ダルビッシュ有が驚愕した、「キャッチャーの真実」とは? 「日本は結果論で評価しすぎる」

Opinion
2020.01.17

野球の世界最高峰の舞台、MLBでその存在価値とさらなる進化を見せている、ダルビッシュ有。日本の至宝にして、唯一無二の男が今回、ある人との対談を希望した。SNSでの独自の視点によるキャッチャーの分析が定評で、ダルビッシュをはじめとして多くのプロ野球選手や専門家からの支持を集める、raniさんだ。
トップアスリートと一般人、しかもテーマは「キャッチャー」。ダルビッシュをして「高度すぎて頭おかしくなりそうでした」と言わしめた異例の対談は、MLBの最新動向のみならず、日本野球界の課題をも浮き彫りにした――。

(インタビュー・構成=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、インタビュー撮影=浦正弘、写真=Getty Images)

日本の評価は「結果論」になっている

――まずは、ダルビッシュ選手はなぜraniさんと対談したいと思ったのか、聞かせてもらえますか?

ダルビッシュ:raniさんは他の人とちょっと視点が違って、見ているところがものすごくニッチなんですよね。キャッチャーのフレーミングとかブロッキングとか、そういうところをよく見ていて視点が面白い。「このピッチャーはこう」とか「このバッターはこう」という話はよく聞くじゃないですか? でも、キャッチャーのことを語る人ってあまりいないと思うんですよね。そういうところがすごくいいなと思ったんです。

――視点が面白かったり、納得感があるものだったんですね。raniさんのように、SNS上で知り合った皆さんとこうして直接連絡を取り合っているんですか?

ダルビッシュ:いやいや、そんなことないですよ。ネット上で知り合った方でLINEのアカウントを知っているのはたぶんraniさんぐらいじゃないかな?

――それはすごい。逆に言うと、raniさんはそれだけ自信を持っていいということですね。

rani:ありがとうございます。では、さっそくですが、いろいろと聞かせていただきます。

ダルビッシュ:どうぞどうぞ。

rani:そもそもなんですけど、キャッチャーを評価するって本当に難しいと思うんですよ。しかも難しい割にキャッチャーの評価は守備から入ろうとすることが多い。他の野手は簡単な打撃から評価されるのに、キャッチャーはやたら守備で評価しようとする。だから評価基準が曖昧なまま進んじゃうというような現状があると僕は思っているのですが、日本とアメリカで、キャッチャーの評価の仕方に違いを感じたりしますか?

ダルビッシュ:日本では、なぜか日本シリーズになるとキャッチャーがすごくクローズアップされることが多いじゃないですか? あれってすごく不思議なことだなと。しかも、クローズアップされるキャッチャーはだいたい、「俺がすべてを握っています」みたいな顔をしている(笑)。でもね、実際はそこまでじゃないと思います。日本では打ち取ったら「キャッチャーの配球が良かった」とか言われるけど、アメリカではそんなフレーズ一回も聞いたことがありませんからね。

rani:ああ、そうなんですね。アメリカではキャッチャーのリードがなくて、投げるほうが(球種やコースを)全部決めているというのは本当なんですか?

ダルビッシュ:いや、キャッチャーも考えますけど、最近はデータが発達しているので、ベンチからのサインをもとに投げることが多いですね。でも、打ち取ったらアメリカの場合は「ピッチャーがすごい球を投げた」となる。一方で日本では、「キャッチャーのあの配球が素晴らしかった」となる。その違いはなぜだか知りませんが。

rani:逆に打たれたらキャッチャーバッシングがひどいですよね。配球ってどれだけ理屈を並べても、批判する人は打たれたという「事実」からスタートしていて、(過程は後出しで)何とでも言えるんですよね。適当にそれっぽいイチャモンをつけていれば、(あとは反論されても)「いや、打たれてるやん」と言えてしまう。だから無敵なんですよ(笑)。あれは本当におかしいと思います。

