マンチェスター・シティ来日を実現させた「音楽業界の流儀」大会成功の裏側とは?

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2019.10.11

この夏、マンチェスター・シティが横浜F・マリノスと対戦する「EUROJAPAN CUP」が行われ、チケットがソールドアウトするなど、大盛況のもと幕を閉じた。この大会は音楽イベントを多く主催している株式会社Zeppライブが運営したこともあり、大会運営は音楽色の強いサッカーファンにとって新鮮なものになっていた。音楽に強い興行運営会社がどのようにして世界トップクラブを招致し、大会を成功に導いたのだろうか? 株式会社Zeppライブの杉本圭司代表取締役社長に話を聞いた。

(インタビュー・構成=内藤秀明、撮影=大木雄介)

杉本社長とサッカーとの意外な接点

まずは杉本社長のサッカーとの接点についてお聞かせください。

杉本:そもそも僕の世代は三菱ダイヤモンドサッカーの世代なんです。

1968年から、一時中断していた時期はあったものの、1996年まで、テレビ東京系列で放映されていたサッカー番組ですね。

杉本:当時UK(イギリス)のロックスターがサッカーと密接な関係にあったこともあり、その頃から欧州サッカーが好きだったんですよ。ダイヤモンドサッカーでは、マンチェスター・ユナイテッドの試合映像がよく放映されていたのですが、ジョージ・ベストのような、サッカー選手なのかわからないようなルックスをした選手が、僕の目にはかっこよく映りました。

ジョージ・ベストの長髪&長ひげは、当時とてもかっこよく映ったと、その世代のファンの方々からは聞いたことがあります。

杉本:本当にそうですよ。その後より強く興味を持つようになったのは、息子がサッカーを始めたからというのもあります。よく試合なんかも見に行ってました。

なるほど。ではサッカーに関しては昔からお好きだったんですね。とはいえ仕事としては、サッカーとは関係ないイベントの企画運営がメインだと思うのですが、ガイナーレ鳥取の株主になった経緯は?

杉本:実は鳥取は縁もゆかりもないんですよ(笑)。ただ僕がデビューからライブプロデュースしていたLUNA SEAのベーシストJが“野人”岡野と友達だったんです。

元日本代表FWであり、ガイナーレ鳥取代表取締役GMの岡野雅行さんですね?

杉本:5年前の年末、LUNA SEAの横浜アリーナでコンサートツアーのファイナル公演がありました。その打ち上げの時に、Jから岡野さんを紹介してもらって、サッカー談義で盛り上がったんです。その後、年明けに岡野さんと塚野真樹さん(ガイナーレ鳥取代表取締役社長)が2人で私の会社までに来てくれました。何の話なのかなと思っていたら「経営の立て直しを考えているので協力しくれませんか?」という話をいきなりされたんですよ。正直に言うと「えっ? 鳥取!?」と、突然のことにびっくりしました。ただ、スポーツチームを運営していくというビジネスはまだやったことがなかったので、チャレンジするのは面白いかなと思い、その場で承諾し、お金の算段をつけました。いきなり筆頭株主ですから、あちらもびっくりしたでしょうね。

即断即決なんですね。ただスポーツクラブは一般的なビジネスに比べるとマネタイズが難しいとも言われていますし、リスクが大きい印象ですが。

杉本:もちろんこのタイミングでスポーツクラブのマネタイズについて勉強して、「日本で本当にサッカーチームで利益を上げることは不可能に近いな」と思いました。

ということは、サッカーが好きだからという理由で投資したのでしょうか?

杉本:もちろんサッカーや岡野さんのようなレジェンドが好きだから支援するという考え方もあるとは思うのですが、僕にはそのタニマチ的感覚は一切ありませんでした。

そうなるとリスクしか残らない気がしますが……。

杉本:リスクが大きいから、やってみようと思った部分もあります。不可能と思うことを変えることができたら、サッカー界で刺激的な出来事になるんじゃないかと思いました。もちろん投資すれば高いリターンが返ってくる算段があるビジネスもありますが、一見ビジネスにならないようなものに投資して、ビジネスに変えるというチャレンジを面白そうだと感じた部分もあります。

 マンチェスター・シティ来日の背景

では本題のマンチェスター・シティの招致についてお聞きしたいのですが、まずはシティを選んだ理由は?

