欧米スポーツの金を稼ぐ仕組み「スポーツホスピタリティ」 周回遅れの日本の課題は?

Business
2020.01.08

ラグビーワールドカップ2019で初めて日本で本格的に導入された「スポーツホスピタリティ」。試合の前後に特別な料理やイベント、プレミアムな体験などでおもてなしするこの観戦スタイルは欧米のスポーツ界ではすでに常識となっており、ラグビーワールドカップでも各会場でスポーツホスピタリティパッケージが売り切れるなど大盛況となった。スペースが限られているなどスポーツホスピタリティに向いていないと言われる日本のスタジアムで、いかにして成功を収めることができたのか? スポーツホスピタリティの第一人者、STH Japan株式会社の執行役員の倉田知己氏に聞いた。

(インタビュー・構成=浜田加奈子[REAL SPORTS編集部]、写真提供=STH Japan株式会社)

空間を活用したおもてなしこそが日本独自のスポーツホスピタリティ

ラグビーワールドカップ2019日本大会で、日本で初めて本格的な導入となったスポーツホスピタリティパッケージは売れ行きは好調だったと伺いましたが、課題も残る状況かと思います。もし、今後大型スポーツイベントでスポーツホスピタリティを行う場合はどのような課題がありますでしょうか?

倉田:そうですね。大型国際スポーツイベントを開催する施設そのものにスポーツホスピタリティスペースが多くなく、人気競技の場合は一定以上の費用のかかる仮設施設を作らないとカバーできない状況になっていると思います。

  海外は既存の比較的広いスペースで盛大に開催していますが、日本はスペースが限られているなりに、いかにホスピタリティ空間を演出していくかクリエイティブな発想が求められると思います。日本はテクノロジーを活用したイメージ作り、コンセプト作りは得意分野ですので、消防法などに配慮しながら、例えばコンコースやスタジアム座席の傾斜によって生まれた三角の空きスペースなどもクリエイティブに演出できたら面白いと思います。 

スタジアム、アリーナ内に足を運んだ一般のお客さまの導線に今までに見たことのない空間ができることによって、スポーツホスピタリティの認知度が急速に増すと思います。

倉田:スポーツホスピタリティの存在を、スタジアムやアリーナに来場した一般の方にどのようにアピールをするかもしっかりと考えたいと思います。

海外だとスポーツホスピタリティは広い空間を大きく使って開催するのが一般的かと思いますが、日本では限られたスペースをうまく演出することが日本らしいおもてなしを伴うスポーツホスピタリティになってくるということでしょうか?

倉田:多分、ホスピタリティ空間を意識したスタジアムやアリーナが本格的に出現するまで、むこう10年ほどはそういった発想が必要かと思います。スポーツホスピタリティの価値やビジネスモデルが企業やスポーツコンテンツホルダーに認識されるようになると、今度新しいスタジアムやアリーナを作る時に欧米並みに広いホスピタリティスペースを備えるようになる可能性はあると思います。今はスポーツホスピタリティの黎明期で世の中に広めている段階です。今回、ラグビーワールドカップはおかげさまで成功に収めました。それにより今までにないビジネスモデルが生まれたと思います。また、地域でのホスピタリティはその地のモデルケースになると思っています。例えば、食事も郷土料理を提供したり、地元のデザイナーや職人に特典グッズの作成を依頼したりといろいろ工夫できると思います。こういった大型イベントに限らず、地域観光のアピールにもなると思います。

メインターゲットは富裕層

今年行われた日本開催のラグビーワールドカップのホスピタリティチケットはどのように価格設定したのでしょうか?

倉田:価格に関しては、前回大会と比較しながら設定しました。一般的に日本は海外に比べると富裕層向けの商材が少ないと言われています。例えば都内のホテルの客室「数」は基準を当てはめていくと問題ないと言われていますが、インバウントの観点から、富裕層や招待客にふさわしいグレードのホテル数が比較的少ない。数はあったとしてもスイートルーム、ビジネスラウンジ付きのルーム以上のグレードの割合が低いのです。スポーツ面でも高価格でも他とは違う観戦の仕方、リラックスした雰囲気で観戦を希望される層はいると考えています。国内もしくはインバウンドのスポーツが好きな富裕層向け商品開発・販売することで、売り上げを伸ばすことで、最終的にスポーツクラブやリーグの発展に還元されていくことになれば、積極的に購入いただけると思うんです。そういう仕組み作りは一気通貫でやっていく必要があると思います。

現場にはスポーツホスピタリティスのスペシャリストが必要

ラグビーワールドカップでスポーツホスピタリティパッケージを購入したお客さまが満足したら、2020年以降も日本でのスポーツホスピタリティを利用したいと思ってもらえるかもしれませんね。

倉田:そうですね。ここ数年が非常に重要で、単なる高価格の法人向け、富裕層向けの観戦チケットというイメージで終わってしまうのか、そうではなく記念日などの特別な日に年に1回チケットにお金をかけてみようとか、そういう世界になってくると欧米並みに個人も法人も購入が増えると考えます。

今後はスポーツを旅行目的としたスポーツトラベラーをどう日本に呼び込むかも考えていきたいと思っています。例えば、釣りをする人、ゴルフをする人は他のツーリストよりもだいたい20?30%多くお金を使うと言われています。日本にはまだあまり呼び込めていませんが、欧米では一般のツーリストの10%はスポーツ観戦、スポーツをする目的とした人がいると言われています。

