「世界最高の選手」モドリッチを生んだディナモ・ザグレブ「未来予測型」育成哲学
サッカーの「育成大国」として知られるクロアチア。中でも、名門ディナモ・ザグレブは2018年FIFA最優秀選手賞受賞のルカ・モドリッチをはじめ、2018 FIFAワールドカップ ロシア大会の準優勝メンバーに10人を送り出したことで有名だ。
ディナモの下部組織ではプレーのどのような面を重要視し、どのような考え方で選手を育成し、成長させているのか? ジュニアユースの指導にあたるツルニッチ・フルワォエ氏が「良い選手が出てくる理由」を語る。
(文・撮影=鈴木智之、写真=Getty Images、取材協力=ユーロプラスインターナショナル)
ロシアワールドカップに最も多くの選手を輩出したアカデミーとは?
2018年のFIFAワールドカップ・ロシア大会で、もっとも多く選手を輩出していたアカデミー(育成組織)がどこか、ご存知だろうか? それはFCバルセロナでも、バイエルンでも、チェルシーでも、マンチェスター・シティでもない。
クロアチアのディナモ・ザグレブだ。準優勝を収めたクロアチアはルカ・モドリッチやデヤン・ロヴレン、シメ・ヴルサリコ、マテオ・コヴァチッチなど、10人がディナモ・ザグレブのアカデミー出身。ワールドカップ登録メンバー23人のおよそ半数である。
世界に名だたる育成組織を持つディナモ・ザグレブは、どのような指導哲学のもとに、優秀な選手を次々に輩出しているのだろうか? ディナモ・ザグレブのジュニアユースで指導する、ツルニッチ・フルワォエ氏は言う。
「クロアチアは、サッカーがナンバーワンスポーツ。小学校の授業でバスケットボールや他のスポーツもしますが、自由時間はみんなサッカーをしています。日本の学校体育は素晴らしいと聞いていますが、クロアチアは学校の教師がスポーツに関してそれほど知識がないので、多くの子どもがクラブでスポーツをします。ディナモには、6歳から参加できるサッカースクールがあります」
クロアチアの人口は約410万人、面積は九州の1.5倍程度の大きさである。ワルフォエ氏によると、サッカー協会の登録人数はおよそ9万6000人、加盟チームは1466だという。ちなみに、日本は約90万人、2万8000チームである。クロアチアの登録人数は日本よりもゼロが一つ少ないにもかかわらず、多くの世界的なタレントを輩出しており、2018年のロシアワールドカップでは準優勝という輝かしい成績を残している。

特徴的なインディビジュアルコーチとは?
ディナモ・ザグレブのアカデミーは、U-8からU-19まであり、250人の所属選手がいる。それ以外にもU-6からU-12までのスクールを保有。そこにも250人の選手が所属している。アカデミーにはコーチが21人、フィットネスコーチが6人、GKコーチが5人。天然芝と人工芝のピッチがそれぞれ5つずつある。
特徴的なのが「インディビジュアルコーチ」という役職があること。文字通り、「個人のコーチ」である。
「インディビジュアルコーチは、U-12~U-18まで4人います。U-16までは技術面、U-18までは戦術面を主にチェックして、足りないところを個人課題として与えます。技術でいうと、状況に応じたファーストタッチやドリブル、キックなどです」
技術面でディナモが重要視していることがある。それは「ファーストタッチで斜めにボールを動かすこと」だ。ワルフォエ氏が理由を説明する。
「ファーストタッチでボールを足元に止めると、プレーが遅くなります。トップレベルの選手は3秒間あれば、20m走ることができます。例えば最終ラインでパスを回してビルドアップするときに、3秒のロスがあれば、相手にプレッシャーをかけられてしまいます。スピード化が著しい現代サッカーでは致命傷です」
このように、ディナモでは年齢にともなって段階的に指導をしていき、U-8~U10までは技術。U-12は技術と戦術が半々。U-15から戦術の練習メニューが多くなるという。
「U-15はインディビジュアルコーチとともに、技術練習を別メニューでやります。チーム全体としての技術練習の割合は減りますが、ゼロにはしません。技術の練習もし続けます」
良い選手が出てくる理由は「現在を分析し、未来を予測すること」
ワルフォエ氏に「ディナモから良い選手が出てくる理由はなんですか?」とたずねると、次のような答えが返ってきた。
