「目を鍛えると、足が速くなる?」 飯田覚士を世界王者に導いたビジョントレーニングとは?

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2019.10.20

元ボクシング世界チャンピオンの飯田覚士は、現役引退後、ビジョントレーニングと発育発達に合わせた体づくりを融合させたオリジナルプログラムを開発し、これまで多くの子どもたちの成長を目の当たりにしてきた。「認知する力」を育て、自分の軸をつくり、焦点を素早く合わせられたら、例えば子どもが取り組む球技において大きな効果がもたらされ、またスポーツしない子でも足が速くなったというケースもあったという。彼自身が実践し、普及に尽力する、目と体の機能を向上させるビジョントレーニングとは? その具体的なトレーニング方法なども合わせて話を聞いた。

(インタビュー・構成・撮影=木之下潤、写真=Getty Images)

大学からボクシングを始めた飯田覚士は現役時代にビジョントレーニングに出会い、“見る力”の重要性を知った。彼はそのことをキッカケに実力をさらに上げ、WBA世界スーパーフライ級王座にまで駆け上がった。引退後はジムを経営しながら目と体の関係に注目し、多くの子どもにオリジナルプログラムを指導している。

目だけで見るほうがロスも少なくなる

まず、見る力が視力だけではないことに気づいたキッカケから教えてください。

飯田:現役の頃に、あるライターさんから「ビジョントレーニングっていうおもしろいトレーニングがあるんだけど、やってみたら?」と言われたことがキッカケです。最初は「動体視力のトレーニングなんだろうな」と思って、当然ボクシングには必要なことなのでプラスはあってもマイナスにはならないだろうと興味を持ちました。初日、まず視力を測りました。そのあと、速いものを目で追いかけるトレーニングをするのかなと思っていました。
でも、蓋を開けてみると、目を閉じて平均台を歩くとかそういうトレーニングでした。遠近の物体に素早く焦点を合わせるトレーニング、目の前に急にレンズをあてがわれて突然外して焦点を合わせるトレーニング……とにかく、もう帰りは車の運転ができないくらいにヘトヘトに疲れていました。でも、「普段は無意識に目でいろんなものを見ているけど、すごく使っているんだな」とインパクトを受けたことを覚えています。

そこから徐々にご自身なりの理論にたどり着き、現在運営されている潜在能力活性プログラム「ボックスファイキッズ」で子どもたちに普及されているということですね。

飯田:現役時代はトレーナーから与えられたプログラムに沿い、ひたすらスピードや回数を上げることに集中していました。今のように見ることを広く深くはわかっていません。気づいたのは、引退してからです。見ることが子どもの発育発達とか、一般の人にも目がすごく影響していることを知り、独学でいろんな本などを読みあさって、自分の中の「ビジョントレーニングとは?」が変化していきました。
認知する力……根本的な見ることって視力がもちろん大きな要素ではあるのですが、もっと体を動かすことに影響を及ぼすものだと思うようになりました。それが小さい頃の体験に作用し、大人になってからの変化にもつながっていくんだろうな、と。例えば、目の前の景色を当たり前に見ていても、そこには個人差があることに気づいたんです。自分が見ているものと他人が見ているものはまったく違う世界なんですよね。
すごく色鮮やかで立体感のある豊かな景色を毎日見ている人と、色褪せたのっぺり平面的な立体感のない景色を見ている人とは差があるなと。子どもの指導を始めて、いろんな見え方を聞いているうちにそう感じるようになりました。だから、このボックスファイでは、基本的にそれぞれの子どもがそれぞれの見え方の中でどう行動しているかで見る力を判断しています。

具体的にどんなトレーニングをしているのですか?

飯田:最近やっているメニューでいうと、距離などの状況は子どもに応じて変えながら数種類のボールを投げ、色や大きさによって叩く、つかむ、よけるというトレーニングをしています。大きなボールが飛んできたら爆弾だからよけよう、黄色のボールは武器だからキャッチしよう、と。その判断の種類は3択の子もいれば、2択の子もいます。観察していると、おもしろいですよ。利き手しか使えない子もいれば、両手を使う子もいます。

どうして子どもに応じて変えているでしょうか?