ダルビッシュ:それは本当にその通りです。結果論ですよね。アメリカの場合は、打たれたらピッチャーとキャッチャーの両方が責められますね。なので「なぜあそこにあんな球を投げたんだ?」とか、そういうやり取りは結構ありますよ。

rani:評価基準が曖昧という話ですが、そもそも評価をするということは(評価するための)何かしらの実績がないとできない。要は「(その人が)何をしたか」がわかっていないと評価などそもそもできないわけですよね。まずその「キャッチャーが何をしているのか」すらあまり認識されていないんじゃないかと思うんです。例えばゴールデン・グラブ賞の評価をする人が何を基準にしているのか。フレーミング(※1)とかブロッキング(※2)とか、何をやっているのか(≒仕事量およびその影響度等)からまず明確にするべきなんじゃないかと思うんですよね。
(※1 ストライクゾーンギリギリの球について、審判からストライクのコールを引き出す技術)
(※2 ワイルドピッチおよびパスボールを防ぐ技術)

ダルビッシュ:確かにそうですね。日本はどうやってゴールデン・グラブ賞を選ぶんですかね?

rani:全くわからないんですよ。イメージですかね。

ダルビッシュ:アメリカではフレーミングとか全部を洗い出していますからね。

rani:そうですよね。何をやっているのかわからないのに決められませんから。今年はロベルト・ペレス(クリーブランド・インディアンス)が受賞しましたけれど、MLBのゴールドグラバーの紹介動画にもフレーミングの映像がばっちり出ているんですよ。(そうやって一要素として当たり前に認知されているわけで)やっぱりそういうところはすごいなと思って。

ダルビッシュ:そういう意味では日本の評価基準ってわかりづらいですよね。実は僕も日本で2回ゴールデン・グラブ賞をもらったことがあるんです。でもはっきり言って僕は牽制もしないし、守備もそんなにうまいわけじゃない。それなのにイメージだけで日本ではゴールデン・グラブ賞が取れてしまう。他の野手でもそうかもしれないですね。

キャッチャーの「守備機会」は野手の20倍以上、破格の貢献度

rani:「なぜフレーミングが大事なのか?」という話は僕は何回もしているんですけど、一番わかりやすいところで言うと、守備機会ってあるじゃないですか? 「何をやっているのか」という観点で言うと、例えば、内野手の守備機会って1シーズンでせいぜい数百回、MLBだと年間で500回、600回ぐらいです。でも「フレーミング機会」って一番多い選手で8000回ぐらいあるんですよ。ブロッキングは5000回ぐらい。これらを守備機会とするならば、キャッチャーって1万回以上の「守備機会」があるんですよね。

ダルビッシュ:ええ、そんなに!?(笑)

――野手の20倍以上ってことですね。

rani:そうです、(一つのプレーの影響度に差はあれど)キャッチャーだけ5桁なんですよ。1万ですよ!? 1万回も仕事をしているのに、それを評価の対象としないなんてキャッチャーに対してとても失礼なんじゃないかと思うんです。だから、(MLBでの)そこを数値化して評価しようという動きはキャッチャーをリスペクトしていればこそ起こる必然だったんじゃないかと僕は思っていますし、日本でもまずはそこからスタートしてほしいと思っていて。

ダルビッシュ:それはそうですね。やったほうがいいと思う。今年、(シカゴ・カブスのキャッチャーの)フレーミングにちょっと問題があるということで、シーズン中に2、3回フレーミングのコーチが来たんですよ。たぶん日本にはそういうのないですよね? いかにいい音を鳴らすかが重視されますし。最近はフレーミングがうまい選手は日本でも多いですけど、僕らの時は音というのがとにかく大事だったので。

rani:実際音ってどれぐらい気になりますか?