「良い組織があること。それが大きな理由の一つです。良い組織を作り、そこから良い選手が出てくるのです。この順番を間違えてはいけません。各担当コーチが、自分は今日のトレーニングで何をするか、その選手を成長させるために何が必要かを明確に理解しています。次に大事なのがメソッドです。各カテゴリーで、同じ考え方を持たなければいけません。U-12とU-14で指導ががらっと変わってはいけないんです。我々はトップチームまで、一つのフィロソフィーのもとに指導をしています」
ワルフォエ氏は、柔らかい語り口でさらに続ける。
「次に大事なのが、選手と指導者を選ぶこと。アカデミーの中で指導以外の仕事をしてくれる人も重要です。ディナモの命は選手の育成。現場の指導からフィードバックして、学んだことを周りのコーチや選手に伝えることも大切なのです」
ディナモはどのような考え方で選手を育成し、成長させていくのだろうか。キーワードが「現在を分析し、未来を予測すること」だ。
「良い選手を輩出するために、過去をリスペクトして現代のサッカーを分析し、将来のサッカーを予測します。例えば、現代最高のMFと言われた(アンドレス・)イニエスタと、旧ユーゴスラビアの伝説的選手(サフェト・)スシッチを比較すると、1度のプレーでボールを保持する時間、ボールタッチの回数は、イニエスタのほうが圧倒的に少ない。つまり、スシッチの時代と比べて、サッカーはスピーディかつシンプルになっているのです」
「選手を育成する上で大切なのは焦らないこと」
ディナモでは、現在のサッカーを知るために、FIFA U-17ワールドカップ、FIFA U-20ワールドカップ、UEFA U-21欧州選手権、UEFA 欧州選手権とワールドカップを分析し、それをもとに未来のサッカーを予測しているという。
これは、サッカーの育成以外にも応用が効く考え方だ。例えば、教育やビジネス。過去の流れを読み、いま何が起きていて、将来どうなりそうかを予測して、そのために必要な分野の勉強をしたり、設備投資をして備える。ディナモがしていることは、そのサッカー選手版である。
「偶然ではなく計画的に継続したからこそ、成果が出ました。ディナモにはレアル・マドリードやバルセロナのように、アカデミーに使うことのできる予算が莫大にあるわけではありません。良い選手を作って売ることが経営、強化、育成のもとになっています。クロアチア代表に選手を送り込み、欧州5大リーグで活躍している選手が多いことからも、成果が出ていると思います」
ディナモのアカデミー出身で、最も有名なのがモドリッチだ。昨年度の世界最優秀選手に選ばれた彼は、16歳で加入した。当時から華奢でフィジカルが弱かったが、センスはピカイチだった。
「子どもの頃に大切なのは身体能力ではなく、サッカーセンスです。それは持って生まれたものです。技術、戦術、フィジカル、キャラクターは、指導を通じて身につけることができます。しかし、センスは教えられるものではありません。だから選手を選抜する、重要な選択をするときは、サッカーセンスを重視してほしい。それが結果として返ってくるのです」
ワルフォエ氏は「選手を育成する上で大切なのは焦らないこと」と繰り返す。
「U-12の年代で、世界チャンピオンである必要はありません。目的は大人になって、トップレベルで活躍する選手を育てることです。モドリッチはプロになってからも苦労しました。ディナモに所属しながら成長が遅く、レンタルで3回、他のクラブに出されました。トッテナムに移籍したときは『あんな華奢な選手はプレミアリーグでは通用しないだろう』と言われました。レアル・マドリードに行ったときも『史上最悪の補強』と揶揄されました」
その後のモドリッチは周囲の評価を跳ね除けて、世界ナンバーワンの選手になった。
「彼はサッカーに対する情熱がありました。若い頃は成長が遅く、実力が出せない選手がいるかもしれませんが、人間性が素晴らしい選手は信じて、最後まで指導してもらいたいと思います。サッカーセンスがあり、強い向上心があれば、その選手の可能性を信じて継続的に育てることが、我々指導者のすべきことなのです」
ヨーロッパの小国でありながら、サッカーシーンで確かな存在感を示すクロアチア。選手育成で成果を出し、大国と互角以上に渡り合う彼らの考え方は、より良い選手の輩出を目指す日本サッカー界にとって、大いに参考になるだろう。
<了>
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