
理系のお父さん・お母さんのためのかけっこ講座② 正しいフォームは「重心移動」と「ベクトル合成」で!
“理系脳”でお子さんが速く走れるようになる。お父さんもお母さんも理解しやすく、「感覚」ではなく「理論」で教えられる『かけっこ講座』。連載の第2回は、走るために不可欠な重心移動のメカニズムとそのコツ、トレーニング方法を解説します。
講師は『マラソンは上半身が9割』の著者で、かけっこ教室も行っている理論派ランニングコーチ・細野史晃さん。「速く走るためのメカニズム」「理に適ったトレーニング」をわかりやすく伝えます。
(構成=大塚一樹)
物体は重心移動によって前に進む
前回、「走る」という動作の基本要素を2つ紹介しました。
今回はその中の「自分の重心を前に移動させる運動(体重移動) 」の要素を詳しく説明していきます。
平らな道に大きくて丸い石があるとします。どんなに球体に近い形でも、地面に傾斜がない限り、このボールが自力で自然と転がり出すことはありません。この石を動かすためには、外から力を加えるしかないのです。人間の場合はどうでしょう? 平らな道に立っていても私たち人間は前に向かって歩き出すことができます。「無生物と生物の違い」があるので、石と人間はまったく違う動き方をしているように思えますが、物体が移動するメカニズムに着目すると、石も人間もまったく同じ理屈で動いていることがわかります。
ポイントになるのが、「重心の位置」です。
静止している石は、重心が物体の中心にあります。この石が移動するときは、外から何らかの力が加わり、石の重心が進行方向に移動したときです。
人間にも同じことが言えます。止まって立っているとき、人間の重心は「体の中」にあります。人間は外からの力が加わる以外にも自ら動き出すことができますが、メカニズムとしては、重心の位置を変化させることで移動するという原則からは外れません。
つまり人間が進行方向に体を動かすためには、重心を「体の外」に出すことが前提になるのです。
私の最初の著書『マラソンは上半身が9割』のメインテーマにもなっているのですが、走るという行為を考えたとき、どうしても「足」を中心とした下半身に目が行きがちです。しかし、これは話の順序が違うというか、本末転倒というか、「速く走るための方法」ではなく、「速く走っている人に起きている現象」を追っているだけともいえるのです。
前回、
①重心を前に移動させる感覚の獲得と強化(重心移動)
②身体を支え跳ね返す軽やかなバネの獲得と強化(バネ)
③全身の動作を合わせるタイミングの獲得と強化(タイミング)
という3つの「速く走るコツ」をご紹介しましたが、この3つを実践すると、自ずと足は速く回転することになります。
子どもたちに「足を速く動かせ!」とアドバイスするのは、「何でもいいからとにかく速く走れ!」と言っているのに近い、結構な暴論なのです。
重心を移動させるためには一度バランスを崩す必要がある
「移動する=走る」の基本的なメカニズムを理解してもらったところで、速く走るコツのなかから「重心を前に移動させる感覚の獲得と強化(重心移動)」をピックアップして話を進めましょう。
物体の重心はその物体の重さのバランスの中心に位置します。進みたい方向に動き出すためにはこのバランスを崩す必要があります。
石でも、立っている人間でも同じですが、バランスが釣り合った中心点、つまり「物体の中」に重心があるうちは物体は動きません。人間が前に進むため、走るためには、重心を進行方向に向かって動かし続けることが必須条件なのです。
ここからは重心の移動のさせ方について説明しましょう。
繰り返しになりますが、進行方向に移動するためには、重心を体の中の安定した位置から体の外の不安定な位置へ動かす必要があります。まっすぐに立っている状態から前のめりになって、斜めに倒れ込む。すると自然と足が出て前に進むという動きは、走り出しの動きをつかむための練習として一般的です。
これを「スタートの仕方」ととらえると、ちょっと困ったことになるのですがそれはまた別のお話。基本的にはこの動きが走るために必要な重心移動の感覚を体で覚えるのに適しています。
前のめりの姿勢を続けて体を前に倒していくと、ある地点でバランスが崩れ、そのまま何もしなければ前に倒れてしまいます。球体と違って人間の体は、進行方向に重心を移動するだけでは前に進むどころか倒れ込んでしまいます。これは地球上には重力が存在するためで、どんなにまっすぐ前方向に出力したとしても自然と力の向きが下方向になってしまいます。
理論上は、重心を絶えず前方に平行移動していれば効率よく前に進むことができるのですが、重力を考慮すると、「斜め上」に力を出す必要があることが分かります。
「ベクトル合成」で導き出される重心移動の方向
高校の数学で「ベクトルの和」「ベクトルの合成」を習ったという人もいるかと思いますが、2つのベクトルを合成する場合、ベクトルAとベクトルBが作り出す平行四辺形(または長方形)の対角線が合力になります。
