
浦和レッズの即断即決 「メディアの先には…」コロナ対策に追われるクラブの対応と姿勢
新型コロナウイルス感染症の拡大防止に備え、Jリーグ各クラブがさまざまな対策に追われている。その中で、浦和レッズによる積極的な「メディアやSNSを通じて、ファン・サポーターに届ける仕掛け」が注目を集めている。これまでメディアとの関係が一方通行のように思われた浦和が、この未曾有の難局の中において「対話する姿勢」へと変わりつつある理由とは?
(文・撮影=佐藤亮太)
なぜ浦和レッズはビデオ通話アプリによる取材を導入したのか?
新型コロナウイルス感染症の拡大防止に対する各Jクラブの対応はさまざまだ。
あるクラブはファン・サポーターの見学NG。取材するメディアにも完全非公開。一方で、「こんなときだからこそ」とファン・サポーターの見学、取材ともに許可するクラブもある。
そのなかで、取材態勢において比較的、早い段階で先鞭をつけたのがJ1・浦和レッズ。
2月29日、浦和はメディアに向け、感染症拡大防止のため、ファン・サポーターの見学はNG。メディアには練習取材は許されるものの、選手への取材はNGとする旨を伝えた。われわれ伝える側のメディアにとっては、練習場を訪れ、トレーニングを見たうえで選手に取材し、それをまとめて書き、伝えるのが本分。選手取材NGは正直、非常に痛い。
3月1日、練習場のさいたま市大原サッカー場には4日間のオフ明けとあって多くのメディアの姿があった。目的は練習取材とともに浦和はどんな取材対応をするのか? その確認でもあった。
この日、取材規制をまざまざと体感した瞬間がある。いつも練習後に取材を行っているミックスゾーンが、チームカラーの赤と黒にあわせたプラスチック製のバリケードで仕切られているのを見て、改めて「選手取材NG」という現状を実感させられた。
そのなかで、浦和広報部が行ったのがビデオ通話アプリによる選手取材。画面越しの囲み取材だ。1対1で聞くいわゆるサシの取材はかなわないが、まったく取材できないよりはずっとありがたい対応である。
なぜ、ビデオ通話アプリによる取材を導入したか。この日、午前と午後の2部練習が行われたが、その間の時間、広報部内で話し合いが行われたのだが、その経緯をこう説明する。「本来ならどんな状況でも選手と対面して取材できるほうがいいと考えています。でもこの状況でメディア、そしてメディアを通じて情報を得るファン・サポーターの皆さんに報いるのが僕たちの仕事。なんとか選手一人でも取材できる機会が作れないものか……そう話し合っているうちに、別のスタッフが出したアイデアが通話アプリによる取材です。『それはいいね。やってみよう』ということになり、早速、午後練習の終わりにやってみることにしました」。
「レッズを生きがいにしてくれている人が元気になれないんじゃないか」
この「即断即決」は長く浦和を取材する身としていい意味で驚きだった。
ここからはあくまで私感だが、これまでメディアとクラブの関係は「取材させてもらう側」と「取材させてあげる側」と一方的な関係ではないかと感じていた。つまりメディアとクラブが一緒になって盛り上げる、伝える側をいい意味で利用して、転がしていく、そうした考えが足りないように思えてならなかった。これまでならばおそらく選手取材は一貫してNGで押し切られていただろう。しかし、今回は広報部が独自にアイデアを提示し、すぐに実行したことでメディア側に歩み寄った形となった。
土田尚史チームダイレクターを先頭にクラブ・チームを変えようとするなかで、「対話する広報」へと変わろうとする姿勢が感じられた。
このビデオ通話アプリによる取材。初日はキャプテンであるGK西川周作が対応。その後も練習が公開される日には選手一人ではあるが、取材対応を行っている。この手法がメディアに取り上げられたことで、他クラブから方法や経緯、選手の選び方などの問い合わせがくるようになった。
一方、取材を受ける選手はどうか? DF鈴木大輔は「かなり斬新」と話すとともに「やはり記者の方と対面で話をするのが一番いいですね」と取材後、つぶやいたそうだ。またFW武藤雄樹は対面による取材ができないメディアに対し、「もっと今まで通り、近くで話せたらいいなと思います。僕より記者の皆さんのほうが難しいと思う」と労いの言葉をかけ、さらに「知り合いから『あまり(クラブの)情報が入ってこない』と聞きました。サポーターの皆さんがあまりレッズの状況を知らなかったり、レッズを生きがいにしてくれている人が元気になれないんじゃないかなと自分としては残念な気持ちがあります」と話すなど、現状を仕方ないものと冷静に受け止めつつ、ファン・サポーターへの思いや取材の意義に触れた。
「こうした時期だからこそレッズを少しでも身近に感じてほしい」
浦和レッズの新機軸はこればかりではない。インスタグラムでは練習の様子やトレーニングマッチの一部を配信。今月19日には広報部のアイデアで行われたSNSによるライブ配信『答えて浦和レッズ』にMF宇賀神友弥、DF荻原拓也、DF橋岡大樹が登場。ファン・サポーターからの質問に答えるもので、リアルタイムだけで延べ7299人が視聴した。
「こうした時期だからこそレッズを少しでも身近に感じてほしい」
広報部はファン・サポーターにどのように情報を届ければいいか毎日ミーティングを重ね、模索している。
ただ事態は日々刻一刻と変わっていく。それに伴い、これまで比較的オープンに取材できたものの、更なる感染拡大の影響で取材方法を変えざるを得ないクラブが出てきた。
その一つがJ2・大宮アルディージャ。今月2日に取材に訪れた際、一般非公開ながら、メディアの練習取材および練習後の選手への取材はいずれも認められた。その理由を「クラブで発信できることには限界があります。そのためメディアの方に多くの情報を発信してもらい、ファン・サポーターの方に届けてもらいたい」と語った。
しかし、大宮は今月12日に発表された「日本野球機構・日本プロサッカーリーグにおける新型コロナウイルス感染症対策」を受け、取材方法の変更を余儀なくされた。
大宮では現状今月31日まで練習取材は週2回。選手・スタッフへの対面での取材を中止として、電話での取材あるいは広報が代わってコメントを取る形となった。
その取材方法での初日となった今月18日は練習後、屋外で選手と約20メートルの距離を取り、電話による取材が行われ、キャプテンであるMF三門雄大と高木琢也監督が応じた。
この取材で高木監督は「世界的に難しい情勢になっています。街全体が静かになっているなかで、スポーツの力、サッカーの力で少しでも明るい雰囲気にできるように尽力したいです。(この取材方法について)かなりのリスク管理だと思います。これが普通なことではないので、早く普通の状態に戻ってもらうことが望ましい」とした。ちなみに翌日は20メートルまではいかないものの、同じく少し距離を置いての電話取材となった。
大宮、浦和に限らず、メディアや選手など人との接触がどうしても多くなるのが広報の仕事。感染予防のためロッカールームへの入室禁止などを行い、極力、選手と接触しないように努めている。
今回の取材で一番、響いた浦和広報部の言葉がある。
「メディアの先にはファン・サポーターがいる。その思いはブレずにいたい」
自分たちの力や思いではどうにもならない状況こそ「何かできるはず」と考え、話し合い、メディアを通じて、ファン・サポーターに届けるように仕掛ける姿勢。
スポーツ界にとって未曾有の難局に立たされる今だからこそ、“譲れない信念”が必要なのではないだろうか。
<了>
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