ダルビッシュ:僕は昔から全く気にしないです。フレーミングも気にしてなかったけど(笑)。僕の中で初めて「良いフレーミングがこんなにピッチャーを助けるんだ」と実感したのはやっぱりオースティン・バーンズ(ロサンゼルス・ドジャース)でした。ああすごいな、と。

rani: Twitterでも「バーンズのフレーミングが一番です」ってダルさんが発信した時はすごくバズりましたね。

ダルビッシュ:あれはすごかったですよ。

rani:天才的ですよね。ちょっと形も他の選手とは違う。

ダルビッシュ:そう、他と違うんですよ。あれは真似してもできないんじゃないかな? 手首が柔らかいんですかね? 動作が速いし、グローブをピッチャーのほうに見せる受け方をするんですよ。本当にすごいと思いましたね。

rani:バーンズとフレーミングについての会話はしましたか?

ダルビッシュ:当時は詳しくはしなかったですね。「フレーミングうまいね」「ははは」って感じのやり取り程度で。今思えば、ちゃんと聞いておけばよかった。でも、「誰にフレーミングの技術を教わったの?」ってことは聞いたんですよ。そうしたら「マイナーの人に教えてもらった」って感じのことを言っていました。あれはやっぱりバーンズの才能の一つなんだろうと思いますね。

キャッチャー経験のないキャッチングコーチ!? MLBで見られる最新の動向

rani:専門のコーチを呼んだりするくらいですから、球団の考えとしてもキャッチャーに求められることって変わってきている部分もあるんですか?

ダルビッシュ:僕がメジャーリーグに来た頃は、フレーミングという概念がほとんどなかったですからね。みんなそんなこと考えてなかったし、キャッチャーのフレーミングが悪いなんて言葉も選手間では一切出なかった。でも今は当たり前のようにそういう言葉が出るし、「あいつのフレーミングはこうだった」「こいつのフレーミングはすごい」とかも聞こえてくる。メジャーリーグもそういう時代になってきていますね。僕が来てからの間でも、キャッチングという部分でもすごく進化しているといことですね。

rani:フレーミングは「常識だ」とミネソタ・ツインズの(日本人)コーチの方もインタビューで話していました。

ダルビッシュ:でも意識の高い球団とそうでもない球団が結構はっきりしているんですよね。ドジャースはそういうのを大事にしていた。球団によってまだバラつきはあるけど、ただ30球団が全体的に同じ方向に向かっている感じがありますね。

――それって、メディアの力も大きいんですか?

ダルビッシュ:それよりも数字のシステム化のほうが大きいかもしれません。アメリカでは、具体的にこれをやれば数字が上がるというのがわかるようになっているし、それによって年俸が上がりやすいから、選手にとってのモチベーションになるという部分はあると思います。日米を比較すると、向上したいという気持ちがアメリカのほうが高い気がしますね。

――それではどんどんレベルの差が広がっていってしまいますね……。

ダルビッシュ:そういった差がいろいろな分野であるから、日本の野球とアメリカの野球はどんどん差が広がってしまっているんだと僕は思っています。

rani:フレーミングのことを考えても、トラッキングデータ(投球の軌道や変化量等を機械で取得したデータ)は絶対に公開したほうがいいですよね。キャッチャーのレベル向上という意味では、実際にうまい人、うまくない人の比較ができたほうがアマチュアの選手の参考にもなるわけですから。次に、メジャーの球団がフレーミングについて実際にどういう指導をしているのかについてもお聞きしたいんですが。

ダルビッシュ:いや、僕は見ていないんですよ。指導が入るのが試合中とかなんでね。でも、そういう点においてカブスは今のところは最先端ではないような気がしますね。データの扱いなんかはすごいけど、フレーミングなどに関してはまだまだ。ほら、バーンズが練習している動画があるじゃないですか? ああいうことはたぶんまだやっていないんじゃないかな。

