サッカー選手が19〜21歳で身につけるべき能力とは? “人材の宝庫”英国で活躍する日本人アナリストの考察
若手育成の“最後の関門”。かつてウェールズ代表でもユース育成に携わり、現在はエバートンU-18のパフォーマンス・アナリストとして活動する芝本悠馬は、「19〜21歳」の時期こそ、選手の将来を左右する重要なターニングポイントだと話す。そこで本稿では、芝本が英国の育成現場で見てきた経験から、なぜこの“ポストユース期”が重要なのか、そして日本の育成年代の選手たちに今求められるものは何かを探る。
(インタビュー・文=田嶋コウスケ、写真提供=芝本悠馬)
U-21リーグに出場している選手の平均年齢は19歳
エバートンのU-18チームでパフォーマンス・アナリストを務める芝本悠馬。これまでウェールズ代表のU-16、U-17 、U-18とユース年代のパフォーマンス・アナリストを歴任した。またイングランド2部カーディフ・シティでもU-16、U-21のアナリストを担当。カーディフではトップチームの分析官も務めた。
日本のユース年代は世界の強豪国と比べても引けをとらない強さを誇るが、いわゆる“ポストユース”と呼ばれる19〜21歳の時期に、ヨーロッパの選手は一気に成長を遂げる。ここで日本人選手との差が開くように見える。では、19〜21歳の年代で差がつく理由はどこにあるのか。
まず、英国のユース年代をつぶさに見てきた芝本の考える「19〜21歳までに身につけておきたい能力」は何なのか。この点から話を聞いた。芝本は語る。
「最近のイングランドでは16歳、17歳でトップチームで活躍する選手がたくさん出てきました。リバプールのトップチームに定着している17歳FWリオ・ングモハもその一人です。
そのため、例えば20歳という年齢は、選手としてやや遅い印象があります。20歳でU-21リーグの試合に出場していたら、『ちょっと遅いよね』という風潮がある。若手選手がプレーするプレミアリーグ2は“U-21リーグ”ですが、実際に出場している選手の平均年齢は19歳ほどです」
19〜21歳までに身につけておきたい能力とは?
では、遅くとも19歳で「トップチームに上がれるか、上がれないか」の方向性が見えてくるということか。日本では大学1〜2年生にあたる年齢だ。芝本は続ける。
「感覚としては、その感じがしますね。ですので、19歳、20歳までに“大人”との試合をしっかり経験しておくことが一番重要かと思います。
これはあくまで私の印象ですが、日本ではこの年代で技術面をすごく取り組んでるように見えます。
ただイングランドでは、技術面にすごく取り組んでるわけではないです。その分フィジカル面に取り組んでいたりもする。
選手もプレーポジションも、人それぞれなので『これが一番大事』という能力は多分ないと思いますが、強いて言えば『大人の試合のゲームスピードに慣れる』ことが大事かなと。19〜20歳の選手に求められるのは、まさにそこの試合経験だと思います。
足元の技術だけで言えば、カーディフのユース選手も十分ありました。カーディフの選手もエバートンの選手も、技術だけを比べれば大きな差はありません。ただ本当に大事なのは、速いゲームスピードの中でその技術を発揮できるかどうか。速い展開の中で自分の力を出さなければいけません。エバートンの選手は、この部分の能力が上です。エバートンに来てから、この違いを強く感じます」
芝本が選手を見るときに重視しているのは、この「ゲームスピードについていけているか」という点だ。技術が足りなくても、フィジカルが弱くても、それを補う別の能力を使って、プレーを成立させられるかが重要になる。
「一番注意して見ているのは、やはりゲームスピードについていけているかどうかです。足元の技術がそこまで高くなくても、フィジカルを使ってスピードに適応できる選手もいる。逆にフィジカルが弱くても、技術でカバーする選手もいる。体の成長が遅い選手もいますから、そこは見極めが必要です。
微妙なラインではありますが、『試合についていけているか?』を育成アナリストとして判断することが非常に重要です」
「伸びる選手に関して言うと…」メンタル面の重要性
芝本によると、イングランドで「育成枠」と捉えられる年代は18歳まで。19〜21歳は若手ではあるがポストユースであり、もはや「育成枠」ではない。この年代は大人との試合に出て実戦経験を積み、プレースピードに適応し、自分の能力を引き上げていく時期になる。
またこの年代では、サッカーへの心構えやメンタル面も、大きな違いとなって表れるという。
「伸びる選手に関して言うと、やはりメンタル面はかなり大きいと感じますね。エバートンにいる選手は皆、ポテンシャルを持っています。U-18チームまで上がってきた選手ですから。
そこから自分に厳しくできる選手は、成長速度が非常に速い。反対に、どれだけポテンシャルがあっても途中でくじけてしまう選手は何人も見てきました。分析でも顕著に出ます。例えば『自分のプレークリップを作ってきて』と伝えても、作ってこない選手はやっぱりいる。そこで大きな差が出ます」
今の時代らしい課題もある。育成年代は成長途上の年齢だが、SNSの普及により、若手であっても世間から大きな注目を集めるようになった。
「すべてのアカデミーに言えることですが、代表のユース年代に選ばれると、SNSで一気に注目を浴びます。パフォーマンスがそこまで良くなくても、注目度だけで『自分は良い選手だ』と勘違いしてしまうケースもある。エゴが出てくる選手もいます。
18歳にしては給与も十分もらえますし、契約金もあります。そこで満足してしまう選手もいるのが現状です。イングランド全体を見ても、そうしたケースは多く、どれだけポテンシャルがあっても開花できなかった選手はたくさんいます。だからこそ、ハードワーキングの精神は非常に大切だと感じます」
万全の育成環境――教育面・心理面のサポートも整備
こうした事態を防ぐため、クラブは幅広いバックアップ体制を敷いている。16〜18歳は日本でいう高校生の年代。エバートンには、学業が疎かにならないようユース年代の教育を担当する常勤スタッフが2人在籍しているという。
芝本は説明する。
「ピッチ外のサポート体制は非常に整っています。教育面もそうです。サッカーと学業をしっかり両立させる。練習後の午後の時間にトレーニング施設へ先生を招き、その場で勉強できる環境を整えています」
このほか、心理士もクラブに常駐している。教育サポートや心理士の配置はプレミアリーグ全体の指針に基づくもので、万全の体制で育成を支えているのだ。
選手一人ひとりの成長に合わせて目標・課題・行動計画を可視化し、選手自身が主体的に成長していくためのプラン「IDP(Individual Development Plan/個別育成プラン)」で成長の礎を築き、選手が試合経験を積んでいくリーグシステムで技を磨く。教育面・心理面のサポートも整備され、選手はサッカーに専念できる。
こうした多面的なアプローチが、イングランドサッカーの育成を支え、選手の成長を後押ししているのだ。
【連載前編】なぜプレミアリーグは優秀な若手選手が育つ? エバートン分析官が語る、個別育成プラン「IDP」の本質
<了>
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