
なぜグアルディオラは常に結果を出すのか? アグエロらマンC選手が語る、知られざる姿と奇行
日本で3月末に刊行された『ペップ・シティ スーパーチームの設計図』(ソル・メディア)には、ジョゼップ・グアルディオラ監督が2016年の就任以来、マンチェスター・シティにもたらした“改革”の数々が事細かに記されている。エースのセルヒオ・アグエロが「ちょっと引いてしまった」とさえ語る“パーフェクショニスト(完璧主義者)”のチーム、選手、そして自身との向き合い方とは?
(文=山中忍、写真=Getty Images)
選手は全員“ペップ流”に適応しなければならない
『ペップ・シティ スーパーチームの設計図』の序章には、シティ・フットボール・アカデミー(CFA)にある監督室の様子が描かれている。白い壁には、「まず、為すべきことを知るべし。次いで、その術を知るべし」を意味するスペイン語の格言。“ペップ”こと、ジョゼップ・グアルディオラが、マンチェスター・シティでの就任初日に自ら書き記した言葉だ。
「スーパーチームの設計図」を引く指揮官は、このモットーを徹底的に地で行く。理想とする攻撃的なパスサッカーをチームに浸透させ、勝利という目標を現実とするために打ち込む。彼の辞書に「妥協」の二文字はない。その最たる例が、就任早々の「ナンバー1」交代だ。通常、「守護神」とも呼ばれるGKは、据え置きが前提のようなポジション。ところがシティでは、2016年7月にグアルディオラ体制が始動開始となるや否や、ジョー・ハート(現バーンリー)に引導が渡されている。
新監督が、直前までイングランド代表でもゴールマウスに君臨していたハートに対し、後方からつなぐチームの一員として攻撃の起点となる役割、プレッシャー下のDFからパスを受けてビルドアップを再開する役割など、攻撃面でGKに求める働きを事細かに説いたのは、初の個別ミーティングの席。いきなり、足元が得意ではない自身とのギャップを痛感させられたハートは、プレシーズンの時点でシティを離れる覚悟を決めたという。
もちろん、グアルディオラ軍が為すべきサッカーを実践し、勝者となるための術として高度な要求を突きつけられる者は、フィールド選手ばりのプレーを求められるGKだけではない。昨季までシティの助監督を務めていたミケル・アルテタ(現アーセナル監督)は、本書の中でこう証言している。
「選手は“ペップ流”に適応しなければならないのかって? そうする他に選択肢はあり得ない。それができない選手に、チームでの居場所はない。監督のスタイルに合わせるしかない。それはチーム全員に共通している」
フィールド選手の中でも、「ペップと自分は、考え方が似ている部分がある」と言うMFのケヴィン・デ・ブライネでさえ、「サッカーに打ち込む姿勢は、自分以上に厳しい。単に、勝つことだけを目指しているわけではないから。彼は、完璧さを追求している」と、グアルディオラ観を述べている。
アグエロが「生まれ変わった」理由
“ペップ流”の使い手となるため、変化を求められて進化を遂げた主力には、シティの主砲、セルヒオ・アグエロもいる。本人は、「完全に生まれ変わったようなものさ」とまで言っている。2011年に加入したアグエロは、グアルディオラが就任した時点で既に絶対的な存在だった。当時からクラブ最多得点記録の更新は間違いなく、その得点の中には、2011−12シーズンの最終節後半ロスタイムに決めた、44年ぶりのリーグ優勝決定ゴールも含まれていた。
それでも、グアルディオラは適応を求めた。前線からのプレッシングや、オフ・ザ・ボールでのハードワークを要求した。両者が、選手の代理人を交えてマンチェスター市内のレストランで会っているところをすっぱ抜かれたのは、2017年1月のこと。大物監督とスター選手の不仲と移籍の噂に拍車をかける報道だった。
だが、アグエロが明かした“ビジネス・ディナー”の真相によると、実際には、自らのサッカー哲学をよりよく理解してもらいたいと願う、グアルディオラによる「個別指導」の一環だった。
「最初の20分間ぐらい、みっちり仕事の話をした。プレースタイルを変えなきゃいけなかった。相手のGKとセンターバックへのプレスを意識し続けないといけない。そんなふうにプレーしたことがなかったから、インテンシティの高さをキープするのは大変だったよ。でも、おかげでフィジカルの強さがかなり高まったし、ボックス外でのプレーも改善されたと思う」
