「他でもない“自分の人生”だから」 野中生萌の「ネガティブも受け入れる」自分らしさ
東京五輪で初採用されたスポーツクライミングで初代女王の座を期待される、野中生萌。世界トップクラスのクライマーとして競技で魅せるだけでなく、そのスタイル、信念でも世界中のファンを魅了している。
「自分らしく生きたい」と願う人は、世の中に数多くいるだろう。だが、「自分らしい生き方」とはいったい何か。「野中生萌」として生きる彼女は、いかにして、「自分らしさ」にたどり着いたのだろうか――。
(インタビュー・構成=篠幸彦、撮影=高須力)
誰かと一緒ではなく、「野中生萌」になりたいと…
――野中選手にとって「かっこいい女性像」というのはどういう姿だと思いますか?
野中:人それぞれだと思いますが、自分のやりたいことを全力でやっている人ですね。それは女性に限らず、自分の全力をささげられている人はかっこいいと思います。
――それは女性というより、一人の人間としての生き方、生き様としてのかっこよさというイメージですか?
野中:そうですね。そっちのほうがしっくりときますね。
――キャリアを送る中で、かっこよさとか、かっこいい生き方、生き様を意識している部分はありますか?
野中:ありますね。私の場合はそれがクライミングであること、女性であるということです。そのかっこいい生き方の表現の仕方はクライミングのスタイルだったり、結果だったり、やり方はいろいろあると思いますね。
――野中選手にとってかっこいいクライマーというのは、表現するとどんなクライマーになりますか?
野中:やっぱりスタイルを持っている人、クライマーとしての自分の考えをしっかりと持っている人ですね。ただ、それは言葉で表すというより、感じるものだったりします。
――野中選手は目標に「ただ強いクライマーになること」というのを常々口にしていますが、それも一つのスタイルだと思います。その強いクライマーをもう少し具体的に表現するとどんなクライマー像ですか?
野中:単純に強いクライマーになりたいというのはもちろんあります。ただ、それだけでなく一人の「野中生萌」というキャラクターとして、ファッションがいいよねとか、そう言ってもらえるような存在になれるとうれしいですね。誰かと一緒ではなく、「野中生萌」になりたいと、目指してもらえるようなクライマーになりたいと思っています。
トップクライマーは皆それぞれのスタイルがあり、魅力的
――ファッションという話も出ましたが、野中選手はウェアに対するこだわりはありますか?
野中:競技中は動きやすさで、半袖よりもタンクトップにショートパンツというスタイルを好んで着ていますね。その上で伸縮性があるもの、通気性が良いものなど、機能性や軽さという点も気になるところです。やはりなるべく軽いのがいいのでタンクトップやショートパンツがほとんどになっていますね。
――機能性や軽さのほかに色やデザインの好みはありますか?
野中:色へのこだわりは特にありません。でも今着用している新作のHEAT .RDYは春らしいピンクで好きですね。アスリートとしてはお客さんを楽しませるという意味で、パフォーマンスだけではなく、こうしたファッションもとても重要な要素だと思っています。
――その新作のHEAT .RDYは超冷却トレーニングウェアということですが、色のほかにどのような点が気に入っていますか?
野中:とにかく動いていて違和感がなくて、着心地が抜群な点が気に入っています。お腹周りにゆとりがありながら幅広過ぎず、体に程よくフィットしてくれます。私が大会でタンクトップばかり着るのは、登っている最中にどうしても袖が気になってしまうという理由なんですが、このHEAT .RDYはそれも気にならないですね。軽くて通気性も良くて、汗をかいてもすぐ乾くし、肌にすごくなじむのも気に入っている点です。これから普段の練習でもたくさん着ていきたいと思います。
――さきほどかっこいいクライマーの条件はスタイルを持っていることという話でしたが、野中選手が刺激を受けるスタイルを持ったクライマーはいますか?
野中:トップにいる選手というのは、どの選手もスタイルを持っていて魅力的で刺激を受けますね。本当に人それぞれで同じ選手は一人としていません。例えばリーチのある選手であれば、リーチを生かしたスタイルの登りはその選手の魅力で、魅力の出し方、表現の仕方というのは本当に千差万別ですよね。トップの選手はどの選手もリスペクトしています。
スタイルを貫くのか、壊してでも勝ちにいくのか
――野中選手のスタイルや強みといえばやはりパワフルなムーブだと思いますが、コンペティションの中でお客さんに向けてそういう自分の強みを魅せるというのは意識していますか?
野中:していますね。ただそれで結果が出ないときもありますが(笑)。「この動きでいけそうだな」と思ってもあえて自分のかっこいいと思うムーブを選択してしまうことは結構あります。
――自分のスタイルを崩してでも結果を求めにいくのか、結果が出なかったとしても自分のスタイルを貫くのか、極端にいうと野中選手はどっちのタイプだと思いますか?