ベクトルAを重心の移動、ベクトルBを重力とした場合、まっすぐ前に出してしまえば斜め下方向に合力が生まれることがわかりますよね。
つまり、重力(ベクトルB)を考慮しつつ、まっすぐ前に移動するための力を得るためには、ベクトルAを斜め上に出力しなければいけないのです。
ここまでのポイントをまとめると下記のようになります。
・走るとは重心を進行方向に移動させ続けることである。
・重心を移動させるためには「体の中にある重心」を「体の外」に持っていくことが必要。
・重心を移動させるためには体のバランスを一度崩す必要がある。
・バランスを崩す方向は「地面と平行に進行方向」ではなく、「斜め上に向かって引っ張る感覚で」
これで「走るために体をどう動かしたらいいのか?」の理屈はわかっていただけたと思いますが、もちろん理屈だけでは子どもたちに教えることはできません。
大人が頭で「なぜ走れるか?」を理解するのは重要ですが、子どもたちにとっては「じゃあどうしたらいいの?」がすべてです。
私の主宰するかけっこ教室では、走るために必要な重心移動を身につけるために、下記のようなトレーニングを行っています。
トレーニング①“正しいバランスの崩し方”を身につける
重心移動の動きの起こりは、バランスを崩すことにありますが、速く走るためには「正しくバランスを崩す」必要があります。
正しいバランスの崩し方は
・立ち方の姿勢
・バランスを崩したあとの姿勢制御
の2点が重要になります。
立ち方の姿勢は、静止しているときに自分の体をしっかり支えることができているかがチェックポイントになります。「走るのだから静止しているときの姿勢は関係ないのでは?」と思う人もいるかもしれませんが、重心が安定している良い姿勢で立てていないと、バランスを崩したときに行きたい方向に重心が効率よく移動してくれません。
かけっこ教室でも、いきなり走り出すのではなく、子どもたちの立ち姿の姿勢チェックをします。このときフラフラしたり、片足に重心が寄りかかっていたりする子どもは、重心が不安定なためそもそも速く走ることができません。
トレーニング② 正しいバランスを体感するための『引っ張りダッシュ』
2つ目のチェックポイントはいざ動き出すとき、バランスを崩したあとに姿勢が制御できるかどうかです。これが苦手な子は、フォーム以前に走り方が不安定だったり、バランスを崩した時点で転びそうになったりします。走り出す際にはバランスを意図的に崩すわけですから、崩したあとにどんな姿勢を取ればバランスが保てるか、あえて“理系脳”の言葉で説明すれば、「重心移動と重力のベクトルが釣り合う場所、ベクトル合成が進行方向に向かう場所を見つけられる」状態に持っていく必要があります。
ちょっと難しいですよね。
そこで、お子さんと一緒にできるバランスを崩すトレーニングを1つ紹介したいと思います。
まず、子どもには「いい姿勢」で立ってもらいます。次に親は子どもの前に立って両手を握ります。その両手を「斜め上方向」を意識して軽く引っ張ってあげます。
これで外からの力によってバランスが崩れることになるのですが、子どもがこういう状態になると、転ばないように自然に足が出るはずです。
子どもには事前に「踏ん張らないでそのまま前に進んでいいよ」と伝えておきましょう。加速をつけるために引っ張るわけではないので、「斜め上方向に少し力方向を向けてあげる」ことを意識して、あくまで軽く引っ張る感じでやってみましょう。
これを体験するだけで、重心移動時の正しいバランスの崩し方が体験できます。
次の段階では、子どもの斜め前に立ち、片手で引っ張るようにして走り出しを補助します。子どもはそのまま走っていけばいいのですが、この動きを繰り返すことで、進行方向にバランスを崩しつつ、姿勢を制御しながら前に進む感覚が養えます。
大人が理論を理解した上で、このトレーニングまでたどり着けば、走りの基礎の半分以上が身につきます。
お子さんの走りを見て「なんかアンバランスだな」「なんかもっさりしたフォームだな」など違和感を感じることも多いと思いますが、「きれいなフォーム」をいくら口で説明しても、また「あなたが考えるきれいなフォームを実演して見せて」も、子どもが正しいフォームを身につけることはできません。
バランスの崩し方、姿勢制御の仕方をトレーニングできれば、自然と理に適ったフォームが身につくのです。
速く走るためには重心移動がなくちゃ始まらない。まずはこのポイントをおさえて、子どもたちと「自分にとって一番効率の良い走り方」を探ってみてください。
<了>
PROFILE
細野史晃(ほその・ふみあき)
Sun Light History代表、脳梗塞リハビリセンター顧問。解剖学、心理学、コーチングを学び、それらを元に 「楽RUNメソッド」を開発。『マラソンは上半身が9割』をはじめ著書多数。子ども向けのかけっこ教室も展開。科学的側面からランニングフォームの分析を行うランニングコーチとして定評がある。
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