
髙田明はJリーグで何を成し遂げたいのか? V・ファーレン長崎が目指す理想のクラブとは
髙田明氏がV・ファーレン長崎の社長に就任して約2年。倒産寸前だったクラブを経営的に立て直し、認知度を大幅に上昇させた。クラブを着実にステップアップさせつつ、次のステージへ向かって先陣を切って進む氏の経営者としてのスタンスとはどのようなものなのか。
クラブの所在地である長崎を愛し、スポーツを想う髙田明氏に、目指すクラブ経営の形と、V・ファーレン長崎で成し遂げたい夢について、語ってもらった。
(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、撮影=山頭範之)
V・ファーレン長崎を知ってもらうのは社長の役割
株式会社V・ファーレン長崎の社長になられてから2年以上が経ちましたけれど、社長になる前となってからの2年間で、クラブに対する見方、サッカーに対する見方にどのような変化がありましたか?
髙田:V・ファーレン長崎の社長になる前から、スポンサー(株式会社ジャパネットたかた)としてV・ファーレン長崎には関わっていましたし、私が社長を退任した後も、息子(ジャパネットホールディングス代表取締役社長 髙田旭人氏)が引き続きスポンサーを継続していたので、そもそもクラブに対する愛着はありました。ただ、(スポンサーだった)当時は、もちろん本業のジャパネットのことを頑張らないといけない、最優先に考えないといけない、という部分があったし、時間的にもあまりV・ファーレンについて考える余裕はなかった。ただ、今こうしてV・ファーレン長崎の社長になって2年が経過したら、すべてに愛情深くなりましたね。今はサッカーだけじゃなくて、スポーツ全体に興味を持っています。もともとスポーツは好きでしたが、地域によってはラグビーが中心だったり野球が中心だったり違いがあるものだなとか、一方で、やはりスポーツ全体で共通するものもあるなと感じてます。
日本ではやっぱり、まだ野球が圧倒的に人気で、サッカーはまだ野球には全然及ばないんだけれども、私はサッカーに携わって、サッカーの魅力を感じて大好きになりましたから、サッカーを通してみんなを元気にするということが、リアルに自分の心の中に響いてきましたね。
ジャパネット時代はスポーツを見たりするような時間的余裕だったり、精神的な余裕はあまりなかったのですか?
髙田:見るのは大好きで、以前から何でも見てますよ。テニスでも錦織(圭)選手とか大坂なおみ選手とか、(ATPツアー・)マスターズだったら徹夜して見ますからね。タイミング的に見られない時でも、すべて録画して見てます。妻と全部一緒に見るんですけれども、二人して寝不足になるぐらいスポーツは見てますね。
奥様もスポーツがお好きなんですね。
髙田:大好きですね。それが共通の話題で元気になりますよ。でも、(V・ファーレンに)携わって、自分がクラブの中に入ってからは、見て感動するものや、ファン、サポーターの皆さんを見る目が変わりました。
具体的にどのように変わりましたか?
髙田:一緒に喜んでいる時は、自分もその輪の中じゃないですか。でも、やっぱり社長という立場で見た時には、ミッションがまた明らかに違ってきますからね。
ファン、サポーターの中に、ご年配、シニアの方々が喜ぶ姿を見た時に、この方たちは人生の一つのエネルギーをそこから得ているんだと感じ、サッカークラブに触れることによって前向きに生きる人が増えてくる。これがまさしく人生だと思いますし、地方創生していく意味でも大事だなと思います。
また、子どもたちを見ていても、家族で来る、親子で来る、プロの全力のプレーに感動して夢を持つ、そういう姿を見ていて、本当に感銘を受けることが多いです。ホームでもアウェイでも、いろいろな所を歩くので、たくさんの人に語り掛けてもらうんですね。中には「サッカーを見に来て元気になって、病気が治った」という人がいたり、「1週間試合が空いたら、もう待ち遠しくてしょうがない」とか、70、80(歳)のご夫婦が「普段は会話がないんだけど、(V・ファーレン長崎を)好きになった途端、それが共通の話題になって会話が生まれる、非常に楽しいですよ」と。それこそがまさにスポーツがもたらすもので、素晴らしいと思います。
だからこそ、社長になってまだ2年ですが、長崎県の唯一のプロスポーツクラブであるV・ファーレン長崎に対する県民の意識はまだまだ低いと感じています。実際、観客動員数を見ても、まだまだ少ない。J2に降格した途端に、「こんなに差があるか」というほど減りましたし。ただ、本当の原因は成績じゃないんじゃないかと、今ちょっと自分なりに考えているところです。例えば、阪神タイガースなんかは特にそうですが、たとえ負けて最下位だったとしてもあれだけのファンが球場に来る。その違いは何なんだろうと。そこに足りないものを一生懸命、自分なりに考えながら、行動しながら、追い求めていますね。
髙田社長の中で、その答えは見つかりつつあるんですか?