杉本:マンチェスター・シティは実は3年前から追いかけていて、その時から来日の話はありました。しかし当時は日程なども合わなくて断念しました。ただ同じ街に、マンチェスター・ユナイテッドが長年世界的ビッグクラブとして君臨していた中、シティがここ10年くらいで急激に強くなっていったというのは、ロックじゃないですか。こういうチームは個人的に好きなんです。それで気になっていたところ、ペップ(ジョゼップ・グアルディオラの愛称)が来て、さらに強くなり、プレミアリーグを圧倒的な強さで2018年にリーグ優勝を果たしました。それで「これは間違いない」と確信して、シティ一本釣りでいこうと考えて交渉をスタートさせました。

交渉は大変だったのではないかと想像するのですが、何が難しかったでしょうか?

杉本:一番は、日程ですね。

試合当日に飛行機で帰国するほどの強行日程だったと聞いています。

杉本:はい。そうだったみたいです。ただ、我々としても週末に開催したかったんですよ。プレシーズンには中国、香港にも行くこともわかっていたので、まずはこちらが日程を提示して、あちらの回答をいただいたのですが、その駆け引きが大変でした。

強行日程だと、選手の疲労も気になりますし、ペップの反対もあったのでしょうか?

杉本:ペップ自身が日本に対して好印象を持っていると聞いていました。また日本で試合を行うならアジア遠征の締めにしたい意向があったとも聞いていました。

それは中国や香港に比べると、Jリーグのレベルの高いからでしょうか?

杉本:それもあると思います。あとはシティ・フットボール・グループ(※)同士の試合ですし。これは裏話ですが、シティはコンラッド東京に滞在したのですが、これはペップが決めたんです。
(※世界的にサッカー事業を展開するグループ企業で、マンチェスター・シティの他、アメリカのニューヨーク・シティ、オーストラリアのメルボルン・シティ、スペインのジローナを傘下に収め、横浜F・マリノスの少数株主でもある)

日産スタジアムで試合をするのに、横浜じゃないんですね?

杉本:もちろん交通渋滞やホテルの星なども意識しながらスタジアムに近いホテルをいくつか提示し、我々とシティのスタッフ間では同意していたのですが、ペップの意向で急にコンラッド東京に決まりました。ペップは個人的にコンラッド東京が好きだそうですよ。

VIPをおもてなしするノウハウ

シティ来日にあたって金銭面も大きな金額になると思うのですが、いかがでしょうか?

杉本:例えばビッグネームの海外のアーティストを招聘する時もそうですけど、基本的に定価はないんです。その中で、マンチェスター・シティ自身が日本におけるファンマーケティングを意識していた部分もあり、我々としても無理のない金額で合意ができました。

日程や金額が決まっても、その他にも決めなければいけないことも多そうですので大変そうですね?

杉本:そうですね。これは交渉というより、決まってからの準備ですが、来場者やチームに対してのおもてなしやVIP対応には気を使いましたね。おかげさまで「ケータリングがパーフェクト」というお言葉をシティ側からいただきました。

それは素晴らしいですね。今回シティを迎えるにあたって、視察などはされたのでしょうか?

杉本:視察というわけではありませんが、本ゲーム直前、FAカップの準決勝を見るためにウェンブリー・スタジアムに行きました。そこでVIPルームに入ると生演奏のバンドがいて、食事もフルコースで出てきます。行く前、「キックオフ3時間前に来てください」とあるので、「なんで3時間も前なんだろう?」と思っていたら社交会が始まってびっくりしましたね。ハーフタイムにも紅茶を飲んでお菓子食べて、試合終了後もまたお酒を皆で飲むんです。僕なりの解釈なのですが、ヨーロッパはエリア単位でサッカークラブを作るじゃないですか、その理由は社交会の季節事の余興の一つとしてのサッカーという部分もあると思います。彼らVIPにとってメインは社交会で、地元の有志や有力者が週末に配偶者を連れて集まり交流を深め、サッカーを一緒に見るんでしょうね。こういう経験があったので、僕も火がついちゃって、今回はVIP対応に関してはかなり気を使いましたね。本国以上のものを提供しようと思ったので。

具体的にはどんな工夫をされたのでしょうか?

