「育つ環境は同じでも結果は変わる」 NYタイムズ・次世代リーダーが切り拓くスポーツ心理学の未来
2019年7月にニューヨーク・タイムズが選ぶ「次世代を牽引する世界のリーダー」に選出された株式会社Only1代表取締役CEO 森裕亮さん。経営者のみならず、世界で活躍するアスリートたちが学ぶ『スポーツ心理学習のEQ』の創始者でもある。
創業2年目で急成長を遂げる企業の裏側には、ビジョナリーな視点を持ち、経営と向き合う本物の姿がそこにはあった。スポーツビジネス界のニューリーダーとしての想いを聞いた。
(構成=REAL SPORTS編集部)
「スポーツ心理学習のEQ」が誕生するきっかけとなった一卵性双生児との出会い
新卒で入社した大手スポーツ企業を2カ月半で退職し、選手として活動しながら子ども向けのテニスアカデミーを立ち上げたことが、事業の始まりだったと聞きました。
森:当時、事業をスタートした時は生徒が5名しかおらず、バーテンダーの他にも仕事を掛け持ちしながら生計を立てていました。私自身、「挨拶や礼儀」「目標に向かい正しい努力をする尊さ」など、スポーツという第三の親に育てられましたので、「スポーツ界に何かしら恩返しがしたいけど、何ができるのか」と、必死にもがいていました。
その当時、スポーツ心理学を学ぶきっかけがあったのでしょうか?
森:メンタルを鍛えることの重要性に気づいたのは、当時指導していた一卵性双生児の教え子との出会いでした。顔も体格も生活環境も同じで、唯一異なっていたのが考え方でした。練習での力量は同じでしたが、試合になると兄は結果を残し、弟は力を発揮できていなかったのです。
同じ遺伝子でも、これだけ考え方が異なり、結果に大きく影響を与えるという事実を知りました。スポーツの現場では「心・技・体」が重要といわれます。技術や身体は先天的に恵まれている子どもがいるように、心も先天的に成熟している子どもがいるということを理解できました。
確かに、育つ環境が同じにもかかわらず、考え方が違うというのは不思議ですよね。
森:一方で、事実として、技術と身体は明確な理論に基づいたトレーニングによって後天的に鍛えることができます。そこで、直感的に「心や考え方も明確な理論に基づけば、後天的に鍛えることができるのではないか」と思ったのです。その後、米国のトップ機関で心理系のライセンスを取得し、帰国後は柔道整復師の養成学校で、脳科学や運動生理学、解剖生理学の学びを深めることで、科学的データやエビデンスに基づいた指導理論を確立してきました。
アスリートたちの身体と真に向き合うこと
森:クライアントの一人、フィールドホッケー女子日本代表のアスリートと、海外遠征後のマンツーマントレーニングの時に聞いたことなんですが……。彼女は遠征中にハムストリングスを負傷し、帯同しているトレーナーから病院での診断は不要だという判断をされたそうです。「私はあなたの身体をよくわかっている」「病院の診断ではレントゲンやMRIを撮るだけだから」と。
本来、医者以外の医療類似行為を行う人間は、診断はできますが判断はできません。また、ハムストリングスの中でも、どの筋を負傷しているかによってリハビリの方法は異なります。選手生命を預かる身として、日本のトップレベルの現場であるまじき行為が起きていることに憤りを感じたエピソードでした。
オリンピックの正式種目ですら、そのようなことが現場で起きているのですね。
森:専門領域を極めてきた人間には、本物か偽物かはすぐにわかるものです。私は心理学という切り口からアプローチをしていますが、最終的に「アスリートの身体と真に向き合うこと」は、指導者もトレーナーも普遍的な共通の目的だと思っています。
日本のスポーツ界でメンタルトレーニングが浸透していない理由の一つとして、抽象的なトレーニングとスピリチュアルな要素が多いからだと考えています。そこで私たちは、科学的なエビデンスにのっとった、アスリートにとって真に意味のあるメンタルトレーニングのサービスを開発し、日本のスポーツ界において心を投資対象とされるような未来を築いていきたいと思います。
アスリートとしての価値=セカンドキャリアの保証ではない
東京オリンピックまであと半年に迫り、「2025年までに国内のスポーツ産業の市場規模を15.2兆円まで拡大する」とスポーツ庁が掲げています。森さんはスポーツ産業の現状をどのように見ていますか?
森:スポーツ界の「アミューズメント&エンタメ化」というのは、スポーツビジネスにとっても非常にポジティブな話題だと考えています。アメリカの「ボールパーク」をロールモデルとしたスタジアム中心の街づくりやIT系企業のプロスポーツチームへの参画、従来スポーツではなかった娯楽が「eスポーツ」として普及するなど、スポーツ産業領域も拡大しつつあります。
一方で、私たちがサービスを提供するアスリートは、深刻なセカンドキャリア問題の苦境に立たされているのが現状です。スポーツを支える立場にある「スポーツ産業従事者」に至っては、資格ビジネス化によりトレーナー・インストラクターの市場が飽和状態となっています。
セカンドキャリアに不安や悩みを感じているアスリートに対しては、どういうアドバイスをしているのですか?
