なぜプレミアリーグは優秀な若手選手が育つ? エバートン分析官が語る、個別育成プラン「IDP」の本質

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2025.12.10

イーサン・ヌワネリ、リオ・ングモハ、マックス・ダウマン……。近年プレミアリーグではなぜ次々と優秀な若手選手が育っているのか? イングランドの育成現場では、チームの勝敗や結果よりも、若手選手の“個人の成長”が何より重視される。16−18歳の若手育成のキーワードは“IDP(個別育成プラン)”だ。イングランド代表のアンソニー・ゴードンらを輩出したエバートンU-18のパフォーマンス・アナリストを務める日本人アナリスト・芝本悠馬に話を聞いた。

(インタビュー・文=田嶋コウスケ、写真提供=芝本悠馬)

「仕事の比率で言うと、エバートンではIDP関連が7割強」

「イングランドのユース年代では、個人育成にかなり力を入れています」

そう語るのは、エバートンのU-18チームでパフォーマンス・アナリストを務める芝本悠馬である。

芝本は堅実にキャリアを積み重ねてきた。サウス・ウェールズ大学でフットボールコーチング&パフォーマンスを専攻して卒業し、理学士号を取得した。

大学在籍中には、提携先であるウェールズサッカー協会で働き、U-19、U-17、U-16と各年代のアナリストを経験。同時進行でチャンピオンシップ(イングランド2部)のカーディフ・シティでもパフォーマンス・アナリストとして従事し、U-21、U-16といったユース年代を担当した。最終的にはトップチームに加わり、幅広いカテゴリーを支え続けた。

そして2025年6月、世界最高峰であるプレミアリーグのエバートンに移籍。U-18チームのパフォーマンス・アナリストとして入り、現在に至る。着実にステップアップを果たしており、将来が嘱望される俊英アナリストだ。では、エバートンでどのような仕事を担っているのか。芝本は次のように説明する。

「主な仕事は、アカデミー選手の個人育成になります。英語で『Individual Development Plan(インディビジュアル・デベロップメント・プラン)』と言い、略してIDPと呼んでいますが、この個人育成プランに沿って動いています。

 カーディフでもIDPに力を入れていましたが、プレミアリーグのクラブは例外なく、より強く取り組んでいますね。 エバートンの採用面接では、『試合結果はもちろん大事だが、それ以上に選手をファーストチームに届けることに重きを置いている』と言われました。

 アナリストと言えば相手チームの分析や自軍のプレー分析のイメージが強いかもしれません。しかしエバートンでは、相手の分析はそこまで多くしていません。仕事の比率で言うと、エバートンではIDP関連が7割強。反対にウェールズ代表やカーディフでは、相手の分析が仕事の7〜8割を占めていました。エバートンでは仕事の比率が逆転しているんです」

18歳になると「選手が自分のプレークリップを作りプレゼン」

エバートンで芝本が担当するのは、18歳以下の選手で構成されるU-18。日本で言う高校3年生から大学1年生にあたる年代。IDPを軸に育成を進めている。

IDPとは、選手一人ひとりの成長に合わせて目標・課題・行動計画を可視化し、選手自身が主体的に成長していくための個別育成プランのこと。技術、戦術、フィジカル、メンタル、人間性といった多面的な要素を個々に最適化して設計する。コーチは指示を与える存在ではなく、選手と共に考え、成長を支える伴走者として関わる。

例えば、コーチ陣のなかで「課題が多い」と思っていた選手でも、その選手自身は、自己評価が非常に高いケースもあるという。選手からすれば、自分を客観的に知ることができるため、長所、短所、成長できるポイントが把握できるという。

エバートンではU-9〜U-21までユースチームが存在し、常勤のパフォーマンス・アナリストが3名在籍している。「U-15&16」、「U-17&18」、「U-21」の年代に配属されているという(※U-19、U-20は存在せず、原則19歳以上はU-21として活動)。

またこうしたアナリストとは別に、IDPを統括する専門コーチが選手たちの成長を逐一確認している。IDPについては、簡易版ながらU-9から行うという力の入れようだ。

「イングランドでは、ユース年代にもアナリストがつくのが当たり前です。すべての試合を撮影しているので、IDPのための映像素材も揃っています。IDPはイングランド全体で力を入れており、どこでもやっています」と芝本は語る。