杉本:日本文化、和のテイストを提供することを意識しました。日本人から見た目線でなく、イギリスのVIPが見て喜ぶような内容を考えました。実は直前に上海で行われたシティのプレシーズンマッチのVIPルームのケータリングの見学にも行きましたが、正直レベルは高くないなと感じました。ただうちはここで勝負しようと。シャンパン、ワイン、日本酒、抹茶の銘柄などの細かい部分にもこだわりましたね。

音楽業界でも、海外アーティストを呼ぶ際などにVIP対応もあるでしょうし、もともと知見はお持ちだったのですね?

杉本:ビッグネームをもてなすことは僕らからするとサッカーも音楽も同じですから。

VIPをもてなす知見は、もしかするとサッカー界よりあるかもしれませんね?

杉本:実際に村井満Jリーグチェアマンにもお越しいただきましたが、とても喜んでいただけたようで嬉しかったですね。

異例の“練習の有料販売”は、音楽業界では普通のこと

結果的には、シティ・フットボール・グループ同士ということもあり、多くの横浜F・マリノスファンがスタジアムに足を運んでくれたのかなという印象があります。

杉本:本当にそうでしたね。そして僕はシティのパワーにも驚きました。

ゴール裏とかすごかったですよね。有志の若いファンがチャント集を作って3000部印刷して、ゴール裏のファンに配ったそうですね。

杉本:そんなこともあったのですね。どっちのファンがどれだけ来場していただいたかはここで伏せますが、横浜FMの直前の動員と比べるとすごい数でした。なのでお互いのファン・サポーターにとって良い結果になったのかなと思っています。

実際に日本でシティが試合をする光景をご覧になってどう感じましたか?

杉本:ケヴィン・デ・ブライネやダビド・シルバらの技術の高さに脱帽しました。ただ、マン・オブ・ザ・マッチは、ラヒーム・スターリングを指名させていただきました。

杉本社長が決められたのですね。あの試合ではデ・ブライネが相当目立っていたこともあって、人選はとても悩ましかったとは思うのですが?

杉本:もちろんデ・ブライネも素晴らしかったのですが、やはり決めなくてはいけないタイミングできちんと決められる選手はすごいですよね。そこを評価したかったです。

確かに近年のスターリングの、決定機を決め切る力には脱帽ですよね。いずれにしてもピッチ内外、最高の内容でした。ピッチ外では、例えば、カイル・ウォーカーに対して熱血指導をするペップの姿なども見られました。

杉本:ペップは練習の時にも、かなり激しく指導をしていて、すごいなと思いましたね。通常、シティは練習を見られないらしいので、貴重なシーンでした。

プレミアリーグのチームは原則練習は非公開が多いですね。ちなみにサッカー界では、練習を有料で販売することは一般的ではありません。今回練習に関してもチケット販売していましたが、これは音楽では普通のことなのでしょうか?

杉本:音楽の世界だとビッグネームの外国アーティストなどチケットが売り切れて参加できない人のために、前日リハーサルを安価で販売する文化があります。僕らからすると割と普通のことではあります。ただ自由席で販売したのですが、子ども用の金額を準備して、もう少し子どもたちに来て見てもらえばよかったですね。台風の影響もあって難しい部分もありましたが、シティの練習を見ることができれば、子どもたちにとっても良い影響があったでしょうし、たくさんの子どもたちが見ていたほうが選手たちも練習にも力が入りますしね。

【後編はこちら】「サッカーは音楽フェスと似ている」シティ来日を“安価”で実現させた音楽業界の常識

<了>

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PROFILE
杉本圭司(すぎもと・けいじ)
1959年生まれ、東京都出身。株式会社Zeppライブ代表取締役社長。1985年、コンサート制作会社・株式会社バックステージプロジェクト設立代表取締役。X JAPAN、LUNA SEAなど多数のコンサートプロモートを手掛ける他、1997年ビクターと共同でレーベル、ガイレコード設立、河村隆一他をリリース。その後、2012年、Zeppライブエンタテインメント設立と同時に代表取締役に就任。

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