「お金がないと悲観せず、創意工夫で新たな価値を」人口最小県Jクラブ“魔法使い”かーねるの挑戦

Business
2020.07.22

「芝生で地域課題解決!『しばふる』で街も人も笑顔に!」。ガイナーレ鳥取が施設管理で培ったノウハウをもとに立ち上げた芝生生産事業を手掛けるのが経営企画本部長の「かーねる」こと高島祐亮だ。過去にベンチャー企業2社の上場に携わった彼が「お金がないことを悲観せず、工夫することで新しい価値を生み出す」ことで目指す、全国で最も人口が少ない県のJ3クラブ・ガイナーレ鳥取の明るい未来とは?

(文・写真=宇都宮徹壱)

IT系スタートアップから人口最小県のJクラブへ

J3のガイナーレ鳥取が、今季のホーム開幕戦を迎えたのは、2020年7月5日のことであった。FC岐阜をAxisバードスタジアムに迎えてのリモートマッチは、点の取り合いの末に2-3で終了。この日を感慨深く迎えたのが、経営企画本部長といういかめしい肩書を持ちながら、設営の準備に汗を流していた「かーねる」こと高島祐亮さんである。

「実は7月5日は、僕が鳥取に来てちょうど3年目だったんですよ。できれば勝利して、SNS上ではしゃぎたかったんですけど(笑)。ホーム開幕戦は、選手のノボリを立てたり、集合写真の立ち位置を決めたり、できる限りやらせていただきました。リモートマッチだったので、いつものようにボランティアの皆さんにお願いできませんでしたから。加えて今回は、Jリーグの(新型コロナ感染防止)プロトコルもありました。正解があるわけではない中、トラブルや混乱もなく無事に運営できて良かったです」

ニックネームに由来する、カーネル・サンダースのような愛嬌のある表情で、そう語るかーねるさん。実はこの人、鳥取に来る前はIT系スタートアップで、東京でバリバリ働いていた(ベンチャー企業2社で50以上の事業開発や事業提携に関わり、いずれも上場に大きく貢献している)。その後、ベンチャー企業で培ったナレッジをスポーツ界で試すべく、JHC(Jリーグヒューマンキャピタル。現スポーツヒューマンキャピタル)の1期生を経てJリーグ入り。そのまま縁もゆかりもない鳥取に出向した(その後、完全移籍)。

「東京で働く仲間からは、今でも『地方で緩く働くロハスおじさん』みたいに思われているみたいです(苦笑)。それでも僕は、この鳥取に可能性を強く感じるんですよね。確かに、課題はいっぱいあります。人口は減っているし、高齢化は進んでいるし、夜9時以降は街中に若者の姿を見かけないし。だけど足元を見ると、鳥取には良いものがたくさんあって、そこにスポットライトを当てれば、何かが生まれる。そこにワクワク感を覚えますね」

かーねるさんが鳥取に来て、最初に手掛けた事業が「しばふる(Shibafull)」である。これは、県内の休耕地を活用して芝生を生産し、事業化するというもの。今年から始まった『Jリーグシャレン!アウォーズ』で、鳥取のしばふるはメディア賞を受賞した。聞けばかーねるさん、この賞については「是が非でも取りにいくぞ!」とスタッフにハッパをかけていたそうだ。見事、その目標を達成して「自分たちがやってきたことの価値が証明できたと思います」と胸を張る。

芝生を新たなクラブ収益の柱にする「創意工夫」

そんなかーねるさん、実は芝生の専門家ではない。Jリーグからの出向が決まった際、鳥取の塚野真樹社長から「芝生のビジネスをやろうと思う。全部任せるから、やってみて」と無茶振りされたのがきっかけ。それでも「ビジネスとして拡張性と継続性があって、それがクラブのためになるなら」と、未知のプロジェクトに取り組むこととなった。もっとも、塚野社長の無茶振りについては、それなりに背景があったことは留意すべきだろう。

「鳥取にはバードスタジアムの他に、米子市に4億円弱でつくったチュウブYAJINスタジアムがあります。実はYAJINの芝生は、ガイナーレのスタッフで管理していて、そこで培ったノウハウをビジネスに生かしていくという発想が生まれたんですね。僕もこっちに来て知ったんですが、要するに芝生の管理費用が捻出できなくて、仕方なく自分たちで試行錯誤していく中で習得したものなんです。それがしばふるにつながっていくんですね」

自信、オープンマインド、全力、フェア、敬意、感謝、向上心、切磋琢磨、創意工夫、そして挑戦。10あるクラブスピリッツのうち、個人的に最もガイナーレ鳥取らしさを感じさせるのが、9番目の「創意工夫」である。かーねるさんも「お金がないことを悲観するのではなく、工夫することで新しい価値を生み出してく。それはまさにベンチャーに通じるものがありますね」と強調した上で、こう続ける。

「ご存じのとおり、Jクラブの収益の大きな柱は、入場料とスポンサーと物販です。ただし集客による収益は、今回のコロナ禍のような外的要因で、影響を受けることが明らかになりました。今後、コロナが収束したとしても、100%元通りにならない可能性も否定できません。そうした中で今後、スポーツではなく『地域』を主語にした収益のつくり方として、しばふるのような施策は確実に必要になってくると思っています」

もともと全国で最も人口が少ない(約55万人)県のJ3クラブで、2つのスタジアムとクラブ事務所も鳥取市と米子市に離れている。人口規模と地域性、そしてカテゴリーでも不利な状況にある鳥取は、従来の収入の柱だけで経営を成り立たせるのは難しい状況にあった。だからこそのしばふるであったが、図らずも今般のコロナ禍によって、その重要性がさらに重みを増していったように感じられる。