そう語るシティのエースは、「監督と選手という関係になったばかりの頃は、仕事に打ち込む彼の姿勢が激しすぎて、ちょっと引いてしまう部分があった」とも告白している。「トップレベルの選手でも、さらにレベルアップさせられる監督」にして、「『超』がつくぐらいインテンシティの高い人物」が、アグエロにとってのグアルディオラだ。
裸足で独り言を口にしながらカフェテリアを歩く奇行
試合当日ともなると、シティを率いる完璧主義者の意識には他の要素が入り込む隙などまったくない。キックオフが夕刻以降でも、CFA到着は朝方。軽く朝食をとった後は、試合が終わるまで食べ物が胃の中に入ることもない。ハーブティーと水を飲むだけで、真夜中を迎えてしまうこともある。
試合前の食事の場に姿は現す。ただし、自分の世界にどっぷり。その姿を見て「爆笑している」と言うアグエロいわく、「大抵は裸足で、一人でブツブツ言いながら歩いている。カフェテリアに入ってきても、誰にも声を掛けずにうろついたまま。立ち止まって、自分たちに目をやったと思ったら、また何も言わずに歩き出してオフィスへと戻っていく」という奇行ぶりだ。
グアルディオラ自身は、次のように説明している。
「チームトークで選手たちに伝えるべきことなど、あらゆることを頭の中で確認している。うろうろ歩き回りながら、試合の展開を想像して、前半でこうなったら、ハーフタイムにはこう言おうとか。そういったことに、ひたすら考えを巡らせているんだ」
それほど任務遂行に没頭する監督が、試合中、相手チームのプレーに「あの動き、いいな」と反応したりすれば、それはベンチで周囲に座る自軍コーチ陣にとって、練習メニューに反映するための準備開始の合図となる。試合に勝った直後、真剣な表情で選手にアドバイスする場面も珍しくない。
「喜び方が足らないって怒られた!」と話しているのは、ヴァンサン・コンパニ(現アンデルレヒト)だ。前キャプテンが、「ペップが一番激怒したのは、あのボーンマス戦だったと思う」というリーグ戦は、2017−18シーズンの第3節(2-1)。指揮官は、試合後の控え室で、土壇場で逆転勝利を手にした戦いを心ゆくまで喜び合うことができないような集団であれば、自分たちをチームと呼ぶ資格などないと告げている。グアルディオラ体制でのプレミアリーグ初優勝へと、破竹のリーグ戦18連勝が始まった一戦での出来事でもあった。
パーフェクショニストの目指す先
同じく、「スーパーチームへの軌跡」として回想されている6試合の1つに、翌2018-19シーズンにプレミア連覇を果たす過程での第26節チェルシー戦(6-0)がある。自らが指導者として一目置く、マウリツィオ・サッリ(現ユヴェントス監督)率いるチームとの強豪対決を前に、グアルディオラは普段以上に後方からのビルドアップに時間を割いた。分析担当長のカルレス・プランチャルトが解説しているように、シティは、GK、4バック、3センターの8人がかりで、6名体制の相手プレッシング網を突破する度にネットを揺らしたのだった。
グアルディオラは、本書の中で「最も難しいことは、サッカーをシンプルにプレーすることだ」と言ってもいる。確かに、高い位置でボールを奪えば、それだけ得点の可能性が高いことは誰でも理解できる。そのために、相手ボール時には足を動かし続けるべきであることも、マイボールになれば、パスを回して敵を走らせながら弱点をつく瞬間を待つのが得策であることも、言われてみれば当たり前だ。
しかし、どの世界でも「シンプル・イズ・ベスト」といわれるように、最高を極めることは容易ではない。だからこそ、妥協を許さずに追求しなければならない。現在のサッカー界は、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で休止状態。グアルディオラは、祖国スペインで感染した母親を失う悲劇にも見舞われた。だが、心の中で喪に服す日々が続いても、パーフェクショニスト(完璧主義者)の頭は忙しく動き続けているに違いない。いつかは訪れる、2019−20シーズンの再開に向けて。
<了>
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