井上尚弥、幻となったラスベガスデビューの相手、「一点突破」逆転KOの男・カシメロとは何者か?

Opinion
2020.02.28

バンタム級のWBAスーパー王座とIBF王座を保持する井上尚弥(26=大橋)と、WBO王者ジョンリエル・カシメロ(30=フィリピン)による3団体統一戦まで2カ月を切った。いまや名実ともにバンタム級の主役となった井上は、今回の試合について「軽量級のアジア人同士がラスベガスでメインとして扱ってもらえるのは光栄。その分、何を求められているかも重々分かっている」と話している。
世界が注目する“モンスター”に死角や不安はないのか、そして井上が「危険なハードパンチャー」と位置づけて警戒しているカシメロとはどんなボクサーなのか。(※編集注 記事は2020年2月時点。新型コロナウイルスの影響によってカシメロ戦は中止となった)

(文=原功、写真=Getty Images)

WBSS決勝で多くを証明した井上尚弥

井上は2012年10月に19歳でプロ転向後、一直線にスター街道を疾走してきた。特にバンタム級に転向した2018年5月以降の注目度は世界的な広がりをみせたといっていいだろう。

そうしたなか一昨年秋には、階級最強を決めるトーナメント戦「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」のシーズン2に参戦。そこで結果を残したことで評価は揺るぎないものになった。このWBSSバンタム級には4人の現役世界王者、2人の元王者を含め実力者8人がエントリーしたが、WBA王者の井上は初戦で元王者のファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)に芸術的な右を決めて70秒KO勝ち。英国で行われた準決勝ではIBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)から3度のダウンを奪い2回KOで屠った。

迎えた決勝では5階級制覇の実績を持つWBAスーパー王者のノニト・ドネア(フィリピン/アメリカ)と対戦。2回に左フックで右目上を切り裂かれ、9回には右を浴びてキャリア最大のピンチに陥ったが、そうした危機を乗り切って明白な12回判定勝ちを収めて優勝した。11回には左ボディブローで試合を決める値千金のダウンを奪っている。

圧勝が続いていたため未知とされた耐久力や、競った状態での心身のスタミナ、対応力、インテリジェンスなど多くの部分で秀でたものを証明した試合だった。

これを受け階級の壁を取り払ったボクサーの総合評価ともいえる「パウンド・フォー・パウンド」では老舗専門誌「リング誌」で3位、ESPN.comで4位、専門サイトBoxingscene.comでは1位にランクアップした。もちろんバンタム級ではトップだ。

人気・実力を兼ね備えた井上のわずかな不安点

4月10日に27歳の誕生日を迎える井上は、まさに昇竜の勢いにあるといっていいだろう。14度の世界戦(14勝12KO)を含め戦績は19戦全勝(16KO)、KO率は軽量級では驚異的ともいえる84パーセント超だ。身長165cm、リーチ171cmとバンタム級では決して大柄とはいえないが、スピードやパワーに加えドネア戦で経験値も大きくアップ、総合的にみて高い戦力を備えている。

人気も上昇の一途だ。2018年5月のジェイミー・マクドネル(英国)戦は大田区総合体育館に4000人、パヤノ戦は横浜アリーナに1万人の観客だったが、ドネア戦ではさいたまスーパーアリーナに2万2000人の観衆を集めた。アメリカのトップランク社が契約に乗り出したのも自然の成り行きだったといえよう。

そんな井上だが、今回のカシメロ戦に向け不安な点がないわけではない。

真っ先に挙がるのが先のドネア戦で負った右目上の傷だ。もちろん縫合して完治しているが、これまで鼻血さえ流したことがなかっただけに気にはなる。

同じくドネア戦後には眼窩底骨折が判明したが、これは手術せずに自然治癒という方法をとった。医師から問題なしとの診断をもらったうえで本格的なトレーニングに入り、2月中旬からフィリピン人パートナーを相手にスパーリングも行っている。

「(傷と骨折は)まったく問題ないですよ。スパーリングでも違和感はないし」と井上自身は気にした様子はない。

しかし、あくまでも外野の立場からの見方ではあるものの、ドネア戦で負ったダメージそのものも気にならないといったらウソになる。激闘後だけに、もう少し休養期間があった方がベターなのではと考えてしまうのだが。

大舞台で逆転KO連発 一点突破型のカシメロ

対戦相手のカシメロについても触れておこう。フィリピンのレイテ島オルモク市出身のカシメロは2007年6月に18歳でプロデビューを果たし、13年間に33戦29勝(20KO)4敗の戦績を残している。KO率は60パーセントを超える。暫定王座を含め世界戦は14度経験しており、11勝(9KO)3敗という数字を残している。

井上と同様、カシメロも世界3階級制覇王者だ。

最初の戴冠は20歳のときで、ニカラグアでWBOのライト・フライ級暫定王座を獲得している。初防衛戦で暫定王座を失ったあとフライ級でモルティ・ムザラネ(南アフリカ共和国)の持つIBF王座に挑んだが、5回TKOで敗れた。ガードを固めて前に出てくるムザラネに押され、後退を強いられながら徐々に集中力を失って最後は自ら背を向けてしまうという完敗だった。これが唯一のKO(TKO)負けだ。

2016年5月には中国の北京でアムナット・ルエンロエン(タイ)の持つIBF世界フライ級王座に挑み4回KO勝ち、2階級制覇を達成した。その王座を返上してバンタム級に転向し、昨年4月にWBO暫定王座を獲得。その後、井上との対戦をアピールしていた正王者のゾラニ・テテ(南アフリカ共和国)に3回TKO勝ちを収め、団体内のベルトを一本にまとめた。昨年11月のことだ。

テテに勝ったリング上では「次は井上だ! モンスター、俺と戦おう」と対戦を呼びかけた。

6階級制覇を成し遂げているフィリピンの英雄、マニー・パッキャオが代表を務めるMPプロモーションズの所属選手としても知られるカシメロは身長、リーチとも163cmと比較的小柄な選手だ。中間距離から飛び込んで左右のフック、アッパーを顔面とボディに打ち分けるファイター型で、自国を含めて10カ国スタミナ、ディフェンス、タフネスなどは10点満点中7点といったところだが、パンチ力に関しては満点に近いものを持っている。9点や10点が揃っている井上が総合力の高い万能型なのに対し、カシメロは一点突破型といってもいいだろう。

怖いのは、ボクシングの歴史においてそういうタイプが過去に数多くの番狂わせを起こしてきた事実がある点だ。カシメロ自身、先のテテ戦はじめポイントで劣勢のなか何度も逆転KO勝ちを収めている。そのパンチ力と勝負勘は、井上も十分に警戒しなければなるまい。特に前半は最大限の注意が必要だろう。

それらを踏まえたうえで井上は「一発を持っている相手なので、じりじりと中盤から後半にかけて(相手の体力を)削っていくつもり。インパクトのある戦いをして豪快なKO勝ちを狙う」と自信を見せている。

現在、カシメロは米国フロリダ州で集中トレーニングを行っていると伝えられ、試合の1カ月以上前からラスベガス入りの予定と報じられている。井上も4月上旬に試合地に入り、現地の気候に慣れながら最終調整をする計画だ。

決戦の舞台は数々の名勝負が繰り広げられたマンダレイベイ・イベンツセンター。試合まで2カ月弱――ゴングが待ち遠しい。

<了>

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