コロナ禍での勉強会と高卒ルーキーのゴール

かーねるさんは、単に芝生の事業化のためだけに鳥取にやって来たわけではない。一番のミッションは、クラブ経営の安定化と成長であり、それと付随して取り組んできたのがクラブの働き方改革。クラブスタッフの業務フローを効率化して、数字や結果にコミットできる環境づくりについても、多くの時間と情熱を費やしてきた。ある程度の手応えが得られた今年、コロナ禍をきっかけに新たに手掛けたのが、選手を対象とした勉強会である。

「コロナで何もかもが止まる中、自分に何かできることはないかということで、選手との会話の中から生まれたのが、リモートでの勉強会です。それも単なる座学ではなく、選手に『気づき』を与えることを目的にしようと考えました。最初の勉強会は自己紹介を兼ねて、インターネットビジネスについて(笑)。どんなビジネスでも、集客というのは商いの基本です。それをサッカーに置き換えると、どうなるのか。さまざまな事例を用いながら、世の中の仕組みや変化、お金の流れについて話しました」

勉強会は週1回で、それぞれ1時間から1時間半くらい。選手の反応は「へえ!」が多かったという。ただし「へえ!」だけで終わっても仕方ないので、途中からゲスト講師を招くことにした。その一人が倉吉市在住のフォトグラファーで、ウェディングフォト・アワードやPHOTO NEXTで数々の賞を受賞している大塚健一朗氏。異業種の第一人者による「他者のために働く喜び」を知ってもらうのが目的だったという。その結果は?

「それがありがたいことに、選手の間で変化が感じられましたね。異業種だからこそ、自然と自分たちが置かれた立場に(意識が)戻っていくわけですよ。『地域のファンやサポーターのために、自分たちができることは何か?』という話になりました。それで小学生から高校生を対象に、挑戦することの大切さを伝える『ガイナーレ鳥取 夢ひろば』というオンラインイベントを、6月20日に開催することになったんです」

このイベントに参加していた4選手のうち、J3開幕戦となるアウェーのセレッソ大阪U-23戦で決勝ゴールを叩き出したのが、高卒ルーキーの田口裕也であった。「たまたまだったとは思いますが、あのイベントに参加した子どもたちにとっては、点と点が結ばれたのではないでしょうか」とかーねるさん。その表情から、ほのかな誇らしさが感じられた。

新たに立ち上げた会社を「ガイナーレ鳥取のスポンサーに」

ベンチャーの世界から、人口最小県のJクラブに飛び込んで3年。新たなチャレンジとして、かーねるさんは新会社を立ち上げた。社名は、GTベンチャーズ。GTの意味を尋ねると「グレートトレジャーと言いたいところですが、実はガイナーレ鳥取(笑)」。ただしクラブの子会社ではなく、新規事業にコミットするために、かーねるさん自らが株主になって社長に就任した。では、新会社を立ち上げた背景は、何か?

「限られた予算内で、クラブでどこを目指すかというと、やっぱりJ2昇格なんですよね。芝生の事業に大きく投資しづらいので、新会社を立ち上げることにしました。主な事業は『芝生のインターネット販売』ですが、僕にとってはあくまでも序章です。ちゃんと経済を回しながら、いずれはガイナーレのビッグスポンサーになっていくところまで、会社を大きくしていきたい。そうやってクラブを支援していくのも、一つの形なんじゃないかと思っています」

こうした大胆な発想ができるのも、生来のベンチャー気質に加えて「鳥取に縁もゆかりもないこと」が強みになっているという。どういう意味か? ヒントは「地域の中の価値観と、外から見た価値観にギャップがあること」。その一例として、かーねるさんが挙げたのが、鳥取の名産品であるカニであった。

「東京の感覚からすると『カニ=高価』ですが、こっちだと『カニ=いただきもの』なんですよね(笑)。そういう価値のギャップって、こちらに住んで生活してみると、たくさん気づかされるんですよ。地域の人たちからすると当たり前な風景が、他所から来た人間にはすごく豊かな風景に見える。そういった気づきができるポジションに、自分は立っていると自覚しています。それをビジネスとして、数字で証明することに、ベンチャー的なものを感じています。これからも、どんどんトライしていきたいですね」

そんなわけで、かーねるさん。今季はガイナーレ鳥取の経営企画本部長、そしてGTベンチャーズの代表取締役を兼任しながら、ホームゲームの設営を手伝う日々が続くことになる。「大変ですよね?」と水を向けると、この人らしい答えが返ってきた。

「僕が体育会系じゃないことは、フロントのみんなも知っているので、設営では軽度な作業を割り振ってくれています。でも、あまりにもこき使うと、たまに文句を言いますよ。『魔法使いに鋼の剣を持たせるな!』ってね(笑)」

<了>

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PROFILE
高島祐亮(たかしま・ゆうすけ)
 茨城県出身。ガイナーレ鳥取 経営企画本部長・株式会社GTベンチャーズ 代表取締役。2つのITベンチャーでインターネットメディアをはじめとした50以上の事業開発や事業提携に関わり、2社連続上場に携わる。Jリーグヒューマンキャピタル(現スポーツヒューマンキャピタル)で学んだ後、Jリーグに転職。ガイナーレ鳥取への出向を経て、完全移籍。

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