髙田:やっぱり一番はね、「長崎にこういうサッカークラブがある」ということをまだ伝えられていないと思います。例えば以前は、「V・ファーレン長崎」という名前を「ブイ・ファーレン」って言っている人が多かった。今でも、県民の皆さんでもサッカーに興味がない人はたぶん、読めないと思うんですよ。でも、この2年間で確実に知ってくださっている方が増えてきた。「V・ファーレン頑張ってね」と声掛けられること自体、100倍ぐらい増えたと思います。でも、「試合に来たことはありますか?」って10人に聞いたら、一人も行っていなかったりする。まだまだ、そこの部分のギャップを感じるんですが、それでも、認知度はワンステージ上がったと感じています。V・ファーレンについて、しっかりと知ってもらうのは、私の役割の一つだと思っていますので、引き続き取り組んでいきます。
それから、これは長崎での話ではないんですが、昨年1年間はJ1でしたし、全国のサッカーファンの方に知っていただけるようなチームに、少しはなれたのかなと思います。他のクラブのファンの方々も、「自分のクラブが1番だけども、2番目、3番目にはV・ファーレンを応援するよ」という方も多くて。それと、僕らもびっくりしているくらいなんですが、クラブマスコットのヴィヴィくんも今、すごく人気なんですよ。今年のゴールデンウイークに、川崎フロンターレvsベガルタ仙台(5月3日J1 第10節)にお招きいただいたんですが、その時もすごい人気で。そもそも、J1のクラブの試合にJ2のクラブのマスコットが招待されること自体が異例ですしね。
ジャパネットのクラブじゃなく、長崎県民のためのクラブに
髙田社長はご自身で創業されて成長させたジャパネットたかたを、しっかりと事業承継し、ご自身は完全に身を引かれました。ジャパネットを100年企業にするために、とても重要なことだと思うのですが、後進に継いでいくというのが重要なのはクラブチームも一緒ですよね。
髙田:そうですね、特にV・ファーレン長崎の場合、(ジャパネットが)スポンサーを行っていたけれど、2年前に突然倒産の危機があり、それで息子(髙田旭人氏)が何とかしたいということで、私に(社長就任の)要請をした、という経緯でジャパネットのグループ会社になりました。この2年間の中である程度は知ってもらえるようになりましたが、まだまだ本当の意味ではわかっていただけていない方もいる。我々の努力が足りない、ということは前提として、「ジャパネットの会社じゃないか」という認識を持っている方もいらっしゃるのではないかと思っています。
今の日本のサッカービジネスは、ヨーロッパ型ではないので、ビジネスという部分では本当に難しい。現状は21試合(J2 ホーム開催試合数)の収益の中で全部を賄っていかなきゃいけない。正直、普通にやっていてもビジネスとして成り立たないです。
だから私たちは一貫して、「V・ファーレン長崎はジャパネットのクラブじゃなく、長崎県民のためのクラブ。長崎を元気にして、そこからさらに日本に元気を発信するために、ジャパネットの理念も引き継ぎながら、一つの文化をつくっていきたい」と考えていています。それを実現するためのものが、ジャパネットホールディングスが今進めているスタジアム構想なんですね。約500億のお金を行政に頼らず、一企業でやろうとしている。(このプロジェクトが成功すれば)それがまた一つ元気のシンボルとなって、日本全体にもっと拡散して日本が元気になっていく。そういう夢を多分描いていると思うんですよね。思う、というのは、私自身は、スタジアムのプロジェクトには関わってないからです。息子の旭人が中心となってやっています。だから、私はそれを応援していきたいなと思っています。
今はスタジアムには、全く関わられていないんですか?
髙田:はい。私はできる限り、そこにはタッチしないようにしています。なので、実際に動いていることはもうほとんどゼロです。ただ、私はV・ファーレン長崎の社長ではあるので、サッカーに関わることについては報告をもらっています。
髙田社長はこの2年でV・ファーレン長崎を再生させることに成功しましたが、どの段階になったら次に譲ろうと考えているんでしょうか?