飯田:理由はいくつかあります。単に視力が悪い子、そして、焦点合わせが苦手な子。なかでも、動くものに合わせることが苦手な子は多いです。手が合わないとか、ずれてしまうとか、距離感が合わないとか……最近増えているなと感じるのは、飛んでくるボールにうまく手が合わせられないこと。距離感も含めて、動く物体に焦点を合わせられない子は増えました。もっと根本的なことをいえば、自分が立っていること自体が不安定な子もいます。バランスが取れずにフラフラしていて1つ目の物体をキャッチしても、「はい、次」と言っている間にバランスを崩しているんです。だから、目が原因の場合も、体が原因の場合もあると実感しています。

焦点合わせのトレーニングはどのように行うのですか?

飯田:このカラーポイントがついたひもは、赤、緑、黄と距離が違うので、ひもの先端の片方を目の前に設定してそれぞれの色に素早く焦点を合わせるだけです。正面に真っ直ぐ伸ばすだけでなく、左右、上下、斜めに角度をずらすだけで360度どこにでもさまざまな角度や距離にカラーポイントを設定することができるので、眼球運動という点ではいろんな動きができます。
これによって「横から来る相手への反応が遅いのは、この角度が苦手だから」など、スポーツをやっている場合、弱点を知ることもできるわけです。野球の打者で例えると、インコースが苦手、アウトコースが苦手、この角度が苦手などを発見することができます。他にも、これは2本の棒を平行に立てて、色の入ったポイントに目を動かしていくトレーニングです。これも上下、左右、斜めにして焦点合わせを素早く行っていきます。

実際、どんどん成長していくものですか?

飯田:焦点合わせが苦手だった子が、5cm手前にある物体にグッと目を寄せられるようになります。それは外眼筋が使えるようになるからです。もちろん普段はこんな近距離で物を見ることはありません。ただ、例えば野球やサッカーで本来100kgのベンチプレスを上げる筋力は必要ないけど、最大値を上げるためにそういうトレーニングをしたりします。最大値を上げることで余力の幅を広げるためです。これは焦点を合わせるトレーニングも同じで、基本の可動域が広いほうが有利に働きます。
やはり顔を動かさずに見たいものに焦点を合わせられるか、顔を動かして焦点を合わせるかでは、スポーツにおいて結果が随分変わります。
全力疾走しながらパッと顔を動かして見るのと、目だけでチラッと見るのとでは0コンマ数秒の差が出ますし、その差が相手に追いつかれるかなど不利な状況を生む原因になります。そして、顔を動かして相手や味方を見ると、明らかにスピードが殺されてしまいます。ビジョントレーニングを続けていくと、その先にある相手の動きを予見する能力が徐々に身についていきます。相手がどんな速さでどの角度から来るのかを見ずに感じられたら、自分のパフォーマンスだけに集中することができますよね? それがゴール前で発揮できたら結果につながります。

目も筋肉で支えられているから凝り固まる

グッと寄り目にして、正常な人はどの距離まで焦点を合わせられるものですか?

飯田:子どもなら、5㎝以内でも問題なく焦点を合わせられるようになります。40歳くらいの人でも10㎝以内なら全然可能です。だから、その距離以上離れて物体に焦点合わせができない人は、目の力が衰えている状態です。現代人はパソコンやスマホで眼球を支える筋肉が凝り固まっているので、目を寄せる力が衰えている人は多いです。
最近は、子どもでも10cm手前の物を見るのが難しいという子は増えています。子どもは俊敏で自分も小刻みに動き回るので、実は、目も動き回って当然なんです。それは遠近を含めて。例えば、友だちとジャングルジムで遊ぶのもめちゃくちゃ目を使っているはずなんです。360度、目も首も使ってキョロキョロすると思いますが、今の子たちはそういう遊びで鍛えることが少なくなっているようです。