野中:それは難しいですね。でも自分のスタイルを壊してでも絶対に勝ちにいくべきときはありますよね。そのときは絶対に勝ちにこだわるべきだと思います。ただ、そこがすべてじゃないと思ったときは、私は自分のスタイルを選びます。
――その自分のスタイルを壊してでも取りにいくべきときというのは、例えばどんなときですか?
野中:本当にがむしゃらで落ちそうで見た目は明らかにダサい、カッコ悪い、つらそう。見映え的には全然かっこよくはないんだけど、でもここを一発で決めたら優勝という場面だったらそれを取りにいく価値はあると思います。昔は登っている中でポジションがいづらいとか、気持ち悪いなと思ったらすぐにやめていたんです。泥臭い試合をするのがあまり好きではなくて。だけど(IFSCクライミング)ワールドカップで結果を出せるようになるにつれて負けにも負け方というのがある、泥臭くても勝った方がいいときもあると思うようになりました。そう思うようになってからは自分のスタイルに反しても結果を求めるときも出てきましたね。
――野中選手が初めて年間チャンピオンに輝いた2018年。最終戦・ミュンヘン大会の決勝の最終課題は、これを登れば年間チャンピオン、登れなければ2位という場面でした。あの場面はまさに泥臭くても勝ちにいくというときでしたよね。
野中:まさにそうでした。あのときは実際にパワー系の課題ではあったんですけど、緊張し過ぎて手がものすごく震えていて、登っているときも自分の振動がわかるくらいでした。登り自体も全然良くなくて、決まったという登りはできていませんでした。ただ、それでも勝ちたいという気持ちでいました。あのとき初めて右肩を痛めたんですけど、肩を壊してでも取りにいきたいと、それくらいの気持ちでしたね。
――その強い気持ちを表現した登りというのは、今の野中選手らしさと言えますか?
野中:そうですね。あれも私らしさだと思います。あの年は本当に勝ちにこだわったシーズンでした。その年によって目標は違うんですけど、2018年は年間チャンピオンを狙っていた年だったので、すべての大会で成績を意識していましたね。初戦の優勝から始まって、そのあと2位が続いて、そのあとの年間チャンピオンまでの道のりというのは常に結果にこだわっていました。そのためならどんな登りでもしようという覚悟でした。
自分も周りを気にしないわけではない
――野中選手のスタイルというのは、こうなりたいと思い描いたスタイルを目指してつくり上げたのか、振り返るといつの間にか今のスタイル、自分らしさがつくり上げられていたのか、ご自身のイメージとしてはどちらですか?
野中:そのときどきでつくり上げられたものだと思います。もともと理想像があったというわけではないです。
――世の中には、自分らしさを表現する上で、そもそも自分らしさって何なのかと思い悩む人も多いと思うんですが、野中選手は自分らしさを表現する上で大事なことは何だと思いますか?
野中:みんな否定的なところから入ってしまうから「自分らしさって何?」と悩んでしまうと思うんですよね。自分が思うようにすることが自分らしさだと思うんですけど、例えば本当は髪を金髪にしたいけど、茶髪が無難だから茶髪にしようとか。でも別にしたいなら金髪にでもなんでもすればいいと思うんです。それがその人らしさだと思うし、その人が気にしているほど周りってネガティブではないので、したいならすればいいのにと思いますね。もちろん、常識の範囲内での話ですけど。
――確かにそう悩む人はあまりに周りのことを気にし過ぎてしまうところがあるのかもしれませんね。
野中:でも例えばそういういろんなことを気にしがちなところもその人らしさで、それも一つの自分らしさの表現の仕方なのかなと思いますね。そういう自分を受け入れることも大切なのかなと思います。ポジティブなところもネガティブなところも、全部自分らしさなんだって認めてあげたらいいんじゃないですかね。私だって周りを気にしないわけではないですけど、これは他でもない“自分の人生”なので、何を言われても自分がしたいと思ったことを貫く。それが私の私らしさだと思っています。
<了>
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PROFILE
野中生萌(のなか・みほう)
1997年5月21日生まれ、東京都豊島区出身。9歳で父親にクライミングジムに連れて行かれたことでクライミングと出会う。2013年、16歳で初めて日本代表入りし、リードワールドカップに出場。2016年、ボルダリングワールドカップ・ムンバイ大会で初優勝、同ミュンヘン大会でも優勝し世界ランキング2位を獲得。同年世界選手権で銀メダル獲得。2018年、年間チャンピオン(ボルダリング)。2019年、ボルダリングジャパンカップ(BJC)、スピードジャパンカップ(SJC)、コンバインドジャパンカップ(CJC)の国内三冠を達成。東京オリンピックで初採用されるスポーツクライミングで史上初の金メダルを目指す。目標は「ただ強いクライマーになること」。
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