試合前に40キロの宇宙服。「自己中だった私が支える側に」元SVリーガー古市彩音、スタッフ1年目の挑戦
女子バレーボール界の名門・デンソーエアリービーズの新人スタッフ、古市彩音。つい1年前までSVリーガーだった彼女は、いま自治体、企業、学校、メディアを回りながらクラブを支えている。時には40キロの宇宙服を着てイベントに立つこともある。選手からスタッフへ。東北に移転したばかりのクラブの現場で奮闘する“ルーキー”の1年を追った。
(インタビュー・文=大島和人、写真提供=デンソーエアリービーズ)
元SVリーガーの「新人スタッフ」古市彩音
大同生命SV.LEAGUE(SVリーグ)は従来のVリーグを進化させた新リーグで、現行の2025-26シーズンが2年目。男子は2026-27シーズンから、女子は2027-28シーズンからクラブの“プロ化”が参戦の条件になる。
各チームは現在進行系でアリーナ確保、集客、そして独立法人化といった課題に動いている。チームがファン、メディア、パートナーや行政といい関係を築くためには、チームと地域を「つなぐ」人材が不可欠だ。バレーボールに限った話でなく、クラブを下支えする人材の確保と育成は難しい。
バレーボール界を見ると大河正明チェアマンを筆頭にリーグ、クラブとも他競技からの転身組が目立つ。一方でバレーボールという競技への愛、理解がある人材がSVリーグを引っ張るようになるなら、それが理想だろう。
旧リーグ時代から課題として「女子のテコ入れ」があった。今季は佐藤淑乃(NECレッドロケッツ川崎)ら新たなスターが台頭しつつあるものの、カテゴリーとして見たとき男子に比べて「伸びしろ」が大きい。
SVリーグは「女子集客推進アドバイザー」としてJリーグ、Bリーグのノウハウを持つメンバーが立ち上げた「ツーウィルスポーツ(TWS)」を起用している。彼らは2025-26シーズンからデンソーエアリービーズと個別に契約。愛知県西尾市から福島県郡山市にホームを移転して活動するチームに集客、行政との関係作りといったノウハウを注ぎ込んでいる。
古市彩音はエアリービーズの元選手で、同チームの「新人スタッフ」だ。現役時代は群馬銀行グリーンウイングス、デンソーエアリービーズと合計7季プレーしたセッターで、2024-25シーズンに引退。彼女は新たな立場でも早くから重責を負い、経験を積んでいる。練習場や合宿所を愛知県に残すチームに先んじて、2025年12月には郡山市へ転居。TWSから派遣されているスタッフも称賛する成長を遂げている。今回は選手から事務局のスタッフに転身した古市の“活躍”を取り上げたい。

「そろそろ引退かな」群馬銀行5年目、突然の移籍オファー
古市は富山市出身で、富山第一高出身。高3のインターハイ、春高に出場し、どちらもベスト16入りを果たしている。話は完全に逸れるが2013年度は富山第一の運動部が全国に名を轟かせた1年だった。彼女の同級生はサッカー部が第92回全国高校サッカー選手権を制し、野球部は夏の第95回全国高校野球選手権大会で初出場&ベスト8入り。バスケットボール部も全国大会出場を果たし、エースは現日本代表の馬場雄大だった。
古市は高校時代を振り返る。
「富山第一は学校が大きくてスポーツも盛んで、体育館は複数あります。だからバレー部とバスケ部は違う体育館でやっていました。馬場くんと同じ世代ですけど、実は一切話したことがなくて……。高校サッカーは全校応援でバスが出て、大逆転の優勝を目の当たりにして震えました」
そのまま宇都宮大学でバレーを続け、卒業後は群馬銀行に入社。5年目に最初の転機があった。
「そろそろ引退かなと考えていた時期でした。そのタイミングでデンソーエアリービーズのセッターだった松井珠己(現・PFUブルーキャッツ石川かほく)が海外に移籍したんです。彼女は富一の後輩だったんですけど、チームがその穴を埋める選手を探していてお声がけをいただきました」
エアリービーズは旧Vリーグ、SVリーグでも名門に数えられるチーム。古市はそんな新天地で、自身ができる貢献を模索した。
「出場機会はほとんど無かったのですが、『トップのレベルの選手たちのクオリティ』がよく分かり、勉強になった2年間でした。ただ選手としては限界を感じた2年間でもあったかなと思います。セッターは周りとコミュニケーションをよく取るし、みんなの様子、表情を見つつ『お悩み相談』を受けることはよくありました。先輩方も話をしてくれて、一人ひとりとのコミュニケーション量は他の選手よりも多かったですね」

