理系のお父さん・お母さんのためのかけっこ講座④ 速く走るための“リズム感”を手に入れよう!
運動が苦手でも子どもたちにかけっこが教えられる? かけっこを「理論」で教える連載『かけっこ講座』の第4回のキーワードは、リズムとタイミング。“理系脳”にスイッチを入れると速く走る方法が見えてくる?
『マラソンは上半身が9割』の著者で、かけっこ教室も行っている理論派ランニングコーチ・細野史晃氏は、「リズム感は天性のものではなく、誰にでもある鍛えられるもの」だと言います。
(構成=大塚一樹【REAL SPORTS編集部】)
速く走るための「バネ」を理解する
「バネがある」「バネのように弾む」動きは、どんなアスリートにとっても褒め言葉でしょう。現在、陸上長距離界を席巻している「厚底シューズ」も、その反発力に着目し、「跳ねるから速い」のだと理解している人は多いのではないでしょうか。
厚底シューズの活躍を目の当たりにして「靴底にスプリングを仕込んでいるいようなもの」という批判がありました。しかし、靴の底に上方向に飛び上がるためのバネを仕込んでも速く走れるようにはなりません。ナイキ社のヴェイパーシリーズが画期的だったのは、斜め上方向に身体を送り出すランニングフォームを、シューズの機構でサポートしたことにあります。
走るという動作は、
・自分の重心を前に移動させる体重移動
・片足交互ジャンプの連続
の2つの動作で成り立っています。
さらに“速く”走るためには
①重心を前に移動させる感覚の獲得と強化(重心移動)
②身体を支え跳ね返す軽やかなバネの獲得と強化(バネ)
③全身の動作を合わせるタイミングの獲得と強化(タイミング)
の3つの要素が必要になります。
厚底シューズは、シューズのつま先とかかと部分の高低差で①重心移動を容易にし、スプーン状のシューズ形状とカーボンプレートで②バネを得ています。力学的にはこれで前に速く進むためのパワーは得られるのですが、この力をうまく推進力に変えるためには、もう一つ重要な要素があります。それが③タイミングです。
パワーを最大限に発揮する最重要項目は「タイミング」
人間の動作は脳から命令が発せられてからどんなに速くても0.1秒はかかるといわれています。陸上のフォルススタート(フライングスタート)の機械判定もこのデータをもとに、スタート音から0.1秒以内にスターティングブロックに一定の荷重の反応があるとフライングの判定をするように設定されています。
0.1秒が人間の限界かどうかはともかく、鍛え込まれたアスリートでも脳からの電気信号が手や足を動かし、運動になるまでにはタイムラグが発生することは間違いありません。
子どもたちの中にも、「どうにもリズム感が悪い」「手と足の動きがバラバラ」という動きをしているように見受けられる例もあるでしょう。大人はついつい、外から見た感覚で「ハイッ、いまっ」「ここで力を入れて!」などと声に出してタイミングを伝えようとしますが、外から見た「いま」と子どもたちが動かなければいけないタイミングには当然ズレがある上、声に気をとられてしまうこともあり、こうした指導はかえって子どもたちの混乱を呼びます。
では、速く走るために「全身の動作を合わせるタイミング」を獲得するためにはどんな練習が有効なのでしょう?
リズム感は身体の重さを感じることで養える
物理的には「斜め前への重心移動」と「バネを使って跳ねる力」が重なった瞬間が、もっと推進力を効率的にえられるタイミングということになります。
人間の身体でこの感覚を得るためには、タイミングを“リズム感”で捉える必要があります。リズム感というと、「天性のもの」「センス」のように思えますよね。「ダンスが苦手な日本人にはリズム感がない」なんて非科学的な言説も目にしますが、これは大きな間違いです。
ここでいう“リズム感”を要素分解すると、①重さを感じる力、②身体の協調性、③動作の先取り、④インパクトと脱力の4つに分けられます。
走るために重要なのは、弾むようなバネの動き、つまり「縦のリズム」です。縦のリズムを獲得するためには、重力や自重を感じながら身体の各部位を連動させて動く必要があります。さらに速く走るためには、斜め前方向への重心の移動を見越した動作の先取りも必要です。推進力を最大限に高めるためには、「斜め前への重心移動」と「バネを使って跳ねる力」が重なる瞬間に爆発的な力を加える必要があります。
リズム感について子どもたちに説明するときによく使うのは、「全身をメトロノームにしてみて」というフレーズです。一定のピッチで振り子のようにリズムを刻むメトロノームになりきることで、リズムと身体の重さ、重力を感じられるようになるのです。具体的な練習方法としては、身体全体を振り子のように揺らして重さを感じながらタイミングをつかんでいくものがあります。身体全体が難しければ、まずは腕だけを振って腕の重さを感じる練習から始めるのも良いでしょう。
