札幌・菅大輝は『松山光』に育まれた 野々村社長が語る“生え抜き”初選出の意義

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2019.06.26

何をもって“生え抜き”とするかにはさまざまな見方があるが、地元生まれ、地元育ちの“フランチャイズ・プレーヤー”の活躍は、クラブにとって、サポーターにとって格別だ。コパ・アメリカを戦う日本代表に選出された北海道コンサドーレ札幌の菅大輝は小樽生まれ、札幌の下部組織育ちという生粋の道産子。コパでの試合出場はなかったが、チーム在籍の生え抜きである菅のA代表初選出の意味、意義について札幌の野々村芳和社長に聞いた。

(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真=Getty Images)

札幌“生え抜き”として初めての日本代表選出

クラブのレジェンド・吉原宏太、鈴木武蔵に続いて日本代表に選出された20歳のMF菅大輝は、クラブ待望の生え抜きのA代表選手だ。

「北海道コンサドーレ札幌として本当にうれしいこと」

2013年に株式会社北海道フットボールクラブ(現・株式会社コンサドーレ)代表取締役社長に就任し、クラブ改革に邁進してきた野々村芳和社長は、菅のA代表選出の価値はクラブにとって特別なものだと語る。

「彼のような選手が下部組織から育ってきて、トップチームで活躍してそのまま日本代表にいける環境ができた。これはトップチームのレベルが上がってきたということでもある。菅のA代表選出はクラブにとっても本当にうれしい出来事」

下部組織育ちの選手がトップ昇格を果たし、移籍することなくそこで活躍する。Jクラブにとって理想的な育成の姿だが、現実はそう簡単ではない。北海道コンサドーレ札幌では、選手育成に特に力を入れてきた経緯がある。その育成プランは徐々に実を結びつつある。

「菅選手に限らず、選手育成はもう10年スパンの仕事です。今回の結果はその一つの成果ですよね」

キャプテン翼との連動企画“松山光プロジェクト”の成果

実際、野々村社長就任後の札幌は、大物選手、外国人選手の獲得よりも、自前の選手育成に重きを置いてきた。その象徴ともいえるのが、2014年に札幌に鳴り物入りで入団した“ヴァーチャル・プレーヤー”松山光とその名を冠した若手発掘プロジェクトだ。

『キャプテン翼』の人気キャラクター、“北海の荒鷲(ワイルドイーグル)”こと松山光が実在のJクラブ、北海道コンサドーレ札幌に“加入”したのが2014年1月のこと。ヴァーチャルとはいえ、北海道出身という設定の松山の加入は、Jの歴史から見れば後発といえる札幌にとってはインパクトのある出来事だった。

「松山光みたいな選手を出したい。そこでいうと、松山君とまではいかなくても、菅選手が一つの成果なんですよね。札幌はなかなか前の方のクリエイティブな選手が出てこない。後ろの方に良い選手が多いけれど、これもまだ代表には届いていない」

札幌が実施する“松山光プロジェクト”は、「松山光入団」の2014年からスタートした。各種特典と引き換えに育成・強化支援金を募るプロジェクトだ。

プロジェクト発足当初は間近に迫った2016年リオデジャネイロオリンピック、2020年の東京オリンピックで活躍する選手の育成を掲げていたが、2020年世代を見据えた選手選考で菅が選ばれたことで、このプロジェクトの一定の成果を得たことになる。

「札幌のトップチーム自体が、Jリーグの中でもっと攻撃的に、クリエイティブにプレーすることで、いまのユース世代、もっと下の世代が『あんなふうになりたい』と思ってくれるようになる。自分たちも菅選手みたいに代表選手になりたい、なれると思えるモデルケースになる。それがやっぱり理想ですよね。菅選手がコパのメンバーに選出されたのを見てそう思った5,6歳の選手がいたとしても、彼らが活躍するにはまだまだ10年以上の月日がかかる。そういう意味では、松山光プロジェクトもそうですけど、育成・強化は継続ですよね」

左サイドを主戦場とする菅は、MF、WB、SBをこなすユーティリティプレーヤー。ジュニア時代から札幌で育った彼は間違いなく松山光プロジェクトの有形無形の恩恵を受けて育った選手だ。その菅が、トップ昇格から時を置かずして札幌には欠かせない貴重な戦力になり、Jでの活躍が認められて東京オリンピックを見据えたメンバー、しかもフル代表に名を連ねた。この事実はJクラブの育成施策、一貫した指導方針の重要性を証明している。

継続だけが未来につながる力になる 札幌の育成を占う大きな一歩

「2014年から毎年。本当に欠かさずやって、松山光レベルに達していないかもしれないけど、菅大輝は生まれてきた。札幌に良い選手が生まれてくる土壌、自前で代表選手を輩出する可能性は上がっているかなと思っています。J1のトップレベルとの比較でいうと、残念ながら資金面でまだ目に見える差がある。うちのようなクラブは下部組織から良い選手が上がってくる循環をつくることも並行してやっていかなければいけないこと」

「菅のフル代表選出はいろんな人を勇気づけた」と語る野々村社長の菅評はどうなのか? そのパーソナリティ、特長について水を向けた。

「本当に小さい頃から見ているけど、けっこう野生児っぽい感じ。小学生の頃から地元の小樽の海に潜って、魚を獲ったり貝を獲ったり。最近の日本の子どもには珍しいんだけど、そういうことを普通にできちゃう。イマドキの子だと思うと希少価値はありますよね。プレーについては野性的な本能でやっている感じはある。そこも良さではあるけど、もう少し判断力、思考力を磨いていったら、すごい選手になれる」

球団社長とはいえ、野々村社長はJの現場を体感しているJリーガー出身の経営者。選手にかける声も重みが違う。

「サッカーの細かいことにはあまり口出ししないけど、『最近お前やれてんの?』みたいなアプローチは割としますね。菅選手の場合は『もっとやれるだろう』というポテンシャルに対するパフォーマンスの期待値のズレみたいなのは結構あったんです。でも、代表に選ばれた次のゲームは、やっぱりちょっと違ったんですよ。外から見ているこちらからすると、思い切ってやれていたかなと。これがいいきっかけになる可能性は大いにあると思っています」

初戦、チリに大敗後は、ウルグアイ、エクアドルと引き分けた日本代表。ベンチから同世代の活躍を見つめた菅は何を感じたのか? 東京2020を目指す自身にとって、そしてなにより育成・強化にクラブの未来の可能性を託す北海道コンサドーレ札幌とって、このコパ・アメリカが新たなスタートになる。

<了>

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