輪金メダリストのモスケラまで含まれるのだ。今夏の移籍市場における補強費は2億4600万ポンド(約490億円)に達した。
(※予想の控えメンバー:ケパ、ベン・ホワイト、モスケラ、ヒンカピエ、マイルズ・ルイス=スケリー、エベレチ・エゼ、ノアゴール、ミケル・メリーノ、マドゥエケ、カイ・ハバーツ、レアンドロ・トロサール)
さらに、「イングランド最高の才能」と称されるマックス・ダウマンとイーサン・ヌワネリも控える。ケガで存在感が薄れているもののガブリエウ・ジェズスも復帰に近づいており、層の厚さはプレミアでもトップクラスとなった。アーセナルの歴史を振り返っても、これほど「プレミア制覇」に向けて準備が整ったシーズンはないだろう。
リバプール戦は優勝候補としては物足りない内容
では今シーズン、果たして優勝は可能だろうか?
昨シーズンのアーセナルはリバプールの後塵を拝し、3季連続の2位でフィニッシュした。悔しさを胸に迎える今季は、まさに勝負の年である。
課題は、得点力とチャンス創出力にある。2023-24シーズンにマンチェスター・シティとの差を痛感した時も、昨季リバプールに及ばなかった時も、戴冠に手が届かなかった理由は同じだった。守備は盤石だが、ストライカーの決定力とチャンスメークの物足りなさがタイトルを遠ざけた。
アーセナルは、昨季プレミアでリーグ最少失点を誇った。38試合制のプレミアリーグにおいて失点数はわずか「34」。失点数2位のリバプールが「41」で、守備力ではプレミア最高を誇った。だが、現代フットボールは「攻撃が勝敗を決する時代」へと移り変わっている。
かつては「攻撃は試合を勝たせ、守備がタイトルをもたらす」と言われた。だが近年は最多得点チームが王者となり、最少失点チームが後れを取る傾向が顕著だ。直近3シーズンの覇者は、いずれも最多得点チームである。
アルテタが初めてプレミアリーグのタイトルに近づいた2022-23シーズン、アーセナルは若さと自由さを武器に躍進した。だが守備の脆さがたたり、シティに逆転優勝を許した。以降、アルテタは「試合をコントロールする戦い方」にシフトし、強固な守備の構築に力を入れてきた。セットプレーからの得点が増えているのも、その一環である。
今季のアーセナルは、開幕3試合で2勝1敗とまずまずのスタートを切った。リーズに5-0で快勝した第2節は希望を抱かせたが、第3節のリバプール戦では0-1で惜敗した。
このリバプール戦を振り返ると、レッズに勝利をもたらしたのはドミニク・ソボスライの驚異的なFKだった。だがこの得点は、アルネ・スロット監督がリスクを冒して攻撃に力を入れ、より積極的にプレスをかけることで試合の流れを自ら引き寄せたからこそ生まれた。リバプールの選手たちも指揮官の指示に従い、危険度の高い中央部へパスを出し続けた。
対するアルテタ監督はリスク回避を優先し、慎重さが裏目に出た。優勝候補としては物足りない内容だったと言わざるをえない。
22年ぶり王者に返り咲くには何が必要?
もう一つのポイントは「新戦力の早期融合」だろう。
エースストライカーとして期待が集まるギョケレシュは、昇格組のリーズ相手には自慢の破壊力を見せつけた。だがリバプールやマンチェスター・ユナイテッドといった強豪には存在感を示せなかった。どこか肩に力が入りすぎているようにも見えるスウェーデン代表の爆発は、リーグ優勝には不可欠な要素だ。
筆者が最も注目しているのはエゼとスビメンディの2人である。アルテタが「Xファクター(=言葉で説明しにくい特別な魅力や才能)を持つ」と期待するエゼと、トーマス・パーティから大幅なグレードアップとなるスビメンディ。特にスビメンディの加入効果は大きい。得意の縦パスで試合の流れを変えられる“ナンバー6”で、一つ前の位置でプレーするデクラン・ライスもさらに輝くはずだ。
スビメンディ自身もモチベーションが高い。今夏に加入が決まったが、実は昨年の終盤には非公式ながら移籍で合意していた。スビメンディは昨夏に「レアル・ソシエダで試合経験をさらに積みたい」とリバプールへの移籍を断った経緯がある。だがアルテタとアーセナルは、彼を熱心に口説き続けて獲得が決まったのだ。彼もまた、アルテタが個人的に強く獲得を望んだ選手の一人。その期待に応えられるか。
ただそれでも、アーセナルが22年ぶりに王者に返り咲くためのキーマンは、アルテタのような気がしている。劣勢の試合展開をひっくり返すような大胆な采配も時に必要だろう。スペイン人指揮官の決断力と柔軟さが鍵を握ると見ている。
悲願のリーグ優勝に向け、アルテタ監督には充実のスカッドが与えられた。あとはアルテタ自身がどこまで思い切って自身の殻を打ち破れるか。アルテタの采配に、すべては懸かっているのではないか。
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<了>
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[PROFILE]
ジョナサン・ノースクロフト(Jonathan Northcroft)
英紙『サンデー・タイムズ』でサッカー部門の主筆を務める敏腕記者。分析記事やインタビューを中心に執筆し、英BBC放送や衛星放送スカイ・スポーツなどのサッカー番組にも多数出演。きめ細かい取材に定評。2002年の日韓ワールドカップで訪れた日本をこよなく愛す。スコットランド生まれ。
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