バネの伸び縮みのタイミングをつかむ「3ステップスキップ」ドリル
今回、速く走るためのリズム間を養うのに最適なドリルとして紹介するのは、
『3ステップスキップ』です。
バネの動きの獲得にスキップが有効なことは連載の中でもお伝えしていますが、今回のスキップで重要なのは、3カウント目に腕を使ってタイミングをとることです。まずは、タイミングをバネに合わせて取るスキップから。
そんなに複雑な動作ではありませんが、まずは手順を示してみましょう。
①任意のスタートラインからスキップを開始
②スキップをしながら「1、2、3」と数字をカウント
③右足が利き足の場合は、1.右足、2.左足、3.右足の順にスキップをする
④3のタイミングで両手を振り上げてバンザイをする
たったこれだけです。動作をかけ声にするなら「イチ、ニーッ、サーーン」くらいの感じでしょうか。
3でバンザイをすることで、子どもたちの身体は自然と上に高く飛び上がることになるはずです。これは足で地面を蹴るタイミングと、腕を振り上げることで得られる力のタイミングがピッタリ合って、それまでよりも上方向へのパワーの出力が高まったから。タイミングを取るときのコツは地面に接地した瞬間ではなく空中にいるときを意識することです。そうすることで「動作の先取り」ができるようになり、タイミングの取り方が一気に上達します。
バネと重心移動のタイミングを合わせるドリル
もう一つ、このドリルの次の段階として、重心移動のタイミングに合わせたスキップドリルがあります。
①任意のスタートラインからスキップを開始
②スキップをしながら「1、2、3」と数字をカウント
③右足が利き足の場合は、1.右足、2.左足、3.右足の順にスキップをする
④3のタイミングで両手を前へ振り出して、前方に飛び出すように動く
バンザイのトレーニングに前方への重心移動を加えたアクションになります。このドリルを行う際に子どもたちには「身体をボール」だと思って、「腕を使って身体を前に投げる感覚で」と伝えています。
ボールを投げるとき、できるだけ遠くに飛ばすためには、真上や水平方向ではなく、斜め上に向かって投げますよね? ボールが放物線を描いて遠くに飛んでいく。身体を前に運ぶときの腕の運動もあれと同じイメージです。速く走るためには斜め上に重心を移動するのがベスト。バンザイでは真上に跳んでタイミングをつかみましたが、次の段階では、バンザイで得たタイミングと少し上に飛び上がる感覚を残しつつ、前方に移動します。
このスキップドリルを続けると、「斜め前への重心移動」と「バネを使って跳ねる力」が重なる瞬間をつかむことができるようになります。
リズムが重要な音楽で考えてみましょう。例えばピアノの鍵盤をゆっくり押し切るように叩いてもいい音は鳴りません。ただ力任せに叩いても、指先でちょこちょこと軽く弾いても同じようにいい音は鳴らず、リズムも取ることができないでしょう。
重要なのは、鍵盤の重さの重さを感ながら弾くこと。運動時の人間の身体も同じで、走る場合は重力も含めた自分の身体の重さをしっかりと感じて、それを利用する感覚を身につけることが重要です。
実はこれは、バットでボールを打つ野球や、ゴルフのような道具を使うスポーツでも同じことがいえます。運動の動作では、動作の中心になる物体の重さを感じて、利用して動くことがポイントになります。
これで、“リズム感”の4つの要素の「①重さを感じる力」が身に付きます。
ドリルにスキップを用いているのは、リズムを全身で感じるため。これによって「②身体の協調性」を鍛えることができます。スキップの最中、足を接地した瞬間ではなく空中にいるときにタイミングの意識を置くことで、「③動作の先取り」ができるようになり、この感覚がそのまま、力を加える瞬間と力を抜く瞬間の認識につながり、「④インパクトと脱力」が身に付くようになるのです。
2つのドリルを繰り返すことで、なんとなく感覚のせいにしてきた“リズム感”の4つの要素が身に付くというわけです。リズム感を得るためのコツは、身体の重さを感じながらリズムと身体の動きを一致させること。『3ステップスキップ』はその感覚を養うのに最適なトレーニング方法なのです。
<了>
PROFILE
細野史晃(ほその ふみあき)
HS総合研究所CEO/所長 。Sun Light History代表、脳梗塞リハビリセンター顧問。解剖学、心理学、コーチングを学び、それらを元に 「楽RUNメソッド」を開発。『マラソンは上半身が9割』をはじめ著書多数。子ども向けのかけっこ教室も展開。科学的側面からランニングフォームの分析を行うランニングコーチとして定評がある。
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