「事務局の仕事やってみない?」突然訪れたセカンドキャリア
2024-25シーズンの終了後に、セカンドキャリアが始まった。
「バレーボール関係の仕事をしたいとか、アカデミーがデンソーにはあったのでそういう道に進みたいな……とか、本当ふわっとした考えでした。そんなシーズンの後半に杉岡(憲)強化部長、福田(実)事務局長と面談する機会があって。そのとき『事務局の仕事があるけど、古市さんどうですか?』とお声がけをいただいたんです。初めて事務局という選択肢を得て、前向きに受け止めました。少し迷ったところもありましたが、2年間すごくお世話になりましたし、正直なところ『デンソーという安定した会社で働けるチャンスはなかなかない』とも思って、お願いした流れになります」
それは先輩後輩とこまめにコミュニケーションを取る気配り、人柄も評価されてのオファーだろう。今の仕事について、彼女はこう説明する。
「メインは地域担当です。福島県庁・郡山市役所のみなさん、パートナーさん、あとメディアの方々と一緒に打ち合わせたり、連携したりして、イベントやホームゲームの内容を詰めていきます。もう一つは広報で、この二つがメインです。一応ホームゲームの運営担当という役割も与えられていますが、そこまではちょっと手が回っていません」
JリーグやBリーグのクラブならば3、4人分の担当範囲だ。新人スタッフが受け持つには率直にいって過大な負荷にも思える。ただそこは元アスリートのエネルギー、彼女の前向きさが生きている。
「入ってすぐですし『これが通常の量なのかな』という気持ちでやっています。一人でやれないことがたくさんある中で、周りに引っ張ってもらいながら、目の前の仕事を精一杯やっています」

「主役」になった40キロの宇宙服姿
2月7日、8日のホームゲーム・ヴィクトリーナ姫路戦は人気アニメ『宇宙兄弟』とのコラボ企画が組まれた。これはエアリービーズをサポートする恋塚唯が所属するTWSメンバーが川崎フロンターレ時代に持っていたつながりを活かしたものだ。さらに郡山の魅力を伝える郡山イチという企画も実施し、郡山市、地元店舗との調整に古市は携わった。
「担当していた和菓子屋さんでは『どういう商品にしますか?』『コラボ商品はできますか?』といった話をしました。『どれくらいの料金がいいですか?』という相談も受けました。当日の駐車券を渡すような細かい業務もあります。和菓子屋さんにはエアリービーズにちなんだ最中(もなか)を作ってもらいました。パッケージにマスコットキャラクターのぶんぶんのロゴを入れたり、エアリービーズカラーのラズベリーをちょっと入れてみたり、ピンクのチョコでコーティングした商品です。あとでお礼を伝えたときには『正直、こんなに売れると思わなかった』と喜んでくださっていました」
彼女が「主役」になったのは、試合前の宇宙服の着用パフォーマンスだ。宇宙服は堅牢に作られていて、重さは約40キロ。歩くだけでもバランスを崩しそうになる重さだ。前日に試着した男性スタッフは、5分入るのが限界だったという。しかし古市は2日とも40分に渡って宇宙服を実際に着用し、無重力をイメージしたゆったりした動きを実演した。
「あれは重たかったですし、めちゃくちゃ大変でした! 当日の1時間前くらいに『誰が着る?』という話になって、着る予定だった人の予定が空かず『私、空いているかもしれません』というような軽い流れでそうなりました。やったのは『アリーナ内で無重力を体現する』というテーマで、月に降り立ったイメージの動きです。『うまくできたら演出が盛り上がるぞ!』という気持ちだけでやっていました」