  そういう人たちのために例えば、海外ツーリストの相撲観戦の方法ですが、ある国の大統領がマス席に椅子を置いて観戦されていましたね。椅子がいいのかどうかは別ですけど単にマス席ではなく、マス席を外国人の方もちゃんと観戦できるような工夫をすることや食事付き、親方の解説付きとかを行うと相撲協会ももう少し潤うと思います。ゴルフプレーも初めての外国人にとって一番ネックとなるのは移動です。重いバッグを持ってどこへ行ったらよいかわからない状態を、ホテルからゴルフ場まで連れて行きプレーして帰って来るワンストップのプランを提案すれば例えば10万円と言っても売れる可能性もあると思います。そういうものをホスピタリティと言うかは別ですがスポーツのアッパーマーケット向けの商材の一つはスポーツホスピタリティであり、こうしたパッケージを富裕層・高所得者向けに提案できると、日本のインバウンド、日本のスポーツ界を含めてもっともっと発展していくと思います。 

相撲観戦の場合もその時に出ない力士の方と交流するイベントを前後に付けることもできるのかなと思います。

倉田:力士の方に触ってみたいという人結構いますよね。ちょっと押してみたいとか(笑)。だからそういうのをちゃんとプログラムしてあげると、ホスピタリティとして成立するのではないかと思いますよね。

スポーツクラブ、リーグの方は観客を埋めることに注力し、さらにやれることも限られていて、その試合の前後に何かというところまではリソースが回らないと思うので、すごく可能性を感じますよね。

倉田:今のクラブ、リーグにはまだスポーツホスピタリティのスペシャリストがいないのですよね。チケットの販売のスペシャリスト、スポンサー集めの営業のスペシャリストはいますが、その人たちにホスピタリティが行えるかといったらどう手を付けていいかわからないと思います。なので、我々のような会社を巻き込みアウトソーシングをする、そして権利として販売するような仕組み作りを行うことで、クラブ、リーグに対して還元があれば、そんなに悪い話ではないと思うんですよね。海外ではスポーツホスピタリティ専門会社がたくさんあり、サッカーのイングランド協会は協会内に合同会社のようなホスピタリティ会社を作っているというのもあります。いろんなビジネスのやり方があるのでスポーツクラブ、リーグともディスカッションしていきたいです。

もう少し認知が広がってからになるかもしれないですが、大手広告代理店がスタジアム・アリーナビジネスを始めていますが、STH Japanがスポーツホスピタリティの観点でスタジアム、アリーナを建てる前からしっかりと入り込んでそういうスペースをどう確保するのかを供用していくのは可能性としてはあるのでしょうか?

倉田:そうしていかないとなかなか基準が欧米並みになっていかない気がします。今後のスポーツホスピタリティ商品については関係者などとディスカッションを行っていますが、バックヤードがきちんと機能することが重要ですね。ホテルの宴会場を想像してもらうと一番いいですが、お客さまとスタッフが同じ動線上に立ってはいけない、出入口は別、裏側でいろんな配膳を準備するスペース、スタッフが休憩や着替えるところといろいろあるんですよね。そういうのもちゃんと理解してスタジアム、アリーナを建設していかないとスペースだけ確保してもサービスが機能しないんですよね。

スポーツホスピタリティの選択肢は複数ある

観戦チケットの延長線上だという考え方もあれば、単に海外の方や富裕層・高所得者の方のためのもので、それが最終的にスポーツクラブ、リーグにそのお金が流れていくことまでうまく伝わっていないなど、いろいろスポーツホスピタリティについての誤解を正しく伝えていくことが今一番大切なことだということですよね。

倉田:スポーツホスピタリティを波及させるためにすごく大事なことですけど、そのボーダーはすごく曖昧なので型にはめることはしたくないと思いますね。やっぱり、日本のマーケットでどう機能するかというのは大事にすべきかもしれません。今は法人向け、富裕層、高所得者向けの考え方ですが、もしかしたら将来的にも新たな考え方もでてくるかもしれません。

一般的な個人向け、家族向けに需要がある場合は視察を行ったところも参考にしたいと思っています。アメリカのMLS(メジャーリーグサッカー)のホスピタリティを視察した際は家族連れが多く、逆にニューヨーク・ヤンキースはビジネスマンっぽい人たちばかりだったので、多分競技の違い、値段差もあったと思いますが非常にいい比較ができました。MLSは家族向けのラウンジになっていて、子どもの遊び場もあったりしていて個人向け、家族向けにはこういうのもいいなと思いました。

  ただその空間は法人では使いづらい感じになるかと思いますので、そこはちゃんと棲み分けを行いはっきりアナウンスをしていくことによってアプローチが変わっていくと思います。 

やりながら変化していくということですね。では、ラグビーワールドカップを経て、日本の需要についてある程度データがとれたら、2020年以降どういったスポーツホスピタリティを行っていくかにつながっていくのでしょうか?

倉田:そうですね、実際は2020年以降にスタートではなく今もう考え始めないと間に合わないので、実際にいくつかの企業やスポーツ関係者とはディスカッションは進めています。ただ、需要と供給のバランスをうまくとっていかないと、いくら我々がいいものだと思って作っても実際に購入していただく方がいないと意味がありません。購入いただく側のイメージがぼやけていないかなどを綿密にチェックし、調整しながら市場やニーズにフィットするプロダクトを作っていくのが我々の役目だと思っています。

<了>

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PROFILE
倉田知己(くらた・ともき)
1960年生まれ。STH Japan株式会社・執行役員。JTBにてシドニー支店勤務時代の2000年シドニー五輪の現地斡旋本部の責任者として大型スポーツイベントに関わって以来、北京五輪やロンドン五輪をはじめ社内で大型国際スポーツ関連事業に多面的に従事する。現在は英国のスポーツホスピタリティ専門会社であるSTHグループと株式会社JTBが共同出資したSTH Japan株式会社の執行役員としてスポーツホスピタリティ事業を推進する。

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