では、具体的にどのようにIDPで育成を進めているのか。芝本は説明を続ける。

「育成年代には、やはり完璧な選手はいません。大きな長所がある選手もいますが、どこかに課題がある。映像を見返し分析して課題を提示します。

 ただ、こちらから『ここを頑張れ』と一方的に伝えるのではなく、選手の自主性を非常に重視しています。もちろんコーチも介入しますが、選手が自発的に動くことを大切にしています。最近は16〜18歳でプロデビューする選手も少なくないので、18歳になる選手には自分で振り返る癖を身につけさせているのです。選手が自分のプレークリップを作り、コーチにプレゼンする取り組みを行っています」

お手本のプレー映像は重要「アーセナルの選手映像を見せることも」

プレミアリーグのクラブでは、このIDPが“育成の骨幹”を成しているという。6週間ごとに選手とコーチがミーティングを行い、課題の克服度や進捗を確認し合う。芝本も「そこは徹底されています」と言う。こうした作業を育成年代を通して継続していくのだ。

芝本は続ける。

「例えばクロスボールが課題なら、スタッツやクロス成功率などの数字を見せ、まず選手に納得してもらいます。一番わかりやすいのは映像です。左サイドバックの選手には、ファーストチームのプレー映像をお手本として見せることもあります。

エバートンの場合はウクライナ代表の左サイドバック、ヴィタリー・ミコレンコの映像になりますが、エバートンだけでなくアーセナルの選手映像を見せることもあります。こうした1軍選手のプレーを “エリート・エグザンプル(Elite Example=優れた実例)”と呼んでいて、選手たちはそこから学び、自分のプレーへ落とし込んでいきます。頭を鍛える作業ですね。

 そして6週間ごとのミーティングで、選手自身のクロスボールのクリップをいくつか提示して、課題を克服できているか、成長度合いを確認する。一連の流れを繰り返すことで、成長を促しています。もちろん分析がすべてではありませんが、こうした小さな積み重ねの差が、やがて大きな違いとなって表れると思います」

無論、IDPは課題克服だけではない。

「例えばアタッカーなら、守備は多少疎かでも構わないので、とにかく攻撃を磨く。戦術的なディテールは大人になってからでも鍛えられます。ウィンガーなら1対1の能力など、長所をさらに伸ばすことにもIDPのプログラムで重点的に取り組んでいます。どのポジションでも、“試合の中でインパクトを残せるか”が重要になりますね」

イングランドサッカーの強さの理由

そして18歳前後から、いわゆる “大人”との試合を積極的に経験させていく。芝本が例に挙げたのは、現在18歳のMFハリソン・アームストロング。エバートンの下部組織育ちで、イングランドU-19代表にも選ばれている逸材だ。昨年にはトップチームデビューも果たしており、将来が期待されている若手である。

アームストロングはU-18で突出した存在だが、成長やレベルに応じて、適切な試合経験を積める環境がきちんと整備されている。ここがイングランドの強みだという。

「ヨーロッパで特に強く感じるのは、18〜21歳までの間のプログラムが整っていることです。

 原則として21歳以下がプレーする『プレミアリーグ2(PL2)』というリーグがあり、PL2だけで最低20試合、プレーオフを含めると24試合の出場機会があります。さらにカップ戦もあるので、実戦経験を積むことができる。ただ、それだけではありません。

アームストロングは昨年U-18に所属していましたが、シーズン終盤にはU-21に昇格しました。しかし彼にとってPL2のレベルは簡単すぎました。そこで最終的にイングランド2部のダービーへレンタル移籍しました。このように突出した才能の選手には、より高いレベルへ挑戦するレンタルのオプションがあります。

 アームストロングは今季、イングランド2部のプレストンにレンタルされ、そこで継続的に試合に出場しています。もちろんエバートンのコーチ陣は、彼のプレーを逐一チェックしています。

 日本のシステムを見ると、19〜21歳の選手がこうした実戦の場を確保するのは容易でないように見えます。あくまでも私の印象ですが。

 日本でも来年からJクラブをベースにしたU-21リーグが新設されると聞きましたが、こうしたリーグをつくる試み自体は、とても良い傾向だと思いますね」

16〜18歳ではIDPを徹底して行うことで成長のベースをつくり、19歳以降は“大人”との試合で競争力のある環境に身を置きながら経験を蓄積していく。もちろんIDPもU-21まで継続して行われる。

人材が湧き水のように輩出されるイングランドサッカー界。もともとの素質に恵まれている側面はあるにせよ、ダイヤの原石を効率よく磨き上げるシステムが機能している。ここに、イングランドの強さの理由がありそうだ。

【連載後編】サッカー選手が19〜21歳で身につけるべき能力とは? “人材の宝庫”英国で活躍する日本人アナリストの考察

<了>

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