元選手だからできる“選手との橋渡し”
選手とのつながり、関係性は彼女が持つ強みだ。選手の私物を提供する企画、郡山市内の学校で行う授業やバレーボール教室と、古市の存在はチームと地域、ファンをつなぐハブになっている。
エアリービーズは2月と3月に、福島県事業の一環でもある、県内の子どもたちを対象とした「ドリーム教室」を実施した。
「選手とは授業内容をどうするか、何をプレゼントするか、そういった話をしました。結構難しいかな?と思っていたんですけど、教員免許を持っている選手は子どもへ話すことに慣れていたりしますね。大谷翔平選手の目標達成シートという曼荼羅チャートがあるんですけど、その簡易版みたいなものを子どもたちも一緒にやってみましょう……という実践もやりました」
昨年12月の郡山転居についてはこう説明する。
「引っ越しの話を最初にしたのは夏です。郡山をメインに担当させてもらっていて、週の半分以上はホテル住まいでした。なので、私から『ぜひ郡山に行って動きたい』とお伝えしました。(事務局長の)福田さんも協力してくれて、ようやく引っ越せた感じになります。対面で打ち合わせをできる方が関係性を深められますし、郡山のみなさんもすごくウェルカムなので、本当はもっと早く郡山に入りたかったです」

足を運べば分かる“お祭り”を感じさせる賑わい
レギュラーシーズンは佳境で、エアリービーズはプレーオフ進出に向けてぎりぎりの戦いを繰り広げている。ホーム戦はあと4試合で、郡山・宝来屋ボンズアリーナの最終戦が3月14日・15日のPFUブルーキャッツ石川かほく戦だ(※4月3日・4日のAstemoリヴァーレ茨城戦は福島クラインアリーナでの開催)
「郡山の最終戦は『315』と『最後』みたいな語呂合わせで、今シーズン応援いただいた方たちへの感謝も含めて楽しんでもらえるような企画を考えています。郡山市さんとも連携していますし、あと福島県と連携した『ドリームキッズアリーナ』というイベントをやります。分かりやすくいうとキッザニアみたいに、会場で子どもたちにいろいろな体験してもらう内容です」
例えば地元紙・福島民報とのコラボで、子どもたちがインタビューと撮影を行い、その内容を実際に福島民報の紙面に掲載する「記者体験」のメニューが用意されている。その内容は3月末の同紙で掲載される予定だ。
ここまで積み上げた取り組みは、少しずつ成果も出している。昨季は858人だったホームゲームの平均入場客数が、今季の郡山開催は平均2000人を超えている。3月14日・15日のPFU戦は3000人を現実的な目標として置いている。
宝来屋ボンズアリーナに足を運べば分かるがなかなか「いい雰囲気」だ。街の“お祭り”を感じる多彩さ、賑わいがあり、老若男女が集う場になっている。SVリーグの目指す地域密着が、分かりやすく実現されている。

古市とエアリービーズの「挑戦」の価値
“ルーキーシーズン”の終盤を迎えた古市はこう口にする。
「今までは選手で、どうしても自己中でした。支える側に回って、意識の持ち方、気持ちの持ち方は変えなければいけなかったし、最初は苦戦もしました。でもスタッフとして、事務局スタッフ、(SVリーグから派遣された)TWSの恋塚さんや谷田部(然輝)さんとコミュニケーションを取ることで、気持ちの持ちどころ、自分の立ち位置と役割が少しずつ分かってきました。ホームゲームの企画、準備をして、お客さんとチームのためにやって成功すると、選手とは違う喜びと充実を感じられます。もう少し考えを広げて、自ら動いて企画、イベントができるようになれればなと今は考えています」
選手は間違いなくスポーツの主役だ。プロスポーツのスタッフも大切な役割だが、立場が違う。その切り替えは選手が裏方に回る中で、障害となり得る部分なのだろう。
古市とともに行動し、指導する立場の恋塚はその仕事に臨む姿勢、成長をこう評価していた。
「本当にスゴいと思いますよ。私もずっとスポーツ業界にいて、引退した選手が事業側に入る難しさも知っています。営業、広報から入ることが多くて、地域担当はかなり難しいんですけど、彼女はそれがしっかりできています。いい意味で『元選手感』のない動きができていて、それが成長速度を早めている、人柄も含め郡山の人たちに受け入れられている理由なのかなとも感じます。自分の立ち位置で何をやろうかを常に考えて、心折れずやっていけるメンタルがあります。厳しい伝え方をしても、その後の修正力が高いんです」
選手なくしてプロスポーツは成り立たないが、チームと地域、ファンをつなぐ人材がいなければその魅力は広まらない。今までのバレーボール界に足りないところがあったとすれば、それは「社会とつながる」「スポーツを介して社会課題を解決する」部分だ。古市とエアリービーズの「挑戦」「成長」は、SVリーグの明るい未来を期待させる一つの材料に違いない。
<了>
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