森:不安や悩みを抱えているアスリートは非常に多いですね。私たちは、競技生活だけではなくビジネスシーンにおいても応用の効く普遍的なヒューマンスキルを、脳科学の観点から提供しています。スポーツはあくまでも職業の一つでしかなく、アスリートはスポーツを職業とする社会人だと定義づけると、現役時代からセカンドキャリアに向けた本質的な考え方を身に付けていくことが必要なのではないかと思います。
具体的には、自分のキャリアと向き合う際、会社経営と同じく「ヒト、モノ、カネ、情報、時間」という観点で見つめ直す必要があります。どうすれば、人は自分に協力してくれるのかを考えると、「何をしているか」ではなく、「なぜそれをやりたいか」という「理念」を持っているかが重要だと気がつくはず。仕事を通じて何を社会に提供していきたいのかという理念、そしてそれを伝えられるコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力を養うことが、自分にしかないキャリアを形成していくことへの近道だと伝えています。
選手の平均寿命は20代後半という現実に加え、あのイチロー氏ですら40代前半で引退されたという事実が存在しています。人生100年時代を生きる上で、残り4分の3の人生をどのように歩むのか。アスリートとして培ってきたヒューマンスキルを引退後の社会の中で発揮できるよう、働きかけていくことが私たちの使命でもあります。
2020年東京オリンピック・パラリンピック後に求められる心の豊かさ
東京オリンピック・パラリンピック終了後、社会にどんなレガシーを残すかが重要な課題といわれていますね。
森:1964年大会の時にももちろんレガシーがありましたが、その中心は新幹線や高速道路のような高度成長を支えた「ハードレガシー」でした。一方、2020年の日本では、ハードインフラは既に完成しており、経済も成熟しています。この時代に残すレガシーは、「無形のレガシー」が中心になるといわれています。
「無形のレガシー」というと、どのようなものでしょうか?
森:後世に対して好影響を及ぼす文化や教育のような分野のレガシーです。子どもたちに対して、より良いスポーツ教育のコンテンツを残していくことが求められていると感じています。私自身、指導者として長年現場で子どもたちと向き合ってきましたし、幼少期にスポーツが人に与える影響力は偉大なものだと感じています。たとえプロになれなかったとしても、スポーツに携わる中で「EQ」というコンテンツを介して、ヒューマンスキルの向上や心の成長に寄り添っていく「EQ KIDS」というサービスを近い将来展開していきたいと考えています。
また、マイケル・オズボーン オックスフォード大学教授が、2017年に発表された「スキルの未来」でも述べられていますが、AIなどのテクノロジーが台頭する世の中において、2030年以降に重要となるスキルが「戦略的学習力」「心理学」「指導力」の3つだといわれています。
2020年以降は、間違いなく心の豊かさがフォーカスされる時代となります。現在サポートしているアスリートのみならず、指導者や親御さんにも愛され、今後の日本に欠かせないスポーツ心理学習の礎を築いていきたいです。
21世紀を越えた先まで繁栄し続ける、世界最高のスポーツカンパニーを目指す
経営者として、最終的に森さんが目指すゴールとは?
森:自分は何のために生まれてきたのか? 長くても100年弱という与えられた生命を最大限に活用して、自分の人生に一体どんな意味を見出すのか? そんな「自分とは何者なのか」という自己定義への問いに対して導き出された答えが、「スポーツ産業界におけるソートリーダーシップの発揮」です。
「競技・運動・健康」というスポーツ産業構造をリノベーションし、スポーツを介した幸せな未来を実現することが、我々Only1という企業がスポーツ産業界でリーディングカンパニーとして「新しいスポーツ文化を創造する」というミッションにおけるゴールだと考えています。
“新しいスポーツ文化の創造”とは、具体的にはどのようなことですか?
森:「スポーツ心理学習のEQ」というサービスを通じて、アスリートやスポーツ産業従事者のインフラを整備することが、直近の私たちの使命ですが、私にとって最終的なゴールは別にあるんです。
これまでのキャリアの中で指導者として出会った子どもたちの中には、施設に入っている子どももいました。彼らは、「もし生まれ変わったら、健康な身体で思いきりスポーツを楽しみたい」と夢見ています。今後、テクノロジーの進化によりVR(仮想現実)やAR(拡張現実)という「リアル(現実)」とは別の「意識世界」で、身体障がい者や健常者が共にスポーツを楽しめる世界が近い将来訪れるといわれています。
また、言語や宗教、年代の壁をも越えて人々がスポーツを通じて平和を感じられる未来の創造が可能だと信じています。最終的に「意識世界」を形成することができれば、その世界でしかできない新しいスポーツなども生まれ、“新しいスポーツ文化の創造”という使命を果たしたことになるでしょう。
<了>
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PROFILE
森裕亮(もり・ゆうすけ)
1989年生まれ、静岡県出身。幼少期よりテニスに取り組み、大学ではスポーツマネジメントを専攻。新卒で大手スポーツ企業に勤務し、その後テニス選手に復帰。選手として活動しながら岐阜県にてジュニアテニスアカデミーを設立し、指導キャリアの中で米国にて心理系ライセンスを取得、帰国後には柔道整復師養成校に就学。その間『Sports総合medical salon Only1』を設立し、6000人を超える指導実績を達成。2018年に同事業を株式化。2019年には、ニューヨークタイムズが選ぶ世界を牽引するリーダー(New York Times 〜Next Era Leaders〜)に選出され、スポーツ企業の経営者としては歴代初の受賞となった。
●スポーツ心理学習のEQ
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