髙田:「完成させて譲る」という感覚ではないですね。現状は、ボロボロだった状態から、少しは進化したと思います。ただ、2年間の中でも、最初の1年半というのは、正直、全然進化が感じられない状態でした。でも、やっと今シーズンから光明が見えるようになってきたかなと。だから、極端に言ったら、今年いっぱいぐらいで方向性がきちんと固まれば、もう若手に譲ったほうがいいんじゃないかとも思っています。もちろん、関わりをゼロにするというわけじゃなくて、社長としての役割というのは、違った人でもいいかもしれないなと。私が必要とされるならば、一部を担うぐらいの形ではやるかもしれませんけど、実際は5年やっても一緒なんですよ。課題はどんどん出てくるわけですから。
つまり、課題がすべて解決されることはなくて、一つクリアしたらまた課題が出てくる。生き物みたいなもので、ずっとやっていかなきゃいけないんだけれど、それでも今は光明が見えるようになって、ベクトルが上向きになってきた、ということなんですね。
髙田:そう、だからそういうタイミングで引けばいいと思うんですよ。課題は、エンドレスですよ。例えば、川崎フロンターレさんでも課題はエンドレスで、また次のステージを目指し始めたら課題はいっぱい増えてくるんですよ。だからそこは、次の課題を解決できる人が引き継いでやっていけばいい。そのための応援はしていくつもりです。ただ、僕ももう70歳ですから。企業もそうですけどね、企業をつくる時の経営と、ある程度落ちついた時からの経営とは全然違うから、トップも変わらなきゃいけないんですよ。どちらかというと、私もつくっていくほうは得意でも、いろいろなものを整備していくのは苦手な方なので(笑)。
J2降格したにもかかわらず、スポンサーが増えた理由とは?
僕もずっとJリーグや各クラブに関わってきて、Jリーグクラブの経営って本当に大変だなといつも感じています。稼ぎどころが足りなくないですか?
髙田:足らないですよ。V・ファーレン長崎も、ジャパネットホールディングスのグループ会社となっているから経営は安定していますが、私はその状態をあまりいいとは思っていないんですよ。2年間でクラブの中に自立する姿をつくりたくて、とにかくスポンサーを回りました。その結果、J2に降格したにもかかわらず、J1の時よりもスポンサーが増えたんです。これは本当にありがたいことだし、県民の皆さんの意識の変化だと思います。
具体的に、どれくらい増えたんでしょうか?
髙田:僕は2017年の4月25日に社長になったんですけれど、2016年は全収入が約7億5000万円でした。でも2017年4月の段階ではもう全くキャッシュがなくて、全部使ってしまっている状態でした。もう本当に、給与も出せないような状態で。なので、ひとまず(ジャパネット)ホールディングスから約5億円を投資してもらって2017年の全収入を約11億円にしました。(2017年4月の時点で)スポンサーなどへの営業がすべて終わってしまっていたため、もう集めようがないので、2018年のためにみんな一緒に動きました。それで2018年は全収入が23億2000万円までいきました。チケット収入とかグッズ収入とかもありましたが、一番のメインは当然スポンサー収入で、全体のうちの11億8000万円まで増えました。引き継いだ当時からすれば、スポンサー収入は8億円ぐらい増やしていることになります。
本当にすごいですね! これまで、いろいろなクラブを取材してきましたが、短期間でこれだけスポンサー収入を増やしたケースは他にないと思います。
髙田:私もJ2に降格したら下がるかもしれない、とは思っていたんですが、頭を下げていろいろとお話させてもらったら、現状をよく理解していただいて、結果的にJ1の時のスポンサー収入より増やすことができたんです。会社数は30社ぐらい増えてると思います。だから今年は、本当にみなさんの期待に応えて頑張っていきたいです。
J1の平均的な運営資金を見ると40億円以上は必要なんですが、J2では十数億円です。なので、本当にJ1に帰るためには、J1で戦うためには、まだ10億円以上足りない。それをジャパネットに出してください、というやり方はあまりしたくないんです。県内でも、もっともっと回ったら理解していただけるところがあるはずなんですが、回りきれていない。それでも、新規でスポンサーになってくれた企業の方々が、J2に降格したのになんでスポンサーになってくれたかと言えば、それは長崎県のサッカークラブだからです。「ジャパネットのクラブ」だったら面白くないですよ。1万円でも投資してくれている県民の方々がたくさん集まって、そのお金で勝てた時に、本当の意味での県民のクラブになるのではないでしょうか。僕たちはそれを目指したいんです。
<了>
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PROFILE
髙田明(たかた・あきら)
1948年11月3日生まれ、長崎県出身。大阪経済大学卒業後、機械メーカーへ就職し、通訳として海外駐在を経験。その後実家のカメラ店に入社。支店経営を経て、1986年に独立し、株式会社たかたを設立。1999年、株式会社ジャパネットたかたに社名変更。ラジオショッピングを機にテレビ、紙媒体、インターネットなど通販事業を展開。2015年、社長職を息子・旭人氏に委ねて退任。2017年、V・ファーレン長崎の代表取締役社長に就任。
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