日常生活でも見る力が上がると危険を防ぐことができますよね。

飯田:車の運転、自転車の運転も見る力は関係あります。

以前、元サッカー選手の小倉隆史さんが「現役時代は新幹線から外を眺めても看板の文字が全て読めていたけど、引退したあとにふと看板を見ると字が読めなくなっていた」と言っていました。

飯田:『がんばれ元気』という漫画に似たシーンが出てくるのですが、それができる人とできない人はパフォーマンスが変わってきますよね。

トップ選手だと、練習の中で自然に見る力が養われていたわけです。

飯田:例えば、シュートのスピードは小学校、中学校、高校、プロとどんどん速くなるでしょうから、自然にトレーニングがなされた部分もあると思います。でも、本来はトレーニング以外の日常生活が大事なんです。ずっと家でタブレットを見ているとすると、プラスマイナス0ですよね。

体の筋肉が凝り固まるみたいな表現をしますが、眼球も筋肉で支えられているから同じことが起こっている、と。

飯田:ええ。本音は、「ビジョントレーニング=眼筋を鍛える」みたいな捉えられ方はあまりされたくありません。大切なのは、感覚的に動かすことですから。でも、一方で、目は6本の筋肉を緩めたり引っ張ったりしながら動かすことも事実です。だから、医学的にも筋肉が凝り固まる現象は起こり得ることです。焦点合わせも筋肉で調節していることなので、ずっと同じ距離のものを見続けることは体を動かさずに固定していることと同じです。
目は内眼筋と外眼筋によって支えられ、スマホを見続けていると両方が凝り固まる状態になります。例えば、日常生活においても、目の動きが悪くて読書がしにくい、映画の字幕に追いつけないといったストレスを抱えている場合もあります。ビジョントレーニングをした人が、予測変換した字を素早く見つけられるようになったという話はよく聞きます。

ボックスファイに通う選手で、ビジョントレーニングをやってどんな変化があったのですか?

飯田:球技をしている子が一番変化を感じているようです。相手や味方の位置が素早くわかるようになったとか、これはうち独自の事例だと思うのですが、足が速くなったとか。その理由は、ビジョントレーニングの一環として軸づくりに取り組んでいるからだと思うんです。私の考えでは、自分の体に軸がつくられるから正確な距離が測れるんです。ビジョントレーニングというと、どうしても眼球運動に注目が集まりがちですが、ボックスファイでは体全体のトレーニングも同時に行っています。
簡単にいうと、真っ直ぐに立って見る。
視線は直線であり、それが見たいものへの最短距離になるわけです。それができて、自分が立っている環境、空間の中でどこにいるのかがはっきりするのだと思います。バスケットボールやサッカーはチームスポーツなので、相手や味方が入り混じっている中で「今自分がどこにいるのか?」が正確にわかれば「どこに動いたら一番いいパスをもらえるのか?」が判断できるようになります。そのためには、自分の軸がしっかりしないと相手や味方の正確な距離感は測れません。
地面をベースに、自分がこの地面のどこに立っているかを認識できることが基本です。そこから相手を何mの場所、何度の方向にいるかを測ります。これは何が基準かといえば、自分の軸と相手の軸ですし、人はその距離を自然に測っているんです。チームスポーツは味方と相手の数だけ軸があり、それをみんな認識してプレーしています。例えば、その軸がフニャフニャしていたらボヤッとした距離感の認識になります。だから、足が速くなった子も軸がしっかりしたから単純に体の動きが良くなり、さらにゴールまでの最短距離を走れるようになったから速くなったということなんだと思います。

【後編はこちら⇒】

<了>

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PROFILE
飯田覚士(いいだ・さとし)
1969年生まれ、愛知県出身。1988年にボクシングを始める。1997年にWBA世界スーパーフライ級王座に輝く。1999年の現役引退後、2004年に「ボックスファイ」を設立。ビジョントレーニングと発育発達に合わせた体づくりを融合させたオリジナルプログラムを開発し、ボクシングの底辺拡大のみならず、子どもへのスポーツ振興に力を注ぐ。2015年に日本視覚能力トレーニング協会を設立して代表理事に就任。

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