rani:そうなんですね。フレーミングの指導という話では最近面白い動きがあります。ツインズにタナー・スワンソンというキャッチング・コーディネーター(専門コーチ)がいるんですが、もともと大学でコーチをしていたところツインズに引き抜かれ、マイナーリーグでコーチをしていんたんです。そしてマイナーの選手の技術をものすごく向上させたと評判になって上に上がったんですね。面白いのが彼はキャッチャー経験がないんですよ。だから、インタビューで言っているんですけれど、「自分には先入観が全くない。誰かに教わったことが一切ないから、自分は何にも影響を受けずに指導ができる」と。そして昨季、実際にミッチ・ガーバー(ツインズ)のフレーミング数値を(117人中)ワースト8位から平均以上に引き上げたんですよ。その指導力が買われてニューヨーク・ヤンキースに引き抜かれました。

今やそういう(ゼロからキャッチングを研究し、創り上げるような)コーチもいるわけですから、アマチュア選手も(過去にどう教えられたかとか、一般的な考え方にとらわれず)自分で考えて技術を向上させられる。こういう人たちは練習法をTwitterなどで公開してくれているので、動画を見たりしてどんどん学んだらいいんじゃないかと思うんです。

ダルビッシュ:(タナー・スワンソンのTwitterアカウントを見て)へー、初めて見た。今フォローしました。

rani:ヤンキースに引き抜かれたことは結構話題になりましたね。

――キャッチャー経験者じゃなくても専門のコーチになるというのはすごいことですよね。

rani:そうですよね。

ダルビッシュ:ちょっと待って。サッカーって、FWとかDFとかポジションがあるじゃないですか? じゃあ、FW専門のコーチとかっているんですか?

――そういったコーチはほとんどのチームにはいないですね。

ダルビッシュ:GKのコーチは?

――GKコーチは必ずいます。

ダルビッシュ:今の話と同じように、GK経験がないのにGKコーチになっている人もいるんですか?

――おそらく、いないと思いますね。

ダルビッシュ:なるほど。それがここでは起こっているんですね。先入観なく指導ができると。

<後編へ続く>

【後編】ダルビッシュ有が明かす「キャッチャーに求める2箇条」とは?「一番組みたい日本人捕手は…」

[連載第4回]ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」

[連載第3回]ダルビッシュ有を支える仮説と検証。「1日に5個、6個の仮説を立てて試します」

[連載第2回]ダルビッシュ有が「YouTuber」を始めた理由とは?「野球でもYouTubeでも、成功の原理は応用できる」

[連載第1回]ダルビッシュ有が「悪い霊が憑いてるんじゃ」とすら思った不調から立ち直れた方法とは?

[5月連載]ダルビッシュ有が考える、日本野球界の問題「時代遅れの人たちを一掃してからじゃないと、絶対に変わらない」

[5月連載]ダルビッシュ有は、なぜTwitterで議論するのか「賛否両論あるということは、自分らしく生きられてる証拠」

[5月連載]ダルビッシュ有はなぜゲームにハマったのか?「そこまでやりたくない時でも、今はやるようにしてます」

[5月連載]ダルビッシュ有が明かす、メディアへの本音「一番求めたいのは、嘘をつかないこと」

PROFILE
ダルビッシュ有(ダルビッシュ・ゆう)
1986年生まれ、大阪府出身。MLBシカゴ・カブス所属。東北高校で甲子園に4度出場し、卒業後の2005年に北海道日本ハムファイターズに加入。2006年日本シリーズ優勝、07、09年リーグ優勝に貢献。MVP(07、09年)、沢村賞(07年)、最優秀投手(09年)、ゴールデン・グラブ賞(07、08年)などの個人タイトル受賞。2012年よりMLBに挑戦、13年にシーズン最多奪三振を記録。テキサス・レンジャーズ、ロサンゼルス・ドジャースを経て、現在シカゴ・カブスに所属している。

PROFILE
rani
独自の視点による野球の分析をSNSで発信。特にキャッチャーの技術論には定評があり、ダルビッシュ有をはじめ多くのプロ野球選手や専門家からの支持を集める。Twitterアカウント:@n_cing10

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